全学生に次世代スキルセットであるデータサイエンスを学び深める機会を提供/早稲田大学 データ科学センター・データ科学認定制度

早稲田大学キャンパス

POINT
  • 大隈重信により1882年に設立された東京専門学校を前身とし、2032年に150周年を迎える。現在13学部43学科に約5万人の学生と65万人の卒業生を擁する私学の雄
  • 2012年に創立150周年に向けた“Waseda Vision 150”を標榜し、新たな時代に即した大学改革を推進中
  • 2017年設立のデータ科学センターのもと、早稲田式データサイエンス教育・研究を構想し、2021年度よりデータ科学認定制度を開始


早稲田大学(以下、早稲田)は2021年度よりデータ科学認定制度を開始した。学生にデータサイエンス(DS)の教育を提供し、身についたDS力を早稲田独自の仕組みで評価・認定するもので、その拠点となるのがデータ科学センター(以下、DSセンター)である。こうした取り組みの詳細やセンターの役割について、松嶋敏泰所長にお話を伺った。

全早稲田生に次世代スキルセットであるDS力を

 まず、近年の早稲田の改革を概観したい。

 全ての起点は2012年に公表した、創立150周年(2032年)に向けた中長期計画”Waseda Vision 150”である。周年を契機にした新しい大学創りのため、現在13の核心戦略と44のプロジェクト(2021年7月時点)を進めている。2017年にはDSセンターの前身であるデータ科学総合研究教育センターを設置。同年に次世代リーダー向けリカレント教育の拠点としてWASEDA NEO、2018年にオープンイノベーション戦略研究機構、2019年にはリサーチイノベーションセンターといった具合に、ここ4年ほどで「データ」「リカレント」「イノベーション」といった、今後を担うであろう拠点を次々に設立している。

 そして2019年には田中愛治総長が”Waseda Vision 150 next stage”を公表し、「たくましい知性」「しなやかな感性」を備えたグローバルリーダーを早稲田の育成人材像として改めて標榜した。「たくましい知性」とは、答えのない問いに対して自分なりの答えを仮説として立て、根拠を示して説得し、間違っていれば仮説を何度も立て直す力のことであり、「しなやかな感性」とは、多様な価値観を持つ人々に敬意をもって接し理解する力のことだという。

 こうした大学の方向性に対して、DSセンターはどんな役割を担うことを期待されているのだろうか。設置の背景について、松嶋所長は「知の創造フェーズが変わってきたこと」「グローバルの舞台で多様な人々との間に共通言語としてデータを置き協働するスキルを磨く必要性」の2点を挙げる。

 「これまで知の創造のベースは経験則が主でしたが、今は大量のデータを安価に利用し、それをコンピュータの力を借りて分析し、意思決定に資することが可能です。こうした『データ駆動型の知の創造パラダイム』は、あらゆる分野において今後不可欠となるスキーム。また、グローバル化を志向する早稲田にとって、データは純然たるファクトとして多様な背景の方々と会話・協働するに当たっての共通の基盤となる。そのため早稲田はDS学部を作るのではなく、全学共通の枠組みでデータ科学教育を整備しました。次世代スキルセットとしてのDS力を、どの学部の学生にも身につけてもらうためです」。早稲田が育成を掲げるグローバルリーダーには、国際的な感覚とデータを使った意思決定の2つを身につける必要があるようだ。

 さらに松嶋所長は大学としての役割を強調する。「どの時代も、大学は知の創造・継承の担い手です。人類のあらゆる知的営みにおいて、エッセンスを整理して体系立てる役割を担うのが大学。だから、早稲田は新たなDSの体系化にチャレンジしなければならないのです」。また、一般的にDSというとビジネスやマネジメントの切り口から入り、価値創造に即つなげようとする傾向に警鐘を鳴らす。「経営分野に閉じた話ではなく、知の創造・継承全体のパラダイムシフトにあるのが現代です。大事なのは各学問領域の専門性が主軸であり、DSはその様々な分野で価値ある知見を創造する新たなアプローチだという視点です」。DSセンターは、各専門領域データ科学という知の創造スキームを作るハブなのである。



図1 専門分野でデータ活用できる人材を育成



教育と研究のグラデーションを包括的に支援する

 DSセンターは教育と研究両方を担うことを掲げる。松嶋所長はその意義をこう説明する。「教育と研究はグラデーションで、分断されるものではありません。また、DSとは分析の方策を科学するメタ科学であって、考え方の学問なので、対象がなければ成り立ちません」。だから早稲田は“専門性DS”の式を重視する。それは、専門分野でデータ活用できる人材を育成すること、専門領域のデータをいかにサイエンスするかという融合視点を獲得させることでもある。「縦軸に各領域の専門性を置き、横軸にDSを絡めることで網羅する面積が最大化する。その横軸の置き方について、学部生は基礎レベルまで、4年次以降大学院生はより高度な研究レベルを定め、学際的な研究プロジェクトへと展開していく。DSの横軸で教育から研究までを支援するのがDSセンターの役目です」。

 早稲田には同じ学問系統においても互いに独立していた学部・研究科・研究所等を一体化・統合し、教育から研究まで連携しやすくした学術院制度があり、教員は各学術院に所属する。そのため、専門性との掛け合わせで教育にも研究にも横串的にDSを展開するというのは、制度上も合理的である。

学習者主体の機会提供であるデータ科学認定制度

 2021年度から開始したのがDS認定制度だ。「どの学部の学生でもDSは必須」として全学基盤を整えつつも、どの程度必要かは個人の将来ビジョンや学修状況によって差があると考え、個人が自分に合ったプログラムを選んで受講し、大学が定める条件に合致すれば早稲田独自の認定がなされる。文部科学省のDS教育認定制度のように標準教育プログラムを認定し、その「全学必修化」を目指さず、大学は機会を整備するが選ぶのは学生個人、としたのが早稲田のスタンスであり、またそもそも自分に合ったものを選ぶ力がある学生が多いという事実に裏打ちされたものでもあろう。

 コンセプトは「だれでも(全学部・大学院生対象)いつでも(どの学期からでもスタートできる)どこでも(フルオンデマンド)」。学生のユーザビリティを徹底して履修ハードルを下げ、多くの学生にアクセスしてほしいと松嶋所長は言う。「就活でDSができるか聞かれることが多いことから、以前は3年生の履修率が高かったが、認定制度開始から1年生の比率が上がってきた。特に人文系の学部では、学部名だけでDSとは縁遠い人材だと思われてしまうのを防ぎたい。早稲田生ならば一定のDS力があると社会に評価される状態を作りたい」。

 では、DSセンターが提供するカリキュラムについて見ていこう。図に示す通り、科目群はA~Dの4群で構成されているが、難易度による分類ではなく、先に挙げた縦軸(専門性)横軸(DS力)のどこに該当する領域なのかが分類の軸である。また、それとは別にリテラシー級・初級・中級・上級という4つの級が提示され、指定科目を履修することで該当する級が認定されるという仕組みだ。学生は自分の目指すレベルと必要な群を見ながら履修科目を決めることができる。



図2 カリキュラムマップ



 まず初級のA群は、DSの基礎的な考え方と実践を一通り学ぶ科目群で、機械学習ベースと統計学ベースという2つのアプローチを用意している。商学部や社会科学部は学部教育において必修科目に位置付けており、全学としても統計リテラシーシリーズ科目の履修者が5600名、データ科学入門シリーズ科目の履修者が4000名と、最も履修者が多い科目群である。

 中級のC群は専門性に合わせたDS力を培うために必要な接続科目群で、自身の専門領域の研究や仕事にDSを活用できる目安となる。“専門性DS”を大事にしたいDSセンターとしては、この科目の履修・認定を一定以上にすることが今後の分水嶺になろう。

 D群はエキスパートを志向する人向けの科目群で、自身の専門領域以外のデータも分析・活用できることを目指す上級レベルである。

 B群は、A群を履修した結果数理的な原理に興味が出た文系学生を主なターゲットにした科目群で、数学・プログラミング・アルゴリズム等の領域である。そもそもの原理まで学ぼうと思うかどうかは個人差があり、DSの基本的考え方を身につけるために必要最低限のこれらの知識はB群からD群には含まれているため、機会整備はするがB群は認定対象外となっている。

 A群だけで1万人超の受講生に対して、同じレベルの講義を複数展開するのは困難を極める。そこでDSセンターでは、テキスト・動画視聴・練習問題・小テストのモジュールを30分前後でパッケージ化した講義動画のフルオンデマンドでこの教育を実現した。センター設立から認定制度プレスリリースまでに3年かかっているのは、こうした体制整備等によるものだ。コロナ禍になったからオンライン化したのではない。まさに満を持してのリリースだったのである。

創立者の信念を現代に現す

 見てきたように、DSセンターは「各学生の興味や目的に応じてデータ科学を学ぶ機会を提供する」という徹底した学習者主体の考え方のもと教育を展開している。現在力を入れているのは学生によるDSコンペティションの実施と社会連携だ。DS教育の啓蒙や外部企業等との連携支援のみならず、データはあるが分析手法が分からない研究者と、分析はできるがデータがない研究者のマッチングや、ある結論に対してどういう分析をすればよいかといったデータ科学研究相談も行っている。これは学外からもニーズが高い業務であるという。

 早稲田創立者である大隈重信はかつて、総務省統計局の前身である統計院設置に尽力した経歴がある。その主張は、「政策を作るときは統計データをしっかり集めてそのうえで決定する必要があり、それが正しく機能したのかもデータで立証しないといけない、その繰り返しが必要である」というものだった。時を超え、その信念を現代に蘇らせたとも言えるのがDSセンターなのである。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/1/11)