志を起点にした新たな価値創出のメンタリティを徹底的に鍛える/武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)

武蔵野大学

POINT
  • 1924年国際的仏教学者の高楠順次郎氏により開設した武蔵野女子学院を起源とし、1950年女子短大設立、1965年四大化、2003年に共学化。1990年代以降の活発な新増設改組で知られ、今や2キャンパスに11学部を擁する総合大学。2024年に開学100周年を迎える
  • 仏教による人格教育「四弘誓願」を建学の精神とし、その現代版解釈としてブランドステートメント『世界の幸せをカタチにする。』を標榜
  • 12番目の学部として2021年4月にアントレプレナーシップ学部を設置。Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一氏を学部長に迎える


武蔵野大学は2021年にアントレプレナーシップ学部(以下、武蔵野EMC(Entrepreneurship Musashino Campus))を設置する。その趣旨について、学部長就任予定の伊藤羊一氏にお話を伺った。

ブランドステートメントを具現化するフラッグシップ

 「アントレプレナーシップ」を説明できる方がどのくらいいるだろうか。武蔵野大学のHPには「高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずに踏み出し、新たな価値を見出し、創造していくマインド」と紹介されている。「恐らくピンとくる人は多くない。そのこと自体が、新たな価値創出に踏み出す人材が日本に絶対的に不足している実情を示しています」と伊藤氏は言う。また技術革新が進み、生活は便利になっているにも拘わらず、戦争はなくならず、環境破壊は進み、世界は幸せであるとは言い難い。武蔵野大学が掲げるブランドステートメント『世界の幸せをカタチにする。』が見据えるのはこうした実情であり、武蔵野EMCはそれを実現するフラッグシップだ。

 学部の詳細を見る前に、まず、伊藤氏の経歴をご紹介しておきたい。大学卒業後に日本興業銀行に入行し、企業金融、企業再生支援等に従事後、プラス株式会社にて、ロジスティクス再編、事業再生等を担当。執行役員マーケティング本部長、ヴァイスプレジデントを歴任、経営と新規事業開発に携わった。2015年ヤフー株式会社に転じ、企業内大学Yahoo!アカデミア学長として、次世代リーダー育成を行っている。

 社会人教育で実績をあげてきた伊藤氏が、何故学部長に就任することになったのか。伊藤氏は「Yahoo!アカデミアのカンファレンスで、2019年2月に武蔵野大学中学・高校の日野田直彦校長、札幌新陽高校の荒井優校長に参加してもらったのがきっかけでした」と振り返る。教育業界で著名な2人は、「今後の社会で何が重要か」をテーマにしたグループコンペティションで「リーダーシップ人材育成の必要性」という内容で1位を獲得。その流れで日野田校長から武蔵野大学を紹介され、西本照真学長と伊藤氏が会ったのが3月。『世界の幸せをカタチにする。』という武蔵野大学のスローガンと、「あらゆる人が目を輝かせて仕事を楽しんでいる世界を創る」という伊藤氏のビジョンが共鳴し、大学としてそうした教育を高い次元で実践していくにはどうしたらよいかという教育談義から、学部設置の構想へとつながっていったのだという。その間、約半年というスピード感。「スタートアップのような感覚ですね。社会ニーズがある、『こうありたい』というビジョンがある、志を共にする仲間がいる。ならばやってみよう、と」と伊藤氏は言う。

価値創造のメンタリティを徹底的に鍛える学部教育

 では、学部の教育内容を見ていこう。社会課題の解決に向けて自ら考え行動することで、起業や事業の立ち上げといった手段を通じ、社会に新たな価値を生み出す人材を育てるのが新学部設立の趣旨だ。注意したいのは、アントレプレナーを養成する学部ではなく、アントレプレナーシップを持つ人材を育成するという点だ。育成人材は「自分の思考と行動で、世界をより良い場所にできると本気で信じる人」。起業はあくまで「カタチにする」ための1つの手段であり、重要なのは価値創造のメンタリティを身につけることである。

 教育の軸は「マインド」「事業推進スキル」「実践」の3つのフレームだ(図1)。「マインド」とは、伊藤氏がYahoo!アカデミアでも掲げる「Lead the Self」、即ち自分自身の指針を持つことを目的に過去を内省し、並行して社会の歴史を学び、自らの志やビジョンと社会課題のクロスするポイントを探る。自分がどんな人間か、どんな自分でありたいのかを徹底的に磨くため、1年次は全員学生寮に入る。内省と対話を繰り返して自己を深め、友と協働して寮運営に当たるプロセスで、課題発見力や解決策を試すサイクルを体得する。次に「事業推進スキル」とは、課題発見→ビジネス構築→実行→マネジメントという一連の事業推進をできるようになること。考え、決定し、他者と協働し、結果を出す力である。最後の「実践」では、多くのプロジェクトを経験すること(量)と、社会で通用する高いレベルでそれらに取り組むこと(質)の両立を追求し、最終的には実際の起業を視野に入れて経験値を積む。実践の一環として、2年次の夏には1週間の海外短期研修が必修だ。研修先では現地スタートアップとディスカッションし、自らのプランを英語でプレゼンする経験をする。「タイミングが肝」と伊藤氏は説明する。「1年次で行っても『わぁすごい』で終わりかねない。3年次からが価値創出の本番なので、その前に『自分が全く通用しない』経験を敢えて経ることで、実効性の高い価値創出ができるようになる。だから2年次に異文化経験をもってきました」。


図1 武蔵野EMC教育の3つのフレーム
図1 武蔵野EMC教育の3つのフレーム


 この3つの概念を別観点で説明したのが図2である。海に浮かんだ氷山の、水面から顔を出した「見える部分」がその人の行動。その行動を創るベースが水面下にある。とかく水面上の「行動」に気をとられがちだが、水面下の「マインド」「スキル」こそ行動の土台であり、セットで磨くべきものだ。武蔵野EMCではこの「マインド」「スキル」を実践しながら鍛え、その繰り返しで学生を成長させることをカリキュラムの主眼に置く。そのため定員は60名という小規模で、それをさらに少人数のグループに編成し、学部長を筆頭に現役実務家の教員の講義や1on1も交えながら、実践形式で学ぶスタイルだ。教員は30名、「マインド」「スキル」がセットされ「実践」経験が豊富な人材が揃った。「インプットは大学・アウトプットは社会、では遅い。だから、大学にいながら『社会の最前線』とのつながりを強く感じ取ることができる教育を整備しました」と伊藤氏は言う。


図2 マインドとスキルを鍛え、実践を繰り返す成長サイクル
図2 マインドとスキルを鍛え、実践を繰り返す成長サイクル


学生1人ひとりの偏見なき志を実践の起点に据える

 インプット主体の従来型大学教育への挑戦ともとれる学部だが、その方針を伊藤氏は「学生を中心に置いて社会に対して最適化するアプローチ」と称する。「そのためには社会に対するポジティブな思いが必要です。自分がどうしたいのかという志、社会がどうあってほしいのかというビジョン。学問はその実現プロセスでしかない。志を起点にしたアプローチを大学教育で成そうとするのはチャレンジングですが、だからこそやる価値がある」。伊藤氏の中では社会人教育と学生教育の境目はあまりないという。「年齢問わずマインドがあれば、きちんと見つけて引き出してあげれば伸びる。新しい価値創造に必要なのは一歩踏み出せるかどうか。彼らの偏見なき志を、そのまま伸ばしてあげたいのです」。5月からは高校生向けにオンラインゼミを開催し、一足早く学部教育を経験する場を提供したが、「こうした機会を自ら見つけてチャレンジしてくる時点で、踏み出す力がある若者と言えるでしょう。我々としても、そういう若者がこれだけいるのだ、という実感値を得ることができました」と伊藤氏は言う。

志がありながら具現化の方法が分からずにいる全ての若者がターゲット

 教育方針は入試にも表れている。総合型選抜で課すグループディスカッションでは以下の問いが出された。

みなさんが社会に感じている違和感や好奇心について、グループ内の他の受験生へ共有してください。そのうえで、それらの違和感や好奇心を持ったみなさんが、仮にグループとしてこれから活動していくとしたら、世界をよりよくするために何が必要だと考え、どのように行動していきますか。話し合い、グループの方針をまとめてください。

 出題内容からして、「自分の考えを自身の言葉にできるか」「理念を理解・共感しているか」を重視しているのは明らかだ。そのうえで伊藤氏は、「集団になった時に社会をどう捉えるか、時間が限られたなかで周りにどう働きかけるのかが知りたい。出てくる結論ではなく、他者と協働するプロセスやスタンスを見たいのです」と言う。言い換えれば、この選抜のメッセージに共感・反応してくる人材が欲しいということだろう。「高校生は自らの思いを深める機会がなかなかない。本学部にはそこにひたすら向き合うフェーズがある。だから、志がありながら具現化の方法が分からず抱えている人に是非来てほしい」と伊藤氏は言う。

 武蔵野EMCはここにしかない学びを磨き上げることで、既存の偏差値序列にも挑戦する学部と言えるかもしれない。理念に共感する属性が一様でなく、今の受験業界のフレームではどこに志願者マーケットがあるのかが見えない。そのため、外からは経営的勝算があるのかが分かりづらい。それでも、「この学部だから入りたいという第一志望層を多く獲得したい。偏差値以外で選ばれる要素を充実させていくのが我々の役目」と、フラッグシップを担う伊藤氏の言葉は揺るぎない。武蔵野EMCの挑戦に引き続き注目したい。

カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2021/2/2)