高校生の心理と行動に寄り添う多様なアプローチ/桜美林大学
急増する志願者数
高校生達の大学選びに変化が生じている。文部科学省が三大都市圏への学生集中是正を目的に、大都市圏の大規模大学を対象にした定員管理厳格化施策を実施しているためだ。例えば定員8000人以上の私大であれば、入学者が定員を1割超えた場合、助成金は不交付となる。大学側は合格者を絞り込むようになり、受験者側は「確実に合格できるところに出願したい」と志願校を見直すようになった。受験業界のサイトを覗くと、いわゆる難関とされる上位大規模大学で志願者が減り、中堅大学の志願者が増えている様相が報告されている。
上位大規模大学か、中堅大学か。この区分けだけでいえば、桜美林大学(以下、桜美林)は中堅大学に位置づくのだろう。そして実際、その志願者数は伸びている。ただ、桜美林の場合、急ぎ断っておく必要があるのは、定員管理厳格化の影響をはるかに超えるレベルの志願者増が確認されることだ。図表1を見て頂きたい。わずかな期間に、志願者が急激に増えている状況が読み取れる。志願者数が最も少なかった2014年を基準に考えれば、2019年の志願者数は3.2倍。2018~2019年の1年間だけでも1.6倍、8635人の増加である。
私立大学で初めて導入した「学群制」
桜美林の歴史を紐解けば、1921年に清水安三が北京郊外に創設した崇貞学園まで遡る。戦後、1946年に桜美林学園として生まれ変わり、47年に中学校、48年に高等学校を開校し、50年に短期大学、66年に大学が開学した。
東京都町田市のキャンパスを中心に4つのキャンパス(2020年度からは5キャンパスの予定)で展開する桜美林での学びは、建学の精神「キリスト教精神に基づく国際人の育成」にある通り、グローバルな学びに力点が置かれている。留学派遣は全国7位(朝日新聞出版「大学ランキング2019」)、THE 世界大学ランキング日本版2019では国際性の評価が全国38位。ブランド力のある大学群と比べても、決して引けを取らない。
加えて注目されるのは、「学部制」から「学群制」への移行を進めてきた点だ。隣接領域の専門分野を括った「学群」のなかで、学生達は、興味・関心のある科目を選択し、自ら学びの形を作り上げるようになっている(図表2)。全国私立大学で初めての試みだが、その検討は1990年代はじめ、大学設置基準大綱化の頃から始まっていた。畑山学長は「興味・関心が所属学部を超えていく学生達の様子を見ていて、幅広い学修を支える仕組みを整えなければいけない、学修の論理を重視したシステムを築かなければならないと考えたわけです」と回顧する。
十分な準備期間を経て、まずは2005年に総合文化学群(のちの芸術文化学群)がスタート。続く2006年に健康福祉学群とビジネスマネジメント学群、2007年にリベラルアーツ学群が開設された。2016年にはグローバル・コミュニケーション学群を開設。2020年度には航空・マネジメント学群も誕生する予定である。
入学部の気づきが生んだ「AO・推薦準備セミナー」
緩やかな領域の括りのなかで、自由に学びを設計する。そのために用意された学群制だが、導入当初は分かりにくさのほうが目立ったのかもしれない。学群制が導入された2000年代半ばからしばらくの間、志願者数はむしろ減退していた(前掲図表1)。
量の問題は、当然ながら質の問題につながる。入学部(アドミッションズオフィス)の高原部長は、課長として入学部に戻った2015年、AO入試の出願書類の一つである自己申告書を読んで愕然としたという。「2000年代半ばにも係長として入学部に所属していたのですが、その頃に読んでいた自己申告書との差に驚きました。内容を伴う自己申告書もあるのですが、いわば二極化とも言えることが起きていたのです」。
この気づきが入学部を動かした。高校現場を見て回り、生徒一人ひとりに対する指導時間が十分ではない現状を知った。「だとすれば、私達の手で、高校生たちが自己分析をするためのセミナーをやってみようと。そうすれば、高校生達が書く自己申告書の質も高まるのではないかと考えました。高校の先生方から『そういうのがあるといいよね』という声を頂いていたということもあります」(高原部長)。
一年後の2016年には高校生を対象とした「AO・推薦準備セミナー」を立ち上げた。コンセプトは「目的意識のある積極的な進学に向け、学修動機と学びへの期待感を高める/楽しく他者と関わりながら、自己理解を深め、自ら選択する」。セミナーの所要時間は1回90分。高校生にとってはやや長めのセミナーだが、個人ワークやペアワークで自己理解を促し、出願書類の材料探しや文章組み立てを学ぶ濃密な時間が体験できる場になっている。
インプット支援体制の整備へ
出願書類作成をゴールとする「AO・推薦準備セミナー」は、いわば高校生達のアウトプットを支援する事業に当たる。そして高原部長の説明によると、このアウトプット支援を始めたからこそ、インプット支援の必要性も見えてきた。「高校生が自分の経験をまとめる手助けをすれば、成長も促せるし、その延長上で入試の質も高まると思っていました。けれども蓋を開けてみると、少なくない高校生が『学校』と『部活動』と『家』の三角形の中だけで生活をしていて、意外と『挑戦』や『壁』といった言葉に見合う経験に出会えていないことが分かりました。インプットそのものを増やすプログラムも必要ではないかという話になりました」。
そこで、「AO・推薦準備セミナー」を始めた翌年2017年には、インプットに関わる新たな支援「じぶん探求プログラム」を出発させた。参考にしたのは、1990年代から注目していた米国の非営利団体カレッジボードが提供するAP(アドバンスト・プレイスメント)プログラムだ。プロフェッショナルの話を聞く、現場に足を踏み入れる等々、高校生が実際に体験する機会を提供するため、大学が有するネットワークを駆使してプログラムを設計する。2017年度は最終的に7プログラムを提供、2018年度は17プログラムと数を伸ばし、2019年度には元認定NPO法人カタリバの今村亮氏を専属プログラムコーディネータに迎えた。そして「AO・推薦準備セミナー」と合わせて名称を「ディスカバ!」に変更し、活動のさらなる拡充を目指している。「インプット支援については、来年度には年間30プログラムを提供するぐらいには大きく成長させたいと考えています」と高原部長は強調する。
こうしたアウトプット支援とインプット支援はいずれも順調な成長を遂げている(図表3)。成功の要因は、「情報収集力」と「行動力」に集約されよう。必要を感じたら現場に赴く。海外の事情に対して高くアンテナを張っておく。すぐに企画する。ただ、要因はそれだけではない。「柔軟性」が大きな鍵を握っている。2つの側面から説明しておきたい。
第一に、2つの高校生支援「ディスカバ!」に対し、結果を強く求めない。
桜美林が手掛ける取り組みは、かなり手間がかかるものだ。にも拘わらず、学長は「結果にはこだわっていない」という。「ディスカバ!」によって優秀で意欲的な層が志願してくれるようになれば、もちろん歓迎する。しかし、学びに関しては、ダイバシティーこそが重要だ。多様な人達に入学してもらいたい。だから高校生に働きかけて、その一部が本学に興味を持ってくれれば、合格点をつけたいとのことだった。高原部長も「プログラム参加者のなかには、本学に工学系や医・薬学系がないにも拘わらず、『ディスカバ!』に参加してくれる高校生もいます。でも、その方が参加者の多様性がより増すので大歓迎です」と笑顔で話す。
第二に、学内関係者だけでの実施・運用が難しいと判断したときは、躊躇せず、民間業者など学外関係者の力を借りている。
大学の取り組みは、できる限り学内関係者の手でという考え方もあろう。しかし畑山学長は、この点について次のように断言する。「学内だけで何かやろうとすると、どうしても様々な制約がかかってしまう。学内という条件に縛られるより、より完成度の高いプログラムを生み出すことを重視したほうが良いのではないでしょうか。高校生達のためにやっているプログラムなのですから」。今村氏に協力を求めたのも、こうした発想による判断だ。開催するプログラムについては、その内容が学群の教育と重なれば学内の協力を仰ぐが、そうでなければ特に連絡もしないという。
100%の内容を提供するためにどう動けばいいのか。誰の力を借りればいいのか。多くの選択肢の中で、ベストの方策を探っている。
浸透し始めた学群制の意義
なぜ、桜美林大学の志願者数が急増しているのか。改めてこの問いを考えれば、強く結果が求められることはないとはいえ、挙げてきた取り組みが功を奏しているのは確かだろう。自分達のことを懸命に考えてくれる大学の姿は、間違いなく高校生達の目に魅力的に映る。
桜美林の取り組みは、これからどこに向かうのか。高原部長に尋ねたところ、いくつもの案が返ってきた。セミナーやプログラムの数を増やすだけでなく、地方展開を充実させたい。長期休み期間中の実施にとどまっている現状を改善したい。オンラインの次元で何ができるのかを探ってみたい──。これからも挑戦は続きそうだ。
ただ、志願者急増の理由は、もしかしたら「ディスカバ!」以外の部分にシフトしつつあるのかもしれない。「高校の先生方のなかには、どの大学に進学したいか分からない、大学で何がしたいのか分からない生徒に対して、『じゃあ、桜美林に進学したら』とアドバイスしてくださる方もいらっしゃると聞きます。『分からなければ、桜美林』。最高の誉め言葉だと思っています」。畑山学長のこの言葉に変化の兆しが感じられる。
先行き不透明な時代である。数年先のことも分からない中で、進路に迷う高校生が出てきても不思議ではないだろう。周りの状況を見ながら、そして色々な人の話を聞きながら自分なりの学びを構築できる学群制の意義は、恐らく導入当初以上に高まっているはずだ。だからこそ志願者数は増加の一途を辿っているのではないか。
学長は「結局はディシプリンに返るということを、最近強く感じています。学術の世界で培ってきた方法論は、未知のことに対応するための重要な武器になる。学生達には、ぜひともそれを獲得してほしい」とも話す。
緩やかでありながらも、押さえるところは押さえる。大学ならではの学びを大事にしながら、時代の少し先を行く。こうした桜美林の姿勢に関心を持ち、進学を望む高校生はますます増えていくように思われた。
(濱中淳子 早稲田大学教授)
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