融合視点での社会課題解決事例 オムロンとスクウェア・エニックスがお互いの強みを活かし、人のモチベーションを高めるAIを共同研究

中山雅宗氏、三宅陽一郎氏

2013年から卓球ロボットの開発をスタート

 オムロンは、機械が人の可能性や創造性を高め能力を引き出す「人と機械の融和」というコンセプトに基づき、2013年から卓球ロボット「フォルフェウス」の研究開発に取り組んでいる。現在、同プロジェクトで技術開発リーダーを務める技術・知財本部 コアテクノロジーセンタ ロボティクス部の中山雅宗氏はその経緯を次のように語る。

 「2013年に中国で当社のプライベート展示会があり、中国で『人と機械の融和』を体現する技術を示すには卓球ロボットが面白いのではないかということで研究開発が始まりました。毎年、メンバーを入れ替えながら展示会を目標にテーマを設定して開発を続けており、現在は第7世代です。最初の3、4年は、ボールを認識し、打ち返すロボット制御の精度を高めることがメインでしたが、第5世代から、この卓球ロボットを使って『人の可能性を広げる』というところに研究開発の領域をシフトしていきました」

 第5世代では、プレイヤーの動作と上級者の動作の違いから、上達のためのアドバイスを行う機能を構築。そして、次の第6世代では、卓球ロボットを使って「人のモチベーションを高める」という新たな研究領域に足を踏み入れた。そこで研究開発のパートナーとして浮上したのがゲーム・デジタルエンタテインメントを得意とするスクウェア・エニックスだ。

 「当社は、もともと共創によって新しい価値を生み出すことを方針の一つとしています。卓球ロボット開発には様々な技術が必要で、当社が全てに関して最先端の技術を持っているわけではないので、他社の尖った技術を取り入れていこうというのは必然的な流れでした」(中山氏)

 オムロンは電気機器メーカーとして、生体データ等のセンシングやロボットの制御技術に関しては強みを持っている。一方で、人のモチベーションを高めるテクノロジーに関してはスクウェア・エニックスに強みがある。この両者の強みを掛け合わせることで、フォルフェウスを新たなフェーズに進めることがこの共同研究の狙いだった。


フォルフェウス開発のプロセス


フォルフェウスの進化のために必要だったメタAI

フォルフェウス開発における2社の役割

 そこで、スクウェア・エニックス側が提供したコア技術が「メタAI」だ。同社テクノロジー推進部 リードAIリサーチャー(当時)の三宅陽一郎氏はこう解説する。

 「メタAIは、ゲーム産業では40年くらい前から研究開発が進められてきました。ゲームに登場するキャラクターを動かすのは単体のAIですが、メタAIはユーザーがどうしたいのかといった心理状態を把握し、それに合わせてそれぞれのキャラクターに指示を与えるという技術です」

 このメタAIを進化発展させていくうえで、スクウェア・エニックスにも今回の共同研究に取り組む動機があった。従来のゲームはゲームの閉じた世界の中で完結していたが、位置情報ゲーム等が登場するなかで、ゲームの世界と現実の世界の融和した空間でデータをどう集め、処理していくかといったことが新たな課題になっていた。ある程度限定された範囲で現実世界のデータを扱う卓球ロボットは、この課題にフィットする研究テーマだった。

 では、この異業種間の共創において壁になったのは何だったのか。オムロンの中山氏はこう説明する。

 「お互いの文化の違いが大きく、そのギャップをどう埋めていくかは難しい課題でした。当社は電気機器メーカーとして、安全や安定を追究する文化がありますが、スクウェア・エニックスさんは、ゲーム会社として尖ったもの、面白いものを追究する文化があります。議論の過程でそういった違いばかりが際立ってしまう時期もありました」

 技術的にも、スクウェア・エニックスがゲームという閉じた世界の中で、「ノイズのない」データを扱うのに対し、オムロンは現実世界の「ノイズの多い」データを扱っている。この前提条件の違いも大きかった。

 この壁を乗り越えるきっかけは意外なものだった。

 「一度実際に卓球をしながら議論をしようということになったんです。2日間にわたって、卓球のセミプロに色々な球を打ってもらい、それを打ち返す私達のモチベーションがどう変化するかを実地で確かめていったんですね。すると新たに見えてくるものがいくつもあって。体験を共有することによって、お互いがこの共同研究でどのように貢献できるかが改めて明確になり、膠着状態にあった議論が再び進み始めました」(三宅氏)

共通言語を持つことで文化の違いを乗り越える

CES2020に出展した第6世代のフォルフェウス

 その後、研究開発が進み、モチベーションを高めるラリーの完成度は高まっていった。卓上に設置したカメラでプレーヤーの笑顔度、瞬きの回数、心拍数をセンシングし、これらの生体データをもとに、メタAI が快/不快、覚醒/鎮静の2軸でプレーヤーの心理状態を判断。その時点でプレーヤーのモチベーションが高まるよう卓球ロボットに指示を送り、最適な返球をするという技術が一応の完成を見ることになった。

 「異業種間の共同研究は、あんなことができるこんなこともできると話が膨らんで最初の議論は楽しいんです」と三宅氏。しかし、お互いの文化が違えば違うほど、次第に前述のような壁の存在が明確になり、ここでそれぞれがお互いの文化にこだわりすぎると研究は前に進まなくなる。「だからこそ、共通の体験をもとに共通言語を持つことができたことが大きかったですね」と中山氏が言うとおり、一歩踏み込んだ相互理解をどのような手段で図るかが重要なポイントと言えそうだ。



(文/伊藤敬太郎)


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