将来を見据えた「選択と集中」体力があるうちに大きな改革を

 2020年末、内閣官房「地方創生に資する魅力ある地方大学の実現に向けた検討会議」より「地方創生に資する魅力ある地方大学の実現に向けた検討会議取りまとめ」が公表された。18歳人口の減少、グローバル化、Society5.0時代の到来によって、地方創生への貢献をミッションとする「地方大学」が今後目指すべき方向性をまとめたものだ(「取りまとめ案」詳細はP.22~)。

 「選ばれる大学」を目指す大学改革、産官学の連携、ガバナンス改革等が示され、その実現のための国の施策の一つとして地方国立大学の特例的な定員増等についても言及された。この「取りまとめ」が作成された背景とは何か。そしてそこに込められた思いとは?検討会議の座長を務めた坂根 正弘氏に伺った。(インタビュー/リクルート進学総研所長・カレッジマネジメント編集長 小林 浩)


坂根 正弘氏


坂根 正弘 (さかね まさひろ)
1941年生まれ。島根県出身。大阪市立大学工学部を卒業後、コマツ(株式会社小松製作所)に入社。
91年小松ドレッサーカンパニー(現コマツアメリカ株式会社)社長を経て、
2001年代表取締役社長、07年代表取締役会長、19年顧問就任。
14年より「まち・ひと・しごと創生会議」構成員。著書に『限りないダントツ経営への挑戦』
(日科技連出版社)『ダントツ経営』(日本経済新聞出版社)『言葉力が人を動かす』(東洋経済新報社)等。



世の中のニーズに対する焦点を絞った人材育成

――「地方創生に資する魅力ある地方大学の実現に向けた検討会議取りまとめ」が公表された背景にはどのような考えがあったのでしょうか。

 2015年に私が委員として参加した内閣官房の「まち・ひと・しごと創生会議」の中で、地方大学をなんとか地元の産業界や雇用に結び付いたものできないか、という議論が始まったことが出発点となっています。地方大学が直面している事実をしっかりと見たときの私の第一印象は、大学経営は日本の企業以上に厳しい将来が見えている世界だということです。18歳人口は30年前にピークを迎え、200万人から120万人弱にまで減り、18年後は80万人台になることも分かっています。これほどの状況が見えている一方、大学の数はここ30年で約500校から約280校も増え、3割以上の大学が定員割れの状態となっています。

 なぜこのようなことが起こっているのか。

 私は20年前に業績が悪化していたコマツ(株式会社小松製作所)の経営改革を行いました。世界はグローバル化が進む中で、日本の多くの企業で新しい時代に向けた経営改革がなかなか進まず、競争力を失い始めていました。日本の企業経営がなかなか変われなかった理由として「総花主義」「平均点主義」「自前主義」の3つがあると考えています。

 雇用維持の目的もあって様々な事業に手を出してしまう「総花主義」。それぞれにそこそこの商品ができるが、世界一を目指しているわけではない「平均点主義」。そして自分達の技術だけで完結しようとする「自前主義」。

 DX社会を迎えて、顧客が求めるものも急速に変わりつつある。価値観もESGやSDGsといった、人と社会そして環境・安全を意識したものとなっている。顧客が変わり、求められる価値が変わっていく時代にあって、日本にとって特色あるビジネスモデルで先行し、技術は世界中から最先端のものを調達するという方法がこれからの必勝法になってきます。

 20年前にそのことに気がつき、コマツを変えていったわけですが、まず総花主義、平均点主義を捨て、世界で1番か2番になれる可能性のない事業はすべてやめると決め、2万人いた社員全員に希望退職を募りました。そのころ会社のバランスシートは悪くはなく、財政的な体力があったので退職金も手厚く出すことができました。また、特定の社員に対して肩叩きのようなこともしたくなかったので、社員全員に打診をしたわけです。結果、2万人の社員のうち1100人が退職に手を挙げました。また、1700人は一時金を渡し、子会社に完全移籍してもらいました。日本はアメリカのように頻繁にリストラができませんから、財政的な体力のあるうちに一度きりの大手術で健康体に戻ります、と宣言して決行したわけです。

 その後、会社の事業は世界一を目指した商品だけを手掛けると決めました。われわれは環境・安全・情報通信技術の分野で世界一を目指す。他の分野は他社に負けてもいい。このように宣言してダントツ商品・ダントツサービス、そして今ダントツソリューションを目指しています。ちなみにこの考えを大学に当てはめると、学生が商品、リカレント教育や社会人教育がサービス、そして基礎研究や産学連携、ベンチャー創出がソリューションということもできます。

――コマツはバランスシートが良い状態の中で、改革を行ってきました。大学も今はまだは悪くない。けれど将来厳しくなることは分かっている。大学経営においても参考にすべきことが多分にあるように思います。

 企業も大学も究極の目的は顧客価値を創造することは共通です。企業活動と重ね合わせると、大学にとって商品は学生、それを届ける先のお客様が社会です。そのお客様である社会が、今変わってきている。かつての企業は偏差値の高い学生を採用し、社内で育てていましたが、今は国際競争に勝つために必要な知識やスキルを持った人材を必要としています。大学が単に平均点主義で偏差値の高い人材を育成しても社会のニーズには合わなくなってきているということです。

 今こそ大学は本当に世の中や企業が求めているニーズを見つけ、集中して人材育成に取り組んでいかなければいけない。滋賀大学のデータサイエンス学部ができたときは、企業は卒業生を待ち構えていましたよね。企業側はこのような具体的な知識を身につけた人材をみんな欲しがっています。IoTに特化した東洋大学の情報連携学部情報連携学科等もまさに焦点を定めた学部といえるでしょう。

――地方大学は特色づくりよりも、ミニ東大を目指してきたのではという指摘があります。

 現在の地方の国立大学の学部を見ると、数の多さに驚きます。旧帝大や大都市の大学では、多いところで12学部、地方の国立大学でも10学部のところもあります。まさに「総花主義」の象徴といえるのではないでしょうか。

 地方大学の人材育成には全国供給型人材と地元産業供給人材の2つの視点があります。大学経営においてこの2つのバランスは大切です。これまでは全ての地方国立大学が全国供給型で同じような人材を育て、結果、微妙に偏差値の高い大学と差をつけられてきた。ですが、社会の中のある部分に特化して人材を育て、もしくは地元産業の強い分野に焦点を当てれば、そこにしかない独自性を持った少なくとも日本一、そして世界一も目指せるはずです。地元産業供給型の人材を育てることは大学の特色を作っていくことにつながるのです。

 しかしそこでもう1つ課題となるのは、日本の地方の行政や産業が地元の国立大学と接点が少ないという点ですね。

――各地方の産官学連携の推進を目指した「地域連携プラットフォーム」や「大学等連携推進法人」という形も生まれようとしています。

坂根 正弘氏

 そうですね。地方行政は国立大学に対して人やお金を投資し、地元産業界も呼び込んで、産学官の連携を進めていくのが本来の形ではないかと思います。

 地方における産学官連携の理想的なモデルのひとつとして私が提示していているのが、ドイツのフラウンホーファー研究機構です。大学と研究所と地元行政が一緒になって地域産業を作り上げていくというものです。そこでは教授、研究員、産業界の人材が頻繁に入れ替わって勉強し、それが地方の特色づくりに貢献しています。フラウンホーファーは、戦後間もないころからドイツが進めてきた地方主権に沿って地方大学のキャンパスに広がり、現在ではドイツ国内の75カ所に設置され、地方産業の中心的役割を担っています。

 一方、日本は戦後、中央集権で国を作っていきました。中央集権があり、各大学は部分最適を目指し、それが全体最適につながるという形を目指してきました。つまりみんなが良くなれば全体が良くなる、という考え方で1980年代までやってきたわけです。しかし、1990年代以降は時代が変わり全体最適につながらなくなったために、日本はこの30年間悩み抜いてきたわけです。

 また、地域との連携や大学間の連携の前に、大学内の連携という問題もあります。例えば医学部=医師学部という考え方があります。ですが今や医療分野は医療機器や医薬品の勝負の時代です。医薬獣理工だけではなく、データサイエンスも医療の主流になっています。現在、日本とアメリカの医療は大きな差がついているのですが、大学内の連携ができていないこともその一因となっているわけです。

 そういった点からも大学が教育や研究のあり方を変えることが、日本全体を変えるための早道かもしれないのです。

――産官学連携の海外事例でいくと、もともと鉄鋼の町だったアメリカのピッツバーグが医療産業都市に生まれ変わった例があります。シリコンバレーが生まれたのもその一例です。地方で産業クラスターを生み出すために大学だけでなく行政や産業の力も必要かもしれません。

 大学の特色が先か、地元の産業が先か。これはニワトリと卵の関係で、両方の方法があると思います。地元に特色ある産業が既に存在していれば、取り組みは始まりやすいですね。一方、日本の地方の学生を元気にするためには、地元に既にあるものの「周辺」で関連のベンチャーを新たに立ち上げるといった方向もあるでしょう。こういった試みは学生もモチベーションが上がりますよね。私は両方のアプローチが必要だと思っています。そのためには地方の金融機関の役割も大きいと思います。

プラスアルファのために何かを捨てる決断を

――地方大学が改革を考える際、学部の新設や定員についての課題があります。取りまとめの中では、地方国立大学の定員増について、“特例的に”行われるという点が強調されています。

 定員増を安易に認めたら、学生は偏差値の高い大学に向かってしまいます。

 しかし大学が改革に取り組む際、学生が学部に在学していると学部の改組は簡単にはできません。となると、新しい学部を作るといったプラスアルファの取り組みを始めることになります。企業の場合、改革の理念を掲げたトップが出現し、取締役会が正しく機能することで、「新しい事業を始めるためにはこの事業はやめよう」といった事業の選択と集中をします。資金も人材も限りがあるので、プラスアルファをするときには何かを削らなければなりません。大学も、プラスアルファのために何かを捨てるというこの決断できるかどうか。そこが今の日本の大学が抱える一番大きな問題だと思います。

 もちろん魅力的な特色のある学部は認めていくべきです。しかし単純に増やすだけではなく、同時に、4~6年後を見据えた大学内における選択と集中のプランを考えることが必要だということです。新しいプランに加え、将来大学をスリム化する全体計画があり、文部科学省がその分野の価値を認め、学長もやる気にあふれている。そういった条件が全て揃って初めて学部増や定員増を認めるべきである、というのが私達検討会議の主張です。地方大学・地域産業創生交付金の審査でも、学長と地元行政のトップの本気度を最も重視しています。

 大学進学率を数字でみると54%だからまだまだ大学生は増える、と期待する考えもあるようですが、実際には高専や専門学校等を含めると高校生の80%以上が勉学の道に進んでいます。高校を出てから就職している人は2割もいない。ですから、これ以上大学生を増やすことは難しいのです。この現実をしっかり見据えることが必要です。この点においては、公立大学や私立大学のほうが強い危機感を持っていて、国立大学よりも早いスピードで変わっていくのではないかと考えています。

――そういった改革を進めるにあたり、大学のガバナンスはどのようにあるべきでしょうか。

 まず大学を取り囲む事実をしっかりと見ることです。10年後の18歳人口減少ははっきりしています。お客様である社会が求める学生が急速に変化している。では自分達がどう変わればいいのか。

 「体力があるうちに1回限りの大手術で健康体に戻す」ことは大学にも当てはまります。企業がこの手術の機を逃すと、本来一番注力しないといけない中核技術・中核事業を売却しなければいけないという手遅れの事態になります。採算の足を引っ張っている事業の議論は切り離し、稼いでいるものに集中する。大学を囲む様々な変化を考えると、地方大学にとって今が元気を取り戻す最後のチャンスかもしれません。今の自分達の現状をしっかり見て、どこに焦点を合わせて学生を育てていくべきか。それを学内で議論すべきです。

――そういった改革を進めるにあたり、大学のガバナンスはどのようにあるべきでしょうか。

 全国供給型の人材ばかりを輩出するよりも、地元に投資をしてもらってどう変わるかを決める。学部増・定員増のプラスアルファをするなら、その分マイナスにすることも明確にさせる。このままの状態を続けて1回の大手術で健康体に戻れなくなってしまう前に、産業界から改革に必要な資金が集まってくるような、魅力ある大学づくりをスタートしてほしいと考えています。


(文/木原昌子 撮影/平山 諭)


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