DXに関する経済産業省の政策動向
コロナ禍の高等教育業界を席巻したのはオンライン教育であった。遠隔授業等は長らく議論されていたテーマだったが、三密を避けるためにオンラインを用いたオンデマンド型やアーカイブ型の講義が半強制的に始まった。初等中等教育のGIGAスクール構想や、学習成果の可視化という文脈で重要視されるLMS等と合わせて、教育に係るDXについては概ね読者もイメージされることと思う。しかし、DXとは教育の方法論やシステムに閉じた話ではない。デジタルを前提にした経営戦略を描き直すことこそがDXの真髄である。そうした観点をご提供頂くべく、経済産業省(以下、経産省)商務情報政策局情報技術利用促進課の田辺雄史課長に、2018年のDXレポートを皮切りに経産省が打ち出す政策についてお話を伺った。
経産省の政策を時系列で整理したのが図1である。こうした施策の背景にある課題感は何だったのか。田辺氏は、日本においてITとはコスト削減ツールの1つであり、日本のビジネスモデルは既存のやり方を改善することが前提という風土があり、「ITとは今あるものをより良くするツールである」、あるいは「あまりコストをかけるとコスト削減にならないので、なるべく安く作ろう」と考える傾向があると話す。「だから、古くなったレガシーシステムを大事に使い、『動いていればいい』と思ってしまう。しかし、長期で使うほど設備投資の減価償却が進み、製品の単価が安くなっていくという考え方が、そもそもITには通用しません」。よって、レガシーシステムを残しておくと逆に新しい変化に対応できない問題が顕著になる。日本では、そうした新たな価値を生まないシステムの維持メンテナンスにデジタル予算の8割以上がかけられており、新しいビジネス創出には2割程度しか使われていないのが現状だという。「本来価値創出や経済成長のドライバーであるはずのデジタル予算の2割しか本来の意義に振り分けられていないというのは大きな問題です。だから、まずは古いシステムを近代化してアップデートできるようにする必要がある。しかし、そこで認識が止まってしまう経営者も多い。DXの本丸は、その後価値創出のためにデジタルをどう使うのかという経営戦略そのものの立案にあります」。
では、DXレポートを起点に、順を追って概要を見ていこう。
DXレポート
新たなデジタル技術によるゲームチェンジが起こっている現状を示し、前述したレガシーシステムの弊害からDXできないと2025年までに毎年最大12兆円の経済損失が生じるとする、通称「2025年の崖」を問題提起したこのレポートはセンセーショナルであった。合わせて、崖を生じさせないためのDX実現シナリオとして5つの施策を提唱している。これらが以降の施策にどうつながったのかを整理したい。
対応策① DX推進システムガイドラインの策定対応策② 「見える化」指標、診断スキームの構築
DX推進の指針として、2018年12月にDX推進ガイドラインが、2019年7月にはDX推進指標が策定された。前者は「DX推進のための経営のあり方、仕組み」と「DXを実現する上で基盤となるITシステム構築」の2点からやるべき事柄を整理したもの。後者はマイルストーンとなる項目に関する自社の状況を6段階で評価できるようにしたものだ。
しかし、「9割の企業は自己診断だけでは動けない」と田辺氏は言う。推進力をつけるにはやはり、企業を評価する投資家等のステークホルダーがどう見ているかという客観評価が必要になる。そこで、2020年11月に公表されたのがデジタルガバナンス・コードである。これは企業によるDXの自主的・自発的取り組みの推進を促すとともに、経営者が主導して積極的にステークホルダーとの対話に取り組む企業に対し、資金や人材、機会が集まる環境整備を目的に策定されたものだ。経産省では、正しい自己認識のもと改革を実行する企業に対する税制優遇措置も整備した。
対応策③ DX実現に向けたITシステム構築におけるコスト・リスク低減のための対応策ITシステム刷新は莫大なコストと時間がかかり、また、刷新後のシステムが再レガシー化してしまう恐れもある。こうしたコストやリスクを抑制しつつ改革を進めるには、実行推進上の懸念点を丁寧に払拭する必要がある。そのため、システム刷新後のシステムが実現すべきアーキテクチャや目標設定に関する情報提供、より有意な開発の方向性提起、業界ごと・課題ごとに共通プラットフォームを構築することで、早期かつ安価にシステム刷新を目指す「協調領域における共通プラットフォームの構築」の検討等が提起されている。戦わなくていい部分をいかに共通項としてくくり出してプラットフォーム化するかという考え方は、高等教育業界においても重要な観点であろう。
対応策④ ユーザー企業(システム利用側)・ベンダー企業(システム提供側)の目指すべき姿と双方の新たな関係DXによる迅速なビジネスモデル変革を実現するためには、従来のゴールありきの受託業務から脱却し、常に改善し続けるアジャイル開発を前提にした開発プロセスの設計が必要である。こうした従来と異なる契約方式等について経産省でひな形を用意した。
対応策⑤ DX人材の育成・確保DX人材の育成・確保は各社にとって最重要事項である。そもそもDXありきでない従来型のOJTではDXの実行力は培いづらい。各社は求められる人材スキルの整理と、当該人材への正当な評価制度等の整備を急ぐ必要がある。一方で、高等教育におけるAI・DS教育の推進やリカレント教育も期待される文脈だ。その際は、学問としてのあり方と現場リアリティーとの距離をどう実践経験で埋めるかという観点が必要になる。
DXレポート2(中間とりまとめ)
DXレポートから2年後に公表されたのがDXレポート2だ。ここでは、前述したDXレポートで提起された問題を含めた現状の整理、今後の対応や方向性がまとめられている。
図2を見て頂きたい。DX未着手企業・DX途上企業が全体の9割以上を占め、デジタル企業へと脱却できているのは全体の1割弱である実情が提示されている。前回レポートの反省点として、レガシーシステムの危険性を指摘するあまり、「システム刷新すればDXなのだ」という誤った認識が広まり、「システムは変えたがビジネスモデルは変わっていない」非DX 企業が自らをDX企業と誤認する向きが増加したという。「今後はDXの本質についての理解促進、成功パターンの策定や共通プラットフォームの形成等に取り組んでいくことで、デジタル企業変革の支援を徹底したい」と田辺氏は言う。ここまで見てきた通り、DXとは環境や社会変化に対する対応力・変革力の要であり、新しい価値創出と持続的な成長を実現するための企業文化・風土改革である。それらをステークホルダーと対話しながら経営として意思決定していくことが重要だという。
図2 DXレポート2 のサマリー(DX加速シナリオ)
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DX調査~DX銘柄
最後に2020年から実施されている施策をご紹介したい。
経産省は、企業の戦略的IT利活用促進に向けた取り組みの一環として、中長期的な企業価値向上や競争力強化のために積極的なIT利活用に取り組んでいる企業を、「攻めのIT経営銘柄」として2015年より選定してきた。2020年からは、デジタル技術を前提としてビジネスモデル等を抜本的に変革し、新たな成長・競争力強化につなげていくDXに取り組む企業を、「DX銘柄」として選定している。その選定に向け、国内上場企業約3700社(一部、二部、マザーズ、JASDAQ)を対象に実施される調査が、DX調査である。
DX銘柄は、DX経営におけるグッドプラクティスモデルを広く波及させることで、DXに関する経営者の意識変革を促すことが目的だ。2021年度版の選定内容は紙幅の関係上別の機会に譲るとして、本稿ではその評価の方策について解説したい。
DX銘柄2021選定は、3段階選考である。一次評価は、DX調査2021の選択式項目及び3年平均のROEに基づきスコアリングを実施し、一定基準以上の企業を候補企業として選定。二次評価及び最終選考では、DX調査2021の記述回答についてDX銘柄評価委員が評価を実施。その結果をもとに、DX銘柄評価委員会による最終審査を実施し、業種ごとに優れた企業を「DX銘柄2021」として選定している。
一次評価では図3に示す項目の評価が実施された。これらはデジタルガバナンス・コードの柱立てと対応している。特にⅠにある「ビジョン・ビジネスモデル」は、「この企業は何のために存在し、どういう領域で価値提供をしていくのか、という全ての起点」と田辺氏は言う。ここで重要なのは、立脚するドメインと価値創出の方向性を、デジタルを踏まえて描けているか。方向性はDXらしく描いてあっても、方法論としてのビジネスモデルが旧態依然では意味がない。高等教育機関の「建学の精神」に類似するものとして読み替えたとき、貴学のビジョンはデジタルを踏まえたものになっているかを考えると分かりやすい。
二次評価では図4に示すように、「企業価値貢献」と「DX実現能力」の2軸で評価を行い、特に前者を重視する。「まずはDXを企業価値向上にどう使うのかという観点が重要です」(田辺氏)。システムを入れたり、IT部署を作ったりすることがゴールではない。「企業価値貢献」の中でも「既存ビジネスモデルの深化」より「業態変革・新規ビジネスモデルの創出」を高く評価するのも、同じ意図である。一方で、「DX実現能力」が評価するのは、DXを進めようとしたときに準備ができている組織かという点である。
高等教育機関の経営においても、マインドが「企業価値貢献」の「既存ビジネスモデルの深化」に寄っているのではないか。「業態変革・新規ビジネスモデルの創出」に寄与するにはどのような経営指針が必要になるだろうか。
前号で「大学の変化対応力」について記事を掲載したが、DXとはまさに変化対応力であり、急激な社会環境変化に対する組織のレジリエンスであり、経営戦略そのものである。経産省の政策にはそうした検討のヒントが多く散りばめられているように思う。
(文/鹿島 梓)
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