地域連携で発展する大学[2] 産学官連携を早くから進めてきた岩手の強みを生かして課題解決に取り組む/いわて高等教育地域連携プラットフォーム


産学官連携に積極的に取り組んできた岩手県

 2021年6月、岩手県において、いわて高等教育地域連携プラットフォーム(以下略、いわてPF)が発足した。岩手県内の高等教育機関と、経済・産業団体、岩手県、岩手県教育委員会など21の団体で構成される。

岩手大学 学長 小川 智氏

 プラットフォームを取り巻くのは21団体に加え、県内の産学官連携や大学連携、県内の人材定着を推進してきた3つの組織も大きな役割を担う。産学官連携の中心となる「いわて未来づくり機構」、大学連携は「いわて高等教育コンソーシアム」、若者や女性の県内就職を推進する「いわてで働こう推進協議会」の3つだ。

 実は岩手県は、全国でも早い時期から産学官連携に自発的に取り組んできた。いわてPFを取り巻く3つの組織のうちの1つ「いわて未来づくり機構」は2008年に発足したが、これは1992年に岩手大学の教員を中心に産学官の有志が交流する場として自発的に生まれた「INS(岩手ネットワークシステム)」等の活動を基に、地域のリーダーがビジョンを共有して長期を見通したぶれない活動を推進できる、産学官組織のネットワーク形成を目的に設立したもの。ほかの2つの組織もそれぞれに問題意識を持った関係団体から生まれ、「いわて高等教育コンソーシアム」は13年、「いわてで働こう推進協議会」は5年を経ている。

 いわてPFの代表を務める岩手大学学長の小川 智氏は、こういった取り組みを自発的に推進していた岩手県においては、地域連携プラットフォームの基盤というものが既にあった、と語る。

 「岩手県では、2018年の高等教育のグランドデザイン答申や、地域連携プラットフォーム構築のガイドラインが示される前から作り上げてきた各組織の取り組みをさらにしっかり組み上げたうえで、どのような連携の形にすべきかを検討した結果、このいわてPFが発足しました。いわてPFが「いわての高等教育」をキーワードに課題を抽出し、その解決に向けた取り組みを進めるために協力する団体や組織がある。つまり実行部隊をたくさん持っているというイメージです。今まで単独で動いていた組織の役割を明確にし、それぞれの特徴を生かしながら取り組みの方向性に賛同するところが随時連携して効果的に展開する。その全体像をコントロールするのがいわてPFの役割になるわけです」。


図表1 いわて高等教育地域連携プラットフォーム概念図


県が事務局を担当

 いわてPFは2021年6月の発足後、本格的な活動を進めるための準備段階にある。具体的には、取り組むべき優先度の高い課題を抽出するため、8月に関係団体へのアンケートを行った。その結果等を踏まえ、12月の会議で具体的な方針を決定していくという流れで進行中だ。そのアンケートの中では以下の4つの課題への要望が多いことが見えてきた。

  • 地域ビジョンを踏まえた、地域との連携による人材育成の推進
  • 高等教育機関と連携した地域活性化の推進
  • 中高生の学力向上、大学等への進学率向上
  • 高等教育人材の地元定着、地域企業への就職率向上

 これらの課題に取り組むために、エビデンスやデータを各団体・組織から集め、情報を集約する段階に入っている。例えば学生の県内就職率を各大学から提出してもらう、ということもある。

 「実は各団体からのデータ収集は難しいという現実があります。全組織が全てのデータを出したいわけではない。つまり類似組織の場合、お互いに利害関係も当然のことながらあるわけです。ですから不都合なところは出したくないということもお互いに理解したうえで、でも共通の課題解決に結びつけながら、データをそれぞれが選択してベクトルを合わせていく。そういう作戦は大事だと思っています」。

 他エリアにおける地域連携プラットフォームの事務局は大学が担うことが多いが、いわてPFでは県が事務局となっている。関係団体が21と多いこと、県が主体となる組織もあることから、このような形になったが、小川氏はこれがベストだと語る。

 「産・学・官という3つの機関が一緒に物事に取り組む際には、産・学の連携を官がサポートするという形が最も理想的です。例えば企業との大型研究を大学の知的財産資源を使って行う場合や、共同研究で国から補助金を申請する場合、それをサポートする有能な事務方組織の協力がなければ難しい。そのためにも県の職員のサポートが必要です」。

自動車、半導体、医療プラットフォームが岩手の産学官連携の推進役に

 岩手県は四国とほぼ同じ面積の広大な県土に人口は全国の約1%。高齢化と人口減少が進み、都市部に比べ県民年収も低く、当然18歳人口の減少の影響も大きい。「典型的なローカル化による課題はおのずと山積している状況」(小川氏)にあって、関係者の課題への危機感も強い。そういった背景が自発的な産学官連携を推進する原動力になっている。なかでも産業を興すための共同研究に関する取り組みは、伝統的に強く進めてきた。

 岩手県では中長期的な育成産業として、自動車産業、半導体産業、そして医療関係の3つを大きな柱として掲げている。自動車産業はトヨタ自動車東日本の生産拠点が県内にあり、内陸の北上川の流域には半導体・半導体製造装置の拠点が多くある。そのような中、大学には高度人材の育成が要望されている。医療は、これからの高齢化に向けて、高度医療をいかに遠隔地へ届けるかといった研究開発が中心となる。

 「大学では今、社会の要望に応えるような人材育成、教育メニューを大学内で十分に提供できているかどうかを見直す時期が来ていると感じています。旧態依然とした学問体系に基づく教育カリキュラムだけで良いのかどうか、現在、学内の教育カリキュラムの改善を検討しているところです」。

 また、これまで進めてきた共同研究を中心とする産学官連携の取り組みも円熟し、イノベーションが必要とされる中、連携をコーディネートする人材やリカレント教育も含め、地域全体での人材育成が必要ではないかという声があがっているという。

 これまでの様々な取り組みについても新たな視点を取り入れる時期にあり、ここでもいわてPFの役割が期待されている。

 また、8月に行ったアンケートからは、全国で自然災害が増えている今、東日本大震災を経験した岩手県に対して、地域の防災体制とリスクマネジメント体制の教育も含めた検討・構築についても要望があったという。さらに、農学と工学の連携によるスマート農業、医学と工学との連携による新しい医療機器を開発する意向連携、や食資源の精算・活用など、岩手県ならではの領域間の複合的な連携を通じた産業育成の推進にも期待がかかっている。

 こういった産業界の動きに応じて、関わる人材の育成ニーズも高まる。「県外から来た若者が県内に定着してくれれば一番良いわけですが、そのためには県内の企業に魅力を持ってもらわなければいけない。また若者の人口が減ったとしても、その学力を向上させる努力、つまり中学校・高等学校の教育水準を上げていく必要性がある。そこを担う教員については、例えば本学であれば教育学部で育成し、県内の中学・高校に輩出していきたいと考えています」。


図表2 プラットフォームの会議・意思決定の仕組み


仕組みの形骸化を防ぐために必要なのは「世代交代」

 前述したように岩手県には自発的な産学連携・高等教育人材育成の組織を生み出し、10年以上にわたって実施してきた実績がある。短期的な成果も見えづらい取り組みにおいて、その運営組織を形骸化させることなく、持続発展させるために大切なこととは何だろうか。小川氏に聞くと「世代交代」だ、という回答が返ってきた。

 「組織が機能し続けるために大切なことは、『世代交代を順調にやれるかどうか』ということに尽きます。例えば60歳を超えた人の交流と、30代前半の人の交流のあり方は全く違う。ですから世代を次に渡していく仕組み作りが必要です。もしも世代交代ができないのなら、無理に継続させず、スクラップするのもひとつの方法だと思います。なくて困る組織であれば、また新しいものを作ればいいのです。組織を作る時はみんな一生懸命に取り組みますが、むしろ壊す時のほうが難しい。でも『自分が最後になりたくない』というような考えは捨てたほうがいい。結局、世代交代がうまくいっている組織は活発に取組を続けているし、できていないところは長くやっていても機能していないところが多いのではないでしょうか」(小川氏)。

 また、岩手県は、県知事と大学の学長、あるいは産業界・経済界の経営者のトップ同士がフラットに会話しながら、お互いに協力していこうという繋がりが非常に強いという。「人と人とが顔の見える関係で、お互いに意見交換が出来て県民全体の将来をみんなが一緒に考える。そういった心意気がここ岩手県にはあります。ある時、会見の席で、進学希望者収容率のデータに基づいて『岩手県の18歳の学生で大学を希望する学生数は岩手県にある大学の定員数よりも圧倒的に多いので、県外へ出て行くしかない』という話をしました。その会見の後、県知事から『なぜ定員数が足りないのか?』と聞かれました。なぜなら高校の場合は地元の高校生全員を県で吸収できますよね。それもあって、大学も同じようにお考えになっていたわけです。お互い当然だと思っているところが、そうでないことも結構ある。そういった話をトップ同士が直接できる関係性というのは大きいですね」。

 さらに、これから新しく組織を作るのであれば、最初は可能な限り自発的な形で進めたほうが良い、と小川氏。

 「自発的な組織は、それぞれの職責とは違うところで、利害関係がそんなに大きくないような友人関係のなかから始まるものです。そのためには、やはりまず顔を合わせることでしょう。コロナが収束したら飲み会をやるのも実は大切だと思いますよ」。

 こうして生まれ、育ってきた岩手県の産学官の取り組みは、いわてPFによって、より組織的に機能する組織へと昇華を遂げようとしている。

 「社会から求められる人材を育成するため、それぞれの大学が自分たちの思っている人材だけを育てていれば良いという時代ではなくなりました。このような時代の転換が起こっているからこそ、地域としてどのような高度人材を必要とするのか、を一緒に考える場が必要です。それが地域連携プラットフォームだと考えています。いわてPFもそういう位置づけとして機能させたい。華々しい成果を出すことを目指すのではなく、『ないと困る』ような組織にしたい、と私は思っています」。


(文/木原昌子)


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