新たな価値創出の視点から「スポーツで人々の未来を考える」/立命館大学 スポーツ健康科学部
- 1869年、西園寺公望が創始した私塾「立命館」をその源流とし、前身となる「私立京都法政学校」は1900年に創設、2020年に学園創立120周年を迎えた伝統校
- 16学部22研究科、学生・院生数約3万5000人を擁する総合大学。「自由と清新」、即ち常に時代の先端たることを理念とする
- 2010年に設置したスポーツ健康科学部は私大スポーツ科学分野において「東の早稲田、西の立命館」の通り名で知られ、2020年に学部開設10周年を迎えた
立命館大学(以下、立命館)は2010年、びわこ・くさつキャンパスにスポーツ健康科学部を開設し、今年で10周年を迎える。当初の設置趣旨や最近の動向について、長積仁学部長にお話を伺った。
「今ここにない未来を創る」ためのスポーツという方向性
まず、10年前に開設した背景にどのような課題認識があったのか。高齢化と健康寿命長寿化の両立、医療費の適正化等、健康にまつわる様々なテーマがあるが、立命館は「スポーツで人々の未来を考える」を学部コンセプトとした。構想は2007年頃からで、長積学部長は開設と同時に立命館に赴任したため「自分がプランニングしたわけではない」と断ったうえで、「立命館は『自由と清新』を建学の精神とする大学です。清新とはイノベーションであり、建学以来新しい未来を生み出すことに理念的な軸足を置く大学といえます。現在の危機への対処というよりも未来を創る意向が強い、まさにそのスタンスに本学部の設置趣旨が貫かれているといえます」。
開設当時は、身体教育に重点を置く伝統的な体育学部が多い時代であった。「その方向性を否定するものではないが、本学は教員養成やスポーツ指導を主とするというよりは、医療や地域等とも広範に結びつく概念としてスポーツを捉えたかった」と長積学部長は当時を振り返る。その言葉が示す通り、学部開設と同時に大学院修士課程を設置、2012年には博士課程も早々に設置し、多様な分野と融合した研究の集積に力を入れてきた。「体育を学ぶのではなく、サイエンティフィックにエビデンスに基づいて考えることを重視しています」(長積学部長)。そもそもスポーツ科学は応用科学であり、基礎科学の英知を結集し、他領域との連携のもと成果を出していく学問だ。びわこ・くさつキャンパスは理系学部が揃っていることも追い風となり、「科学するスポーツ」を推進しやすかったという。
スポーツを科学する学部として領域を超えて活躍する人材を育成する
こうした応用科学領域は往々にして世間の認知を得られにくいものだが、立命館も例外ではなく、募集活動において高校現場の理解を得る意味では苦労も多かったという。「体育の先生という職業としての典型を筆頭にイメージがついてしまっているので、それだけではないという幅を理解してもらうのは大変でした」(長積学部長)。しかし逆に、「体育学部ではなくスポーツを科学する学部」という趣旨に賛同する生徒は多かった。どちらかというと保護者のほうが我が子の卒業後を心配して、教員免許に拘りがちという側面もあるのかもしれない。学部で実施するアンケートでは、1年次に入学生の50%は体育教員を進路の1つと捉えているが、2年次には25%に半減、3年次にはさらに半減して12%程度まで下がるという。立命館は大学として、1年次からキャリア教育に力を注いでおり、「何を学び、その力をどう活かすのか」について学生が考える機会が多いようである。学生は、専門教育で多様な領域の知識やその知の融合が社会にもたらす可能性に対する理解を深めるうちに、自らのキャリアの広がりを実感するため、教員以外の多方面に活躍の場を求めるようになるという。
その一方で、長積学部長は「付加価値のある保健体育教員も増やしたい」と話す。既存のイメージありきではなく、他領域との連携や融合を身体教育分野に活かせる教員も養成したいとの趣旨だ。「スポーツ系学部というと関連業界への就職や保健体育教員が期待されるかと思いますが、人々の幸せや健康をスポーツから探究・研究したいという志向性のある人がターゲットなので、現存する業種に拘らない活躍を想定しているともいえます」と続ける。
4コース制カリキュラムとGATプログラムで人材を育成
現在展開するカリキュラムでは1・2年次で基礎科目を網羅し、3年次からは活躍領域やなりたい人材像に合わせて4コースに配属される。各コースの名称と特徴は図の通りである。
図 コース制概念図
また、これ以外に立命館ならではの強みとして、「グローバル・アスレティックトレーナー(GAT)プログラム」も展開する。これは、ATC(Certified Athletic Trainer:米国公認アスレティックトレーナー)の資格取得を積極的に支援するため、立命館で学士号を取得し、公認カリキュラムを備えたアメリカの大学院で修士号を取得するハイレベルなプログラムだ。海外で活躍するアスレティックトレーナーの育成を目指している。こうした尖った強みがありつつも、「一番の強みは多分野の専門家が揃う教員体制」と長積学部長は断ずる。文理融合のみならず、医学、栄養学、経営学、健康科学、保健衛生学、生理学等の多彩な専門分野がスポーツ科学と連携を図ることで、民間企業からの委託研究は年間3億円規模、教員の90%以上が何かしらの科研費を獲得する等、有用な研究実績につながっている。こうした高い研究成果を教育に連動させることで教育の質を担保していくという。
新しい価値を創出できる人材育成のためのチューニング
では、開設から10年が経過し、時代や社会の変化に合わせたチューニングをどのように実施しているのか。まず人材育成像について、学部のディプロマ・ポリシー(DP)には以下3点が掲げられている。
- スポーツ健康科学を構成する多様な分野の基礎知識
- 組織を動かすリーダーシップ・コーチングの力量
- 理論と実践を通したスポーツ健康分野の専門知識・技術
これらは、学部が実施した企業ヒアリングで得た情報を盛り込んで定義されているものだが、10周年を機に刷新する予定だという。長積学部長は、「イタリア語で『創造する』という意味を持つ言葉“CREA”(クレア)になぞらえてバージョンアップしました」と言う。詳細は以下の通りである。
- C:collaboration 異分野をつむいで関係性を豊かにデザインできる人材
- R:resiliency 前向きに挑戦しへこたれないしなやかな精神を持つ人材
- E:edge スポーツ健康科学の知を極めることができる尖った人材
- A:attraction その人が輝くだけでなく関わる周囲をも輝かせる人材
CREAは、「まだ存在しない新しい価値を生み出すために必要な志向性やコンピテンシー」とも言えるものである。学部の道筋を見直しこれからを定義するとしたら、第一段階として開設10年間で「体育学部からの脱却」「社会から求められる役割への誠実な対応」があり、これからは第二段階として「新たな価値創出」に軸足を置くということでもありそうだ。それを端的に示すのが、長積学部長が2022年から進めようとしているカリキュラム改革である。改革のポイントは3つあるという。
- 価値の創造:文理融合が本当にできていたのかの検証と、新たな手法の模索として、学生が知識を応用し活用経験の場数を踏むPBLを今まで以上に多く配置する。
- R2020の立命館ビジョンで掲げた「地球市民」から一段進み、地球だけでなく、統合的な学問の象徴として「宇宙」をも見据えた高次のアプローチを模索する。
- スポーツ健康科学の概念を「人間の生命や心の解明」に資するものとして再定義する。
最後に、2019年ラグビーワールドカップ、2020年東京五輪(延期)、2021年関西夏季ワールドマスターズゲームズというスポーツの国際イベントが続く3年間は「ゴールデン・スポーツイヤーズ」と呼ばれ、日本のスポーツ振興において絶好の機会だが、日本は歴史的にスポーツに対する盛り上がりが一過性で、文化として根付きづらい側面があるのではないか。その問いに、「日本に欠けているのはスタイル提案と仕組み構築」と長積学部長は言う。「例えばDXとスポーツの在り方等、今まで想像できなかったようなスポーツのスタイル提案ができるか。そしてそれを定着させるための仕組みもセット。日本のスポーツ振興が一過性になりやすいのは、政策や組織を含めたエコシステムとしてスポーツを設計できていないからです。注目されるというきっかけをちゃんとシステム化していかないと、落ちるのは当たり前です」。立命館が見据える「新たな価値を創出できる人材育成」とは、こうした現状を打破する人材といえるのかもしれない。スポーツでまだここにない未来を創る、その動きに今後も注目したい。
カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2020/9/1)