大学が取り組む社会課題解決はブランド力にどのように関係するのか
社会課題解決だけでは埋もれる時代においては、
「人が主軸」にある「らしい」「為したい社会」を確信させてくれるブランドが必要だ
株式会社インターブランドジャパン代表取締役社長 兼 CEO 並木 将仁
2015年にインターブランド参画。顧客体験をベースとしたブランド価値の向上を、
ロジックとクリエイティブの融合から実現することを主眼として、クライアント支援を実践している。
著書に『ブランディング 7つの原則』(日本経済新聞出版社)等。
インターブランドは1974年にロンドンでの設立されたブランディング専門会社。
インターブランドジャパンは、ロンドン、ニューヨークに次ぐ第3の拠点として1983年に東京で設立された企業である。
ステークホルダーが能動的かつ確信的に大学を選択する理由を作る
尖ったキャッチコピーで現時点での差別化を狙うブランディングも、猫も杓子も取り組んでいるSDGsという「正しい」社会課題の解決に取り組む経営も、それだけではブランド力向上は望めない。ブランド力の向上のハードルは上がっている。同時に、ブランドは重要性を増している。それは、機能価値では評価できない価値こそが、社会課題解決を導くTrue North(=北極星)になりうるからである。その意味するところは、「『人が主軸』にある『らしい』『為したい社会』を確信させてくれるブランディング(=ブランド創り)」の必要性なのである。
まず、今必要なブランドとは何か、から考えたい。全ての企業や大学は、ステークホルダーが能動的かつ確信的にその企業や大学を選択する理由を作らなければならない。肝は「確信的に」という点である。それには、気持ちの上でのコミットメントが必要になる。過去においては、この「確信」は定量化できる価値(=機能価値。例えば、燃費が35km/LのAブランドと31km/LのBブランドでは確信的にAブランドを選べる)の比較から導き出されていた。
しかし、ほとんどの製品やサービスがコモディティ化している今、求められている「確信」は、「体験」と「成果」から演繹的に導かれる「心の状態」である。それはつまり、堅固な機能価値に立脚した、「情緒的(i.e., Emotional)」「心理的(i.e., Mental)」「精神的(i.e., Spiritual)」価値の階段を上りながら、人にとっての価値を高められるか、である。別の言い方をすれば、「このブランドにはコミットしたい」と感じてもらうことが大切なのである(図表1参照)。
ではそのために何が必要か。それこそが、社会課題解決の先にあるIdeal States(=目指す状況)の提案であり、そこにおいて人がどんな精神的な状態で生活し得るか、そしてその実現においてブランドが何を為すかを掲げることである。
「らしさ 社会課題解決」という枠組み
では、それは即ちSDGsへの取り組みを上手に伝えれば良いのかというと、そうではない。
ここで、先日弊社で行った調査をご紹介したい。「事業成長に寄与する社会課題解決とは何か」を生活者の購買意向を軸に調べたところ、「顧客自身の人生に親和する、そのブランド『らしい』社会課題解決」が最も重要で、次に「そのブランド『らしい』社会課題解決」、最も付加価値が低いのが「誰でもやるべき社会課題解決」であった。(図表2)
サントリーを例に考えてみると、例えばサントリーがペットボトル軽量化をやったとしても、「やって当然」でしかないと思われている。しかし、「水と生きる」サントリーが水質保全に注力していることは、「意味も影響もサントリーならでは」となる。さらに当人の人生と重なる場合、例えば野鳥観察が趣味の人にとっては、自分の心の拠り所を守ってくれるブランドとして「真に自分ごと化される」ようになる。つまり、社会課題を解決するだけでは付加価値にならないが、ブランドらしさと調和することで価値が認められ、それを体験化できると価値が増幅する、ということである。
だからこそ、ブランドを考えるときには、「らしさ 社会課題解決」という枠組みが必要になる。
「社会課題解決がブランド的でありえる」実態作りが大学の強み
この構造は、大学におけるブランド力の話にもそのまま適用できる。大学のコンテキストに適合させると、大学「らしい」「社会課題解決」「実現の場」を感じられるかが重要になる。「社会課題解決」を何らかの形で掲げることは前提として、大学の「らしい」が利いているか、そしてリアリティを感じられるか、の二つの論点にフォーカスして、大学の社会課題解決への取り組みが大学のブランド力にどう影響するかを読み解きたい。
まずは「らしい」の確立である。
言葉を選ばなければ、全ての大学は「つまらない」「当然の」ミッションは掲げている。しかし、「らしい」「ワクワクする」ブランドを掲げている大学はどの程度あるのだろうか。前述のサントリーの例でも示した通り、この「らしい」がない限り、どんなに社会課題の解決に貢献する教育を提供していて、また大学として社会課題解決に力を入れていても、付加価値を生み出せない。大学はキャンペーンスローガンをポップに作るのでなく、出自と未来と個性を真剣に掘り下げていく必要がある。逆に学生は、実態に裏打ちされた大学らしさとは何かを徹底的に見抜く必要がある。
そのために大学がとるべき行動を、少し具体的に紐解いてみよう。上策は、学生に見抜く労を掛けさせないだけのブランド体験を、全方位で実現することである。中策は、学生が見抜けるだけの資産を用意するだけで満足すること。そして下策は、学生に「実態のない表面的な表現だけが踊っている」と見抜かれるブランド表現に終始すること、である。金魚の集中力は9秒、人間の集中力は8秒、と言われているこの時代において、学生が直感的に大学のブランドを感じられる体験をクリエイティブに提供することが、ブランディングである。
ここで一つ大切なのは、「伝える」から「体験できる」の提供に軸足を移すことである。全チャネルでの役割分担から包括的体験を総体として設計し、その実現に個々のチャネルを尖らせるオムニチャネル※が必要になる。デジタル体験もリアル体験も当然必要であり、そのなかで体験の結果「感じる」ことをブランドから、つまり『らしい』から演繹して設計する。これこそが求められる。もちろん、調べてもらえれば分かるだけの実態を創ることから全てが始まるのは言うまでもないが、そこで止まってはならない。まして、ポップでキャッチーだが中身のない広告宣伝だけを繰り広げていても、人生の大きな一部となる大学の選択をそこにかける学生はほとんどいないだろう。
次に「実装力」に着目しよう。
SDGsネイティブが主体となった大学における課題の一つは、それを発揮する場が学外になってしまうことだろう。もともと学業の場としての大学は、即ち実践の場ではないことが主流であった。しかし、例えばビジネススクールがベンチャーキャピタルファンドを設立することで起業という実践を近づけているように、学外に限定されない実践の場を形作れるか、という論点が一つある。学生の心を紐解けば、「お勉強」だけを求めていないことは自明だろう。だからこそ、学内や学校との接点の中に社会課題解決機会を実装することで、「社会課題解決がブランド的でありえる」実態作りが強みとなり得る。社会課題解決だけであれば、NPOでもNGOでもCSV企業でもできる。だが大学を機会提供の場と捉えるのであれば、学外に生徒を導く単純な通路になるのはもったいない。「らしい」コンテキストの中で「社会課題解決」に取り組む機会の提供こそが、求められている実装力である。
SDGsを行っているだけでは競合優位に繋がらない
全ての企業は、その存在価値に社会課題解決への貢献がなければ、今後は真っ当なステークホルダーからは相手にされなくなる。現時点では投資家から影響が大きく、次にコミュニティーとのより良い共生の影響も無視できない。これに加えて、SDGsネイティブの購買力と労働力としての重要性が増すことで、社会的存在意義がない場合は、事業上の競合優位を築けなくなると想定されることである。だからこそ、多くの大学はSDGs教育に力を入れている。しかし、SDGsを行っているだけでは競合優位に繋がらない。そこに「人」をインストールし、「らしい」を打ち出していってほしい。そして学生は、そのイメージをしっかりと捉えてほしい。それが、結局は自分にとっての価値になっていくのだから。
- webサイト、メール、スマホアプリといったオンラインの接点と、リアルなオフラインの接点も含めた様々なチャネルを連携し一環した顧客体験を提供しアプローチする戦略
(株式会社インターブランドジャパン代表取締役社長 兼 CEO 並木 将仁)
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