高齢化、過疎化等、様々な社会課題を感性とロジックの両面から解決する「超・美大」/東北芸術工科大学

東北芸術工科大学キャンパス


社会課題の解決で美大を超える

中山ダイスケ 学長

 東北芸術工科大学は2018年、中山ダイスケ学長の就任を機に、「絵がうまい子が入るのが美大ではない。アート・デザインを通じて社会課題を解決していくのが美大」とする新コンセプト『超・美大(美大を超えていこう)』を掲げた。

 山形という地方都市で、なぜ美大が本業である教育に社会課題の解決を定めるに至ったのか。「地域は困っていて、私が入職した2007年頃には、既に多くの課題の依頼と進行中のプロジェクトがあり、『この大学は面白い』と教学のど真ん中に入っていった」と中山学長。地域や行政と一緒に考えることが常態化するにつれ、「学生が挑む授業の課題をできる限り社会から頂き、社会課題の解決を教育の中心に据えよう」と考えるようになっていく。

 オープンキャンパスに来た高校生の併願先が、美大ではなく山形大学、東北学院大学等の一般大学だったことも契機だった。「自分達の大学が置かれたポジションは、芸大・美大群の中での競争とは全く違うものなのだと認識した時期で、高校生に向けたプロモーションの転機でもあった」と振り返る。

“課題先進県”で現役プロと挑む

 学生数約2400名、芸術学部とデザイン工学部の2学部を持つ同大学の重要な教育の特徴は、教員のほとんどが現役で活躍するクリエイターである点だ。中山学長は「山形県は日本が直面する社会課題に10年早く向き合っている“課題先進県”。山形のニーズと本学のポテンシャルがぴったりマッチした」と語る。

 実際にどのような課題に対峙しているのか。例えば高齢者が毎日集まる場所なのに分かりにくい院内サイン(図1)。山形大学医学部附属病院から依頼を受け、山形大学医学部の学生と協働で7 ~8名のチームを組み、誰もがスムーズに目的の場所までたどり着けるサイン計画を立案した。同病院は地域で使いやすいと評判になっている。


図1 山形大学医学部付属病院の院内サイン
図1 カラフルに色分けされ、受診する科が一目で分かる院内サイン。
 患者ごとに目的地を示す「手持ちフォルダー」を作成し、運用も改善した。


 中心市街地が衰退し、郊外のショッピングモールが賑わうという地方都市の課題にも、中心市街地では、山形大学、自治体、住宅公社と連携し、空き家等を準学生寮にリノベーションする「準学生寮プロジェクト『山形クラス』」が進行中だ。両大学の新入生の7割が県外出身者であり、300~400室規模を目標に街中に新しい学生街を造ることで、消費活動やコミュニケーションを創出する社会実験である。反対に郊外では、地方色を出したい大型ショッピングモールとご当地グルメを開発する等している。

多くの授業にクライアントがいる実績

 現在、産学連携の依頼が年間100本に上り、デザイン工学部の3,4年生の演習の約7割の授業にクライアントがついている。「他大学でも産学連携は行われているが、うちはお題をこなして終わりでは困る。現役のプロが監修し、彼らが面白いと取り組んでいるかどうかでプロジェクトのクオリティーが変わってくる。今では地方紙に本学の記事が載らない日はないほど地域に必要とされ、誰もが知る存在になれた」と学長は語る。

 2009年頃から、教育の成果指標「実社会で活躍する人材の輩出」を可視化しようと就職内定率の向上に力を入れた。その結果、就職内定率は2019年度に97.1%となり、芸術系大学のトップクラスとなった。

 目指す姿が変わると、欲しい学生像も変わる。絵だけを描きたい子とともに、勉強に意欲的な異能異才も欲しいが、芸術工科の校名であるがゆえに、高校の窓口対応は美術の先生、高校生本人が志望しても保護者に反対されてしまう。『超・美大』は旧来の美大だと思わないでという意味もあった。

 「東京大学とロンドンのRCA※1等、一般大学とアート系大学の連携が進み、『デザイン思考』で問題解決のプロセスを学ぶスタンフォード大学の「d.school」修了がステータスとなりつつある。山形大学もそのことに気づいていて、デザインの学びは今社会全体で必要とされている」(中山学長)

チェンジメーカーで社会を変革する

 開学30周年を迎えた2021年、次の30年に向けた中期計画「ビジョン2024」では、新しい人材「チェンジメーカー(社会を変革する人)」の育成を目指す。AIやデータサイエンスを駆使し、感性とロジックの両面から課題解決、価値創造することで、柔らかく分野を横断していける人だ。正課授業で地域貢献を手がけるデザイン工学部はもとより(図2参照)、芸術学部にとっては自分のアートを一般の人に分かりやすい言葉で伝える力がそれだ。地域貢献事業として2年に一度主催する芸術祭「山形ビエンナーレ」の主役はまさに芸術学部の学生と教員で、全ての学生にチェンジメーカーとなる機会が与えられている。


図2 東北芸術工科大学の四つの地域課題解決のメソッド


 現在の募集状況は東北地域出身者が6~7割を占めるが、関西や九州からも学生が欲しいという。山形の社会課題をクリエイティブの力で解決するメソッドは、他の地域に持ち帰って実践できるからだ。18歳人口が減少し、どう生き残っていくかが地方大学の命題となる中、どんな大学でありたいかと問うと、「使える大学」との答えが返ってきた。「困ったら芸工大に知恵を借りよう。この地域に芸工大があってよかったと言われたら最高」と中山学長。そして「今一番新しい力を教えるという意味において、本学が背負った責任は大きい。他の地域の大学にも真似てもらいたいし、そうでないと国全体が面白くならない」と気概を見せた。


  • RCA( Royal College of Art)

(文/能地泰代)


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