地方の未来の姿と、大学が果たす役割
地方の未来の姿~デジタル経済圏の中で魅力を発揮する地方都市~
総人口が減少に転じた日本において、地方の未来の姿はどのようになっているだろうか。株式会社三菱総合研究所が2019年にまとめた「未来社会構想2050」※1をもとに、人口と経済活動の側面から見てみることにする。
(1) 県庁所在市やその他の中核市の魅力が新たに発揮されるわが国の人口分布は社会構造、産業構造、交通手段の変化に伴って大きく変化してきた。近代以降を見ても、比較的均一に人口が分布していた農耕社会から、20世紀前半にかけての工業社会、さらには20世紀後半からのサービス社会へと移行するなかで地方から都市に人口が集中してきた。
では、デジタル化は今後の人口分布にどのような影響を与えるだろうか。まず、既にコロナ禍で兆しが見られているように、デジタル化が進むことによって、住む場所は通勤距離や買い物の利便性に縛られにくくなる。その結果、当社試算によると、2050年には、首都圏の人口シェアが現状の28%から32%に増加する一方、地方の県庁所在市やその他の中核市の人口シェアも現状の12%から17%に拡大する見込みである。
地方の県庁所在市やその他の中核市へは、地方のその他の市部から大幅な人口流入が見込まれるほか、地方の政令都市からの流入も見込まれる。背景としては①他県や他地域への交通アクセスの良さ、②商業施設や公共施設の充実具合、③自然の豊かさのバランス、等といった点が挙げられる。つまり、デジタル化の進展は、これまで重要であった仕事や買い物の場所の制約を相対的に低下させ、そこに住みたいと思える住環境が人をその場所に惹きつける鍵となる。地方都市が持っていた魅力が新たに発揮されるようになると言えるだろう。
(2) 地域密着型からデジタル空間を通じて地域外とつながる経済圏へ移行次に経済活動についてみると、2050年には消費全体の半数以上、仕事の66%、資金の取引や資産運用の69%にデジタル空間が関与するようになり、デジタル経済圏の存在が大きくなると当社「未来社会構想2050」では予想している。デジタル経済圏は地域や国境を越えて広がるため、競争力が強い地域産業にチャンスをもたらすと同時に、そうではない地域密着型産業は衰退する可能性がある。
このように、デジタル化の進展は地方にとって強みを活かす機会であると同時に、もっぱら物理的制約に守られてきた弱みにとっては危機となる。
教育機会も含めた住環境の魅力を高めつつ、地域密着型の従来産業を広く展開する構造から、どこにも負けない一芸的な産業を磨き上げ、ほかの地域や海外とも機能分担・競争していくことが目指すべき地方の姿と考えられる。
新産業創出と大学のデジタル化により進学需要を掘り起こし
わが国は少子化により18歳人口が減少する一方、大学進学率(学部)は上昇傾向にあり、2020年度は全国で54.4%と過去最高となった。しかし、大学進学率は地域差、男女差が大きく、東京都の男性の74.2%と鹿児島県の女性の34.2%では実に倍以上の差がある。
ただし、全体としては女性も含めた大学進学率の上昇が地方でも進むことによって、この地域格差、男女格差は解消傾向にある。つまり、18歳人口が減少するなかでも、むしろ地方で大学への進学需要を掘り起こす余地がまだ残されているということも意味する。
では、どうすればこの需要を顕在化させることができるだろうか。まず、新産業を創出して、地域の所得水準を向上させ、大卒者が活躍できる場を地域に生み出していくことが、潜在的な進学需要を掘り起こすために重要である。大学進学率を規定する要因※2としては世帯所得、卒業後に期待できる収入、両親の学歴等が考えられており、地域単位で見ると人口に占める大卒者の割合との相関性が高い。つまり、所得水準が低く、大卒者が卒業後に流出してしまう地域では進学需要の掘り起こしは難しい。
また、地方の大学がデジタル化を進め、外部の大学と連携・補完して教育内容の拡大充実を図れば、実質的な大学収容数(=入学者数)を拡大することが容易となり、とりわけ女性の進学需要の掘り起こしに効果的と考えられる。これは、大学進学率を県外の進学率と県内の進学率に分けて見てみると、県外進学率で男女差が大きい一方、県内進学率に男女差は少なく、県内進学率の水準は県内の大学収容数に相関していることが理由である。
社会人市場開拓を契機に、教育の「地産地消」モデルから脱却
デジタル化の進展を地方が「機会」として活かすうえで地方大学の存在は欠かせない。住環境の魅力を高め、一芸的な産業を磨き上げるためにも、地方大学という教育・研究拠点が不可欠だからである。しかし、18歳人口の減少による伝統的な大学教育市場の縮小は「確実な未来」であり、進学率の上昇余地があるといえども、地方大学が存在し続けるためには新たな大学教育市場の開拓も不可欠となる。注目すべきは「社会人教育」であり、それに本格的に取り組むことで、「地域の高校生を地方大学が育てる」という地産地消モデルから脱却し、地方大学が地方創生の切り札となり得ることになる。
(1) コロナ禍で急速に高まる社会人の学び直しニーズを捉える企業が社内で様々なポストを経験させながら人材育成を行う、いわゆるメンバーシップ型の日本の労働市場では、大学での学び直し(リカレント教育)によるキャリアアップが浸透していないため、社会人教育市場は多くの大学にとって「鬼門」だった。しかしコロナ禍によって社会全体の急激なデジタルトランスフォーメーション(DX)が進展するなか、社会人の学び直しを巡る環境も大きく変化した。コロナ禍による雇用不安の高まりが現役社会人の将来への危機感を高めたこと、テレワークを中心とした働き方改革で学習に費やす隙間時間が生まれたことで、現役社会人による大学のリカレント教育への機運が一気に高まっている。内閣府が令和2年6月に発表した生活意識調査※3では20代・30代を中心にビジネス関係の学び直しへの意識が高まっていることが示されており、これに着目したビジネス系大学院や民間研修会社は社会人教育市場の開拓に積極的に取り組み始めている。
(2) 社会人教育を通じて地域産業の再生を加速させる社会人の学び直しは、一芸的な産業へのシフトが切実に求められている地方にこそ効果的である。地方には成長可能性のある企業が少なくなく、その経営者等が地方大学から新しい知識や技術を導入することで、自社を魅力的な企業へと変身させることが可能となるからである。実際、三重県では「社長100人博士化計画」を掲げる三重大学と連携し、同大学で学んだ県内企業の若手経営者の新たな事業展開を県の産業振興施策が後押しする仕組みを導入※4している。
「地方大学で優れた人材を育てても地域産業に就職先がない」と言われ続けてきたが、社会人教育を通じて地域産業の再生(リノベーション)が進めば、地方大学が輩出する若者の就職先として地域産業の魅力が高まる好循環につながる。実際、前述の三重大学では地域産業界に卒業生が中核社員として就職する流れが出てきているという。
(3) 地方大学がハブとなり域外の人材を地域に呼び込む一方で、地域企業の経営者を地方大学に務める教員が教えるという、教育の「地産地消」では地域産業の魅力を高めるうえで限界があることも確かだ。世界水準で魅力ある地域産業に変身させるためには地方大学がハブとなり多種多様な教育資源を地域外から集めることが重要だ。信州大学では長野県内の中小企業が抱える課題解決のため、首都圏の優秀な人材を同大学の研究員として送りこむ「信州100年企業創出プログラム」を展開している。この仕組みでは地域企業の課題解決とともに、首都圏の人材に対しても実践的な学び直し機会を提供し、優秀な人材を地域に呼び込む呼び水とする狙いがある。このような都市圏の人材を教育資源として地域に呼び込む取組はコロナ禍によるデジタル化が進展したことでさらに進展することが期待される。
(4) 社会人教育を契機に地方大学は学生の生涯サポートにシフトする社会人教育への本格参入が進めば、地方大学自体も大きく変化する。魅力的な社会人教育プログラムがオンラインで提供できれば、その対象は域外企業に務める社会人にも展開可能となり、地方大学の市場は地域外にも拡大することになる。地方大学が都市圏の社会人教育市場を狙わない理由はない。特に卒業後、地域を離れて都市圏に就業した卒業生へ社会人教育を提供することは、卒業後も地域との関係を維持するという意味で重要性が高い。海外の事例であるが、シンガポール国立大学では、大学入学から20年間は卒業生が無試験で大学に戻り新たなスキルを学べる制度を創設している※5。地方大学においても在学中だけでなく生涯にわたって学習機会を提供することが「選ばれる大学」となる切り札となるのではないか。
地域における新産業創出の要としての地方大学
人口の流出・減少が続く地方に置かれた大学には、「イノベーションの源泉となり、地域の知の拠点として確立」することが求められている※6。大学はその研究力や蓄積してきたシーズ(種々の知見、技術等)を、多様なステークホルダーとの連携のなかで活用し、地域発イノベーションによって産業と雇用を創出することが期待されているのである。
従来、産学連携として取り組まれてきたのは「地理的な近隣(=地元)の既存企業との連携による地域貢献」というスキームであったが、これは限界を迎えつつある。大きな理由としては、多くの地域において大学のシーズを十分に活用できるだけの産業基盤が不足していること、地域の大学がカバーできる分野(学部)と産業構造がマッチしていないことが挙げられる。これを乗り越えるには、「地域=近隣(地元)」「既存企業の支援」という発想から抜け出る必要があるだろう。
(1) イノベーションにおいても「地産地消」からの脱却をこれを乗り越え、地方大学が「イノベーションの源泉となり、地域の知の拠点として確立」して地域の未来を先導する役割を持つためには、「地域=近隣(地元)」の「既存企業」との連携にこだわった、いわば「イノベーションの地産地消」的な発想から脱却することが不可欠であろう。
そもそも、現状における大学のシーズと近隣(地元)産業のミスマッチだけでなく、データサイエンスやAIの活用が急速に進む将来においては、地方も含めて産業構造が大きく変化すると考えられる。地方の生き残りは、現状維持を志向しても実現できず、産業構造が更新され続ける必要がある。そのエンジンとしての新産業創出こそが、今後の大学に求められる役割ではないだろうか。
(2) 「大学ならでは」のシーズは何か?を突き詰めるでは、新産業創出に必要なポイントは何か。近年注目されている事例を見ると、いずれも最も強みを発揮できる粒度で自らの研究領域を定め、そこから生み出せるインパクトの最大化を図っていることが見えてくる。
山形県鶴岡市に設置され、注目のベンチャー企業を次々に生み出している慶應義塾大学先端生命科学研究所、長年蓄積してきた地域住民の健康診断データを背景にCOIプログラム※7に採択され、大企業との連携体制を構築した弘前大学、長年続けてきた希少糖研究の成果を活かし、他県企業も巻き込んで事業化を図る香川大学等は、正にその例であろう。また、これらはその地域外の大学もしくは企業をうまく取り込んでおり、イノベーションの「地産地消」から脱却した事例であることも注目したい。
大学や自治体の規模に合わせて粒度を考え、その「大学ならでは」のシーズや強みを突き詰めることで、初めて日本や世界の企業を振り向かせることが可能となる。
(3) 制度改正、オンライン化はチャンス大学の強みやシーズを突き詰めるにはリソースの重点配分等のマネジメントが必要となるが、従来は地域における高等教育機会の保証という要請から、学部(組織)の改廃やリソース(予算、教員)配分の大幅な変更は極めて困難で、思い切ったマネジメントは難しい状況であった。しかし、こうした状況は変わりつつある。
一つには、大学間での連携・統合や学部の譲渡に関する制度改正が進み、さらにはその実例が生まれていること、もう一つはコロナ禍を契機として急速に進んだ教育のオンライン化が挙げられる。これによって、自大学の足りないリソースや科目は他大学との連携・統合等によって補いやすくなり、学生が他大学の科目を受講しやすくなった。
今後は、大学間連携・統合を通じた相互補完によって教育の内容・水準は維持しつつ、思い切った重点投資で自大学の差別化・特色化を進め、その成果を核として新産業創出に貢献する、といった大学像が見えてくるのではないか。
地方の未来を大学が先導を
以上、地方の未来の姿と大学が果たす役割を、長期的な社会構造の変化を念頭に述べた。人口減少とデジタル化が同時に進むわが国において、地方には機会と脅威が同時に存在している。そこで地域産業、そして地域大学に求められるのは閉ざされた地域でのナンバーワンを目指すのではなく、外とつながった世界のなかでのオンリーワンを目指していくことである。大学がオンライン化も活用して魅力ある教育を社会人にも提供し、尖った新産業を生み出していく。そのことが地域の魅力を高め、大学にも人を集めていく。そうした好循環を作るために大学が一歩を踏み出すことが今こそ求められている。
- 株式会社三菱総合研究所「未来社会構想2050を発表」
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/ecovision/20191011.html - 大学進学率の規定要因や地域格差については多くの先行研究がある。例えば、朴澤泰男『高等教育機会の地域格差 地方における高校生の大学進学行動』東信堂(2016)
- 内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(令和2年6月21日)
<https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/covid/pdf/shiryo2.pdf> [last accessed: 2021/04/04]. - 西村訓弘「三重モデルの地域イノベーションを起こす仕組みと人づくり」
<https://www.sporr.mie-u.ac.jp/wp-content/uploads/2020/11/01c06709d152369a3fbecbb9b04524c0.pdf> [last accessed: 2021/04/04]. - 「 シンガポール国立大はなぜアジアトップクラスの大学になれたか 改革の主
導者に聞いた」(朝日新聞GLOBE+, 2020年6月20日)
<https://globe.asahi.com/article/13423102> [last accessed: 2021/04/04] - 中央教育審議会『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン』
- 文部科学省が2013年度から実施した「革新的イノベーション創出プログラム」。2021年4月現在で、全国に18の拠点が設置されている。
セーフティ&インダストリー本部 主席研究員
高谷 徹
セーフティ&インダストリー本部 主任研究員
山野 宏太郎
ヘルスケア&ウェルネス本部 主席研究員
森 卓也
【印刷用記事】
地方の未来の姿と、大学が果たす役割