大学を強くする「大学経営改革」[95] 大学における戦略の創出と実行について考える 吉武博通

吉武 博通氏

想定を上回るスピードで進む18歳人口の減少

 「戦略」が大学の存続や発展を大きく左右する時代になってきた。

 2021年度の大学入試においては、コロナ禍の影響もあり志願者数・受験者数ともに前年度比12.2%と減少。入学者数は49万4213人と50万人を切り、入学定員充足率100%未満の大学は前年度184校(31.0% )から一気に277校(46.4%)にまで増加した。

 中央教育審議会が2018年11月に示したいわゆる「グランドデザイン答申」の2040年度18歳人口想定は88万人であったが、足元の出生数を見ると2019年86万5239人、2020年84万832人となり、2021年上半期は40万5029人と年ベースでの80万人割れも現実になりつつある。

 18歳人口の減少が経営を直撃し、存立基盤が揺らぐ事態に陥る大学が増加することが予想される。また、定員割れには到らないまでも、多くの大学にとって入学者の質の確保が大きな課題になってくる。さらに、国・地方の財政状況を考えると、公的資金の依存度の高い国公立大学では、教育研究機能を維持・向上させていくための経営上の工夫・努力がこれまでにも増して厳しく求められるだろう。

 大学がこのような状況を乗り切り、存続・発展を遂げるためには、何を目指し、いかなる道筋でそれを実現すべきかについて、明確なシナリオを持ち、それに沿って着実に歩を進める必要がある。それが戦略であり、戦略を創出する力や実行する能力が問われているのである。

戦略に関しては多様な捉え方や考え方がある

 戦略について考える際に、多くの示唆を与えてくれるのは経営学であるが、企業戦略や競争戦略を扱う経営戦略論は比較的新しい分野であり、チャンドラーやアンゾフといった経営学者の代表的著作が出版されるのは1960年代になってからである。

 そして、現在に至るまで戦略とは何かについて共通する一つの定義がある訳ではなく、研究者によって様々な説明がなされている。その一つが以下の定義である。

 「戦略とは持続的競争優位性を達成するためのポジショニングを構築することである。つまり、どの業界でどのような製品・サービスを提供するか、そしてどのように資源を配分するかなどの選択をすることこそが戦略なのである。戦略の最終目標は、顧客に価値を提供することで、株主をはじめとするステークホルダーに対する価値を創造することである。」(コーネリエス・A・デ・クルイヴァー,ジョン・A・ピアースⅡ世(大柳正子訳)『戦略とは何か』東洋経済新報社,2004)

 また、沼上 幹 一橋大学教授はその著書(沼上 幹『経営戦略の思考法』 日本経済新聞出版社,2009)の中で、経営戦略に関する5つの考え方として以下を挙げている。

  • 戦略計画:戦略とは、組織全体の目標に向かってそのメンバーの活動を整合化させるプラン(シナリオ)である。
  • 創発:戦略は誰かが事前にトップダウンで決めるものではなく、現場のミドルたちの相互作用の結果として事後的に創発するものなのである。
  • ポジショニング:戦略とは特定の「立地」をとることである。
  • 経営資源:戦略とは、価値があり、容易に模倣されない経営資源を見定めて、それを自社の競争力の源泉に位置づけ、超過利潤を獲得していくことである。
  • ゲーム:戦略の本質は、競争相手や取引先との駆け引きである。

 これらは企業経営を前提にした説明であり、全てが大学に当てはまる訳でない。また、企業経営において持続的競争優位を確立できるケースは少なく、近年その確率は極めて低くなりつつあると言われている。加えて、戦略や計画の策定が年中行事化する傾向が国内外を問わず多くの企業で見られるとの指摘もある。

 大学でも法人化以降の国公立大学において年中計画を作らされていると感じている関係者は少なくないだろう。中期計画策定が義務化された私立大学でもその傾向が強まることが危惧される。

 戦略をどう捉えるかについては様々な考え方があること、戦略を創出し実行することは企業経営でも決して容易ではなく、持続的競争優位の確立に繋げることはさらに難しいこと等を踏まえた上で、企業と大学の目的、組織特性、内的・外的環境の違いなどを考慮しつつ、大学における戦略の創出と実行について検討していく必要がある。

 なお、戦略を考える上で押さえておくべき企業と大学の違いについては表1に整理している。


表1 戦略を考える上での企業と大学の違い


十分な根拠に立脚した基本構造を持ち、一貫した行動に直結するのが良い戦略

 UCLAアンダーソン・スクール・オブ・マネジメントの記念講座教授のリチャード・P・ルメルトはその著書『良い戦略と悪い戦略』(村井章子訳,日本経済新聞社,2012) において、「良い戦略は、十分な根拠に立脚したしっかりとした基本構造を持っており、一貫した行動に直結する」と述べ、この基本構造を「カーネル(核)」と呼び、それは診断、基本方針、行動の3つの要素で構成されるとしている。

 そして、それぞれを以下のように説明している。

  • 診断-状況を診断し、取り組むべき課題をみきわめる。良い診断は死活的に重要な問題点を選り分け、複雑に絡み合った状況を明快に解きほぐす。
  • 基本方針-診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
  • 行動-ここで行動と呼ぶのは、基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動のことである。すべての行動をコーディネートして方針を実行する。(以上(1)から(3)の説明は同書108~109頁より引用)

 その一方で、ルメルトは悪い戦略の4つの特徴として、空疎である、重大な問題に取り組まない、目標を戦略ととりちがえている、まちがった戦略目標を掲げている、の4つを挙げている。

 このうち、3つ目については、「困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている」との説明が、4つ目については、「戦略目標とは、戦略を実現する手段として設定されるべきもの。これが重大な問題とは無関係だったり、単純に実行不能だったりすれば、まちがった目標と言わざるを得ない」との説明がそれぞれ付されている。

 これらの4点は、企業、大学、行政など分野を問わず、戦略立案において陥りがちな極めて重要な問題である。特に大学や行政のビジョンまたは中長期計画と呼ばれるものに、この傾向が強いように思われる。

 どうすればこのような問題に陥ることなく、ルメルトが主張する3つの要素で構成される基本構造を持った戦略を創出し、実行に繋げることができるのだろうか。大学の現状を踏まえつつ考えてみたい。

現状と将来像を道筋で結んだ全体が「戦略」

 最初に行うべきは、自校の現状と外部環境を正確に認識し、自らの強みと問題を明確化することである。収入・支出・収支構造の推移、入試・教育・学生・就職状況の推移、これらを取り巻く外的環境の変化、ベンチマーク校の動向など、多様なデータを収集・分析した上で、可視化・共有する。これが出発点であり、戦略立案の土台となる。

 これらの作業と重なる部分もあるが、自校が有する経営資源を把握・評価することは極めて重要である。特に、人的資源である教員や職員の能力・業績、強み・持ち味などを把握することは、戦略展開の可能性を検討する上で不可欠の要素であり、その活かし方次第で大学機能の高度化や拡張の大きな力となり得る。

 現在に加えて10年先、20年先の未来において社会や地域がいかなる課題を抱えるか、それらの課題の解決に教育研究を担う機関としてどのような貢献が可能か、それを考えることで、大学の新たな役割や可能性を見出すこともできる。

 こうして描き出したものが「将来像」であり、「現状」を出発点として、どのような問題を解決し、そのために経営資源の配分や組み替えをどう行えばゴールに到達するか、その「道筋」を明らかにする必要がある。そして、本稿では、現状と将来像を道筋で結んだものの全体を「戦略」と呼ぶことにする(図1参照)。


図1 戦略に関する概念図


合意形成プロセスから優れた戦略は生まれない

 戦略はどのようなプロセスで策定することが望ましいのだろうか。

 前掲の沼上(2009) では経営戦略に関する5つの考え方の1つとしてミドルの相互作用による「創発」が挙げられているが、大学の組織特性や置かれた状況を考えると、トップが主導し、トップ自身の頭の中で練り上げなければ、ルメルトの言う「しっかりとした基本構造を持ち、一貫した行動に直結する」戦略は容易に生み出せないだろう。

 その一方で、トップ一人の能力は限られている。組織的な情報の収集・分析、相互に知恵を出し合っての議論などは不可欠である。そのために、各部署から人材を選抜してコアとなるチームを編成することも必要である。

 ここで特に強調しておきたいことは、大学の場合、教授会などによる合意形成プロセスに重きを置きがちだが、戦略は構成員の意見の最大公約数や多数決で生み出されるものではないということである。自校の全体的な状況を押さえた上で、将来のあり方を常に考え続けている者でしか優れた戦略は生み出せない。企業において「創発」が起きるのは、自社が競争力を持ち得るために何が必要かを考え続けるミドル同士の間で活発なやりとりが展開されているからである。

 いかに優れた戦略でも、合意形成プロセスがなければ教員が従わず、実行につながらないと危惧する向きもあろうが、大学の方針に教員の多くが疑問を感じたり反発したりする場合、方針の前提となる事実認識やそこから結論に至る論理自体が不十分なことも多い。

 どのような提案でも一定数の反対は必ずある。しかしながら、十分な根拠と論理に基づく説得力ある戦略ならば、それをしっかり説明することで大多数の納得が得られ、実行につながるはずである。

IRと内部質保証を戦略の創出と実行に活かす

 戦略に則って、実施すべき事項、それぞれの到達目標と期限、実施責任者などをより具体的に定めたものが「計画」である。戦略は計画に落とし込まれることではじめて実行管理が可能になる。いわゆるPDCAがこの計画(Plan)を起点に回るようになる。

 特に、教育の改善・改革を着実に進めるためには、計画を起点として評価により検証・確認する内部質保証システムを確立し、これを効果的かつ確実に運用することが重要である。

 大学の自己点検・評価活動は、機関別認証評価の受審を前提に、評価基準への適合状況を毎年度確認していくものが多かったが、最近は、これに加えて中長期計画の進捗管理の役割を担わせるケースが増えてきた。

 このような形で、戦略と内部質保証は結びつきを強めつつあるが、内部質保証に不可欠なIRも戦略立案において極めて重要な役割を担う。経営、教育・学生、研究などに関する客観データの収集・分析が優れた戦略を生み出す上でいかに重要かは既に見てきた通りである。IRが戦略の質 を左右し、内部質保証が戦略の実行をより確かなものにする。三者はこのような関係にある。

戦略を生み出すのも人、実行するのも人

 ここまでは大学全体の戦略を前提に話を進めてきたが、企業に全社戦略、事業戦略、機能別戦略等があるように、大学でも全学戦略、学部戦略、機能別戦略等が考えられる。

 学部の場合は学部長が戦略の立案と実行を主導することになり、教育、研究、国際、広報、人事、財務等の機能別戦略は担当する副学長や理事が主導することになるだろう。さらに小さな単位である学科や課の単位でもそれぞれに戦略は必要である。

 戦略と聞くと関心を惹きつけるために知恵を絞った語句や図が並ぶ書類を思い浮かべがちだが、これらは説明のための手段に過ぎない。問われているのは戦略の中身であり、それが構成員の心を動かし、行動に繋がることである。

 日本企業の99.7%は中小企業であり、その中には優れた戦略で成長し永続する会社も多い。戦略は書類ではなく、会社を存続させるために四六時中情報を集め、考え続けている経営者の頭の中にある。かつての日本の企業家たちも、GAFAに象徴されるプラットフォーム企業の創業者たちも同様だろう。

 戦略は、「思い」を持ち続け、情報や知恵を集め、自分の頭で考え続ける者からしか生まれない。そして、それに納得し共感する者が増え、行動することで、実行から成果につなげることができる。

 戦略を生み出すのも、それを実行するのも人間である。トップ、ミドル、スタッフを問わず、このような人材をどう育て、その層を厚くするかが、戦略の創出と実行にとって極めて重要である。

 守島基博学習院大学教授はその著書(守島基博『人材マネジメント入門』 日本経済新聞出版社,2004)の中で、「人材とは、企業の戦略達成に貢献し、さらに短期的な戦略達成だけではなく、長期的な企業の競争力を維持・強化していく経営資源」と述べ、人材マネジメントにおける長期的目標として、「戦略を構築する能力を獲得し、その能力を向上させる」ことを挙げている。

個人にも組織にも独自の戦略が求められている

 経営戦略論は経営学において比較的新しい分野であると述べたが、戦略がもともとは軍事用語だったことから研究対象とすることに躊躇があったのではないかと説明されることもある。

 軍事用語としての戦略という場合、多くの人々の頭に浮かぶのは中国の古典『孫子』だろう。紀元前500年頃の春秋時代に孫武が著したとされる世界最古の兵法書は、2000年以上経った現在も多くの人々に読み継がれている。

 有事・平時を問わず組織を率いるための手掛かりを得たいと考える読者もいるだろうし、戦略そのものに興味を抱きながらページを捲る読者もいるだろう。

 戦略は人間の世界だけのものではなく、近年は生物学においても「生存戦略」といった概念が用いられるようになっている。(参考図書:「植物の軸と情報」特定領域研究班編『植物の生存戦略~「じっとしているという知恵」に学ぶ』朝日新聞社,2007)

 過度な競争を避けたい心情はあるが、植物や動物が厳しい生存競争を生き抜くためにそれぞれの戦略を持ち、健気に生きているのと同様に、個人はより良く生き、組織は持続・発展を続けるための独自の戦略を持たなければならないのだろう。

 大学も戦略を創出し実行する能力が問われている。


(吉武博通 情報・システム研究機構監事 東京家政学院理事長)


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