誰が患者でもボーダーレスに対応できるタフな看護師を養成する/大手前大学 国際看護学部

POINT
  • 1946年に設立された大手前文化学院を前身とし1966年大手前女子大学開学、2000年大手前大学に改称して共学化、2016年に学園創設70周年を迎えた大学
  • 建学の精神として「STUDY FOR LIFE(生涯にわたる、人生のための学び)」を掲げ、知識偏重型教育から問題解決能力開発型教育への脱却をうたう
  • 現代社会学部、総合文化学部、メディア・芸術学部、健康栄養学部に加え、2019年国際看護学部を開設


 大手前大学は、全学英語教育「実践英語教育体系」、入学後に専攻を決定する「レイトスペシャライゼーション」、ライフスタイルに合わせた学修を想定して教育工学に基づき設計されたオリジナルのeラーニングシステム、独自に設定したC-PLATSと称する10つの能力を習得するための教育設計等、全学的にアウトカムとして「大学教育で身につけられる能力」を明確にし、それを確実に身につけるために先駆的な教育システムを構築している大学である。

 2019年4月に開学した国際看護学部について、大阪大手前キャンパスを訪ね、副学長で同学部教授の大橋一友氏にお話をうかがった。

グローバルな看護人材の育成

 昨今看護学部を新設する大学は多い。特に地方小規模大学にとっては募集回復の処方箋的な位置づけになって久しい。一方で、国家資格取得をカリキュラムの中心軸にする必要性から、その大学らしい独自性を付与することは非常に難しい。また、その特性から地元を離れたくない、いわゆる「手に職志向」の女子を中心とした地域性の強いマーケットを形成することが多い。

 2019年に開設した国際看護学部はこうした傾向とはやや異なる事例だ。文部科学省が公表する認可申請時の設置趣意書によると、学部設置の目的は、「高度化・複雑化した医療看護分野の課題を教育研究の対象とし、堅実な看護実践力と多様な対象者に対応できるコミュニケーション能力、行動力及びリーダーシップを身につけるとともに、高度な専門知識・技能を備え、将来の医療・看護分野で期待される多職種連携に役立つ人材育成」とある。ここに示されるのは相当な高度専門職人材であるように見受けられるが、大橋副学長はそれをやんわりと否定する。「通常、国際看護は大学院で扱う領域で、基礎看護の上に応用的に配置されるものでしたが、本学部では基礎看護と国際看護は並列的に基礎学問として扱います。我々が目指すのは、誰が患者でもボーダーレスに対応できるタフな看護師です」。

 背景にあるのは、現代の社会情勢だ。2018年の年間訪日外国人数は3119万人(政府観光局調べ)、2020年には4000万人に達するとの予想もある。定住外国人は2018年時点で260万人を超え(法務局調べ)、特に都市部では増加が大きい。日本人が減少する一方で外国人の流入は増え続けている。当然病院を訪れる外国人患者も増加しており、医療機関の8割がそうした患者を受け入れているとのデータもある。しかし、日本語が必ずしも通じない外国人が来院した際に、英語対応できる病院は多くはない。そこで必要とされるのは、日常会話のみならず、医療的な説明をできるスピーキングを中心とした英語力、相手の文化背景を理解し、不安を取り除けるだけのコミュニケーション能力であるわけだが、こうした状況では、英語「を」話せる看護師ではなく、看護を英語「で」学んできた人材でなければ通用しないという。何しろ医療用語が英語でスムーズに言えなければ、何の役にも立たないのだ。

 大橋副学長は言う。「専門的な看護技術力や看護学・基礎医学の知識と同レベルで、医療人材のベーススキルとしての国際的な対応力が求められています。本学部は志願者から見た分かりやすさを重視して『国際』を銘打っていますが、趣旨としてはむしろglobal(世界的)や、comprehensive(包括的)というほうが合っている。ボーダーレスにどんな人をも受け入れることができる看護人材を育成するのが本旨です」。相手がどんな言葉を話しても、どんな文化背景を持っていても、相手を尊重し、意思を疎通し、寄り添って対応できること。目指すのはそうした医療現場だ(図表参考)。国際≒internationalとは、自国から見た海外、ボーダーがある前提の概念、一方でglobalとはより大きな視座で国境を超え、地球を包括した概念である。国際看護学部は看護領域において後者をどう体現するか、新しい医療専門職を創出する1つのチャレンジなのであろう。

図表 社会の多様性への理解・受容(イメージ)

リアリティ獲得を追求した教育体制

 では、どうすればそうした人材を育成できるか。

 大事なのは机上の空論ではなく、「学生にリアリティを持たせること」であるという。特筆すべきは教員と実習体制である。大橋副学長自身も長らく周産期医療の途上国支援等の国際保健活動に従事しており、国際的な保健医療の推進を現場で行ってきた実践者だ。国際看護学部にはこうした「グローバル社会のリアルを知る」教員が多く、様々な話を聞くことができ、リアリティを持って学ぶことができる。

 実習は見学実習を中心に1年次から開始。国内の多様な提携病院や空港の検疫所、3年次には全員必修の海外実習等、多彩な現場で実践力を養成する。海外実習では多様な医療や看護を学び、医療技術を身につけるほかに、現地の看護学生と共に講義や演習を受け、言語が通じない中での現場のリアリティを知ることで、多様性を理解した視点を獲得する狙いも大きいという。「日本語が常に通じる日本で暮らすだけでは、外国を訪れた人の気持ちは十分に理解できません」。肌感覚や経験値は実践において自分を支える重要な要素だ。自らをその場に置いてみなければ分からないことは多いという。

 日本を含めた世界で活躍するためには、リアリティに加え、グローバルコミュニケーションの基軸となる英語が必要だ。そのため国際看護学部では、生活英語・医療英語・言語に頼らないコミュニケーションの3つを徹底的に学ぶ。「言語の壁を感じて相手への関わり方が消極的になったり、基本的な医療用語が分からないようなことはあってはならない。病状を聞いたり問診票を書いたり不安を和らげたり、現場で想定される様々なシーンで、外国人患者向けに『実際に使える英語表現』を学んでいきます」。大切なのは相手に伝わるコミュニケーション能力というわけだ。

教育付加価値を独自性につなげる

 大手前大学がアウトカムを基軸にした教育設計をしているのにならってか、大橋副学長がたびたび触れるのは、現場で「仕事にする」際に必要となる付加価値の重要性である。活躍人材像があり、そのために必要な素養やスキルを身につけるカリキュラムを具体的に設計するからこそ、説得力がある。「医療は対人行為であり、患者は絶対的弱者であるという前提に基づき、正確な看護技術を提供するのは当然として、相手の文化背景を理解した最適なコミュニケーションをとれることがこれからの社会では重要です」。

 大橋副学長は重ねて言う。「我々のような中堅大学は、偏差値以外の『選ばれる要素』を磨かなければいけません。本学部は社会ニーズに合っているだけでなく、そうした観点でも独自性の高いものです」。初年度入学生はそうした趣旨にも合致する高い目的意識を備えた人材が揃い、今後が楽しみだという。今後、看護マーケットにおいては少数派の男子学生や、複雑思考に親しんだ文系学生の獲得も狙いたいと大橋副学長は意欲的だ。「優秀な学生だけによりハイパーになる価値を付与するのではなく、全体に何を教育価値として供給するかを考えた時、我々が念頭に置きたいのは偏差値よりもモチベーション、そして学生の多様性ですから」。医療と国際双方を担うタフな看護師が数多く輩出されることを期待したい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2019/7/23)