入学前から就職まで一人ひとりを大切にする教育を/神戸女子大学

神戸女子大学キャンパス


華々しい就職実績

 神戸女子大学は、文学部、家政学部、健康福祉学部、看護学部からなり、約3500名の学部生を擁する中規模大学である。神戸市須磨のキャンパスに加えて、ポートアイランド、三宮にもキャンパスをもつ。また、小規模ながら博士課程までの大学院を持ち、短期大学を持つ。もともとは、1940年の神戸新装女学院の設立を起源とし、1950年に短大を開設、その後1966年に4年制大学を開設して現在に至る。洋裁学校から始まったこともあり、短大は服装科のみ、4年制大学は家政学部のみで開設された小規模な教育機関であった。その後、文学部は1969年と早期に設置されるが、健康福祉学部は2006年、看護学部は2015年と、比較的最近の設置である。

図1 就職希望率、就職率の推移

 設置学部の構成から分かるように、管理栄養士、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、看護師、保健師、助産師、教員・保育士等、専門職養成の教育に力を入れており、それを大学のアピールポイントとしている。ただ、これらの専門職のうち、大学の教育課程で資格取得が叶うのは教員と保育士であり、それ以外は全て国家試験に合格しなければ資格取得ができない。誇るべきは、それらの合格率が極めて高く、全国平均を上回っていることである。例えば、2019年3月の卒業生データによれば、社会福祉士は、受験者数50名以上の私立大学で第1位※1 に輝き、全国平均29.9%の合格率のところ78.6%の合格率を誇る。また、管理栄養士では、全国平均60.4%のところ96.7%の合格率を出しており、合格者数は全国第7位※ 2である。管理栄養士についていえば、卒業生のうちのほとんどが受験し(2009 年から2018 年の10 年間の平均で98.5%)、そのうちの90%以上が合格している(10年間の平均93.0%)。教員に関しても、2018年度の卒業生は、公立幼稚園・保育所にのべ41名が合格、公立小学校にのべ59名が合格しており、関西地区でトップレベルにある。

 就職実績でもう1つ加えるべきことは、就職希望率、就職率(就職希望者のうちの就職者)が、ここ5年に限ってみても上昇を続けていることである(図1)。ここには、上記の専門職資格取得者以外の一般の企業への就職者等も含まれている。また、就職者のうち、正規雇用率は80.7%にのぼり、関西地区の私立大学で3位に位置しているという。これら華々しい就職実績の秘訣は何だろう。

やりたいことを重視する就職サポート

 一言で言ってしまえば、充実した就職サポートである。国家試験に関しては、管理栄養士養成対策室、社会福祉士国家試験対策室、看護学部国家試験対策室、教職支援センターと、それぞれの試験ごとに対策室を設置し、各試験に見合ったかたちでサポートをしている。管理栄養士養成対策室では、2カ月に1回学内模試を実施し、そのフォローアップを行う。生物、化学の授業では、文系出身者等、理科が不得意な学生にも徹底したサポートを行い、生化学、解剖生理学等の管理栄養士基礎科目の学習につなげている。社会福祉士国家試験対策室では、大学の教育課程とは別に国家試験対策講座を実施し、定期テストの中には国家試験を想定した出題をするものもある。教職支援センターでは、面接、課題小論文の添削指導を行い、模擬試験を実施する。これらのいわゆる試験対策は、どこの大学でもそれなりに行われており想定内である。

 受験勉強とやや異なるのは、管理栄養士養成課程では1年生から将来をイメージする授業があり、看護学部国家試験対策室では1年生から学習支援を行い、担任教員や学習支援アドバイザーを置いて学生の相談に乗っていることだ。それらの職業がどのようなものか、それへの適性はどのようにして磨いていくか、高校を卒業したばかりの1年生では充分な知識を持ち得ていないのが現実だろう。従って、できるだけ早期に、専門職の具体的内容を知り、仕事をする自分の姿をイメージし、モチベーションを高めること、これらのサポートにはそうした意図が込められているように思う。そのことが、結果的に、受験勉強に積極的に取り組むことになり、合格の暁には、専門職として長く働き続けることになるのだろう。

 もちろん、試験対策以外のサポートも充実している。キャリアサポートセンターでは、まず、3年の10月に学生全員に個別面談を行い、その後の就活の過程においても、各種の相談や面接の練習と、個別のサポートがなされている。驚くべきは、こうしたサポートを可能にするために、就活用に学生の個人データベースを作成し、随時情報を蓄積更新していることである。

 神戸女子大学は女子大学にしては珍しく、県外出身者が多く半数に上る。主な出身地域は中四国であり、彼女達は、大学は都会への憧れもあって神戸へ出てきたが、そのうちの半数は地元に戻ることを希望する。そうした者への配慮も欠かせない。Uターン就職ガイダンスを開催して各都道府県の就職支援担当者から話を聞く機会を設け、Uターン就職希望者がメリットを得られるよう県外企業や自治体と就職支援協定を締結している。

栗原伸公 学長

 早期の職業意識の醸成という点では、1年生のキャリア授業において、各学科の卒業生を招き、働くことの意味、学生時代の取り組み等について経験談を語ってもらう講演を行っている。卒業生には就活から内定に至るまでの個別具体の事例のレポート提出を求めており、過去10年分の「受験報告書」データとして就活生の心の拠り所となっている。報告書の提出は強制ではないものの、内定者のほとんどが提出しているそうだ。この受験報告書にいかに助けられたか、それを次には後輩に伝えようとする先輩の優しさを見ることができる。

 こうした就職サポートが、ただ、合格率や内定率を上げるためだけのものではないことを、栗原伸公学長は次のように強調される。「就職は合格や内定の一時のものではありません。自分がやりたい仕事を見つけ、その仕事に意欲を持って長く働けるようにするためなのです。世の中にはどのような仕事があり、自分は何がやりたいのかをなるべく早い時期に見つけることが、重要です。就職できれば良いのではなく、就職後早期に辞めないようにということも含めて個別支援を行っているのです」。個別支援は就職に限定されたものではなく、この大学を貫くモットーであることは、学長のお話の展開からよく分かる。

細やかな配慮に満ちた日常

 県外からの入学者が多いことを特徴とする神戸女子大学であるが、実は、他方で第一志望で入学してくる者は半数強にとどまる。ということは、半数弱は不本意入学者と言えなくもない。それらの学生の学生生活を、如何に楽しく意義あるものにして、社会に送り出すか、これが大学全体の課題である。そして、そのことを栗原学長は、「学生一人ひとりのニーズを把握して、一人ひとりを個人として大切にすること、これが大学の教育方針です。卒業生が、大学をちょくちょく訪ねてくれること。学生が卒業式のときに、本当は第一志望ではなかったけど、この大学でよかったと言ってくれること。高校の先生が、学生をこの大学に送ってよかったと言ってもらえること。このような大学であることを目指してきました。そして、この一人ひとりを大切にすることは、究極的には自分でものを考えられるようになることです。そのためにきめ細かく相談に乗るのです」と語られる。

「SaKuRa Yell's」プロジェクト

 では、そうした大学になるために、大学全体としてどのような取り組みをしているのかと尋ねると、不思議なことに、FDとして特筆すべき活動は特段ないと言われる。むしろ、そのような雰囲気が言葉にせずとも大学全体に共有されていて、自然と行われているのだという。形になっているものとしては、1クラス40人のクラス担任制が敷かれ年1回の個人面談があるが、それは必ずしも珍しいものではない。むしろ、年1回の面談に限らず、何かあったらいつでも相談に乗っていること、研究室のドアをノックする学生がいたら、仕事の手を休めて学生に向き合うこと、これが日常なのだという。大学に染み渡っているこうした雰囲気の中で、どの教員も赴任して数年もすると、それが当たり前になるのだそうだ。だからこそ、一人ひとりを大切にすることができるのだろう。単純計算した教員1人あたりの学生数は19.8人、教員にとっても学生一人ひとりに目が届く数である。学生一人ひとりが大切にされていることの、もう1つの証左は、退学率の低さにも見ることができる。学生数2000名以上の関西の私立大学の退学率を低い順に並べてみると、神戸女子大学は0.8%で2番目に位置づいている。半数弱が第一志望でなくても、大学生活に満足して卒業しているのだ。

 こうした方針に貫かれた教育は、学生にも伝わっている。2017年、18年の2カ年度にわたって行われていた、学生企画による受験生向けの「SaKuRa Yell's」プロジェクトがそれである。かつての受験生達は当時の不安な心境を振り返りつつ、どのようにしたら受験生が受験時にほっとできるか、そして、この大学を選んでくれるには何をすべきかを考えた。具体策は、一般入試時に、写真にみるような「『がんばれ』の代わりに小さな春をキミに。」との言葉が添えられた桜模様の合格祈願カイロをそっと手渡す、また、合格発表日には、合格通知書に6名の学生生活を小説仕立てにした冊子と合格お祝い動画が見られるQRコードを同封することとして結実した。お祝い動画は、まだ国公立受験等のある受験生の心理を考え、在学生が合格を歓迎する気持ちのみを伝えるものとした。

 学生達は、この大学にきてよかったと思っているからこそ、受験生の心理に配慮しつつ大学の魅力を伝え、希望して入学する者を増やそうとしたのだ。もう少し続いてもよかったのにと思うのは、筆者1人だけではないだろう。

細やかな配慮に満ちた日常

 さて、洋裁学校としての出発は、当時の戦争未亡人が子どもを抱えていても生きていけるように手に職をつけることにあったという。その点では、資格志向の実学主義は、現在でも生きている。建学の精神にある「勤労と責任を重んじ」、教育綱領に示されている「勤労を愛し義務と責任を重んじ」という文面は、それを表している。自立した人間としての社会貢献は勤労にある。だからといって、就職がターゲットではない。

 「資格を取らせることで終わってはならないのです。変化の激しい時代、資格だけでは変化に対応できません。大学でしかできないこと、即ち、学問がベースにある教育をと考えておりますし、学生には研究マインドを身につけて巣立っていってほしいと願っています。研究マインドとは、いわば自分で問うことができることなのです」。栗原学長の話は熱を帯びる。

 そのために、表1に見るように、多くの学部・学科が入門ゼミを設置し、卒研ゼミにおける卒論を必修としている。卒論の準備は3年生から始まる。確かに、ゼミは少人数であり、そこで一人ひとりに目をかけながら、学問をするとはどういうことかを教えることができる良い機会だし、卒業論文・研究は4年間の学習の総合である。とはいえ、資格試験準備に多くの時間をかける中、それに加えて、卒業論文の制作に励むことは、時間のやりくりという点と方向性の違いという点で大変だ。方向性の違いに関して言えば、資格試験準備であれば、大学受験の延長で正解の追究に励むことで目標達成に近づくことができる。しかしながら、研究とは、自分が明らかにしたいことは何かと問いを立て、それが他者によって達成されていないことを確認し、そのうえでその問いを自分で解いていくという作業である。大学でしかできないことと学長が言われるのは、まさにここにある。

表1 学科別ゼミ・卒業論文必修一覧(2019 年度入学生用)

 ただ、社会で仕事をすれば、自分で問うことの連続であることはすぐ分かる。資格だけで生きていけないと学長が言われるのは、受験のために覚えた知識だけでは、不十分だという意味であろう。「自分で問う」ことと、「自分でものを考える」とは通底しているし、資格を取得して勤労することと、研究マインドを持つこととも通底している。4年間かけて、学生一人ひとりに向き合って、そのことを教えているのである。

 話がややそれるが、ほぼすべての学部・学科に博士課程までの大学院を設置することの意味は、この学問の楽しさを教えることの一環であるという。小規模ながらも博士課程までを持つことで、学問の楽しさに目覚めた学生をさらに研究にいざなうだけでなく、学問を追究しようという教員を増やすことができるのだそうだ。学長によれば、教育の質は教員の質で決まるところが大きく、教育の質を上げようと思えば、質の高い教員を雇用する必要があり、質の高い教員を雇用するためには大学院の存在は魅力の1つになるという。

 「うちの卒業生は、どちらかといえばおとなしく、まじめだけれど、自己主張をすることがないようで…」と学長は謙遜されるが、本心は逆だろう。「うちの卒業生は、自己主張をするよりも、コツコツとまじめに仕事をし、努力することは惜しみません」と。そう言えるだけの教育をされている自負を感じる。

(吉田 文 早稲田大学教授)



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