社会課題解決に向けた教養教育にチャレンジする大学を支援 未来を育む教育の創造──三菱みらい育成財団の取り組み
10年間で100億円を準備
三菱みらい育成財団は、三菱グループの創業150周年事業として2019年10月に設立された。その2年程前から三菱金曜会※1で議論を重ね、「三綱領」※2の一つ「所期奉公(企業目的(パーパス)は社会への貢献にある)」の精神を踏まえ、「未来を切り拓く次世代人材の育成」を目的とする財団を設立しようとの結論に至った。
岩崎弥太郎が起業した明治初期は、近代日本の礎が築かれた激動の時代。そして、今また100年に一度といわれる大きな変化が世界的スケールで起きている。その中で、地球温暖化、格差拡大に伴う社会の分断、米中対立といった深刻な問題が生じている。昨年来世界を覆うコロナ禍も例外ではない。こうした複雑で困難な課題は従来の延長線上にあるような考え方では対処できず、解決には長い時間がかかることだろう。私たちは、こうした難題に果敢に挑みよりよい明日を築くことができる人材を育成しなければならないと考えた。
そこで、本財団は、未来を創造する若者、高校生を中心とした15歳から20歳向けの教育プログラムに注力することとした。日本ではいまだに、親も子も有名大学に入り、大企業に職を得るという画一的な発想から抜け出せていない。その結果、高校は大学入試に必要な知識を与えるだけの予備校的な存在となり、合格した途端に目標を失う。悩みながらも柔軟にものごとを吸収し人格を形成していく十代後半の世代にそんな教育でよいのか。一人ひとりの個性と可能性を引き出し、自ら問い、考え、行動できるような若者を育てるための教育を目指して、私たちは事業を構想した。総予算規模は10年間で100億円である。
初年度は、高校生を対象とした探究型学習を軸とする「心のエンジンを駆動するプログラム」と突出した人材を発掘し育てる「先端・異能発掘プログラム」を立ち上げたが、事務局のスタッフが全国津々浦々の高校・NPO・大学などを訪れてフィールドワークを行う中で、その効果や手ごたえを感じ始めている。21年度はこれらに加え新たに三つのテーマに取り組んでいる。一つ目は、大学1,2年生を主たる対象とした「21世紀型教養教育」プログラム、二つ目は、高校教員向け教育プログラム、三つ目は、助成対象先のネットワークを構築し、お互いに情報を交換し、そこで産み出される新たな価値や考え方をステークホルダーに対して発信するためのプラットフォーム事業の展開である。
大学の「21世紀型教養教育」プログラムを助成
「21世紀型教養教育」プログラムへの助成を行うこととした理由は、今日の社会が直面する複雑に入り組んだ問題を解決するにはさまざまな分野にまたがる幅広い知見をもとに総合的に捉えソリューションを構想する力が必要であり、そうした力を身に着けるためには、人文・社会・自然科学・アートを含むリベラルアーツ教育の再構築や、少人数での対話型教育によって現代的なテーマに取り組むなどの新たな試みが求められていると考えたからである。
1990年代の「大学設置基準の大綱化」や「大学院の重点化」は我が国の大学のあり方に大きなインパクトを与えた。特に前者における「一般教育科目」と「専門教育科目」の区分廃止が、結果として教養教育の空洞化をもたらしたことは否定できない。中曽根臨教審に端を発した教育改革は、グローバル化と情報化が進む世界の中で日本の教育をどう再定義すべきかという問題意識のもとに始まったといわれている。しかし、「大綱化」の結果起こったのが、短期的に成果が出しやすく評価が容易な自然科学系の「専門科目」へのリソースシフトであり、おそらくは当時の産業界もそれを望んだことが教養教育の軽視に繋がったのではないか。
それから30年を経て、時代はさらに大きく変わりつつある。冒頭でも述べたようにグローバル化とデジタル化は直線的に人類に富と幸福をもたらすものではないことが明らかとなり、20世紀型の資本主義もまた大きな危機に直面している。そうした中で必要なのが、私たちが助成事業の第一の柱としている「探究型学習」によって心にエンジンを駆動した10代後半の若者たちが、自由人として明日の社会を生き正解のない課題の解決にチャレンジするために必要とする教養教育であり、おそらく言葉の本来の意味に近い「リベラルアーツ」なのではないか。それが私たちの考えるVUCAの時代を生き抜く知恵と力を築く「21世紀型教養教育」であり、「探究型学習」と「21世紀型教養教育」が繋がることによって高大接続の太い柱が形作られるはずである。
2021年度は10案件に助成
このプログラムに対しては、本年度は44大学から応募があり10案件に助成を行うことを決定した(図表)。教育現場では試行錯誤が続いている。そうした中で、本財団が全国での優れたさまざまな取り組みを発掘し、支援し、グッド・プラクティスを横展開し広く根付かせていきたい。そして、そうした取り組みが日本の、そして世界の将来を担う創造力あふれる次世代を育て、同時に日本の中高等教育のあり方を変える一つの手掛かりとなることを、私たちは強く望んでいる。
- 三菱グループ各社の会長、社長を会員とする親睦会
- 「三綱領(所期奉公、処事光明、立業貿易)」は、1920年の三菱第四代社長岩崎小弥太の訓諭を基にした三菱グループの企業活動の指針となっているもの
(一般財団法人三菱みらい育成財団 理事長 (株)三菱UFJ 銀行 特別顧問/平野 信行)
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