次世代能力の養成と全学ビジョンの具現化のために共通基盤教育をバージョンアップ/武蔵野大学 武蔵野INITIAL

武蔵野大学

POINT
  • 1924年国際的仏教学者の高楠順次郎氏により開設された武蔵野女子学院を起源とし、1950年女子短大設立、1965年四大化、2004年に共学化。1990年代以降の活発な新増設・改組で知られ、今や2キャンパスに12学部を擁する総合大学。2024年に開学100周年を迎える
  • 仏教による人格教育「四弘誓願(しぐぜいがん)」を建学の精神とし、ブランドステートメント『世界の幸せをカタチにする。』を標榜
  • 2021年より全学共通基礎課程「武蔵野BASIS」を「武蔵野INITIAL」に全面リニューアル


武蔵野大学(以下、武蔵野)は2010年より展開していた全学共通基礎課程「武蔵野BASIS」(以下、BASIS)を、2021年に「武蔵野INITIAL」(以下、INITIAL)として全面リニューアルした。その趣旨と背景等について、西本照真学長にお話を伺った。

将来ビジョンに即した教育の抜本的見直し

 まず、BASISを振り返っておこう。

 BASISは、大学の学修の共通基盤となる考え方や知識を修得するため、また社会を生き抜くのに必要な「自己基礎力」を身につけることを目的に、2010年からスタートした。中核となる「基礎セルフディベロップメント」は、哲学・現代学・数理学・世界文学・社会学・地球学・歴史学の7分野について、学科混合のグループディスカッションで学ぶもので、大学で学ぶ基礎的な態度や能動性の向上、2年次以降の中退率の低下、学生募集におけるアイコンといった意味でも非常に効果的であった。「そもそもBASIS構築の背景には、総合大学化を志向する本学において、複数の学部やキャンパスの展開となるに当たり、武蔵野としての一本串を通す必要がある、という認識がありました」と西本学長は言う。BASISは武蔵野の代名詞となり、その狙いは見事達成したと言える。しかし、「今の学生達が社会の中核となる2050年を見据えた時に、現行のカリキュラムをさらに強化する必要があった」と学長は続ける。Society5.0の先にある社会を生き抜くタフな学生をどう育てるか。この命題に、武蔵野は近年の度重なる学部学科の改組や新設、ブランドステートメントの策定等、多くの打ち手を講じてきた(図表)。2019年には「武蔵野大学SDGs実行宣言」を行うとともに、教育改革の方向性として「武蔵野大学2050VISION」を表明。そうした動きに紐づき、3つの視点からカリキュラムをリニューアルしたのがINITIALなのである。

視点① 武蔵野大学SDGs実行宣言に基づき、BASISを発展させる
視点② 新たな未来社会に活躍できるメディアリテラシー、デジタル改革への対応力を携えた人材を育成する
視点③ 世界の幸せをカタチにするために、教育改革の方向性として定めた「5つのチャレンジ」を、具現化すべくカリキュラムに反映させる


図表 武蔵野大学主要年表
図表 武蔵野大学主要年表

ブランドステートメントを軸に社会ニーズを踏まえた教育を展開

 検討の主体は大学改革全体を中心的に担う教育改革推進会議である。学長ほか、全学の管理職中心に構成されている。「本学の学祖である高楠順次郎先生は国際的仏教学者でしたが、事業家で、教育家でもありました。多様な分野に通じ、リーダーシップを発揮していた。我々はそのDNAを引き継ぎ、そういう学生を育てたい」。そのために大切なのはマインドセットだという。「本学の起源は仏教精神にありますが、仏教はマインド、初心を重んじます。生きとし生けるものを幸せにという願いのもと修行し、日々行動していくのが仏道です」。武蔵野が創立以来掲げるのは仏教精神(四弘誓願(しぐぜいがん))を根幹とした人格育成であり、それは「世界の幸せをカタチにする。」というブランドステートメントに端的に表現される、今日に通じるコンセプトだ。

 世界の幸せをカタチにできる人材を育てるのに必要な観点として、「本学の理事会は、次世代に求められるものや社会ニーズに敏感です」と学長は言う。これからの社会の担い手として必要な未来志向、社会貢献志向、価値創出のマインド、ツールとしての語学やデータサイエンス。こうした次世代能力について、武蔵野は主に学部学科新増設によって領域開発を展開してきた。しかし、「それぞれの学部で養成される専門知識に長けた人間がその専門性だけでことを成せる時代ではない」と学長は断ずる。「横断的な改革の渦の中心の牽引者が必要です。それを創らないと学部の教育が統合されません」。こうした意向を表明したのが「2050VISION」である。


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武蔵野大学2050VISION

  • 自己と世界を問う:「世界の幸せをカタチにする」Happiness Creatorとしての志を立てる
  • 未来の世界を創るCreativeな実践者になる:自己の専門を極めるだけではなく他者と協働してアクティブな知を生み出す
  • AI世界に即応したSmart Intelligenceを身につける
  • Global&Universal:多様な出会いと価値観が集うグローバルキャンパスを構築する
  • MU-GENにつながるInfinite Linking:学生・教職員・卒業生が一体となって生きとし生けるものの一切が幸せを享受しうる世界を響創していく

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Happiness Creatorイメージ画像


次世代能力とマインドセットを共通基盤に置くチューニング

 では、具体的な内容について見ていこう。

 全学必修という構えはBASISと変えず、要素としては新たに「AI」「データサイエンス」「SDGs」を追加した。全体構造は①心とからだ、②学びを深める・力をたくわえる、③問いを深める・考えを伝える という3つの科目群から成る。

 情報科目では”AI-for-ALL”でAI教育を全学展開し、希望者は指定科目(12単位)を修了すれば「AI活用エキスパート」の副専攻(サブメジャー)をコース認定され、卒業時に修了証を授与される。

 そしてSDGsである。科目群③に位置付けられ、「Creating Happiness Program(CHP)」と称し、INITIALにおける基幹とされるこの科目群では、「誰一人取り残さない」とするその理念が建学の精神及びブランドステートメントと軌を一にするという考えから、理念のみならず、17目標(169ターゲット)のテーマを、実社会に基づいたより専門的な観点から学ぶ。全学の教員が自領域におけるSDGsを取り扱い、幅広く実践力と専門性を身につける。CHPの中では学部学科横断のグループワークを行う等、より実践的なテーマで横串を刺していく想定だ。この設計については、教育改革推進会議でも度重なる議論があったという。「単にSDGsを扱うだけでは切れ味が足りません。科目にこめた意味を全学教員に伝え、『最先端の専門的知識に基づいた実践的な教養をこの科目を通じて展開する』趣旨をご理解いただきました」と西本学長は回顧する。

 BASISは高校への認知度も高いであろう中、何故BASISリニューアルとせず、INITIALとしたのかを問うと、西本学長はこう答えた。「本学の改革姿勢を示すため。そして共通項があったとしても、在りもののチューニングではなく、新たな時代に即応した新たな教養の体系化を改めて理念に基づいて行ったものとして、相応しいネーミングをつけるためです」。INITIALとは「最初の」という意味で、即ち「大学における学問の始まり」を象徴するものだ。武蔵野が全学として掲げるブランドステートメントを形にしていくためには何が必要かという視点で再構築された、武蔵野のプラットフォームとも言うべきものなのである。

武蔵野ブランドを学生参加のもと強力に推進する

 2050年を生きる力を身につける仕組みであるINITIALは、同時に大学ブランディングの一環でもある。武蔵野はブランドステートメント公表と同時に、学長を所長とする「Musashino University Creating Happiness Incubation(武蔵野大学しあわせ研究所)」を設立した。公募により学内外から150人余りの研究員が集まっており、一人ひとりの研究員が自分の専門領域を生かして実現し得る“幸せ像”を研究するとともに、分野横断的な共同研究を推進している。大学の理念実現に向けた動きを支援し、高大接続活動も積極的に行う。研究所の開講科目は学生からの人気も高い。「幸せをカタチにするという本学の方針は徐々に浸透しつつあります。INITIALは、その実現力をどう身につけるのかというチャレンジ。これを推進することで、参加する学生に大学創り・ブランド作りに参画してもらう意味もあります」。西本学長は続けてこう話す。「世界の幸せをカタチにするのに1人ではできない。仲間と磨き合い、高め合うことが大切です。だから本学では、感性を磨き合い、知恵を開き合い、響創力を高め合うというブランドビジョンを掲げています」。この3つをより合わせながらスパイラルにしていくのが、武蔵野の学びなのである。


ブランドビジョンイメージ画像

 最後に、西本学長はこう締めくくった。「本学では、大学として養成したい人材像が先にあり、次に学部学科があります。現場組織が自立して全学ビジョンをどう具体化していくのか。2050年の世界を担う人間を創っているという自負のもと、初心回帰しながら次の世界を目指したい」。

 INITIALをBASISとの比較だけで理解しようとすると趣旨を取り違えるようだ。背景には全体を貫くブランドステートメントと、その実現のための2050VISIONがあり、未来社会とマーケットに向けた冷静な視点がある。言うなれば、マーケットイン的なプロダクトアウトの勝ち筋が絶妙なのだ。また、学びのデザインにおいては、初心であるマインドと必要なスキル、実践の場という筋道が明確である。経営においても、ビジョンとミッションと戦略が終始一貫しており、戦略部分ではなくビジョン・ミッション部分で学内外にコミュニケーションしている。だからブレることなく、概念が正確に伝わり、柔軟に解釈される。このあたりに武蔵野の強さがあるように思われた。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2021/6/15)