融合視点での社会課題解決事例 ANAが京急電鉄、横須賀市、横浜国大等と 産官学連携で取り組むUniversal MaaS

企業間の連携にみる社会課題解決と新たな価値創造

社会課題が複雑化するなか、あらゆる分野で複数の企業や組織が連携し、お互いの強みを活かしてソリューションを見いだす動きが活発化している。 2つの事例を通して、このような協働における課題やそれによって生まれる価値を探ってみたい。


移動をためらう層を支援するサービスを

 全日本空輸(以下、ANA)は、産官学連携で「誰もが移動をあきらめない世界」を目指した「Universal MaaS(ユニバーサル・マース)」プロジェクトに取り組んでいる。

 MaaSとは、Mobility as a Serviceの略で、いろいろな種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる一つの移動サービスに統合すること。なかでも、Universal MaaSは、高齢者や障がい者など移動をためらいがちな層に対して、ユニバーサル・デザインに基づく総合移動サービスを提供することを目指す。

大澤信陽 氏

 ANA企画室MaaS推進部マネージャーで、本プロジェクトの中心人物である大澤信陽氏は、きっかけをこう語る。

 「私の義理の祖母が高齢の車いす利用者で、『他人に迷惑を掛けたくない』『道中で嫌な思いをしたくない』という意識から移動をためらって、私に子どもができた際にもしばらく会えずにいたんです。数年後、何とか背中を押して、会いに来てもらったのですが、その時に祖母がすごく喜んでいたのが印象的で。それが原体験となっています」

 世の中はいわゆる「健常者」の目線で様々なサービスが構築されており、それに対して不便を感じている人は大勢いる。この課題を解決するため、大澤氏はANAグループの社員提案プログラムに手を挙げた。当初は新たなモビリティツールの開発を目指していたが、誰もが利用しやすいサービスを提供したいと検討を重ねるなかで、Universal MaaSというコンセプトが見えてきた。

 しかし、大澤氏にはユニバーサル・デザインに関しても、MaaSに関してもその時点で専門知識があるわけではなかった。また、複数の交通機関等が連携して成立するMaaSは、そもそも1社だけで推進できるものでもない。そこで、大澤氏は社外につながりを求め、議論を重ねていった。


「Universal MaaS」プロジェクトのプロセス


協働の原点にあるのは人と人とのつながり

Universal MaaS の考え方

 「地域の移動課題に取り組んでいた横浜国立大学の有吉亮先生の活動を知り、感銘を受け、大学のウェブサイトからコンタクトを取ったのが始まりですね。さらに、有吉先生から京急電鉄や横須賀市のご担当者をご紹介頂きました。こうして、Universal MaaS の考え方に共鳴し、熱量を持って取り組んでくれる人が集まり、産官学連携の枠組みができていきました」

 2019年、ANA、京急電鉄、横浜国立大学、横須賀市の4者の連携でプロジェクトがスタート。ANAは交通事業者として参加するとともに、本プロジェクトのリーダーを務め、京急電鉄は同じく交通事業者としてバス、鉄道等に関してアセットを提供、横浜国立大学はアカデミックなスタンスからのアドバイザリーの役割を担いつつ、データ取得・解析なども担当し、横須賀市は、自治体としてこの取り組みを地域に根づかせるとともに、市内施設の利用や店舗情報の提供等で貢献した。このように民間企業、大学、自治体がそれぞれの強みを活かしてプロジェクトは進み、2019年度から横須賀市を舞台に実証実験が始まった。

それぞれの組織に根づく常識をどう乗り越えるか

 ところで、このような業界や組織の枠を超えた連携を進める際には、どのような課題が生じうるのだろうか。

 「お互いが組織の看板を前面に出して、自社にどんなメリットがあるのかといったことにこだわると、このような協働はうまくいきません。本プロジェクトの名称も当初は『ANA』と頭につけていたのですが、とってしまいました。大切なのは熱量を持った個人なんです。自分が何を実現したいのかという本音のコミュニケーションを重ねることが必要なのだと思います」

 また、プロジェクトメンバーが個々の組織を動かそうとする際にも、それぞれの組織の“常識”をどう乗り越えるかがポイントになると大澤氏は言う。

写真「一括サポート手配」を利用している車いすユーザーの様子

 「組織には組織の常識があります。会社のポリシーや前例を踏まえると簡単にはOKが出ないことも少なくありません。これを説得するには熱量だけでは不十分で、この取り組みの社会的意義等を理論的にプレゼンテーションする必要があります。これがなかなか大変なのですが、多様なメンバーと議論や実証実験を重ねることは、学びや発見が非常に多く、理論面の強化にもつながりました」

 2021年9月には、社会実装第一弾として、航空機の利用者向けの経路検索サービスであるANA空港アクセスナビに「バリアフリー地図/ナビ」機能を追加。2022年1月には、JR東日本、東京モノレール、MKタクシーとの連携で、車いすユーザー向けの移動支援サービス「一括サポート手配」の社会実装に向けた実証実験の開始を発表。2月には、横須賀市、損保ジャパン、プライムアシスタンス、Ashirase、ANAウィングフェローズ・ヴイ王子との連携で視覚に障がいのある方々向けの向けの歩行支援サービスの社会実装に向けた実証実験に取り組むなど、実証実験ごとに最適なパートナーと協力しながら、「誰もが移動をあきらめない世界」は実現に近づきつつある。


【外部リンク】Universal MaaS 公式ウェブサイト https://universal-maas.org/


(文/伊藤敬太郎)


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