千歳市の産学研究・地域活性化の拠点を目指す/公立千歳科学技術大学

公立千歳科学技術大学キャンパス



宮永理事長・学長

 大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあるといえるだろう。

 この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索するなか、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。

 今回は、公設民営方式の私立大学から2019年度に公立化した公立千歳科学技術大学で、宮永喜一学長にお話を伺った。

光科学技術の教育研究拠点

 公立千歳科学技術大学は、1998年開学の千歳科学技術大学が2019年に公立化した大学だ。「光科学技術の教育研究拠点」となることを目指し、千歳市の支援を受けた公設民営方式で1998年に光科学部1学部2学科で発足。

 2015年、光科学にとどまらず、広い範囲の理工学を対象とする理工学部に改組。2019年、「地域連携」や「研究力」の強化と、「グローバル化」の推進を目指して公立化した。その道のりを、2021年4月に就任した宮永 喜一学長は、研究者の観点を交えてこう説明する。

 「日本は、1998年当時も現在も、光科学の分野で世界のトップレベルを走っています。ただ、例えば光通信を大規模なネットワークにして、そのネットワークの上でサービスを提供するという場合、ネットワークを構築するためのシステム、そのネットワーク上で動くサービス等、いろんな技術を取り入れてやっていくことになる。たとえ光デバイス技術がすぐれていても、それだけでは世界ナンバーワンというわけにはいかないのです。異分野の領域同士が融合し、新しい技術を生み出す必要性に直面し、本学でも、各領域の融合による異分野連携研究・教育を進めるよう、改組が重ねられてきました」。

 「公立化については、北海道の玄関であると同時に、日本の玄関の1つといえる大きな国際空港を持つ千歳市が、国際都市としてグローバル化をいっそう推進することが1つの理由です。さらに、学生の多くが北海道内の出身であるため、地域連携を強力に進めることも重要です。こうした状況から、2019年に公立大学として再スタートを切りました」(宮永学長)。

キャリアについてビジョンを持った学生を育成

 「学ぶと働くをつなぐ」キャリア教育の観点からの問題意識として宮永学長はまず、近年の学生が「いろんな会社から、どういうことができなければいけないとか、インターンシップで実質的な能力を測りたいとか、協調性も人間力も必要とか、いろんなことを言われる」ことを懸念する。「そういう状況にいる学生に対して、大学がキャリア教育をきちんとしていかないと、何も分からないまま就職活動して、なかなかキャッチアップできないのではという感じはします」(宮永学長)。

 キャリアセンター長の吉本直人教授も同様のことをこう語る。「就職活動にあたり、情報が非常に多い。しっかりとビジョンを持った学生は少数で、多くの学生は情報の多さをメリットとして活かしきれてないところがあります。終身雇用からジョブ型に変わりつつあることへの対応も課題です。そういう情報について、学生は我々以上に非常に過敏に受け止めているからです」。

公立化により地域課題解決への取り組みを強化

 2019年の公立化とともに本格化した改革の取り組みが、地域連携の強化推進だ。

 むろん、開学当初より地域連携には取り組んできた。立地エリアを「ホトニクスバレー」と称して光技術の国際的研究拠点の形成を目指し、開学前年の1997年に設立された産学官コンソーシアム「ホトニクスワールドコンソーシアム(PWC)」の中核となって事業を推進してきた。光科学に関する研究成果をもとにした大学発ベンチャーの創業・育成支援に実績がある。

 ただ、公立化は、大学側から見ると、私立では実現しにくい研究力や国際連携推進力の大幅な向上を目指したものだが、千歳市から見ると、地域課題への大学のサポートに大きな期待がある。

 そこで、2019年4 月の公立化とともに「地域連携センター」を設置し、地域創生構想『スマートネイチャーシティちとせ』(Smart Nature City ちとせ:SNCちとせ)を提唱、その推進を主な活動内容として、地域のステークホルダーと協力し、広く活動を展開することとした。

 千歳地域には、支笏湖や鮭の遡上する千歳川等もあり、国際都市であると同時に農業や漁業の課題も多くある。そのため「SNCちとせ」は、幅広い地域課題に、大学が有するICT等の科学技術の活用による解決を図るものとなった。

 さらに、グローバル化の推進にも取り組んでいる。国外大学との連携、留学生の確保や国外インターンシップ・国外留学、国際共同研究等の推進を行う方向だ。また、2001年にNPO法人化したPWCも、活動範囲を千歳地域に限定せず、世界に向けた事業としていっそうの拡充を進めたいとしている。

教員数増加により教育体制を強化

 改革に取り組む学内の体制整備として、まず課題となったのが、教員数の少なさだ。ST比(教員1人あたりの学生数)が高く、公立大学としては教員数が非常に少ないという。

 「公立化以降、研究力・教育力を高めるための教員増は、千歳市とも協議済みです。特に、国際共同研究にも積極的に参加してくれるような若手の教員を、毎年複数名、採る予定です」(宮永学長)。

 2020年度からは、オンライン化科目やハイブリッド科目のコンテンツ作成、実験・実習の少人数化による担当講義時間の増加等の負担も加わっている現状に対しては、TA(Teaching Assistant)の採用拡大や、事務職員による支援で、改善を図っている。「例えば授業のオンライン化で、配信形式に合わせた装置の整備等、教員だけでは全く対応できず、システム運用の支援等を職員が多く担いました。そういう場面でも、うまく教職協働が機能していると感じています」(宮永学長)。

卒業生の組織化が課題

 事務職員が授業改善にも積極的に関わるのは、私立大学の名残かもしれないと、宮永学長は言う。吉本キャリアセンター長も、「確かにキャリアセンターも、学生一人ひとりに対してきめ細かに指導する体制を、職員教員が非常によく連携してやっている。こうした私立の良さを、公立になっても失わないようにしていくのが、1つのアピールポイントと思っております」と語る。

 キャリア支援については、キャリアセンターに限らず全学的な協力体制をとっているものの、若い大学なのでOBOG組織が小さい、企業とのネットワークが十分発達していない等の課題が明らかになっている。

 「学生の出身地はほとんど北海道ですが、卒業生の約7割が首都圏で勤めている。それを踏まえて、東京のOBOG会と強く連携をして、就職の斡旋も含めて、体制を整えていこうと、公立化にあたり、千歳市と合意しています。

 ただ、とはいえ開学からまだ20年強ですので、卒業生は企業の第一線で忙しく活躍されており、組織化というところでは苦労しています」(吉本キャリアセンター長)。


図 理学と工学を横断的に学ぶ


公立化で学生募集状況が改善

 公立化して3年目での成果としては、学生募集状況の改善がある。私立大学時代は1倍を切ることもあった入試倍率が、公立化以降は3倍程度となっており、経済的な面も含め、期待値の高まりを感じると宮永学長は言う。

 学生の出身地は、8割以上が道内の学生と、公立化前後で大きな変化はない。7割が首都圏で就職する状況のほうはどうだろうか。吉本キャリアセンター長は「その傾向はより強まるという見方が一般的」としつつ、この度のコロナ禍で、また違った風が吹くという考え方もあるとし、世の中の動向を見ながらキャリア指導をしていきたいと語る。

 「少なくとも今就職活動をしている4年生に関しては、4割から5割は道内志向と、非常に道内の希望が高くなってきています。コロナの影響による一時的な傾向なのか、今後持続的になっていくのかはまだ分かりませんが、うまく地元企業とマッチングが取れるようになれば、新しいネットワークができるのではないかと期待はしています」(吉本キャリアセンター長)。

研究力強化とグローバル化の推進を目指す

 今後の取り組みは、公立の理工学系大学としての研究力強化が軸になると宮永学長は言う。

 「理工学の分野では、ある技術製品を千歳地区の企業が開発したとしても、世界中の企業との競合になります。つまり、グローバル競争に耐えうる研究力強化が重要です。基本的な取り組みとして、教員の拡充が必要だと考えています。また、自分達の大学だけでは限界があるので、広く国外の大学と連携をして国際的な共同研究を進めたいと考えています」(宮永学長)。

 留学生の数を増やすことも考えているという。「若手の技術者がこれからグローバルに活躍していくことを考えたとき、大学時代から、北海道の学生ばかりでなくて、ワールドワイドないろんな考え方を持ち、いろんな言葉を話す学生がまわりにいることはとても大事です。実績が少ないので、これからの話ですが、大学院を中心に、定員の1割から2割ぐらいは留学生になると良いかなと思っています」(宮永学長)。

 同時に、大学院への進学者数増加や、大学院教育の充実も重要課題としている。4月末には、道内の4高専と包括連携協定を締結。従来非常に少ない、高専からの編入学生や高専専攻科からの大学院進学者等を増やすことを意図したものだ。

 これらの研究力強化とグローバル化推進は、公立化のもう1つの狙いである「地域連携」にもつながる。「千歳市は全国もしくは世界からの企業誘致を積極的に行っており、その企業と本学が共同で『光科学を切り口にした異分野連携研究・開発』を行う構想です。この地域連携は、千歳の地産地消や千歳のためだけではなく、その成果を日本及び世界にフィードバックするという方向性で、地元自治体と本学とでよく一致しているところなのです」(宮永学長)。



(角方正幸 リアセックキャリア総合研究所 所長)


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