DXによる新たな価値創出[1]行政DXと地域DXの2本柱で進める自治体DX/長野県塩尻市
長野県塩尻市は1996年に全国で初めて自治体によるインターネットプロバイダーを導入したほか、2000年には市内の公共施設等を結ぶ公設光ファイバー網を整備する等、ICT整備に先見の明がある自治体の1つである。現在進めているDXの流れについて、企画政策部参事兼CDO(Chief Digital Officer)の小澤光興氏、デジタル戦略課DX 推進係係長の横山朝征氏、官民連携推進課課長補佐の太田幸一氏にお話を伺った。
DXを推進する国の政策と変化を求められる自治体
全国の自治体でDXが推進される背景には、個別の事情とは別に、国からの要請がある(TOPICS参照)。こうした政策を背景にしつつ、塩尻市は「新たな時代の流れに即応できる街づくり」を小口利幸市長が標榜し、自治体としての経営戦略である「第5次塩尻市総合計画(長期戦略・第3期中期戦略)」の中にDX戦略を位置づけている。
その意味合いについて、「今後の日本社会が置かれる状況を見るに、市役所も変化に対応して変革する必要があります」と小澤氏は話す。「市役所の役目は、市民のQOLに資すること。そのためにはまずデジタルによる業務変革を徹底し、本来やるべきことに注力する余白を積極的に生み出すこと、デジタルによる新たなサービスを創出していくことの2軸が必要です」。塩尻市では前者を「行政DX」、後者を「地域DX」と称する。目的達成のために積極的にデジタイゼーションを推進し、新たな価値創出を行うデジタライゼーションにも同時並行で挑戦中というステイタスだ。それぞれ見ていこう。
行政DX:行政の事業体と提供サービスのデジタル化
ICT先進自治体としての強みを生かし、デジタルによる行政サービスモデルや働き方の抜本的な改革を進め、住民の多様なライフスタイルに寄り添える地域社会の実現を目指して、以下4点を軸に活動している。
①新たな行政手続きの実装
対面による従来型の行政手続きを見直し、利便性が高く誰でもアクセスしやすい行政手続き環境の実現を目指すもので、キャッシュレス決済等の先端技術の検証も含む。行政サービスで重要なのは個人特定のプロセスだ。これをデジタルでどうするか。マイナンバーカードの普及促進が叫ばれるのはこのためである。「まずは、今アナログでやっていることをデジタル代替することを目指しています」と横山氏は言う。行政サービスが、住民にとってより便利なものになることを目指している。
②行政機能の高度化・効率化
市役所職員の人的資源を住民サービスのさらなる向上につなげるため、AI・RPA等のデジタル技術を積極的に活用し、抜本的な業務変革を目指すもので、業務の標準化、共通事務の効率化等が該当する。
③組織体の変革
デジタルファーストな組織体へ変革するため、研修による育成・意識改革、働き方改革の推進、人事評価制度の見直し等を行っている。
④IT環境の再整備
公民館Wi-Fiの導入、WEB会議環境の拡張等、オンラインでの業務を一定程度前提にした環境整備、ガバメントクラウドの検討等を行っている。
地域DX:地域にデジタルを実装し新たな価値を生み出す
「デジタル技術による革新的な都市機能」を市内の多数地域に実装するため、2019年度より推進中の「塩尻MaaSプロジェクト」をモデルに、同様のDXプロジェクトを創出・推進する仕組みを構築する動きである。モデルとなっている「塩尻MaaSプロジェクト」とは、自動運転技術やAI活用型オンデマンドバス等次世代モビリティサービスを活用した交通DXの実証実験である(写真)。地域住民民間企業研究機関行政で、地域における新たな価値創出を多く実装することを目指して、以下4点を軸に活動している。
①受け手(使い手)のデジタルサポート
行政DXでも地域DXでも、最も苦労するのはデジタルデバイド、即ち情報格差であるという。特に高齢者はスマホを持っていてもアプリをDLしたことがない、HPで通達しても見ていない、といったことは常である。せっかくサービスを整備しても、使ってほしい人にデリバリーされないのでは意味がない。そのため、まずは公民館でアプリの使い方講座を実施する、駅前やスーパーで街宣活動を行う等で参加のハードルを下げ、実証実験で体験してもらう機会を丁寧にたくさん作り、その感想を吸い上げて改善サイクルをアジャイル的に回すことが必要になる。「新しいツールを作ったので使って下さい、だけでは広がらない一方で、一度体験すれば良いサービスだと理解してもらえることは多いので、最初のUXをどう作るのかを大切にしています」と太田氏は言う。
②デジタルインフラの継続整備・活用
③社会実装を見据えた実証実験の展開
課題とニーズを地域から抽出してサービスを設計し、実証実験を繰り返して実装に至るまでのプロセスを描く。民間事業者と連携しながらも、サービスインの障壁となるステークホルダーとの調整、資金調達(ガバメントクラウドファンディングの利用等)を行政がバックアップし、実装を促す。ここで活躍するのが塩尻市独自の組織KADO(カドー)である。
KADOは、地方では求人が少ない時短就労を支援する自営型テレワーク推進事業で、育児介護等で就労に時間的制約のある人が好きな時間に好きなだけ働けるように、行政が環境整備・公的与信による仕事の調達や就労環境整備を担う事業である。「実証実験等の進捗に応じて人員差配できるKADOを持っていることで、推進の細部に至る目配りができている」という太田氏の言葉通り、設計段階では要件定義しきれないところをKADOが柔軟に担うことで、DX推進力の担保と就労支援を両立する仕組みが構築されている。加えて、KADO登録者は市民なので、自らが求めるサービスを自ら生み出して自ら回す循環につながる。市内のリソースをシェアリングエコノミーで活用しならサービスを開発・向上させていくスキームだ。ユーザー側のデジタルデバイド解消と並行して、地域の中にどれだけ支援人材を作っていくかが重要というわけである。また、「アナログでないと届かない住民に対しては、KADOでアナログ変換して届ける機能を持ちたい」と太田氏は言う。外部である理由は、市役所で内省しては事務処理がアナログとデジタルの2本になってしまうので、業務プロセス改善にならないからだ。エンドユーザーに対するアプローチを精緻に設計するうえで、KADOは欠かせない存在であると言えそうだ。
④DXクラスターの形成
サービスの開発・提供等を担う民間事業者、研究開発・分析等を行う研究機関等との産官学連携を促進する。
市役所本来の仕事に立ち返る当事者意識の醸成と実行推進人材の確保が推進の肝
高い推進力と実行力の理由を問うと、小澤氏は2点を挙げた。まず、DX戦略策定に外部コンサルを入れず、内部の議論と市民ニーズに基づいて議論したこと。その内容もフレキシブルに見直しながら進めている。もう1つが推進人材の育成確保である。「要所に適材を入れること、そして職員全体の意識が向上すること。DXが成功するかどうかは迅速に決断して実装できるかにかかっています」と小澤氏の言葉は明快だ。塩尻市が進める自治体DXの今後に注目したい。
(文/鹿島 梓)
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