大学を強くする「大学経営改革」[83] 大学における「働き方改革」の意義と課題を考える 吉武博通
人手不足への対応と働き方改革は業種を超えた課題
2018年7月、働き方改革関連法(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」)が公布、2019年4月、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等に関する法律が施行された。続いて、2020年4月には雇用形態に関わらない公正な待遇の確保(同一労働同一賃金)に関する法律が施行される。
雇用主にとっては、新たな義務が課されることになり、これまで以上に細やかな人事労務管理が求められる。他方で、この機会を捉えて、戦略的に組織変革や人事制度改革を行うことで、多様で優れた人材が集まり、存分に能力を発揮することができる環境を作りあげることもできる。
日本能率協会「日本企業の経営課題2018調査結果」(2018年10月)によると、今後の経営に影響を及ぼすと思われる要因の中で、「人材採用難」と「人件費高騰」について、9割を超える企業が「影響がある」と回答している。現在の課題についても、「人材の強化」が3位から2位へ、「働きがい・従業員満足度・エンゲージメントの向上」が10位から7位に、それぞれ順位を上げている。人手不足への対応と働き方改革は、業種を超えた最大の経営課題の一つになってきた。
大学も例外ではない。費用に占める人件費割合の大きさや個々人の能力・貢献が価値の創出に直結するという点で、むしろ企業以上に経営に占める重要性が高いと言うこともできる。しかも、大学教員、附属学校教員、事務系職員、技術系職員、附属病院の医療従事者など多様な職種があり、企業等とは異なる制度設計・運用面での難しさがある。
とりわけ、多くの大学が苦慮しているのは大学教員の勤務管理を巡る問題であろう。自由裁量が大きく、管理者の指揮命令や勤務管理が及びにくい職務実態の中で、法の要請にどう応えるかは難しい課題である。また、同一労働同一賃金も、多様な雇用形態の教職員によって支えられている大学の諸活動の基盤に関わる重要な課題である。
これらは人事部門など特定の部署だけで対処すれば済む問題ではない。大学の教育、研究、社会貢献、附属学校、附属病院及び法人経営など活動全般に深く関わり、理事長、理事、学長、副学長、事務局長等のトップマネジメント層及び管理監督的立場にある教職員が、基本的な事柄や問題の本質を十分に理解した上で、組織を挙げて取り組む必要がある。
労働力人口や雇用者の構成が大きく変化
我が国の生産年齢人口は1995年の8716万人をピークに減少を続け、2019年2月1日現在で7528万人となっている。(出典:「人口推計」(総務省統計局)
その一方で、労働力人口は2008年の6674万人から2018年は6830万人と直近10年間で156万人増加しているが、内訳をみると25歳~34歳が234万人減少しているのに対して、65歳以上が309万人増加、男女別では、男性が87万人減少しているのに対して、女性が241万人増加している。25歳~34歳の減少は率にして16.8%に達し、この年齢層に対する人材獲得競争の激化を裏付けている。また、女性や高齢者への依存度の高まりが、多様な働き方を求める背景の一つとなっている。
また、2018年の就業者は6664万人、うち雇用者は5605万人、内訳は正規の雇用者3485万人、非正規の雇用者2120万人であり、雇用者に占める非正規の比率は37.8%に達している。(出典:「労働力調査結果」(総務省統計局))
働き方改革は社会改革であり経済改革である
このような中、国は2017年3月「働き方改革実行計画」を決定する。そこには、「一人ひとりの意思や能力、そして置かれた個々の事情に応じて、多様で柔軟な働き方を選択可能とする社会を追求する」ことを目指した社会改革であり、生産性の向上、成果の分配、賃金の上昇、需要の拡大を通した「成長と分配の好循環」を目指す経済改革であるとの考えが示されている。
これを受けて、働き方改革関連法が成立し、順次施行されつつある。その要点は以下の通りである。
(1)働き方改革の総合的かつ継続的な推進 (施行:2018年7月6日)
働き方改革に係る基本的な考え方を明らかにするとともに、国は、改革を総合的かつ継続的に推進するための「基本方針」を定める。
(2)長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等 (施行:2019年4月1日)- 残業時間の上限規制
- 勤務間インターバル制度の導入促進
- 年5日の年次有給休暇の取得(企業に義務づけ)
- 月60時間超の残業の割増賃金率引上げ
- 労働時間の客観的な把握(企業に義務づけ)
- フレックスタイム制の拡充
- 高度プロフェッショナル制度
- 不合理な待遇差の禁止 ⅰ)パートタイム労働者・有期雇用労働者
- 労働者に対する待遇に関する説明義務の強化
- 行政による履行確保措置及び裁判外紛争解決手続(行政ADR)の整備
ⅱ)派遣労働者
このうちの(1)については、従来の雇用対策法が「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(略称:労働施策総合推進法)」に改正され、同法の規定に基づき、2018年12月に、「労働施策基本方針」が公表されている。
労働時間法制の見直しと労働時間の適正な把握
「長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等」を目指した労働時間法制の見直しの中で、特筆すべきは残業時間の上限規制である。
これまで法律上は上限のなかった残業時間を、原則として月45時間・年360時間とし、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができないとしている。臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、年720時間以内、複数月平均80時間以内(休日労働を含む)、月100時間未満(休日労働を含む)を超えることができず、月45時間を超えることができるのは年間6カ月までとされた。
月45時間は1日当たり2時間程度、月80時間は4時間程度に相当する。大学職員については、管理監督的立場にある上位者がこのことを十分念頭に置きながら、業務指示と勤務管理を行う必要があり、経営レベルでも定期的に全体の状況を掴んでおく必要がある。
前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息を確保する勤務間インターバル制度は努力義務だが、長時間労働の是正に有効と考えられる。また、清算期間の上限が1カ月から3カ月に延長されたフレックスタイム制もさらなる普及が期待される。
本改正に先立つ2017年1月、厚生労働省は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を公表している。
その中では、単に1日何時間働いたかを把握するのではなく、労働日ごとに始業・終業時刻を確認・記録する必要があるとされている。
その原則的な方法は、使用者自らの現認もしくはタイムカード・ICカード・パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎とした確認のいずれかであるとしたうえで、自己申告制によらざるを得ない場合は、対象となる労
働者及び管理者への十分な説明、必要に応じた実態調査、労働者による適正な申告を阻害する措置の禁止など具体的事項を挙げ、労働時間の実態を正しく把握するための措置を講じるよう求めている。
労基法に基づく時間管理と安衛法に基づく時間管理
このガイドラインは、労働基準法に定める労働時間、休日、深夜残業等の実効を確保することを目的としたものである。対象となる労働者は労基法41条が定める適用除外者及びみなし労働時間制が適用される労働者を除く全ての者であるが、「本ガイドラインが適用されない労働者についても、健康確保を図る必要があることから、使用者において適正な労働時間管理を行う責務がある」としている。
2018年7月公布の新労働安全衛生法はこのことを法律上明記し、健康管理の観点から、裁量労働制の適用者や管理監督者を含め、全ての者の労働時間の状況が客観的な方法その他適切な方法で把握されるよう義務づけている。
大学教員の場合、主として研究に従事する者(授業や入試等の教育関連業務の時間が5割に満たない程度の者で、診療業務を行う者を除く)には、労使協定締結を条件に専門業務型裁量労働制が適用されるが、これらの教員についても労働時間管理を行うことが求められている。
重要なことは、労働時間管理には労基法の要請に基づくものと安衛法の要請に基づくものがあり、後者は裁量労働制の適用を受ける大学教員にも及ぶこと、加えて、これらの教員に対しても、使用者は深夜労働について割増賃金を支払い、休日・休憩を与える義務があるという点である。
裁量労働制はあくまで「所定労働時間労働したものとみなす」制度であり、この点が、労働時間規定の適用除外として新たに創設された高度プロフェッショナル制度と異なる。
労基法の考え方と大学教員の業務実態に乖離
調査時期は少し遡るが、私学経営研究会「第3回私学教職員の勤務時間管理に関するアンケート調査報告書」(大学・短大約700 校に送付、回答数268 校、回答率38%、調査期間2017年6月~7月)によると、専任教員の出勤確認について、最も多いのが「出勤簿に押印(出勤時刻の記入なし)」57.4%で、「タイムカード・ICカード」、「WEB勤怠管理システム」、「出勤簿に押印(出勤時刻の記入あり)」を合計しても32.8%にとどまり、「確認しない」との回答も7.5%ある。退勤については38.8%が「確認しない」と回答している。
また、裁量労働制を導入していない大学・短大が76.5%にのぼる一方で、「時間外勤務・休日出勤どちらも三六協定を締結している」との回答は32.5%にとどまっている。
国立大学法人と公立大学法人は非公務員への移行を機に、就業規則の制定や労使協定の締結などを行い、主として研究に従事する大学教員には裁量労働制、附属学校教員には変形労働時間制を導入するなど、労働法令に則った制度面の整備を進めてきたが、運用面では多くの課題を抱えている。また、上記の調査結果から窺えるように、私立大学・短大の実情は様々で、法令対応の面で大きなバラツキがあると思われる。
前述のガイドライン公表以降、国公私を問わず労働基準監督署による大学への立入調査が増え、是正勧告を受けて改善を急ぐ事例も少なくないようである。
労基法をはじめとする労働法令が業務の実情に合わないと思われる部分は、様々な業種や職種に見られる。経済界が裁量労働制の適用拡大やホワイトカラー・エグゼンプションの導入を求めてきたことにもそれなりの理由はある。
とりわけ大学教員の意識や業務実態と労基法の考え方の間には大きな隔たりがある。米国はホワイトカラー・エグゼンプションの中の専門職エグゼンプトの一形態として教員を位置づけることで労働時間規制の適用を除外している。我が国においても検討されるべきであろう。
その一方で、過酷な環境で働かされている若手教員や任期付教員にも心を配る必要がある。彼ら彼女らのみならず教員全員が労働法制によって労働者として様々な保護を受けているという事実も忘れるべきではない。「教育・研究活動は労働ではなく、大学教員は労働者ではない」との意識も分からないではないが、労働や労働者に対する認識があまりに一面的過ぎるように思われる。
不合理な待遇差の禁止と説明義務の強化
「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保(同一労働同一賃金)」の第一の要点は、不合理な待遇差の禁止であり、これにより、同一企業内において、正社員と非正規社員の間で、基本給や賞与などあらゆる待遇について不合理な差を設けることが禁止される。
より具体的には、パートタイム労働者・有期雇用労働者について、「均衡待遇規定」により、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の内容を考慮して不合理な待遇差を禁止するとともに、「均等待遇規定」により、職務内容、職務内容・配置の変更範囲が同じ場合は、差別的取扱いを禁止する。ここに言う職務内容とは「業務の内容+責任の程度」である。
また、派遣労働者については、派遣先の労働者との均等・均衡待遇または一定の要件を満たす労使協定による待遇のいずれかを確保することを義務化する。
第二の要点は、労働者に対する、待遇に関する説明義務の強化である。雇入れ時の有期雇用労働者に対する、雇用管理上の措置の内容に関する説明義務(パートと派遣については既に義務化)、非正規社員から求めがあった場合、正社員との間の待遇差の内容・理由等を説明する義務、説明を求めた労働者に対する場合の不利益取扱い禁止規定、をそれぞれ創設する。
第三の要点は、行政による事業主への助言・指導等や裁判外紛争解決手続(行政ADR)の整備である。
これらの法改正に基づき、厚生労働省は2018年12月に「同一労働同一賃金ガイドライン」を公表し、正社員と非正規雇用労働者との間で、待遇差が存在する場合に、いかなる待遇差が不合理なものであり、いかなる待遇差が不合理なものでないのか、原則となる考え方と具体例を示している。
ガイドラインでは、基本給、昇給、賞与、各種手当などの賃金にとどまらず、教育訓練や福利厚生等についても記載している。禁止される待遇差が広範に及ぶことに留意する必要がある。
また、厚生労働省は2020年4月1日施行に向けて準備すべき事柄を取組手順書として示している。その要点は次の通りである。大学においてもこれを機に実態を整理した上で、新たな業務体制と人事管理の構築を目指す必要がある。
- 労働者の雇用形態を確認する
- 短時間労働者・有期雇用労働者の区分ごとに、賃金(賞与・手当を含む)や福利厚生などの待遇について、正社員と取扱いの違いがあるかどうか確認する
- 待遇に違いがある場合、違いを設けている理由を確認する
- 待遇に違いがあった場合、その違いが「不合理でない」ことを説明できるように整理する
- 法違反が疑われる状況からの早期の脱却を目指す
大学教員の労働時間管理に話を戻すと、多くの大学は自己申告で対応しようとしているものと思われるが、実際の運用は決して容易でなく、実効性の観点からも様々な課題があるだろう。
また、現在の大学は、任期付き教員、有期雇用職員、派遣職員など多様な構成員の貢献なしには成り立たない。不合理な待遇差の禁止と説明義務の強化に適切に対処するための課題は多い。
新たな法規制により労務リスクは間違いなく高まる。その回避のためだけでなく、教員の働き方を見直しながら、教育・研究の質を高めるために何をなすべきか、多様な雇用形態の構成員が能力を発揮できる環境をどう整えるかなど、この機を活かす積極的な姿勢や取組も大切である。
そのためにも、働き方改革が何を求めているのか、その本質を理解することが不可欠である。
本稿執筆にあたっては、厚生労働省Webサイト内「「働き方改革」の実現に向けて」の掲載情報を参考にするとともに、首都大学東京人事課長那須 牧子氏、同課主任亀谷 将之氏から資料収集等の協力を得た。
(吉武 博通 公立大学法人首都大学東京 理事)