問題発見・解決の視点を涵養 キャンパス全体がデジタルメディアを検証する巨大な教育実験場/慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC) ファブキャンパス

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス


高汐教授、石川教授、田中教授

 「問題発見・解決型教育」。もはや定説となったこの言葉を、時代に先駆けること1990年に教育理念として掲げたSFCも、今年で開設30周年を迎えた。文理融合教育、自分で組み立てるカリキュラム、国内大学初のインターネット環境等、パイオニアの実績はさることながら、SFCもアップデートし続けなくてはとの思いがある。30周年に向け、現在進行形でキャンパスを変えていこうという動的なタイミングの中、2016年に開設したのが「ファブキャンパス」だ。「問題発見・解決型」思考を培うキャンパス作りのご参考に供したい。

実験キャンパスの未来を拓く「FAB」

志願者数の推移

 開設当初から“実験キャンパス”を標榜してきたSFC。実験とは新しいチャレンジであり、育てたい人材像も「実験空間に参加でき、卒業してもその実験を続けてくれる学生」と明快だ。

 SFCでは「デジタルメディアは創造のパートナー」というポリシーのもと、キャンパスマスタープランが描かれた30年前に、キャンパスの中心地にメディアセンターを配置。インターネット、バイオ、脳科学と研究テーマが移りゆく中、「今の時代における実験と未来を開拓するテーマは何か」を5年前に議論したのが、ファブキャンパスのきっかけだった。ファブ(FAB)とはファブリケーションの略で、デジタル工作機械による成型技術を指す。

 デジタルが対象とするのは、衣食住やロボット、電気自動車等、実はアナログな物質(フィジカル)だ。例えばロボットなら、研究開発でデジタルデータを駆使しても、最後の試作品は専門業者からの納品を待つ必要があった。しかしテクノロジーが向上し、田中浩也教授がいち早く3Dプリンタを導入すると、研究室内で形にして触りながら変える、早いスパンでの改良も可能になった。デジタルとフィジカルをダイレクトに結合する創造性こそがファブの本質だ。2010年頃までには、各研究室でデジタルと物質の研究が一斉に始まり、研究室単位でなく、キャンパス全体に横断する環境を整備しようと、2016年にファブキャンパス委員会を立ち上げた。

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス地図

3つのレイヤーで主体的な学びを喚起

 環境を用意すれば、学生は躊躇なく使ってくれる。「新しいデジタル技術に関して、教員より若者のほうが詳しいのはよくある話。大人が知っていることしか子どもにやらせないっていう教育は極めてまずい」と語るのは田中教授だ。学生が教員の先を行くことをむしろ喜びとするSFCのカルチャーが根底にある。

 とはいえ、FAB機器をニーズ別に、①入門、②発展、③大型の3つのレイヤーで整理し、キャンパス内に配置したのには狙いがある。

 「入門でまずは触ってみることでユーザーが育ち、もっとやってみたくなって勉強して、研究にもつなげていく。3段階のレイヤーは、そのように育ってほしいという僕らのメッセージ。その流れが実際にうまく回っている」(高汐一紀教授)。

 単に作るだけでなく、石川 初教授のもとではその先の「循環型」実験も始まっている。ファブキャンパス委員会では、作る→使う→壊す→戻すまでの資材のライフサイクルをきちんと考えてデザインできる人材を育てる必要性を議論した。廃材から資材を生み出す学生達の中に、着実に循環型FABは育っている。

 教員がファシリティを整備したいと思ったら、安全な使い方やマネジメントを一緒に考えてくれる職員がいる。そこには都会から離れた立地という学生募集上不利な条件を抱えた共通の危機感があるからで、学生が集う理由を作るのも動機の一つだった。

 「キャンパスができてから10年ぐらいは、SFCが何をやっても新しかった時代。それをどうつなげていくかという時代を経て、今は30年経ったものをどう見直して使い続けていくか、新しい意味を与えるかという、読み直しの時代に入ってきた」と石川 初教授は言う。壮大な実験キャンパスの今後に期待したい。



レイヤー1(入門ファブ)

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスSBCセンター

【写真右】
制作物の展示、講評をするSBC(StudentsBuild Campus)センター。レジデンス型教育研究施設「未来創造塾」の設計・使い方を、学生が自分達で考える「SBCプロジェクト」のアイコン的存在。PCの中で見えなかったデジタルをフィジカルにして出すと、周囲とのコミュニケーションが生まれ、色々な展開が始まるのがものづくりの面白さだ。

【写真左】
メディアセンター1Fのガラス張りで最も目立つ場所に置かれた「ファブスペース」。ファブの初心者が対象で、常勤の「FABコンサルタント」が学生のフォローを行う。12台の3Dプリンタ、3Dスキャナ、デジタル刺繍ミシン、レーザーカッター等を常備し、ここを利用した人の7割がものづくりを専門としない学生だ。


レイヤー2(発展ファブ)

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス「アトリエフロア」

入門ファブで体験したら、より専門性を深めた特別教室のレイヤー2へ。オミクロン棟2Fに ある「アトリエフロア」には、ファブスタジオ、建築アトリエ、ロボットアトリエ、電子工作アト リエが設置され、授業や研究が展開されている。


レイヤー 3(大型ファブ)

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス「アトリエフロア」

【写真右】
「未来創造塾」の敷地内に、木工に特化したファブ施設「DFF-W(Digital Fabrication Factory-Wood)」がある。SBCプロジェクトの学生がデザインに参加した未来創造塾は、寝食を共にしながら、研究や木工制作に打ち込めるスペースだ。

【写真左】
レイヤー3には、ハイエンドで危険度も高い大型ファブ施設を配置。「DFF-M(DigitalFabrication Factory -Metal)」は、ゼータ棟にある金工に特化したファブ施設。「DFF-W」と合わせ、大型ロボットアームや大型CNCを使い、建築や自動車を実寸大で制作できる。

(文 能地泰代)



【印刷用記事】
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