「連携」「戦略」をキーワードに透明性の高い経営と教育改革を推進/常翔学園

常飛学園大阪工業大学キャンパス


 学校法人常翔学園(以下、常翔学園)は、大阪工業大学(3キャンパス・4学部16学科・4研究科)・摂南大学(2キャンパス・7学部13学科・6研究科)・広島国際大学(3キャンパス・8学部10学科・4研究科・1専攻科)の3つの大学と2つの中学校・高等学校の7つの学校を運営し、2万3000人の学生・生徒が学ぶ大規模総合学園である。2017年4月にはJR大阪駅最寄りの場所に地上21階・地下2階建の都市型タワーキャンパスとして大阪工業大学梅田キャンパスを新設してロボティクス&デザイン工学部を設置し、さらに、2020年4月には摂南大学に農学部、広島国際大学に健康スポーツ学部・健康科学部を設置する計画を進める等、教育内容を進化・充実させていくための大胆かつスピーディな改革が行われている。2022年に迎える創立100周年に向けた長期計画である「J-Vision22」のもとで、複数の学校を持つ法人として透明性の高い経営と、各学校独自の魅力ある教育改革を推進している常翔学園のガバナンスの特徴を久禮哲郎理事長にうかがった。

久禮哲郎 理事長

長期ビジョン「J-Vision22」に透明性の高い経営を明確化

 常翔学園は、1922年に、工業技術者の養成を目的に大阪に開設された関西工学専修学校に淵源を持ち、1949年に新制大学として大阪工業大学を開設し、1975年に摂南大学、1998年に広島国際大学をそれぞれ開設して3つの大学を運営してきた。これまで29万人の卒業生を輩出している伝統のある大学法人である。「世のため、人のため、地域のため、理論に裏付けられた実践的技術をもち、現場で活躍できる専門職業人を育成する」ことを建学の精神とし、「学生・生徒」「保護者」「卒業生」「教職員」の四位一体を経営理念に位置付けている。3つの大学は、工学系の大阪工業大学、理工系からスタートして法学部・経済学部・看護学部・薬学部等を設置し、農学部を新設することで総合大学を目指している摂南大学、保健・医療・福祉の分野や薬学部・看護学部等を中心とする広島国際大学と、それぞれ特色を持って発展してきた。2008年に名称を学校法人常翔学園と改め、2013年には学校法人常翔啓光学園と法人合併し、中学校から大学院までを有する総合学園として運営されている。

 複数の大学を運営する法人の責任者として久禮理事長は、「常翔学園には大学が3校あり、1つの話ではくくれない。厳しい時代の中で、3大学を運営していけるのかという議論もあった」として、法人運営の特徴を端的に話す。その中で久禮理事長が重視していることは「透明性の高い経営」である。「透明性の高い経営」とは、「『連携』『戦略』をキーワードにした部署間(法人本部と設置各学校間、各学部と各事務室間等)の緊密な連携・調整、一致協力の下、透明性のある合意形成を目指す組織体制を進めること」と位置付けられており、「常翔学園創立100周年長期ビジョンJ-Vision22(以下、J-Vision22)」を実現していく前提として、「次代の要請に的確に応え、社会から選ばれる教育機関であり続けるために、『透明性の高い経営』を推し進め、『魅力ある教育』を実現する」ことがその冒頭に明記されている(図1)。

 常翔学園は、創立100周年を想定して2007年に15年計画の長期計画を策定した。久禮理事長が2014年1月に理事長に就任したのち、「連携」「戦略」を新たなキーワードに設定し、より透明性の高い経営を推し進め、「質」「量」ともにバランスの取れた魅力ある教育を実現することを目指して、既に策定されていた長期計画を改訂して策定されたものが「J-Vision22」である。この長期計画の改訂にあたり、学園が何をしようとしているのかが学園内で理解されていないと目標は達成できない、経営と教学の連携がなければ発展することは難しい、という思いから、新たに「透明性の高い経営」という経営方針を「J-Vision22」に含めたという。久禮理事長は、大阪工業大学の卒業生であり、企業人として東証一部上場企業のグループの社長を務めるとともに、常翔学園では2010年から評議員、2011年に監事、2012年から理事を務めた後、2014年に理事長に就任した。卒業生として、“他の学校も発展していく中で常翔学園もプレゼンスを高めていかないといけない”という校友の意見も耳にするとともに、企業出身者として、“透明性を重視し、教学と経営のバランスをとって運営していくことが重要である”という思いを抱いていたという。そのことが「透明性の高い経営」と「魅力ある教育」という方針に集約されているのである。

図1 長期ビジョン J-Vision22

スピード感ある経営につながる学園内の円滑な意思疏通

 久禮理事長は、教学と経営の役割について、「教育研究は学長が考えていくこと。キャンパス整備等投資をどのように進めるかが経営の役割」「学長を中心に学長、副学長に委任する。委任して責任を果たしてもらう。その結果に対して支援する」と話し、教学と経営の役割分担を重視している。常翔学園の15年計画である「J-Vision22」は、5年ごとの3期に分けて、中期計画・目標を策定しており、2018年度から第Ⅲ期中期計画・目標が運営されている。そこには、理事長方針とともに、各大学・各学校の学長方針・校長方針が策定されており、それぞれの大学の方針が、学長によって示されていることにも教学と経営の分担が現れている。

 しかし、学園全体の経営は、教学と経営は極めて密接な連携のもとで進められている。理事長と各学長は1カ月に3回、4回の面談を行い、日常的な課題を共有し、意識のすり合わせを行うとともに、入試・就職・事故・法務等の気がかり事項や相談事は大学だけで対応するのではなく、法人と協力して解決していくようにしているという。また、各大学・学校の方針をふくめた意思決定は、各大学長・学校長や法人の部長級職員で構成される経営会議(月1~2回開催)において審議する。テーマによっては、直接担当者から話を聞くためキャンパスに出向いて会議を開く等、法人全体で検討する。そして、経営会議で協議した内容を、外部理事を含めた理事会でさらに審議することとされている。理事会は、理事長と5人の各学長・校長と4人の事務系職員(法人、総務・人事、財務、事業)、外部理事として企業人・弁護士・校友ら17名で構成されている。理事長を中心とした法人と各大学・学校の間だけなく、各大学・学校の間でも情報・状況を共有して連携していくことができるように、意思決定プロセスの工夫がなされているのである。

 さらに、久禮理事長は、経営の透明性を高めるために、様々な形で、様々な階層の教職員との意見交換・懇談を行っている。図2にある、3大学学長懇談会、部長級職員や女性管理職、若手教職員懇談会等がそれにあたるものである。例えば、事務系役員ボードフリーミーティングは、議事録を取らない不定期の打ち合せである。これは、これまで理事や担当職員が、個別に単体で理事長に報告し、協議する形で事案検討をしていたやり方を見直し、関係する部署の職員を理事長室に集めて検討するようにしたものである。理事長への報告だけでなく、理事長がテーマを示し、関係部署を集めて議論をすることもあるという。個別に理事長と検討するのではなく、声かけをして関係者を集めて話をすることで、担当部署間の横のつながりを作ることを意図して行われている。また、女性管理職懇談会は、企業の社長時代に行っていたものでもあり、女性の視点からの意見は様々な改革に参考になるものであったことから、導入したとされる。これらの様々な部署・階層の教職員の意見を聞く取り組みは、正規の組織図に出てくるものではない。しかし、このような理事長を中心としたインナーコミュニケーションを通じて、学園内の意思疏通が円滑になることが、スピード感のある経営につながるとともに、様々な改革につながっているのである。さらに、各大学で学部長の交替があった時には新しい学部長との懇談を行い、定期的に学科長との懇談も開催しているという。それらの懇談には、各大学の学長にも参加してもらい、現場からの様々な提案や意見を学長とともに聞き、その中から実現できるものは実現していく。若手教職員との懇談会の実施を含め、提案と実現の機会があることを教職員が認識していることも経営の透明性につながっているという。

図2 学校法人常翔学園の組織

理事長予算の活用による教育力・研究力の向上

 さらに、2年前から始めた「特別推進事業」の活用も、経営の透明性を高める特徴ある取り組みである。これは、年度初めに各大学・学校に割り当てる予算とは別に、法人に特別予算を設定し、それぞれの大学・学校からの特色ある提案に対して、審査に基づいて配分する学内の競争的資金である。各大学・学校が、自らの教育力・研究力を向上させるためのアイデアを出し、法人の経営会議でのプレゼンと審査によって、配分を決定する。昨年度は、12億円程度の規模で実施された。この仕組みは、それまで予備費的に位置付けられていた予算を、教育・研究力を高めるために活用するために作ったものであり、年度予算に計上しにくいが、各大学が戦略的に取り組みたいプロジェクトや新たな取り組みのイニシャルコストとなる初期費用をこの予算で申請してきているという。例えば、大阪工業大学では女子学生を増やすための様々な取り組みを進めるための広報や施設整備のプロジェクトがこの特別予算で進められた。そして、経営会議において、成果の数値化を含め、毎年振り返りを行うことでその効果を確認している。このような新たな予算配分の仕組みによって、各大学・学校において教育力・研究力を高めるための議論がなされ、それが各学長・校長や部長級職員等の法人内の役職者を構成員とする経営会議によって審査されることで、透明性を持った予算配分が各大学・学校の教育力・研究力を高めるための新たな取り組みへの意欲を喚起することにつながっているのである。

 久禮理事長は、3つの大学を有することの経営上の難しさを、「例えば、梅田キャンパスの新設のように大阪工大で大きなプロジェクトを進めると、他の大学からは『自分の大学に予算が回らないのではないか』と不安視されることもある」と話すとともに、「だからこそ、将来構想を明確に描いたうえで優先順位をつけて全体の経営を進めていく」と基本方針を示す。経営の透明性が相互不信を防ぎ、また、長期計画の共有と様々な意見や提案ができる開かれた機会、そして、経営会議や理事会を通じた学園全体での意思決定が、学園の魅力を高める新たな活力につながっているのである。

大学間・地域間の「連携」を推進

 常翔学園では、教育力・研究力を高め、「選ばれる大学」として特色のある教育をシステムとして進めていくための、多様な「連携」を進めている。例えば、大阪工業大学では、工学部・知的財産学部・情報科学部があることを活かして、工学部の学生が知的財産や情報科学等のもう一つの領域を学ぶことで付加価値を高めていこうとしている。学部・学科という単位を超えた連携による特色のある教育システムを作ろうとしているのである。また、新たに農学部を設置予定(2020年4月設置認可申請中)している摂南大学の枚方キャンパスには、薬学部と看護学部が既にあり、大阪工業大学の枚方キャンパスも近接する。さらに、2019年1月にはこれらの学園内の工学・薬学・農学に加えて、医学・歯学との連携による新たな取り組みを視野に入れ、隣接する大阪歯科大学や関西医科大学とも法人連携を進めた。大阪工業大学と摂南大学は、枚方市や産業界とともに枚方産学公連携プラットホームを2018年に結成している。「単体ではできないことを融合教育として行っていく」とし、今後、大学を超えた地域連携を進めるための仕組みである大学等連携推進法人制度が制度化されれば、その活用も視野に入れているという。大学を超えて連携し、地域の人材養成を進めていこうとしているのである。また、2017年に新設した大阪工業大学の梅田キャンパスでは、ロボティクス&デザイン工学部という新たな学部を置くとともに、大阪商工会議所と連携して、オープンイノベーション拠点となる“Xport(クロスポート)”を立ち上げた。これは、大阪の中心市街地である梅田を産官学民の多様な交流機会として、企業の課題解決をテーマにした新規事業の創出を進める場とすることを意図したものである。大企業であっても自社で全ての課題解決を進めることは難しいなかで、様々な産官学民をつなげ、クロスしていくこと、具体的には、大企業・中小企業・スタートアップ企業等の課題や技術、大学教員が持つネットワーク、学生の発想や行動力等を組み合わせ、デザイン思考で新たな発展を作り出す場として位置付けられている。「2030年には大阪の地盤沈下が予測されているが、大阪工大は梅田に進出し、人が集まりやすいことを活かして発展させたい」と久禮理事長は話す。大阪という地域の発展に、産官学民の連携を進めることで取り組んでいこうとしているのである。また、梅田キャンパスには、576席を有する音楽ホールとして「常翔ホール」を設置し、これまで不足していた文化・芸術・音楽分野との連携として、学校法人大阪音楽大学との間で音楽と工学の連携も進められている。このような様々な「連携」は、「魅力ある教育」を実現することで、地域の現場で活躍できる専門職業人を育てるという建学の精神を現代に具体化する取り組みといえるだろう。

 常翔学園では、さらに教育・研究の高度化を進めるための、働き方改革や人事制度改革にも取り組むとともに、入試制度改革等も視野に入れた入試戦略を検討する等、様々な改革を進めている。複数の大学・学校を運営する大規模な学園が、理事長のリーダーシップに基づいて「透明性の高い経営」「連携」を進めることで、スピード感のある積極的な改革が進められている。このような常翔学園の取り組みは国公私立を問わず多くの法人・大学のガバナンスの参考になるだろう。

(白川優治 千葉大学国際教養学部准教授)



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