リポート 通信制大学とはどんな制度なのか─これまでとこれから

「学生の多様性」はなぜ実現したのか

18歳で高校から直接入学する学生がほとんどを占める一般的な通学制の大学と比べ、フルタイムで就業しながら学ぶことができる通信制大学は、「学生の多様性」を実現している。私は長年通信制大学・通信講座専門誌の編集に携わり多くの社会人学生を誌面に取り上げてきたが、彼ら彼女らが通信制大学を選んだ理由を、下記のように整理している。

  • 時間的に拘束されず、就業時間と重ならない
  • 通えるかどうかを気にせず、全国どこに住んでいても就学できる
  • 学力による入学試験がない
  • 通学制と比較すると学費が非常に安い
  • ライフステージの変化に合わせ、自分のペースで学びを進めることができる

では、どのような経緯で通信制大学はこのような特徴を持つようになったのか、またどのような制度がそれを支えているのか?文部科学省高等教育局専門教育課課長補佐大塚千尋氏に聞いた。

「そもそも通信制大学という制度は、昭和22年制定の学校教育法において、特に大学教育を受ける機会に恵まれない、いわゆる『勤労学生』の方を対象に発足したものです。その後、昭和40年代以降は中高年層が、その後は高学歴者の入学が増えていった。教育の機会均等という役割とともに、様々なニーズに対応するリカレント教育の機会提供という役割が加わっていったのです(図1・図2)」(大塚氏)

『勤労学生』は多くの場合昼間に就業しており、また自宅・職場から遠く離れた大学で学ぶことはできない。入学試験の準備に時間を割くことも難しく、学費負担にも限度がある。働きながら学ぶので就学期間も長くなりがちだ。つまり、冒頭に掲げた5つの理由は、制度創設時の時点で既に用意されていたようである。その制度が、その後、過去に進学の機会を得られないまま社会で活躍してきた中高年層や、キャリアチェンジや教養を求めた大卒層にとってもフィットした。それが、現在の年齢的な多様性の実現につながったといえるだろう。

単位は「勝ち取っていくもの」

誰もが意欲さえあれば入学できる以上、卒業にふさわしいレベルに達しているかどうかは厳密に見ていく必要がある。実際、通信制大学の場合、通学制とは異なり、卒業までの到達は簡単なことではない。

「通信制大学の方とお話ししていて『一般の通学制の大学では授業に出席していれば単位が得られるということもあるようですが、通信制の大学では一個一個の単位を <勝ち取っていく。>そういうイメージです』と伺ったことがあります。学生には、明確な学びの目的意識と、学習を自宅で自分で進めていくという自律性が求められます。学生のほうも、単位を取れればいいということではなく、しっかりと知識やスキルを身につけて卒業するということが目標です。学生のニーズを踏まえた大学運営の結果として、多くの通信制大学において厳格な単位認定、出口管理が行われているといえるのではないかと思います。

通信制大学では卒業者のうち、最低在学年数を超過した者が6割近くに達しているというデータもあり、各大学では、そうした長期の在学を可能とする仕組みを整備したり、再入学等の配慮を行ったりするなどの工夫をしています」(大塚氏)

通信制大学は学ぶ意欲のある人に広く門戸を開いており、入学後は一人ひとりがそれぞれのペースに合わせ、一つひとつ単位を勝ち取っていき、取得したら卒業できる …。「欧米の公立大学に近い面を含んでいる」(吉見俊哉『大学は何処へ』岩波新書、2021年、P205)といえよう。

長期間在籍することを前提に考えると、学費の安さは必須の条件ともいえる。ではなぜ、通信制大学は学費を安く設定できるのか。

「通信制だから学費を安く設定するような決まりがあるわけでは勿論ありませんが、通学制の場合と通信制大学の場合の設置基準の違いが影響していると考えています。通学制のほうでは認められていない印刷教材による授業やフルオンラインによる授業が可能なこともあり、教育の質を担保するために必要とされる教員数や校舎、校地の基準が、通学制と比べるとかなり緩やかになっています。(図4)。その結果、大学によって、学費を安くするという選択が可能になっていると考えられます」(大塚氏)

多様なメディアの活用

通信制大学の特徴となる遠隔教育は、利用できるメディアを多様化させる形で進展してきた。制度創設時からの「印刷教材による授業」、1980年代に始まるテレビ・ラジオを利用した「放送授業」に加え、インターネット・通信技術の発達により、自由度が高く、かつ学生のニーズに即した授業形態がとれるようになった。

「特に平成十年代以降進んだのが、多様なメディアの活用です。1998年の大学設置基準の改訂で『メディアを利用した授業』が位置づけられテレビ会議式の同時双方向型の授業が、2001年にはインターネットを利用した非同時双方向型、つまりオンデマンド型の授業が規定されました。同時に、それまでは通信制でも必須とされていた対面授業によるきめ細かな学習指導が情報通信技術の発展によって対面でなくてもできるようになったということを踏まえ、124単位全てをメディアを利用した授業で実施することも可能になりました。フルオンラインによる通信制の実施がここで可能となったということになります。

図5・6に示すように、通学制では対面とメディアを利用して行う授業、この二つの方法だけなのに対して、通信はそれにプラスして印刷教材、放送授業と多様な手段が認められています。学習者一人ひとりのニーズと、それぞれの大学の状況に鑑みて、より教育効果の高い授業の方法を設定できるという、かなり自由度の高い建付けになっています」(大塚氏)

遠隔授業の質の保証

自由度が高くなると重要になってくるのが「授業の質をいかに保証するか」という問題だ。これについてはどうだろうか。

「授業の質の保証については通信制に限らず大学全体の議論になっており、常に見直しがなされているという状況ですが、通信制の場合には特に、大学側のほうで自主的に努力をしてきてくださっていると認識しています。例えばオンライン教育について、双方向性をいかに担保するか、本人認証をどうするか等、私立大学通信教育協会のほうでガイドラインを独自にまとめて加盟大学に示されています。こうした努力は今般のコロナ禍への対応でも大きな力となったのではないでしょうか」(大塚氏)

「中教審では、通信制・通学制というラベリングがあることで、学生に対しては、その大学がどういう教育をどういうふうに提供しているかを事前に示し、学生は自分にあっているほうを選べばいいのだというメッセージを発することができていると指摘がありました。

通信制大学は遠隔授業の質や成績評価、学生が学ぶ意欲を持ち続けられるようなきめ細かな指導等、丁寧な設計が必要な点が多く、各通信制大学はものすごい努力をされています。一方で、制度面でみると基準はゆるやかであり、自由度の高い、バリエーションの幅の広い教育が可能な柔軟な制度です。通信制大学の仕組みが大学の方針、実現したい教育目標と合致するのであれば、教育の手段の一つとして活用を検討いただくのもよい可と思います。」(大塚氏)

通信制大学に期待される『先導者』としての役割

では、現状の通信制大学における課題は何だと考えられるだろうか。

「これは通信制大学固有の課題というわけではなく、高等教育機関全体に共通するものですが、やはり教育の質をいかに担保し、高めていくかということは大きな課題です。

特に今回、コロナ禍への対策として『遠隔授業』が主要なツールとして注目されましたが、各大学緊急的に手探りでの対応となったこともあり、教育機関、また教員のあいだで体制やスキルの差が大きくなっています。授業の進め方のみならず、成績評価をどのように適正に行うか等様々な課題が出てきているのが実態です。情報技術をいかに活用していくかという点においても、通信制大学は長い実績を持ち、これまで試行錯誤を重ねてきた中で得られた知見を数多く持っていますので、教育の質の向上という意味で、現在は、それらを高等教育全体に還元していける大きなチャンスとも言えるのではないかと思います。

既に通信制大学の側からは情報発信も始めていただいてはいますが、通信制大学の役割は、コロナ禍への対応の範を示すという点のみならず、多様な学びのニーズに応えていく主役としてますます大きくなるのではないでしょうか。通信制大学には、今後の高等教育の質の向上を担う『先導者』としての役割を担っていただけることを期待しています。

また、リカレント教育やリスキリングに対しては社会的な注目が集まっており、今般教育再生実行会議の後継会議として創設された教育未来創造会議をはじめ、様々な場で議論されることになる。通信制大学の役割は必然的に大きくなっていくことでしょう」(大塚氏)

通信制大学のこれまでの歴史は、学び手が高等教育機関で学ぼうとしたときに立ちふさがる障壁を一つひとつ取り除いてきた過程でもある。今後高等教育全体が「学生の多様性」を実現していくうえで、通信制大学のこれからの取り組みに引き続き注目していきたい。

文/リクルート進学総研 主任研究員(社会人領域)乾 喜一郎

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