防災教育で養成する有為の人材/国士舘大学〈学校法人国士舘 中長期事業計画〉

国士舘大学キャンパス


大学内部の結束が強まった第1次中長期事業計画

 私立学校法の改正により、2020年4月より私立大学も中期計画の策定が義務付けられた。ガバナンスを強化し、教育の質の向上を図ることが狙いである。文部科学省によれば、中期計画を策定している私立大学法人は60%程度であり、国立大学が法人化とともに中期目標・計画を策定するようになったこととは大きな違いがある。他方で、安定的な経営を目指して早くから中期計画を策定している大学もあり、私立大学間の濃淡も大きい。

 本稿では、既に2015年から5年ごとの中長期計画を策定し、この計画のもとに教育・研究・社会貢献活動に邁進している国士舘大学の事例から、中期計画の策定に関するヒントを探ることにしよう。

 国士舘大学は、2017年に創立100周年を迎えた。この喜ばしい節目と裏腹に、翌18年からは18歳人口の長期低減が始まる。こうしたなか、国士舘大学として、どのような社会的使命のもと、どのような社会的ニーズに応えて、100周年後を生きていくか、それを考えることが、2015年-2019年の第1次中長期事業計画の策定の背景にあった。学納金に依存した経営を余儀なくされる私立大学である以上、18歳人口減少の影響を最小限に食い止め、長期的に安定した財務体制を構築せねばならない。社会的使命を確定すること、財務状況の中長期の見通しをつけること、この2つが最も大きな課題であった。

 社会的使命に関しては、建学の精神に立ち返ることで学内の意志統一を図った。国士舘大学は、第1次世界大戦後の社会問題・社会不安の解決に尽力する「国士」の養成を目的として設立された。この建学の理念を現代的に解釈すれば、「世のため、人のために尽くしうる、有為の人材の養成」ということになる。これは、特定の時代や場に限定されることなく、どの時代、どの場でも通用する普遍的な理念である。大学を構成するメンバー、特に教員は誰もが一家言を持っている。それらの多様な声に耳を傾け、誰もが納得する社会的使命にまとめ上げていくことは、そう容易なことではない。ここまで到達するには、相当の困難があったそうだが、建学の理念を柱に据えることで、大学の方向性が定まっていったという。

 財務状況に関しては、図1に示すように、2017年度以降は収支バランスを確保できないマイナスで推移するという予測のもと、中長期事業計画に公開した。当時、大学の財務状況について、その見通しまでを公表する大学は少なく、しかも、支出が収入を上回るマイナス予算という、およそ大学にとって都合の悪い情報を公開する大学等ないに等しかった。それを敢えて公表したのは、データをきちんと示し、それをもとに議論することが重要と考えたからにほかならない。

 これらを見るに、第1次中長期事業計画は、大学外部に対しての情報公開という以上に、大学内部の結束を図るための情報共有の意味合いが強かったように思う。情報共有によって風通しを良くすることで、忌憚のない議論を重ねることができ、そのことが大学を強くするという意図が、当時の執行部にはあったのだ。

図1 第1 次中長期事業計画

教育・研究の質を落とさずプラス収支へ転換 第2次中長期事業計画

 第1次中長期事業計画と比較して、2020年-2024年の第2次中長期事業計画は、各部署のアクションプランが具体的に記され、より詳細な客観的データを多用した記述になっている。ある意味、より外向けに作成されたと言ってもよい。

 それは、第1次中長期事業計画が意味を持ったと判断し、その発展型として第2次中長期事業計画を位置付けたからであろう。第2次中長期事業計画のそのような記述が可能になったのは、1つには、メディアの各種大学ランキング指標で国士舘大学が上位に位置付けられ、大学経営に自信が得られたことも関係していよう。例えば、『AERA』の2019年10月21日号では、33の私立大学のうち収益性(ROE)という指標において4位にランクされており、また、『東洋経済オンライン』2018年12月14日号では、2018年卒の公務員就職者数の多い大学200校において15位にランクされている。大学ランキングそのものに対する賛否は様々にあるものの、客観的なデータは他大学と自大学とのベンチマークとしての利用価値はある。また、こうした学外の評価の学内に対する影響力は大きく、学内に対して、中長期事業計画に沿った経営をすることへのお墨付きを周知するには十分であった。

 第2次中長期事業計画でも2024年までの財務データが記されているが、第1次中長期事業計画と異なり、毎年度の事業活動支出は、当年度の事業活動収入の範囲内で推移することが見通されている。即ち、第1次中長期事業計画のマイナス収支が、第2次中長期事業計画ではプラス収支に反転しているのである。ここには、収入に関して学納金の値上げが大きく働いているし、支出に関しては第1次において50%を大きく超えていた人件費比率を50%未満にまで抑制したことが効いている。人件費とは即ち教職員の給与だが、教育・研究の質を落とさずに人件費を削減することは容易ではない。若手専任教員の積極的採用の一方で、非常勤教員の削減、本務職員の適正配置による削減をすることで、マイナスからプラスへの転換を成し遂げた。たとえ、不都合な情報であっても開示する、国士舘大学の場合、こうした姿勢がプラス収支へと導いたということができよう。


柔軟で臨機応変な計画により好機を逃さない

瀬野 隆 常任理事

 ところで、この第1次及び第2次の中長期事業計画は、どのようなメンバーによるどのような組織で策定されたのであろう。2つの中長期事業計画の策定を主導された瀬野 隆常任理事は、「教学と法人が一体となって学園全体としての相乗効果を極大化させるために、既存の会議体、例えば、理事会や学部長会とは切り離し、機動的に動くことができる委員会を置き、そこで議論を取りまとめて決定する、これが計画を策定し、運用するに当たって良かった点です。そうでないと利害の対立ばかりが表面化することになって進まないのです」と語られる。

 図2は、第2次中長期事業計画を策定するに当たっての組織図だが、国士舘教育総合改革検討委員会と第2次中長期事業計画策定委員会が重要な役割を果たしていることは明瞭に分かる。前者は、全学的な視点に立って今後重点的に取り組む事業や課題を検討して決定し、それを後者が引き受けて、事務局として運用に向けて取りまとめをするという関係にある。従来の役職者は、国士舘教育総合改革検討委員会のもとでの専門部会として、関係する課題について検討し、その結果を提案することと位置付けられている。全体を俯瞰する視点での議論ができる体制、それを実際の担当者が参画してバックアップする事務局体制の2つがあってこそ、事業計画の策定が可能になるのである。

 もう1つ興味深いのは、計画を策定してもそれはロードマップではないという。瀬野常任理事は、「計画をあまりにも綿密に立ててしまうと、好機があっても計画にないからやめようということになるのです。それは計画に囚われるあまり、せっかくのチャンスを逸することになります。計画になくても良いと判断されることであれば、積極的に実行することが重要と考え、敢えてロードマップは作成しませんでした」と言われる。

 計画はあっても柔軟に運用、臨機応変に対応ということであるが、別の視点から考えればそれだけ計画の幅があり、かつ、綿密なものとなっているということではないだろうか。担当者を中心に十分に練られた計画であれば、計画として公表されている事態以外のことも予測されているはずだ。万が一、そうした事態が発生したとしても、他の選択肢の可否の判断がなされ当初計画とは異なる最善のルートを採ることができるのであろう。

 さらに言えば、この事業計画が瀬野常任理事をはじめとする大学のリーダーが牽引したからこそ、当初計画にない好機を捉えるという姿勢を維持できたのであろう。教学と財政の両方に知悉した者が、そのバランスを取りつつリードすることは、学内改革を行うための有効な手法の1つかもしれない。こうしたなかで職員の意識は、本当に大きく変化したと、瀬野常任理事は述懐される。

図2 第2 次中長期事業計画策定組織図

防災リーダー養成教育への注力

 国士舘大学が、もともと文武両道を謳い、取りわけスポーツ振興に力を入れてきたことはよく知られているが、その延長として、現在では防災教育に注力していることはあまり知られていないだろう。前述の通り、国士舘大学の卒業生は公務員になる者が多いが、特に警察や消防等が多い。スポーツによって心身を鍛錬しているからこそであり、「世のため、人のために尽くしうる、有為の人材の養成」というミッションを体現した1つの姿である。さらに緊急を要する場、例えば災害時等を想定したときに、このミッションのもとで心身を鍛えられた学生は、一層「世のため、人のために尽くしうる」人材として活躍できるのではないか、そうしたなかで防災教育の重要性が新たな方向性として見えてきた。具体的には、2000年には体育学部に開設したスポーツ医科学科で、「救急救命士」の受験資格が得られるようカリキュラムを編成し、また、2017年からはどの学部に所属していても、「防災士」の受験資格が得られるようカリキュラムを改革している。加えて、2013年からは、全新入生に対して、「防災総合基礎教育」として、災害に関する基礎知識の習得、心肺蘇生法、応急手当、搬送法、初期消火等の実習を課しており、全学を挙げた防災教育を実施していることが分かる。

 防災教育への注力の契機になったのは、2011年3月11日の東日本大震災である。当初は2011年4月に防災拠点大学を目指して開設予定であった防災・救急救助総合研究所であるが、厚労省の許可のもと震災直後から救援活動に参加したこともあり、この研究所を拠点として防災リーダーの養成に関する多面的な活動を実施し、それらを総合した「防災リーダー養成学」という学問体系を構築することを目指している。

 これらは、第1次、第2次の中長期事業計画にも明確に位置付けられ、興味深いことに、第1次中長期事業計画では防災教育の対象が全学生・生徒であったものが、第2次中長期事業計画では教職員までがその対象とされ、取りわけ職員に対しては研修に導入することが記述されている。教職員自らが防災意識を高め、万が一の場合に適切な行動をとれるようになることでもって初めて、全学的な防災教育が可能になると考えられているのである。

図3 防災事業概要

将来のキャリア実現の可能性を伝え、国士舘のミッションに共鳴する学生募集を

 このように国士舘大学においては、中長期事業計画を作成したことが、大学のミッションを再確認し、財務の安定化、ガバナンス体制の強化といったことにつながった。明文化し、エビデンスを示すことは、大学の進むべき方向性を大学の構成員の多くが共有することにつながるのである。これまでのところ、その方向性は問題ないという判断であり、今後も打ち出した方向を維持していこうと考えられている。大学の規模に関しても、当面はこのままで大規模化することは念頭にないという。周囲の大学が18歳人口の減少期に規模拡大を図ってきたこととは対照的である。

 このことについて、瀬野常任理事は、次のように考えを披瀝される。「確かに規模拡大をすれば学納金は増えます。しかしながら、規模拡大によって、現状の志願率10倍という数字をどこまで維持できるかは不確かです。志願率が下がれば、来てほしい学生が取れなくなっていきます。それは大学の質を考えたときに望ましい方向ではないと考えるからです」。学生には、国士舘大学が掲げるミッションに共鳴して入学してほしい、そのような思いがにじむ言葉である。「そのためには、国士舘大学の教育を受けることで、将来のキャリア形成ができることを、もっとアピールしていく必要があると考えております」と語られる。

 そして、それは、これまでに打ち出してきた公務員、特に警察や消防等高い使命感を持つ職業をターゲットにした人材育成であり、その延長に位置付く防災士や救急救命士である。それは大学のミッションに従うものであり、それにもとづき事業計画にも記載された。とすると、中長期事業計画を策定することは何ら特別なことではないことが分かる。ミッションを再確認し、それをもとに教育プログラムを策定し、その実施を可能とする財政基盤を固める。そして、そのような環境で育成される学生が、社会のどのような需要に応え得るものなのかという視点を含みこんで構築することなのである。そう考えることができるのであれば、義務化された中期計画の策定は大したことではない。これまでの経営を、明文化すればよいのである。国士舘大学の事例は、そのことを教えてくれる。

(吉田 文 早稲田大学)



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