地域の現状を冷静に捉え、地域の将来に主体的に向き合う/長崎県

長崎県庁の庁舎


 長崎県では近年、将来的な県の発展と在り方について議論を行っている。ここでは2つの報告をご紹介したい。2019年10月公表の「長崎県2040年研究会報告」(以下、「2040年研究会報告」)と、2020年12月公表「長崎県総合計画チェンジ&チャレンジ2025」(以下、「総合計画2025」)である。

 2つの報告に共通する背景として、全国的に進む人口減少や少子高齢化、インフラの老朽化、地域コミュニティーの衰退といった「これまで経験したことのない大きな社会変化」が確実に起こるという事実認知がある。また、長崎県は全国よりも早く2025年に高齢者人口がピークを迎えるため、そうした変化が早く起こる可能性が高い。以上から、過去からの延長線上の議論ではなく、来るべき未来の危機からバックキャスティングの視点で各種課題に対する対策の方向性を検討したものが「2040年研究会報告」であり、定期的に策定する県政運営の指針について令和3~7年度の推進内容をまとめたのが「総合計画2025」である。時系列では「2040年研究会」の議論が先行し、それを並行して視野に入れながら「総合計画2025」の検討を進め、最終的な報告を踏まえて、2040年問題に対応する施策を盛り込んだ。よって、この2つが「中長期的な視野に立った県づくり」を標榜するものと言ってよいだろう。以下、それぞれにおいて、本特集に照らし特筆すべき点を見ておきたい。

「長崎県2040年研究会報告」2040年までに顕在化する課題に対応した方策の提言

【外部リンク】https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/kenseijoho/kennokeikaku-project/nagasakiken_2040_kenkyukai/

 まず、図表1が県の人口推移と将来推計に関する現状把握である。全国で見ると総人口のピークは2010年の1億2806万人だが、長崎県はそのピークを迎えず、グラフ左端の1990年の156.3万人から右端の2045年の98.2万人へ、右肩下がりの様相を呈する。特に2015年~2040年は県内全ての市町で人口が減少する見込みだ。グラフにはないが、そもそも長崎県の人口ピークは1960年であり、それ以降55年間減少、さらに向こう25年間も減少し続けるということになる。さらに、県としては2025年に老年人口がピークを迎え、2040年には生産年齢人口が5割を切る水準まで落ち込む。人口が潤沢であった頃の人口水準・年齢分布に合わせた県政ではこれからが立ちゆかないであろうことは想像に難くない。打ち手の方向性としては80年間減少が続く人口を何とか回復させつつ若返りを図るか、今後伸びるであろう産業を県の軸に据えるか、あるいはその両方か。即ち、若年層の人口確保、産業構造の再検討等について、早急に手を打たねばならない状況だ。


図表1 長崎県の人口推移、将来推計


 そのうえで、総務省資料等より抜粋加筆した図表2に見るように、2040年にかけて見込まれる技術進展について触れ、今後の社会変化を下支えする基盤技術分野への積極的な取り組みができれば、日本最西端に位置し多くの離島・半島を抱える地理的なギャップをカバーしながら、新たな産業を牽引するチャンスとなる可能性を示唆する。人口減少・高齢化によるインフラや公共交通の縮小によりコミュニティを形成しづらくなれば、遠隔医療等を含めITを活用した新たなスキーム構築を急ぐ必要もある。こうした検討を経て、これまでは造船業を県の主力基幹産業としていたが、それに代わる新たな基幹産業創出の必要性から、AI・IoT・ロボット関連産業の誘致・企業集積、情報通信基盤整備や人材育成を積極的に進めてSociety5.0の実現に取り組むほか、造船・プラントで培われた技術を生かす航空機関連産業、海洋エネルギー関連産業の振興にも注力するという。新産業による雇用創出から、就職時点での若者の流出を防ぎ、同時に人口流入も確保する狙いもあろう。


図表2 2040年に向けて見込まれる技術の進展


「長崎県総合計画チェンジ&チャレンジ2025」令和3~7年度の5年間で推進する内容の全体像

【外部リンク】https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/kenseijoho/kennokeikaku-project/sougou_plan_change_and_challenge2025/

 前述した課題意識より、長期的な視点で計画的に県づくりを進めるために令和3~7年度の5年計画として策定されたのが本計画だ。計画の基本理念は『「人が活躍し支えあう」「産業が育ち活力を生む」「地域がつながり安心が広がる」「人・産業・地域を結び、新たな時代を生き抜く力強い長崎県づくり」』を標榜する。計画のポイントは「社会や時代の動きを踏まえた施策の推進」であり、具体的には以下4点を指す。

  • 2040年問題への対応:人口減少、少子高齢化、インフラの老朽化等、2040年頃に噴出するであろう課題を見通し、対応するための施策を推進→健康長寿対策の推進、インフラの戦略的維持管理・更新・利活用推進、産業分野の人材育成・確保、新たな基幹産業の創出、行政におけるDX化推進 等
  • Society5.0の推進:新たな技術革新による地域課題の解決や産業振興を図る施策推進→大学の研究集積を活用した産業振興、スマート農林業・スマート水産業の推進、Society5.0実現推進体制構築、県内の5G(第5世代移動通信システム)基地局の設置促進 等
  • SDGsの推進→女性が活躍できる場の拡大、男女がともに働きやすい環境づくり、子ども達が未来社会を切り拓くための「確かな学力」育成、貧困に起因する問題を抱える親子への支援 等
  • 新型コロナウイルス感染症の影響への対応→感染症対応病床の確保・設備整備、地域医療体制維持、感染症の専門人材育成(伝統的に感染症分野の権威である長崎大学の存在)、テレワーク環境の推進、県内へのワーケーション誘致 等

 新たな社会で存在感を発揮する県づくりをこの4点に即して進めることで、県として目指す地域振興と持続可能な社会づくりが達成される。この内容を計画に落とし、数値目標を設定して推進していくという。

新産業に資する県内大学の人材育成・研究蓄積

 長崎県で注目すべきは、こうした県の政策に呼応する形で、県内の大学でその流れに沿った改革が見られることである。長崎県下には国公私合わせて10の大学・短大があるが、特に「社会ニーズと技術革新に照らした新たな基幹産業の創出」「Society5.0実現に向けた推進体制の構築」に対応し、2016年に長崎県立大学が四年制大学では日本初となる情報セキュリティ学科を、2020年には長崎大学が情報データ科学部をそれぞれ開設した。これについては、県の政策に対応した動きを何らかの形で降ろしているわけではない。県と県内大学とは日頃から庁内各課がそれぞれの分野で連携・協働を図っており、前述した2040年研究会のメンバーにも県内大学・短大からの参画メンバーが存在する。そうしたネットワークやコミュニケーションから大学側も課題意識を引き取り、県と方向性を同一にする施策が自発的に生まれているのだという。

 なお補足として、県立大学については県が公立大学法人の設立団体であることから、県が定める中期目標を達成するための中期計画を定めており、県の課題や方向性も踏まえながら教育研究や地域貢献等に取り組んでいるという。具体的な取り組みを以下に列挙する。

  • 大学の強みである、全国初の情報セキュリティ学科の定員増などによる情報系人材の育成の強化や海外ビジネス研修や海外語学研修等によるグローバル化に対応した人材の育成
  • 長期インターンシップや本県特有の「しま」でのフィールドワークなど地域に根ざした実践的な教育の実施
  • 佐世保校建替えなど教育環境の整備・充実
  • 全国初の情報セキュリティ学科を有する長崎県立大学において産学連携の拠点となる情報セキュリティ産学共同研究センター(仮称)を整備。(企業との共同研究等を推進するとともに、実践的な教育を通じて即戦力となる高度専門人材の育成と県内産業の振興を図る)

県の将来性を下支えする大学の存在意義

 都道府県を1つの大きな事業体と見た時、その事業の全体指針に人材受け入れと育成を担う部署たる大学が呼応し、事業の方向性に沿った育成スキームを描くのは道理である。道理ではあるのだが、定期的な会合はあっても、事業として向かう方向性を推進すべく、戦略レベルの連携まで進んでいる座組みは決して多くはないのではないか。それはつまり、自治体の中で高等教育機関が担う役割が抽象に留まり、また高等教育機関からの意見も形式的なものに留まり、お互い期待値を持ちながらも融合しきれていないということの表れではないだろうか。

 いくら地元愛が強くとも、学びたいのに地域に学校がなければ学校のある場所へ若者は流れ、働きたいのに地域に仕事がなければ仕事のある都会に人は流れる。教育と産業はどちらも自治体の柱。関連し合い、連携すべき2軸である。歴史的に強い産業もあれば、見直しが必要なものもあろうが、県の抱える産業を強くし、そこに送り込む人材バンクとして高等教育機関を振興する。そうした流れを意識できなければ、大学まで進んでも若者は仕事を求めて都会に出ていく。その是非を問うものではなく、地元にその受け皿があるかどうかで、若者は選択肢が広がり、自治体は可能性が広がるのではないかということだ。医療分野等では地元の高齢化を支えるリハビリテーション職を大学で育成する動きは多い。それは地域の「今」に向き合った活動である。では、地域の「将来」に向き合った動きはあるだろうか。

 「地域の大学」を標榜する大学は多い。そうでなくても、地元自治体と話し合いながら大学創りを進める大学は多いことと思う。そこからもう一段踏み込み、将来を見据えた自治体の主体的な議論に対応し、地域に所在する大学がその方向性に沿った改革を行うことで、人材育成や課題解決の方策が有機的に組み合う。これは必ずしも自治体が音頭をとるということではない。一つひとつの機関にできることは限られているかもしれないが、チームとして同じ方向を向き、指示を待つのではなく、課題に対してそれぞれの分野でできることを主体的に構想する姿勢が大事ではないだろうか。


(文/鹿島 梓)


【印刷用記事】
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