大学を強くする「大学経営改革」[88] 新興感染症がもたらす歴史的危機の中で大学のこれからを考える 吉武博通

全世界に多大な健康被害と社会的・経済的打撃

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、全世界に多大な健康被害をもたらすとともに、社会・経済活動に深刻な打撃を与えている。

 日本でも2020年1月に感染が確認されて以降、岩手県を除く全都道府県に広がり、4月7日には緊急事態宣言が発出される事態となった。幸いにも欧米各国に見られる感染爆発までには至らず、5月26日以降宣言は全面解除された。

 これを受けて、感染制御を行いながら社会・経済活動を段階的に引き上げていく新たなフェーズに入ったが、感染の再拡大や第2波による被害を避けるための、石橋を叩きながらの難しいオペレーションが求められている。そのなかで、いわゆる3密(密閉、密集、密接)を避ける「新たな生活様式」を定着させていかなければならない。

 世界経済はリーマンショックを凌ぎ、世界恐慌以来最悪の状態とも言われている。グローバル・サプライチェーンの寸断と需要の蒸発により生産、消費、雇用の全てが一気に落ち込み、早期回復は困難との見方が大勢を占める。

 成長と効率をひたすら追求してきたグローバル・キャピタリズムは、繰り返し問題を指摘されながらも、その勢いは止まることがなかったが、コロナショックにより、その根本が問い直されている。

 人類は幾度となく感染症の脅威に晒されながら今日に至っている。都市への人口集中と密集、移動の増加と高速化、開発による自然破壊等が新たな感染症を生み、健康リスクを増大させてきた。その逆に、感染症が世界の歴史を変える重要な要因となった事例も少なくない。

 ポストコロナと呼べる時期がいつ到来し、そのとき社会が如何なる姿になるのか、現時点で見通すことは難しいが、コロナ以前からポストコロナへの移行は、様々な面でパラダイム・シフトを伴うものになるであろう。

未曾有の困難を乗り越えつつ新たな大学像を構想

 だからといって大学が果たすべき基本的な役割が変わるわけではない。ポストコロナ時代のより良き社会の実現に向けて、それを担う人材を育て、新たな知識を創出すべく、教育、研究、社会貢献の各機能を高め、発揮していく必要がある。

 当然、それぞれの機能の持ち方や方法については根本的な見直しが求められるであろう。既に始まった遠隔授業は変革に備えた実験でもある。どうすれば学生に伝わるか、学ぶ意欲を持続させることができるかについて、同時期にこれほど多くの教員が考え、工夫を凝らしたことがあっただろうか。

 視線をポストコロナから足下に戻すと、乗り越えるべき問題が数多く横たわり、それぞれに難度が高いことがわかる。存立基盤の急速な悪化に直面する大学も増え、世界各国で高等教育システムが危機を迎える可能性もある。

 大学はこの未曾有の事態を如何にして克服するべきか、そして、ポストコロナの時代にふさわしい大学像をどう構想し、その実現に向けて変革を進めていくべきであろうか。

 時間軸を大きく3つに区切り、感染拡大への危機感が高まり始めた2月下旬から緊急事態宣言解除の5月下旬までを「緊急時対応」、感染制御を続けながら社会・経済活動を段階的に引き上げ、新たな生活様式を定着させるまでを「段階的移行」、終息後を「ポストコロナ」とし、大学の課題について考えてみたい。


図 3つのフェーズにおける大学の課題


困難を乗り越えながら始まった遠隔授業

 多くの大学がウェブサイトに新型コロナウィルス感染症に関する特設ページを設けている。学生への注意喚起に始まり、2月下旬から3月上旬にかけて卒業式の中止や縮小を伝えている。その頃、外国人留学生と留学中の日本人学生に対する指示・支援も大きな課題となっていた。

 状況が大きく動いたのは感染者数が急速に増加を始める3月中旬以降で、入学式の中止と新年度の授業開始時期の延期が相次いで打ち出され、学生の構内立入禁止措置も講じられるようになった。この時点では、授業開始を4月下旬とする大学も多かったが、4月7日の宣言発出前後から、多くの大学が開始を5月の連休明けまで遅らせ、開始後当分の間または春学期を通して遠隔授業とする方針を打ち出した。

 教職員も在宅勤務が基本となり、会議はオンラインに変わり、大学施設内での研究活動もほぼ停止状態となった。リモートワーク体制の整備状況や業務特性の違いで勤務実態に差が生じ、非正規雇用の教職員の業務や処遇に対する配慮も課題となった。この段階で大学が最大のエネルギーを注いだのは「遠隔授業による教育」と「学生の支援」であろう。

 遠隔授業は、学生が授業の動画や講義資料等を都合の良い時に視聴・閲覧する「オンデマンド型」とテレビ会議システム等を用いた「リアルタイム(同時双方向)型」に大別される。その選択は教員に委ねられるが、大学はソフトウエアやテレビ会議システムの導入、LMS(Learning Management System:学習管理システム)の整備、ネットワークの増強に加え、遠隔授業に関するオンライン説明会の実施、コンテンツ作成の支援等を行うことで、授業開始に備えた。また、端末の保有や通信の状況等学生の学習環境をアンケートで確認し、支援措置を講じた大学も多い。

 芝浦工業大学では4月早々に、前期の授業を遠隔授業により実施することを決めた。教育イノベーション推進センターの榊原暢久教授は、初回の学内説明会で、「遠隔授業で押さえるべき点は3点。初めに達成目標の確認を、習得の具体を確認できる機会確保を、質問や意見交換の機会確保を」と呼びかけたという。そのうえで、「現在までは順調に進んでいる。成績評価をする段階、成績評価が出揃ったときに課題が明らかになる可能性があるが、必ずしも遠隔授業の実施によって生じた問題ばかりとは言えない」と述べる。

 遠隔授業の導入にあたって、事例報告や課題共有が大学を超えて盛んに行われたことは注目すべきである。なかでも国立情報学研究所が3月26日に開始し、5月29日までに9回実施した「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」には高い関心が寄せられている。

 学生の支援については、履修関係をはじめとする数多くの問い合わせへの対応、就職活動に関する相談や不安の解消、学生の孤立を防ぐための働きかけ等が大きな課題となっている。とりわけ一度も登校することなく遠隔授業が始まった学部一年生に対するケアは重要である。

 その中でも最も深刻な問題は、アルバイト収入が断たれたり、保護者の所得が減少したりして経済的困難に陥る学生が増加していることである。既に多くの大学が個別に支援策を講じており、国も学びを継続できるよう「学生支援緊急給付金給付事業」を開始した。就学継続を断念することがないよう最大限の支援をしていく必要がある。

学生をどのような形でキャンパスに戻すのか

 6月から本格化する「段階的移行」では、「緊急時対応」の3カ月間をさらに上回る難しい判断と実施が大学に求められることになる。

 これまでは大学が閉鎖され、多くの機能が停止された状況で、授業開始と学生支援に集中することができたが、学生をどのような形でキャンパスに戻すのか、図書館、体育施設、食堂・売店等の利用をどう再開するのか等難しい対応が迫られる。

 教育面では、春学期を遠隔授業で通すのか対面授業を加えるのかの判断に加え、教室の感染対策、実験・実習を伴う授業の扱い、成績評価の方法等の問題に道筋をつける必要がある。

 研究活動の早期再開を求める声は日増しに強まっている。実験・観察データの継続的収集が必須の分野における中断の影響は計り知れない。大学院生の博士・修士論文の執筆も大きな影響を受けているだろう。研究室や実験室という狭い空間で感染防止を徹底しながら、研究を再開させるために克服すべき課題は多い。

 課外活動については、教職員の目が届きにくいこと、部室が3密の状態になりやすいこと、活動後の飲食がさらなるリスク要因となり得ること等を考え合わせると、感染防止を徹底しながら活動を段階的に引き上げる際のハードルは高い。

 また、世界各国・地域が渡航・入国制限措置を講じる中、留学生や研究者の受入・派遣はほぼ止まった状態にあり、国際交流が本格的に再開されるまでにはさらに長期を要するものと思われる。これまで推進してきた大学のグローバル化をどう持続・発展させていくのかも重要な課題である。

 2021年度入試も大きな影響を受ける。多様な選抜方式が広がるなか、それらを如何なる形で実施するのか、高校の休校や社会的距離を考慮して一般選抜をいつどのように行うのか、受験生の不安の払拭を含めて対処が求められている。

経済危機がもたらす影響の長期化が懸念される

 世界的な経済危機がもたらす影響が社会のあらゆる分野に顕著に現れるのもこれからであろう。

 2020年4~6月の日本の実質GDP前期比年率はマイナス20%を超えるとの予測も示されており、倒産や失業者の増加、所得の減少等、深刻な状況が長期にわたり続く可能性も指摘されている。

 学生の就職状況に関しては、2021年卒は既に選考が進む一方で、採用予定数を未定としている企業もあり、今後抑制に転じる可能性も否定できない。内定を得ていない4年生、インターンシップの準備を始める3年生等に対するきめ細やかなサポートが例年以上に求められる。労働力人口の減少で売り手市場と言われた就職環境が一挙に暗転するのか、それとも安定的な人材確保の方針が維持されることで採用減が小幅にとどまるのか、注意深く見守る必要がある。

 家計所得の減少や進学後のアルバイト収入への不安が高校生の進路選択に影響を及ぼし、大学進学率が低下し、国公立志向や地元志向が高まる可能性もある。その一方で、遠隔授業体制の充実、大学施設の3密回避対策、学生への経済支援、リモートワーク環境の整備等大学の支出増は避けられない。

 文教大学学園の本田勝浩経営企画局長は、「私立大学の財政が厳しさを増すなか、学費に対する学生・保護者の関心は高まる傾向にある。授業料返還を求める声も一部にある。遠隔授業の拡大が質の低下ではなく、教育の質を高める取組の一環であると納得してもらうことで学費水準も維持できる。経営と教学が一層連携を強めなければこの難局は乗り越えられない」と語る。

秋学期からの対面授業再開を目指す米国の大学

 5月28日時点で感染者176万人、死者10万人と世界最多の米国における大学の現状について、クレムソン大学理学部の木原由貴国際担当アシスタント・ディレクターに伝えてもらった。

 それによると、5月上旬にACE(米国教育協議会)が行った調査では、回答した学長の84%が、秋学期には「かなり高い可能性で」もしくは「おそらく」対面教育を再開すると答えているという。

 サウスカロライナ州に立地する州立ランド・グラント大学であるクレムソン大学も、秋学期の対面教育及び活動の再開を目指し、学生と教職員、地域の安全と健康を最優先しながら、科学的根拠に基づく検討及び準備を進めており、学生寮への入居、課外活動、学生支援についても、社会的距離の確保、個人用保護具の装着、手洗いの励行、大人数のイベントの禁止等の原則に沿って、継続または再開する予定だという。

 人口あたり感染者数が日本の約40倍に達する米国の秋学期からの対面授業再開をどう見るか、評価は難しいが、引き続き注視していきたい。

デジタルとフィジカルが融合した世界

 国立情報学研究所の船守美穂准教授は、「世界の大学はオンライン教育に移行している。大学側も学生側も不満を抱える一方で、これからは、感染者数を横目に、オンラインとオンキャンパスを随時切り替えいくことが求められる。授業時間も可変となることから、学修時間ではなく、学習到達度で、学位や単位の付与をするといった切り替えも必要」としたうえで、「大学教育の劣化に感じるかもしれないが、ポストコロナに待っているのは、教育・就労・生活のいたる面でデジタルとフィジカルが融合した世界だ。こうした近未来の世界像に適合した教育に投資することは、これまで呼び込むことができなかった層を高等教育に誘うことにもつながる。これからの大学は、社会に溶け込み、学習や協働の場を提供することが求められている」と述べる。

 今から100年前、世界人口の3分の1が感染し、数千万人の犠牲者が出たといわれているスペイン・インフルエンザから学ぶことは実に多い。一方で、今回のパンデミックでは、科学の発展、医療の発達、ICT(情報通信技術)の革新により、健康被害や社会生活への打撃が抑えられている面もあるだろう。

 人類社会は、感染症のみならず、自然災害、さらには自らが招いた環境破壊のリスクにも晒され続けるであろう。ウィルス一つとっても人間が知り得た知識はごく限られたものでしかなく、絶えざる探究が求められる。知を創造し、継承することを責務とする大学の役割自体が揺らぐことはない。

 一方で、教育と研究の機能の持ち方や発揮の仕方、社会との関わり方は変革を求められている。大教室に学生を集め、稼働率を高めることで経営を成り立たせてきた面も否定できない。そこからどう発想を転換するべきか、船守准教授の指摘はそのための視点や方向を示唆するものである。

 既に始まっていた変化がこれを機に一気に加速することも予想される。また、コロナ以前から行き過ぎを指摘されてきたグローバル・キャピタリズム、経済成長と地球環境、格差の拡大等について、立ち止まって問い直す好機である。感染防止のための監視・制限と人権の関係等民主主義のあり方自体も問われている。新たなパラダイムを構築するためにも学術面からの貢献は不可欠である。

 パンデミックを通し、知識を得て、自立して考え、協力して行動することの大切さを改めて痛感させられる。そのための教育は如何にあるべきだろうか。大学にとどまらず教育機関が担うべき役割は大きい。


(吉武 博通 東京都公立大学法人 理事 筑波大学名誉教授)


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