「農学」「食」を通じて幅広い社会課題に向き合い成果を社会に実装していく/東京農業大学

東京農業大学キャンパス


江口文陽 学長

 建学以来「実学主義」を掲げ、食料、環境、生命、健康、エネルギー、地域再生等の諸課題に対して実社会と関わりながら解決に向けて取り組んでいる東京農業大学。その教育・研究対象が2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)によって解決が目指されている地球上の諸課題と合致することから、近年は全6学部23学科152研究室を挙げてSDGs達成に向けた教育・研究に力を入れている。その取り組みと今後の展望について江口文陽学長に伺った。

全ての教育・研究が社会課題解決につながる

 「本学にとってSDGsは決して新しいものではなく、従来取り組んできた社会課題そのもの」と話す江口学長。実際、「農林水産から得られる素材や材料の衣食住への活用について、理論はもちろん社会への実装方法も教育・研究することを重視する実学主義」(江口学長)のもと行われている教育・研究は、農学系と聞いてすぐに思い浮かぶ作物の生産にとどまらず、良いものを安く届ける流通も含まれる。また、世界の食や環境、資源にも目を向け、豊かな国とこれから発展していく国との格差をいかにして埋めていくかというところまで教育・研究を行っている(図1)。

豊かな食のあり方を全学を通じて考えていく

図1 東京農業大学が推進する施策

 全学を挙げたSDGs達成に向けた取り組みとともに、ブランドの醸成も見据えて新たに注力を始めているのが、東京農業大学が行う全ての教育・研究に通ずる「食」を横串として、教育・研究を進める取り組みだ。その一環として江口学長が推し進めているのが、「東京農業大学ガストロノミー」(図2)だ。ガストロノミーは、「美食学」等と訳されるが、現代では、食事や料理と文化の関係を考察することや、食文化・食に関わる総合的学問等の意味合いでも用いられている言葉。食材の生産やその土台となる資源・環境、流通・加工・調理、食卓上の表現等においてより良い食べ方を追求することもガストロノミーであるという考え方も広がってきている。この分野に力を入れることについて、江口学長は「時代が高速化・デジタル化して簡易に食べられるものが重視されるようになってきている今、食が疎かになっていないだろうか?と一度立ち止まって考えることが必要。そのために、私達が健康に生きていくためにはどのように食を生産・加工・流通させるのかというところに焦点をあてた取り組みを進めたい」と語る。

 この課題意識のもと、全国に保有する農場や研究施設で生産している作物や家畜、保有する遺伝子資料、そして、食や農林水産業に従事する卒業生が生み出す作物や加工品、さらには卒業生自身がガストロノミーであるというのが、同大学の考え方である。そして、農産物や海産物を加工した新たな食品の開発や、その生産過程から皿に盛り付ける際に生み出される美に至るまでに込められた哲学の伝達等に取り組んでいくという。「食を単に『食べないといけないから食べるもの』と捉えるのではなく、一つの料理が作られるまでにどんな努力や過程があったのか、この料理や食材を作っている人はどんな思いで作っているのかという部分を考え、より良い食や豊かな食とは何か?ということを東京農業大学の学生に考えてもらいたい。そこから、人々の健康増進や、世界の飢餓・貧困をなくすことにもつなげていきたい」と江口学長は思いを込める。

 2023年度には、全学共通科目ガストロノミーを教授する内容を取り入れることも検討しているという。「作物学や発酵学、流通に関する学問等、本学の全ての学問がガストロノミーであると言えますが、それらを総括するような内容を、全学共通科目に設置予定の東京農業大学が取り組む学問・分野に関する総論を学ぶ科目『東京農業大学』の中に盛り込み、ガストロノミー推進を担う先生方に教授して頂くことを検討している」と江口学長は話す。


図2 東京農業大学ガストロノミーについての記事発信
図2 東京農業大学ガストロノミーについての記事発信

アントレプレナー教育により教育・研究成果の社会実装を強化

 さらに、「教育・研究成果の社会への実装」という点を強化すべく、アントレプレナー教育にも力を入れていく。「産学連携の推進により多くの商品や特許が生まれているのは本学の取り組みの一つの成果である一方、学生ベンチャーをサポートする体制が他大学に比べて弱いのが課題」(江口学長)とのことから、個々の学部・学科で取り組んでいた「売る」というところに関する学びを全学共通の総合教育科目に設けることや、ベンチャー企業支援に関する包括連携協定の締結等により、就農や起業に向かう学生の支援を強化していく。「作物の生産に関して学ぶ学生でも、機能性科学等作物の中身を研究する学生でも、最終的に生み出された作物や食品を使う顧客が何を考え、求めているかを知ることは、学問・研究を進めていくうえで重要なこと。その実装部分をイメージする力をアントレプレナー教育として、全学で培っていきたい」と江口学長は話す。

 同時に、ブランド強化のために、SNSやメディア等を通じた情報発信にもこれまで以上に積極的に取り組んでいくという。2021年から始めた取り組みとして、ラジオ番組『あぐりずむ』(TOKYO FM)をスポンサードし、定期的に教員と学生が出演して大学が得た知見や先端技術を発信している。さらに今後は、各キャンパスや全国の農場等にリアルタイムカメラを設置し、インターネット上で誰でも閲覧できるようにすることも計画しているという。江口学長は、「例えば、静岡県富士宮市にある富士農場では、富士山を背景に東京農大和牛が闊歩しています。そんな様子を高校生に見てもらって『富士山の裾野で牛を引いてみたい』と感じたり、『この牛がした糞を私達はどう活用するんだろうか?』と考えたりしてもらえれば」と期待を込める。

 建学以来、社会課題の解決に密接につながる教育・研究を続け、さらに「豊かな食」というこれからの課題に取り組もうとしている東京農業大学。その成果の社会への還元に期待したい。


(文/浅田夕香)


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