県が描く次世代教育のバリューチェーンを担い、地域に根差してグローバルに突き抜ける人材を育成/叡啓大学 ソーシャルシステムデザイン学部

叡啓大学キャンパス

POINT
  • 広島県公立大学法人が2021年に設置の新設大学。学長は元東京大学副学長の有信睦弘氏
  • ソーシャルシステムデザイン学部ソーシャルシステムデザイン学科の単科大学
  • 社会においてありたい姿を模索し、新たなつながりの掛け合わせで新たな価値を創出できるイノベーション人材を育成
  • 入学定員の2割は留学生枠、卒業単位の5割は英語による履修が必修、入試段階でCEFR B1レベルが出願要件


 2021年4月、広島県に新しい県立大学、叡啓大学が誕生した。その設置趣旨と背景について、ソーシャルシステムデザイン学部長の保井俊之氏にお話を伺った。

広島県が構想する教育のバリューチェーン

 叡啓大学は広島県公立大学法人が設置する2校目の大学だ。県立広島大学は従来の「地域に根差した人材育成」を継続・強化し、一方で「地域に根差してグローバルに突き抜ける人材育成を展開」するのが叡啓大学というすみ分けである。育成人材は「社会を前向きに変える人財=チェンジメーカー」。従来の大学には見られない観点が3つあるという。まず、「学部段階でソーシャルシステムデザイン教育を行う」点。次に、「全学的にアクティブラーニングを採用」した点。最後に「コンピテンシーを伸ばす教育を掲げる」点だ。これらを総称し、「22世紀型大学」をうたう。学部長を務める保井氏は旧大蔵省にてOECD職員、在インド日本大使館書記官、国際協力銀行開発金融研究所主任研究員等を経て多くの大学や大学院で教鞭をとってきた経歴を持つ。直近の所属は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)。専門はシステム思考、デザイン思考、社会システム論、イノベーション等である。

 保井氏は著書「『日本』の売り方」で、グローバル経済で苦戦する日本企業に欠如しているものとして、協創力(システム思考:つながりで価値を生み出す思考)、グローバルを多様なローカルの蓄積と見る感覚、横断的なプロジェクトマネジメント力、そしてUXの発想を挙げている。こうした主張を大学段階の教育に落とし込んだカリキュラムなのかと思いきや、「これは広島県が提唱する県としての教育デザインです」と保井氏は言う。背景には、県が2014年から推進する「学びの変革」プロジェクトがある。知識伝達型授業によるインプット中心の学びから、横断・探究を軸に、主体的・対話的で深い学びを軸とするアウトプット中心の学びへとシフトすることを目的にし、初等教育から高等教育までをつなぐ動きである。そうした教育展開の拠点となる中高一貫校の設置から始まり、大崎上島町の国際バカロレア認定校である県立広島叡智学園、福山市常石小学校でのイエナプラン導入、2016年には県立広島大学で経営専門職大学院開設といった具合に、教育のバリューチェーンをつなげてきた。そのミッシングピースが大学というわけだ。「新しい教育を志向する新しい大学が必要だった。そこに、慶應SDMが先駆けとなったシステム思考、デザイン思考、プロジェクトマネジメントをベースにした教育が、本学のコンセプトと結果的に親和性高く融合したのです」(保井氏)。広島県が描く次世代教育のバリューチェーン。叡啓大学はそれを接合するピースでもあるのだ。

 保井氏は言う。「コロナ禍で大学の学びの在り方についての議論が加速しています。既存の授業モデルが崩れ、オンラインとオフラインそれぞれの利点を組み合わせてハイブリッドで授業をデザインする大学も増えている。新型コロナウイルスの感染拡大は憂慮すべき事態ですが、禍福は糾える縄の如し。単なる危機対応ではなく、抜本的・本質的な教育の変革のタイミングが結果的に訪れた。このタイミングで本学が開学することに運命的なものを感じます」。

つながりで価値を創出する学問

 学部名の「ソーシャルシステムデザイン」とは、社会に問いを立てて正解のない課題を探究する方法論である。「システムとはつながり、デザインとはありたい未来の企画のこと」と保井氏は言う。システム思考とは、個の要素を立てるとともに全体のつながりを創ること。保井氏は「木を見て森も見る力」と表現する。デザイン思考とは、前向きに社会を変えるために行動して解決を模索する力。「この掛け合わせで起こるのはイノベーション。それを創出する力を養う教育体系を考えました」と保井氏は続ける。

 イノベーションを牽引するリーダーに必要な能力は、「実践力」「国際教養力」「グローカルな視点」であるという。そしてそれは、すぐ陳腐化するかもしれない知識のみに寄らず、全人格的に伸ばす必要があるコンピテンシーを育成するチャレンジでもある。コンピテンシーとは、ハイパフォーマーに共通して見られる資質・能力・行動特性のこと。問いを解決して結果を出すために必要な価値観や志向、学生の伸びしろを伸ばすため、授業をきっかけに学内外に広く伸びていけるような仕掛けを散りばめた。具体的に見ていこう。

「修得」と「実践」で構成するカリキュラム体系

 カリキュラムマップをご覧頂きたい。3つの能力を伸ばすために、修得実践で構成されたオーダーメイドカリキュラムが教育の軸だ。「22世紀にサバイバルできるように、指定されたものをただ受講して積み重ねていくのではなく、そもそもどんな知が必要かを模索できる人材になってほしい」と保井氏は言う。


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図 修得と実践で構成するカリキュラム体系



 入学後はまず、図下部「実践英語」のセグメントで、英語漬けの生活が待っている。叡啓大学では卒業単位124のうち62単位を英語で修めることが卒業条件であり、全単位英語での履修も可能である。これはグローバルを志向する大学の基盤であり、「語学力によって視界と可能性は広がる」という確証からだ。そのため、1年次の前半の「英語集中プログラム(Intensive English Program)」にて、まずは授業を英語で受けられるレベルに語学力を向上させる。秋からは英語で履修可能な授業も開講され、4年間を通じて実践的な英語力を磨く。語学の授業に閉じず専門科目も英語で開講することで、ツールとしての英語活用力は飛躍的に向上する。こうした教育への整合性から、入試段階ではCEFR B1レベルを出願要件として課した。

 英語以外の基本ツールとして用意するのが「ICT・データサイエンス」と「思考系」の科目群だ。前者は次世代ツールと言われるプログラミング、AI等に関する知識修得。後者は前述した「システム思考」「デザイン思考」に「論理的思考」を加えた3点である。いずれも課題解決には必須のスキルセットだ。こうした履修を経て、2年次から本格的に体験・実践プログラムや課題解決演習(PBL)、インターンシップや留学が始まる。フィールドワークの機会を3回必修として回すことで、プロジェクトマネジメントを学ぶことにもつながる。これらが「実践力」修得の流れである。

 次に「国際教養力」の柱となるのはリベラルアーツ教育だ(図中段)。多様化・複雑化する課題を解決するうえで基盤となる知識・スキルの修得を目的とした科目群で、SDGsを意識した「5つのP」というグルーピングに整理されている。「5つのP」とは、「People(人間)」(人文学関係)、「Prosperity(繁栄)」(経済学関係)、「Planet(地球)」(理学関係のうち環境学部分)の3つの選択科目群と、全ての基盤となる「Peace(平和)」「Partnership(共創)」の2つである。

 軸足としては「5つのP」があるものの、基本的には自分の「問い」が起点となるため、自律的な学修をどう伴走支援できるかが教育実装の肝だ。これについては、全学生に4年間専属でコーチをつける「コーチング制度」で年に4回面談を実施し、個人の目標設定やメンタリング等を行うほか、「ポート(港)」 による学生支援を掲げる。ポートとは、学生40名(1学年10名4学年)程度を専門分野の異なる教員2名が担任する制度で、教員2名の研究室と学生が滞在する部屋を隣接配置することで、日常的に学生と教員がコミュニケーションをとれる環境を整えた。「個人に徹底的に伴走するラインやいつでも立ち返れる安全安心な居場所をあちこちに作っています」と保井氏は言う。ほかに、社会で活躍するモデルとなる実践者に講話や対話を展開してもらう「イブニングラウンジ」もある。

 最後の「グローカル」については、これまで見てきた教育内容のほかに、定員に対する留学生比率の高さと国際学生寮の存在がある。入学定員100名のうち20名が留学生の定員、即ち2割が留学生となる。大学の9~13階を占める国際学生寮では、常駐の管理人を置かず、全て学生自治のもと運営が行われる。中心となるのは各フロアのレジデント・アシスタント(RA)、スチューデント・アシスタント(SA)で、大学教職員と日常的に連携しながら、学生自らが寮生活運営・改善に積極的に取り組む。多様なバックグラウンドの学生が集い、各自の文化的背景に配慮しながら共同生活を行うことで得られる経験は、直接的にグローバル感覚獲得に寄与するだろう。こうした一連の体制は学生支援であるだけでなく、コンピテンシーの育成という観点でも意義深い。「多様な経験の提供で、24時間365日全て使ってコンピテンシーを育てたい」と保井氏は言う。

狙いに即した精緻なマッチング選抜でコアターゲットを獲得

 入試はマッチングを重視し、総合型選抜の定員を全体の半数としたほか、全方式で書類審査を含めた二段階選抜とした。大学として掲げる方針に賛同し、それに向けた準備をしっかりしてきてほしいという思いから、一般選抜でも面接を設けた。春入学(日本人学生)の80名枠には166名志願、二次選考までを経て入学に至ったのが86名。一方でコロナ禍における秋入学は苦戦したものの、これまでに16名志願で9名が合格に至っている。一期生の様子を伺うと、国際社会に貢献したい人、地域に根差して世界で活躍したい人、社会や地域の実際の課題を解決したい人といった、概ね狙い通りの属性が集まったという。「精緻なマッチングのため書類選考や面接を試験に入れました。その結果、試験対策的に、英語頑張ります、SDGsに興味あります、といったやや画一的な志望動機の志願者が来るのではと危惧していましたが、それは嬉しく裏切られました」と保井学部長も安堵した様子だ。教育の提供価値が定まっているからこそ、こうした入試設計が可能になる。高い理念のもとスタートしたチャレンジの一期生が、社会で活躍する日が待ち遠しい。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2021/6/29)