DS領域における社会全体のボトムアップとヘルスケアと掛け合わせた新たな価値創出/横浜市立大学大学院 データサイエンス研究科

横浜市立大学キャンパス

POINT
  • 5学部6研究科を擁し学生数約5,000人、2つの附属病院を有する横浜市が設置する公立大学
  • 2018年データサイエンス学部設置に続き、2020年大学院にデータサイエンス研究科を設置
  • 開設初年度は研究科として42名が入学、ほぼ全員が社会人


横浜市立大学(以下、YCU)は2020年大学院にデータサイエンス(以下DS)研究科(データサイエンス専攻:以下DS専攻、ヘルスデータサイエンス専攻:以下HDS専攻)を設置した。その設置趣旨について研究科長である山中竹春教授にお話をうかがった。

■社会に応え、独自性を高める

 YCUがDS領域の学部・研究科を設置した背景には、2つの観点があるという。まず、「大学の価値をどう高めるか」という点だ。「少子高齢化が進むなか、生き残るためのさらなる独自性を構築する必要があります」と山中教授は言う。YCUには多様な専門性があるが、伝統的に医学と商学という強みの2本柱があり、どちらも実学分野だ。山中教授はこう続ける。「実学が牽引する大学だからこそ、ビッグデータ時代に社会の価値創造を進めていくというストーリーが成り立つ。議論を重ねるうちに、『客観的にデータをとって価値創造する行為は全ての領域の基盤となる志向性=リベラルアーツそのものだ』という話になりました」。実学の大学だからこそ、現代のリベラルアーツとしてのDSの価値を早くから認識していたと言える。2018年設置の学部は、基礎的なDSスキルとともに「データを基に実社会の価値を創る」という意識づけに軸足を置き、これからの社会を生き抜く足腰となるリテラシーとしてのDSを徹底して学ぶ。一方、2020年設置の大学院は社会で即戦力となる人材育成を掲げる。

 もう1つの観点は、大学が果たす社会への責任である。周知の通り、国内のDS・AI人材が大幅に不足するなか、人材育成ニーズが高い領域で教育研究を展開する意義は大きい。YCUでは学部・研究科のみならず、文理融合・実課題解決型データサイエンティスト育成「YOKOHAMA D-STEP」も展開する。これはYCU(代表校)・東京理科大学・明治大学と、国内初の官民データ活用推進基本条例を制定した横浜市、首都圏に集積する民間企業が連携し、イノベーション創出を担うDS人材育成を推進するものだ。学生や社会人に対し、レベル別に3つの教育パッケージを提供する。「社会全体のリテラシーレベルを引き上げるため、ニーズに応じた教育を提供する価値は大きい」と山中教授は言う。

■伝統学問伝統学問≠現代学問 という構図

 日本政府もDS・AI人材不足に対して手をこまねいていたわけではない。2016年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画に従い、DS・AI人材育成を戦略的に進めるべく、文部科学省に「数理及びDS教育の教科に関する懇談会」が設置され、同年12月「数理及びDSに係る教育教科」拠点校採択、コンソーシアム形成や全国的モデルとなるDSの標準カリキュラム・教材の開発等が行われている。2019年には内閣府が、人間中心のAIを基軸に2025年までのAI人材育成の必要性を提起したAI戦略2019を公表する一方で、数理・DS・AI教育プログラム認定制度の検討を進めている。山中教授は内閣府の制度検討専門委員のほか、文部科学省科学技術・学術審議会や厚生労働省厚生科学審議会でも専門委員を務める等、DS教育に関する国の動きに深く関わる専門家である。その一方、YCUでもDS学部設置準備委員長やDS研究科設置準備委員長、2020年からはDS研究科長に就いている。国と大学両方に関わる立場から、DS教育の難しさについて、「既存学問の掛け合わせでDSは設計できない」と話す。「DSが扱うのはビッグデータであり、既存の統計学等とは研究対象は同一ではない。統計ビッグデータ=DSではないのです。DSは、モード論で言うところのモード2の学問なのであって、伝統的なモード1の学問体系をいくら掛け合わせてもモード2の学問にはならない。モード2の学問の成果を評価するのは社会であり、専門領域を同じくする専門家集団内で評価が行われるモード1の学問とはそもそもの立ち位置が異なるのですが、まさにこのことが当てはまります。どちらが大事かという話ではなく、両方ともに重要なのは当然ですが、日本はモード1の学問体系に価値を置きすぎていると感じます。そのフレームで全てを捉えようとしすぎている。それではビッグデータ時代の新しい価値創出には足らず、国としてもそういう視界を持つDS・AI人材が必要なので、本学も当然社会に軸足を置いた研究を進めます」。

 では、具体的にはどのような教育研究を展開していくのか。

■DS専攻:データの出所・価値創出先である社会との連携を学生がプランニングする

 まずDS専攻である。DS専攻は、2021年度に完成年度を迎えるDS学部を中心とした学部卒業生を受け入れるという側面と、社会人に必要なDS教育を提供するという2つの側面がある。教育内容としては図1に挙げた3つの力を育成の中心軸に据え、Project-based Learning(以下PBL)中心に社会での価値創造を手掛けていく。「PBLは学びをプロジェクト化すること、とも読み換えられます」と山中教授は言う。重要になるのは実データが存在する社会との接点の取り方だ。「データがあるのは大学ではなく社会なので、データを有する企業連携の交渉、企業と大学でどうwin-winの関係にしていけるかが肝要となります。生データをもらえるような信頼関係をどう構築し、そのうえで、学生にプランニング力、プロジェクトメイキング力を発揮してもらうため、学生に対してはコーチング等の支援が必要になる。教員はそこを手厚くフォローします」。教員が全てお膳立てしたうえでのPBLには意味がない、設計からやることにこそ意味があるという。


図1 DS専攻の学びのポイント
図1 DS専攻の学びのポイント


図1 DS専攻の学びのポイント2


■HDS専攻:医療介護に特化したデータを扱える新たな価値創出を担う

 一方、HDS専攻では、医DSという相乗効果を創出できる国内で有数の大学としてのユニークなプログラム展開が主眼だ。山中教授は、「医療介護に特化したデータを扱える人材を育成したい」と言う。「国家予算の1/3を占める社会福祉領域には分析対象となる膨大なデータがあり、データを基に意思決定・価値創造していく必要性が高い。行政においてもEBPM(Evidence-Based Policy Making)をできる人材を育成することで社会に対する価値創出ができる」。学びのポイントは図2に示したが、ヘルス領域の専門知識とDSスキルを併せ持つ人材を、医療領域のみならず、民間や行政に輩出したいという。


図2 HDS専攻の学びのポイント
図2 HDS専攻の学びのポイント


 また、HDS専攻特有のポイントとして、プライマリケアができる研究医を育成するという観点がある。プライマリケア医とは、緊急の場合の対応から患者さんの継続的医療サポートまで、患者さんに一番近い(プライマリ)ところで診る医師である。一次の診断をつけてどの科に送るかを決める、診療のハブとなる役割も果たす。

 患者さんの重症度から治療の優先順位付けを行うトリアージの観点からするとプライマリケアは重要だが、「日本の医学教育ではより細分化・専門化した内容を扱うサブスペシャリティが優勢で、プライマリケア医に必要なトレーニングが十分体系化されていないという実情があります」と山中教授は言う。その一方で、高齢化、病床数減少と在宅医療の充実という社会の状況にあって、プライマリケア医の意義は急速に増大している。特に高齢化が進む都市部ではその傾向が今後顕著だという。

 プライマリケア医の領域では、包括する領域が多岐に渡る分、医師がいかにデータに基づいてクリニカルに思考するか=HDSの要素が重要となる。医師としての研究マインドを持つためにも、データを基盤とする思考は必須だ。国内に育成スキームがあまりないなかでYCUが示すHDS専攻の在り方に注目が集まる。

 開設初年度はDS 28名、HDS 14名、計42名が入学した。特にHDS専攻は「ヘルス領域(予防・医療・介護の総称)の専門知識を有する」ことを前提条件としたが、2.0倍以上の入試倍率となり、入学者の半分が医療従事者だという。「医療系の専門知識を有する人材が、政策の意思決定をする行政側でも必要とされている」と山中教授は言う。EBPMの観点からも、専門知識とデータを両方扱える人材は貴重だ。YCUが見据える今後のDS人材育成に引き続き注目したい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/7/21)