教職員・学生の声を聴く全学ワークショップを経たグランドデザイン/龍谷大学〈龍谷大学基本構想400〉
龍谷大学は、1639年に京都・西本願寺境内に設置された学寮に淵源を有し、2019年には創立380周年を迎えた日本有数の伝統を持つ大学である。日本で最も長く継続している教育研究機関とされており、建学の精神である「浄土真宗の精神」に基づいて、全学部の学生が「仏教の思想」を必修とし、知識としてだけでなく、生き方として仏教を学ぶことを特徴としている。龍谷大学は、9学部・10研究科・1短期大学で構成され、学生数約2万人、教職員数約800人の大規模総合大学として、京都市と滋賀県大津市にキャンパスを有している。大津市に設置する瀬田キャンパスは1989年に仏教系大学として初めて理工学部を設置して開設され、2015年には仏教系大学初の農学部が設置された。龍谷大学では、現在、職員や学生の意見を反映しながら創立400周年となる2039年に向けた将来計画の策定が進められている。この新たな計画策定のプロセスや特徴について入澤 崇学長にお話をうかがった。
400周年に向けた20年のグランドデザイン
龍谷大学では、私立学校振興助成法が制定・公布された1975年から長期計画に基づく大学運営に取り組んできた。2019年度に第5次長期計画の最終年を迎えることから、現在、次期将来計画の策定が進められている。過去には1期6年から12年の時間軸で長期計画が策定されていたが、現在は1期10年を基本として、5年ごとに見直しを行う形で進められている。2019年に30周年を迎えた理工学部及び社会学部の設置と瀬田キャンパスの開設は創立350周年(1989年)を機に計画したものであり、2015年に農学部を設置したことは現在の第5次長期計画(以下、5長)の中で進められてきたものである。龍谷大学における大きな取り組みは、その時々の将来計画に基づいて進められてきたのである。
次期将来計画の策定に当たり、これまでの流れであれば、次も10年計画で考えていくことが自然の流れであった。しかし、龍谷大学では次期計画を、創立400周年を迎える2039年を目標年とした20年を期間とする長期計画として、「龍谷大学基本構想400-2039年創立400周年を超えた未来に向けて- グランドデザイン」として策定した。この背景について入澤学長は、「大学を取り巻く環境が厳しくなっていくなかで、龍谷大学はこのままで良いか、という危機感があった。400周年にはどのような大学であるべきか、理想を掲げて大学運営を行っていくために20年の計画とした。しかし、計画の見直しはこれまでの5年でなく4年として回していくことにしている。計画の期間が長くなるのではなく、むしろ短くなる」と話す。
創立400周年という大きな節目を迎えるなかで、大学のあり方を再定義し、大学の方向性を示す共通目標・理念を将来ビジョンとして20年の超長期計画として示すとともに、それに向けた具体的な施策を1期4年の中期計画として策定し、短期的な見直しを積み重ねていくこととしたのである。新たな将来構想(以下、「基本構想400」)は、新学部や新キャンパスを作ることよりも、学生に焦点を当て、「学生の光り輝く大学へ」という理念を重視したものである。そして、この基本構想400において、“「まごころ~Magokoro~」ある市民を育み、新たな知と価値の創造を図ることで、あらゆる「壁」や「違い」を乗り越え、世界の平和に寄与するプラットフォームとなる。”という「2039年の将来ビジョン」を示し、そのうえで、2039年を到達点とした5つの長期目標が示されている(図1)。
これらの長期目標を踏まえて、①教育戦略、②グローバル戦略、③研究戦略、④社会貢献戦略、⑤組織運営戦略、⑥法人戦略の6つの重点戦略が設定されている。この計画は、時間をかけて検討すべき課題として「超長期計画(20年間)で取り組むもの」(財政の健全化、施設・設備の更新、キャンパス構成の見直し等)と、継続的かつ速やかに対処すべき課題として「中期計画(4年間)で取り組むもの」(学部改組、カリキュラム改革、研究高度化等)が区分けして整理されていくこととなっている。5つの長期目標に対して、4年間で具体的に取り組む中期計画をアクションプランとして位置付け、各学部・部署で数値目標を含めた具体案を策定し、大学全体として責任を持って取りまとめていくこととされている。
龍谷大学では、この計画を「超長期-中期計画ハイブリッド方式」として位置付けており、中期計画を1期4年としたことは、学士課程の4年間と合わせた期間としたためとしている。
若手教職員主体の将来構想タスクフォースで原案策定
このような新たな長期計画の内容は、学長の諮問機関である大学将来構想委員会(以下、「委員会」)において検討された(図2)。2019年5月末に委員会による答申が学長に提出され、この答申を受けて6月に執行部案として整備され、7月以降、大学の最高意思決定機関である評議会での検討が続けられ、2019年11月に「グランドデザイン」として承認された。2019年度内にはより具体的な構想を取りまとめた中期計画としてのアクションプランが策定される計画となっている。
創立400周年という区切りの中での20年後の大学の将来ビジョンを示すことは、大学としてとても大きな意義を持つ取り組みである。龍谷大学では、この新たな計画の策定に当たり、若手教職員が原案策定に重要な役割を果たすとともに、計画案に対する学内教職員や学生を対象とするワークショップを行うことで学内の意見を反映させた。入澤学長は「計画の策定に当たり、2039年に現役である若手教職員に計画の原案を作ってもらった。大切なことは、龍谷大学をどうしたいのか、どういう教育をしたいのか、どういう学生を育てていきたいかであり、若手教職員に自分ごととして自分達の大学として案を出してもらった。若手からの提案はとても刺激になった。それが今回の計画の基盤にある」と話す。
新たな計画の策定に当たっては、学長の諮問機関として、副学長が担当し、将来計画担当理事を中心メンバーとする10名程度の委員会が設置され、その下に、15名の若手教職員からなる将来構想タスクフォース(以下、「タスクフォース」)を置いて検討が進められた。計画策定を支える事務組織は、学長室(企画推進)が担当を担い、議論の経過をつないでいく体制で進められた(龍谷大学では、学長室に法人本部、広報、企画、の3つの機能を担う事務体制とし、業務を分担する組織構成になっている)。
タスクフォースの若手教職員は、各学部長からの推薦をもとに選抜したメンバーで構成され、2018年6月から検討が始められた。タスクフォースは、3つのチームに分かれて5つのテーマを分担して検討を行い、2週間に度、多い時には週に1度の会議を行うとともに、合宿形式での集中的な検討会や丸一日かけた会議等も行い、精力的な検討の結果、原案がまとめられた。タスクフォースのメンバーの中には、最初は、なぜ自分が選ばれたのかと感じていた人や仕事が増えるからできるだけ関わりたくないという人もあったとのことであるが、議論を進めるなかで、大学のことを自分ごとと考えるように変わっていったという。
教職員・学生の声を聴く、全学ワークショップを実施
そして、タスクフォースでの検討がある程度具体的にまとまるなかで、2019年2月に全学の教職員向けのワークショップが行われた(図3左)。計画案のなかの7つのテーマをあげて、テーマごとにテーブルを作り、タスクフォースのメンバーがそれぞれファシリテーターを担当し、一つのテーブルに15〜20人くらいの教職員が参加して、KJ法を用いて意見を出し合った。この形式の意見交換を30分ごとに3回繰り返すラウンドテーブルとすることで、参加した教職員が複数のテーマの意見交換に参加できるようにした。このようなワークショップを、教職員は誰もが参加できるものとして、2つのキャンパスでそれぞれ行ったところ、180人程度の教職員の参加があったという。
入澤学長はこのワークショップに2回とも参加したうえで、「教職員ワークショップを開催する前は、大学執行部が行う形式的なものではないかと疑心暗鬼になる教職員もいた。しかし、ワークショップを通じて、タスクフォースのメンバーが真摯に教職員の声を傾聴し対話したことで、多くの人からワークショップがあって良かったという声を聞いている。今後も対話のある大学として、定期的にやっていきたいと思っている」と話す。そして、教職員のワークショップでは様々な意見が交わされ、研究時間の確保や環境改善等、そこから長期計画の検討に反映されたこともあるとのことである。これらの意見を集約してタスクフォースが原案をまとめ、それが委員会で議論され、学長に答申されたのである。
そして、2019年6月に執行部としての案がまとまったあと、2019年7月に学生の声を聴くための学生対象のワークショップが行われた(図3右)。学生には、10年後、20年後の大学のあり方を尋ねるのではなく、日頃感じている事柄を聞くことを目的に、① 4年間で解決してほしい問題、②こういう大学であってほしいという長期的なアイデア、の2つのテーマを設定した。教職員のワークショップと同様に、グループに分かれてKJ法で意見を出し合うかたちで進め、学生からの要望を集約してリストアップしていった。200人くらいの学生が参加し、瀬田キャンパスの交通アクセスのあり方等、具体的な課題が指摘されたという。これらの学生からの指摘は、4年間の具体的な実施計画であるアクションプランに改善方策として反映させていくことになっている。
建学の精神に向き合う機会に
このように基本構想400を教職員や学生の参加のもとで具体化していくだけでなく、その策定に当たっては、建学の理念である浄土真宗の精神をどのように表現するか、建学の精神の具現化も大きな課題であった。建学の精神を学生に理解してもらうために、その内容を具体化し、龍谷大学ならではの建学の精神を学ぶことは大切である。そのために、浄土真宗の精神を現代的に読み替えて、大学のあり方や教育のなかにうまく取り入れることを考えなければならない。
一方で、建学の精神を分かりやすく示すために浄土真宗の教えのどの部分に焦点を当てるのかについては、以前から学内でも様々な考えがあったという。例えば、現在の第5次長期計画では、建学の精神(浄土真宗の精神)に基づいて、すべての「いのち」が平等に生かされる「共生(ともいき)」を、大学の理念として示している。また、2019年の創立380周年記念に当たって、入澤学長は、行動哲学として「自省利他」というコンセプトを示した。これは、現在の社会では、自分が正しいということが、自己中心性となって様々な問題を起こしていることから、仏教の教えの中にある利他の精神を示したものである。このように、建学の理念である浄土真宗の精神の表現の仕方は一つではなく、広がりがあるのである。そして、その表現のあり方には批判的な意見を含め、学内に様々な意見もあるという。
「まごころ〜Magokoro〜」を基本理念に位置づけ
このような中で、基本構想400では、建学の精神から「まごころ~Magokoro~」を基本理念に位置付けた。これは、入澤学長が、国連が2015年に「持続可能な開発のための2030アジェンダ」として採択した、地球上の誰一人として取り残さないとして示した方針であるSDGsは、仏教の精神に通じるものとして注目し、そのことを、入澤学長が理事長を務める浄土真宗本願寺派の宗門関係学校で構成される龍谷総合学園(24学園70校が参加)の取り組みとして「仏教SDGs ~まごころある国際人の育成」をコンセプトとして示したことが背景にある。
龍谷大学の基本構想400策定の中で、タスクフォースがこの「まごころ」というコンセプトを取り入れて、「まごころ」ある市民育成を理念として示すとともに、2039年の将来ビジョンとして世界に発信することからローマ字での表記を加えた。このように建学の精神をどのように表現するかについても、若手教職員の中で議論が行われたのでる。しかし、「まごころ」をローマ字にしていることに対して、教職員のワークショップでは抵抗感も示されるなど、様々な意見があったという。建学の精神ですら、与えられるものではなく、議論をして深めていこうとする対話がなされてきたのである。長期計画の策定は、その内容だけでなく、建学の精神に向き合う機会にもなっているのである。
計画策定のプロセスから生まれた効果
このような長期計画の効果は、計画を作成して大学の方向性を示すだけでなく、作成するプロセスでの成果も感じられている。入澤学長は、「若手教職員が本気で取り組んでくれて、それが周囲に良い影響をもたらした。自分達の大学のことだから自分達で考える、自分ごととして大学のあり方を考えてくれた」と話す。大規模総合大学で一つの方向性を示すことは簡単なことではない。龍谷大学では、長期計画の策定に当たって、教授会や評議会や様々な会議体、また、教職員や学生によるワークショップ等の様々な機会を設定して、意見を取り入れながら丁寧に進めてきた。基本構想400のグランドデザインの策定に際しては、最高意思決定機関である評議会で7回の議論を行ったという。若手教職員だけでなく、意思決定に責任のある役職者にも自分達の大学の将来に対して本気の議論が行われたのである。
龍谷大学の新しい長期計画の策定は、文字通り全学的な議論のなかで作られていったものである。それは、大学のあり方を多くの時間と労力を費やして考えることでもある。「全員参加」や「大学全体で」、と言うことは簡単である。しかし、実際に大学運営に責任ある役職者だけでなく、若手教職員、幅広い教職員、学生が、大学のこれからのあり方を、建学の精神から具体的な改善課題まで広く議論し、自分ごとと捉えている大学はどのくらいあるだろうか。
龍谷大学が創立400周年という将来目標に向けて、全学を挙げて大学のあり方を新たに定め、発展に向けた方向性を示していくプロセスからは、大学とは何かを考えさせられる。そして、龍谷大学のこのような取り組みは、大学に関わる学生や教職員が、自分達の大学を作っていくモデルケースとして、多くの大学でお手本とすることができるのではないだろうか。
(白川優治 千葉大学国際教養学部准教授)