総合学園が挑むオープン・イノベーション/立命館大学

立命館大学キャンパス

POINT
  • 1869年、西園寺 公望が創始した私塾「立命館」をその源流とし、前身となる「私立京都法政学校」は1900年に創設、2020年に学園創立120周年を迎えた伝統校
  • 16学部22研究科、学生・院生数約3万5000人を擁する総合大学。「自由と清新」、即ち常に時代の先端たることを理念とする
  • 2021年6月に設立した起業・事業化推進室を基盤に、社会課題解決を担う人材育成や教育プログラム開発に注力する


立命館大学(以下、立命館)は2021年6月に起業・事業化推進室を設置した。何故立命館は起業を推進するのか。その意図や課題意識について、学校法人立命館副総長・立命館大学副学長の徳田昭雄氏にお話を伺った。

2030年に向けた学園ビジョンと大学中長期計画が示す社会課題解決の方向性

 学校法人立命館が2018年に策定した学園ビジョンR2030では、「挑戦をもっと自由に」をビジョンキャッチに、「新たな価値創造の実現」「グローバル社会への主体的貢献」「テクノロジーを活かした教育・研究の進化」「未来社会を描くキャンパス創造」「シームレスな学園展開」「多様性を活かす学園創造」の6つの政策目標を掲げている。それを受け、立命館大学は中長期計画「R2030立命館大学チャレンジ・デザイン」において「社会共生価値の創造」を掲げ、社会課題の解決に向けて価値創造とイノベーションに取り組む「次世代研究大学」の実現を目指すとする。即ち、研究の高度化と、基礎研究から応用研究、社会実装までのオープン・イノベーションを推進する体制を整備・強化していく方向性が、中長期的に掲げられている。

学園のDNAに根差した原点回帰

 こうした大きな流れを背景に開設したのが起業・事業化推進室である。設置の目的を、徳田氏はこう話す。「我々は、起業家マインドを持った学生を育成したい。起業を支援する取り組みはこれまでもありましたが、あくまで学生の自主性ありきのビジネスコンテスト止まりで、起業の伴走とは言えない状態でした。また、3つに分かれているキャンパスを横断する仕組みの構築には至っておらず、学園全体に広がらないという課題感がありました。そうした観点を踏まえ、改めて本学に関わる人材が社会課題の解決を多様なレベルで実装し、『起業するなら立命館』という社会的評価の確立を目指して、また、アントレプレナーシップを育てる文化を醸成する必要性から、専門部署の開設に至りました」。専任職員は2名、研究部門等の兼務者5名ほどで構成される。

 立命館の建学の精神「自由と清新」は、即ちイノベーションのことだ。「自分で見つけた課題を解決する」というイノベーティブな気風は昔から変わらない立命館のオリジナリティーである。「一般的に評価されやすい資格系の合格状況等を広報の軸にした時期もありましたが、昨今は社会課題を解決することが価値として認知されるようになってきた」と、徳田氏は原点回帰することで立命館らしさが社会的価値と合致する可能性が高いと見る。「本学が涵養したいのは、与えられたものについての課題提案力ではなく、答えがないものに自ら挑むという姿勢。どの学部・キャンパスに所属してもそうしたマインドを身につけることが立命館らしさであると評価される状態を創りたい」(徳田氏)。

 図1に示す通り、起業・事業化推進室は先行して展開していたRIMIX(リミックス)とBRITZ(ブリッズ)を包含する体制「SAND BOXりつめい」の要だ。それぞれの内容を見ていきたい。


※クリックで画像拡大
図1 立命館の起業・事業化推進機能 全体像
図1 立命館の起業・事業化推進機能 全体像



RIMIX:社会事業化育成のプラットフォーム

 まず、2019年より展開するRIMIXは、「社会課題を起点に、それを解決するビジネスを創る社会事業家を育成するためのプラットフォーム」と徳田氏は説明する。図2に示す通り、社会課題解決のマインド醸成から起業支援までの一連の取り組みを可視化し、学園内外の連携等によって拡充を図り、起業・事業化までの伴走を幅広く行う仕組みだ。立命館は2つの大学と5つの附属校を抱える総合学園であり、学園全体で行うアントレプレナーシップ教育としてこの仕組みが設計された。初等中等教育で進む探究学習のアウトプットの1つとして、良い波及効果を学園全体にもたらす期待も込められている。学園ビジョンR2030「挑戦をもっと自由に」を体現する仕組みと言えよう。



図2 RIMIXの全体像
図2 RIMIXの全体像


 事業の軸となるのは生徒・学生のアイデアだが、思いだけで事業化に至るほど甘くはない。RIMIXではソニー(株)が提供するSSAP(Sony Startup Acceleration Program)と連携し、社会ニーズに対する問題意識の磨き直しやビジネス化に必須のファイナンスも行い、最終的には年末に実施される「総長PITCH THE FINAL」に挑む。2020年度は合計29チーム・93名の学生・生徒が挑戦した。現在3期目を迎える。

 RIMIXではHP上で過去の活動をまとめた動画配信等を積極的に実施しており、「やりたいことがあるが実現の方法が分からない」という学生・生徒の興味を喚起し、ワークショップに社会課題解決や起業に興味のある学生を集め、育成していくのが主な支援の流れだ。これまで個々の学校で進めていた動きが推進室に統括され、参加者属性の多様化にもつながった。なお、参加者の半数は女性であるという。

BRITZ:研究シーズを事業化する支援体制

 もう1つのBRITZは、教員・大学院生・卒業生を対象に、テクノロジーを軸にした研究シーズを事業化し、社会還元する目的で設立された事業だ。発掘→価値創造→事業展開→会社設立・事業開始の4つのフェーズに分け、外部協力機関との連携のもと、各シーズに応じた支援を実施する。従来は研究部が所轄していたところ、推進室設立のタイミングで移管された。「即時性・即効性がなくても将来性のあるシーズにはきちんと投資して、マネジメントしながら継続性を担保したい」と徳田氏は言う。研究高度化に加え、社会への実装を意識した研究を蓄積していくという。

2つのランキングを重視し社会課題解決を推進する

 こうした社会への価値創出を強化するに当たり、立命館が重視する指標が2つある。1つは、イギリスの高等教育専門誌「Times Higher Education」による、大学の社会貢献をSDGsの枠組みで評価する「THEインパクトランキング」。SDGsと研究を紐づける指標として注目している。2021年のランキングでは慶應と並び私大でトップという結果を残した。

 もう1つは、高等教育の世界的評価機関Quacquarelli Symonds社によるQS世界大学ランキング。論文業績が色濃く反映されるため、必然的に理系が中心となる。BRITZで扱う研究シーズはその趣旨からして理系研究が中心のため、QSが指標となる一方で、立命館が目指す次世代研究大学とは、決して理系に閉じた話ではなく、いかに人文社会科学系も含めた研究力を総合的に向上させていくのかは大きな課題だ。「ランキングありきで文理分断せずに、本気の文理融合の研究大学を目指したい。だから、サイエンス→テクノロジー→サービス という研究から社会実装へのプロセスの中で、川上が得意な理系の先生、川下に精通した文系の先生が同じチームでプロジェクトに当たるようなスキームを構想しています」と徳田氏は言う。テクノロジーとマーケットは離れているため、それぞれに秀でた専門家が協働することで大きな価値になる。こうした「実践知」を立命館の軸足に、学園の将来像を描いていくという。

挑戦をもっと自由に

 立命館がこうした動きを加速する理由がもう1つある。「日本は失敗を許さない文化が根強く、PoC(Proof of Concept:実証実験)ばかりで実装が少ない。でもそれでは社会課題は解決せず、アントレプレナーシップどころか、叩かれるのを恐れて何もしない人が成功するような歪んだ風潮を助長することになる」と徳田氏は危惧する。それではいずれ、新しい価値創出を担う人がいなくなってしまう。イノベーションを理念とする大学として、そうした危惧は捨て置けない。立命館が掲げるビジョンは「挑戦をもっと自由に」だが、「『SAND BOX りつめい』の中では『失敗をもっと自由に』を掲げたい」と徳田氏は笑う。立命館発のベンチャー企業は2017年度に26社だったところ、2020年度には60社と2.3倍にもなった。2025年には、起業・事業化推進室に関連する企業の価値・評価総額300億円以上を目指すという。

 見てきたように、立命館が2030年に向けて目指すのは次世代研究大学であり、日本一の実践知集積拠点である。それは今の日本に絶対的に不足する価値創出人材を学園全体で育成するのみならず、教育研究を横断的・協働的に結び付け、チームで社会課題に挑むマインドを醸成する動きでもある。社会に向けた価値創出の推進力が「SAND BOX りつめい」によって飛躍的に強化されることを期待したい。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2021/9/21)