学修者本位の教学マネジメント体制にどう取り組むか─それがコロナ禍によって明確になった大学の課題

転換期となった2020 年以降のポストコロナの時代において、大学は何を重視し、どのように進化・変化を目指していくべきかについて話を伺った。


画像 溝上慎一氏
京都大学博士(教育学)。1996年に京都大学助手に。
同大講師、助教授(のち准教授)、教授を経て、2018年9月より現職。
専門は心理学(現代 青年期、自己・アイデンティティ形成、自己の分権化)と
教育学(生徒 学生の学びと成長、アクティブラーニング、学校から仕事・社会へのトランジション等)。
著書に『高大接続の本質 ―「学校と社会をつなぐ 調査」から見えてきた課題―』(学事出版、責任編集)ほか多数。


新学習指導要領と観点別評価が大きく影響

──高校の教育改革の状況を、どう捉えていますか?

 アクティブラーニング(以下AL)による授業改善の取り組みに大きく影響を及ぼしたのは学習指導要領の改訂だと思います。現場では新学習指導要領によるプレッシャーは想定以上。そもそも高校においては大学進学率の高い学校を中心に、教科・科目の指導以外、学習指導要領を自分たちのものだと明確には捉えてこなかった実情がありました。そんななか、教育委員会や学校全体として、学習指導要領に基づいた改革をしないという選択肢はなくなったというのが今回の流れです。

 次に、高校にプレッシャーを与え改革に影響を及ぼしているのは「観点別評価」です。これまでテストの点数で通知表をつけてきましたが、今回の学習指導要領においては、資質・能力の3つの柱を生徒一人ひとりについて評価する必要があります。指導要録として記録し、都道府県に提出したり生徒にフィードバックできる形にしたりする。調査書の形で大学に提出できるようにもする。もはやいい加減にはできません。元となる4観点評価は20年前から導入されていますが、しっかりと実施していた普通科、進学校の高校は少ないはずです。主体的に学習に取り組む態度の評価は、観点別評価の難点の一つと言われていて、各所で議論が盛んになされています。私も県立高校等からたくさん相談を受けています。

 加えて変革に向けて動いていなかった高校に揺さぶりをかけたのが、コロナ禍とICTへの対応です。

 新学習指導要領に基づく教育改革に対応しようとする高校は、時代の転換点、社会の転換点に向き合えている学校でもあります。ICTへの投資はお金がかかりますし、今回のコロナ禍においても、教育委員会等がオンライン導入に後ろ向きなケース等の課題がありました。それでも、そのような高校は組織マネジメントと校長のリーダーシップが行き届き、前向きに取り組みました。コロナ禍の中、ICT導入等の改革を加速させ、自信をつけたのです。

入試改革より大きい、コロナ影響

──2020年は入試制度改革元年とも言われていましたが、その影響はどうだったでしょうか?

 学力の中間層にある高校生達は、自学自習が弱いので、学校が休業になった昨年4月頃からの3カ月は十分に学習できなかったようです。普通なら、3年の学習を進め基礎を確認し、夏休みに問題を解きながら模試の点数を上げていくわけですが、勉強を始めたのは7月に入ってから。不十分ながら模試が行われ始めたのは10月・11月、しかし総合型や学校推薦型の入試は始まってしまっている、中間層の高校生には厳しい展開だったと言えます。そういった意味で、入試制度改革より、コロナ禍のほうが進路選択に与えた影響は大きかったと思います。

 探究的な学びが進んだことは影響がありました。探究の成果は、今回の入試改革における総合型選抜や学校推薦型選抜でのアピールにつなげられました。準進学校の高校では、探究の成果をアピールして上位大学への合格者を出すということが起きていて、そこは高校と大学が、いわばwin-winの状態であったということかもしれません。

コロナで可視化された、大学のマネジメント力

──大学側は、新しい学力を身につけた高校生を受け入れる準備ができているでしょうか?

 どの大学もアドミッション・ポリシーを示し、制度の整備が整ったことは一定程度評価できます。しかし、必ずしも選抜方法と合致していないことは問題だと言えます。

 またALを導入した講義改革を進められている大学もまだまだ少ない。大学1、2年生の状況をみたとき、特に都市部の私立の総合大学の中には、1学部で1000人も学生がいて、1つの講義科目に300人、400人が受けている状況があります。そこでALができるわけがありません。つまり講義改革は、先生達の授業力の問題だけでなく、1授業の履修定員を減らす問題でもあります。そのためには、定員規模の見直しが必要です。またST比は教師1人が受け持つ学生数を表し、どの程度学生に対応できる組織規模かを見るわけですが、ST比がどうであれ、1つの学部に100─200人の教員がいて彼らをマネジメントできるのかという問題があります。教員の組織規模というのも大学の教育改革には重要な観点です。

 大学はALが施策化された2012年の質的転換答申から8年が経過しています。もっとスピードを上げて教育改革に取り組まないといけません。高校で大学に送り出した卒業後の姿をアセスメントする動きが今後出てくるなかで、高校から「せっかく力をつけて生徒を送り出したのに、入学後の大学教育と結びついていない」と懸念される状況が予想されます。

── 2020年度は転換期でしたが、今後、高校生を受け入れるうえで、大学はどのような準備をしたらよいでしょうか。

 ポストコロナでは、ハイブリッドによってオンラインと対面の良いところを活かしていくべきだと言われていますが、それは優等生の回答だと思います。コロナ禍のオンライン授業は、教員にも緊張感があったし、学生も振り落とされないように頑張った。しかし、今後中間層はオンラインに慣れて、ついていくのが難しくなるでしょう。「オンラインなら、いつでもどこでも学べる」と言われて20年が経ち、学ぼうと思えば学べる学習環境は山ほどありましたが、主体的に取り組んだ学生は極めて少ない。このことをもっと考える必要があります。

 本質的には、オンライン化のような一つひとつの活動よりも、教学マネジメント体制の構築にしっかり取り組み、学修者本位の教育にどう転換していくかだと思います。特に、学部のセクショナリズムが強い大手大学が組織規模をどう捉え、教学マネジメントを実施していくのかは、コロナで可視化された大きな課題でしょう。

── 2020年度は転換期でしたが、今後、高校生を受け入れるうえで、大学はどのような準備をしたらよいでしょうか。

 将来が見通せないと言うとき、問題は2つあります。1つは「大学で何を学びたいかが分からない」。もう一つは「将来何をしたいかが分からない」。この2つはどちらも絡み合っていてどちらも大事ですが、私は、どんな仕事をしたいかを考えるところから始めましょうと説いています。まずどういう仕事をしたいかを高校生のバージョンでいいので考えるというまっとうなキャリア教育をやるべき。また学ぶ過程でALや探究によって資質・能力を磨き、コンピテンシーを培う。それが叶う大学を選ぶべきだと思います。



(文/金剛寺 千鶴子)


【印刷用記事】
学修者本位の教学マネジメント体制にどう取り組むか──それがコロナ禍によって明確になった大学の課題 溝上慎一 学校法人桐蔭学園理事長 桐蔭横浜大学学長・教授