人材育成のトレンド π型人材が示すキャリアの方向性/徳岡晃一郎

徳岡晃一郎氏

 VUCAの時代と言われて久しい。その中にあって、社会に求められる人材像も変化している。多摩大学大学院教授・徳岡晃一郎氏は、多様化・複雑化する社会課題に対応するには「π(パイ)型人材」が必要だと提唱する。その要件とは、育成のヒントとはー。伺った。

異なる専門性を教養でつなぐπ型人材

 先行き不透明な時代、人口減少、日本企業の国際競争力の低下と、課題は山積している。そうした弱みを克服し、日本が世界で価値を発揮するには、“4S”が必要だと徳岡氏は語る。4Sとは、

  • シナリオ(Scenario)思考…未来の変化を予測し、その時どうするか想定する
  • スピード(Speed)…後塵を拝するデジタル化の加速や論理思考、リーダーシップの強化
  • サイエンス(Science)…しがらみや迷信に囚われず、正しい情報から思考して、答えを導き出す
  • セキュリティ(Security)…国際社会で急増するリスクに対応するための経済安全保障やルールメイクの能力
の頭文字をとった徳岡氏による造語だ。

 「4Sを兼ね備え、複雑化する社会課題をイノベーションで解決するには、一つの専門分野だけでは難しい。狭い専門分野を飛び越え、様々な知を融合した全体知が必要です。その象徴が、複数の専門分野(縦の2本足)と、それを結びつける幅広い教養(頭の横棒)を持つπ型人材なのです」。

 そのためにビジネスパーソンは、π型の2本足を作る意識を持って、日々の仕事を意味づけることが重要だという。「ただ目の前の仕事に取り組むのではなく、『この仕事で自分は何を学んだか?』とキャリアを意味づけ、経験を知恵にすることで専門性が高まります。その専門性を軸に、関心を隣接領域に広げて学んでいけば、2本目以降の足(専門分野)ができていく。専門性は一朝一夕には積み上がらないので、日々の自覚的な棚卸しと、好奇心を持って学び続けることが大切です」。

 価値観も変化している。成長そのものだけではなく、地球環境や人権といった、世界的な社会課題に配慮した取り組みが企業に問われる時代だ。「目の前の問題解決にとどまらない、『10年後の社会のために何をすべきか?』という高い視座での問題設定は、異なる専門性を教養によってつなげてこそ可能になります」。

 同時に、そうした問題意識こそがπ型人材を進化させる。「『何のために働くか?』という理念を持つと、学ぶ意欲が湧いてくるはず。理念の実現に向けて学ぶにつれ、理念はより明確になり、さらに学ぶ。この理念と学びの往復が、変化の時代にキャリアを助ける知識創造なのです」。

表 変身資産

100年時代のキャリアを助ける変身資産

 翻って、人生100年時代。労働期間は長期化し、60歳での定年がキャリアのゴールだった時代には必要なかったキャリア観が求められている。

 「自分のキャリアは自分でデザインする、キャリア自律が求められています。労働期間が長くなるほど、環境変化に対応しなくてはならないので、『変身資産』(表)を増やすための自己投資が重要です。ポイントは金融同様、長期・分散・積み立てでの運用。長期間、日々コツコツ、5つの項目にバランスよく先行投資するのです。自分の付加価値を常にアップデートすることで、連続スペシャリストとして活躍し続けることができるでしょう」。

 一方、キャリア自律しようにも未来が描きづらい時代でもある。「だからこそ、何が起きても乗り越えられると思えるレジリエンスが大事。変身資産が多ければ変化に対応しやすくなるので、人生における真の安心感が得られ、自己効力感が高まるのではないでしょうか」。

知的基礎体力を高等教育機関で涵養する

 キャリアオーナーシップを持つ、専門性と教養を兼ね備えたπ型人材―。社会が求める人材を、どのように高等教育機関は育成すればよいのか。徳岡氏は、答えのないものを考え続ける「知的基礎体力」の涵養を期待するとし、3つの取り組みを進言する。

 1つ目は、好奇心の喚起だ。「人や社会との接点は好奇心を刺激します。大学は、産業界、社会課題、海外といった社会の実態と学生をつなげる機会や、教授や友人との出会いなど、好奇心を高める環境作りを。学生も、勉強する意味が見いだせるはずです」。

 2つ目に、インプットのための読書習慣を挙げる。「活字離れが進んでいますが、ネットで情報を眺めるだけでは血肉にならない。問題意識のリストを持って本に向かうと、自分の切り口で捉えた多様な情報が入ってきます。それを組み合わせると、自分だけの知識になる。大学は読書会などの場やインセンティブなどを工夫して、本に親しむ習慣を学生に促してほしい」。

 3点目が、キャリア自律のマインドセットだ。「人生三毛作論やプロティアン・キャリアといった、自律的なキャリアの考え方を示しながら、人生100 年をどう生きるのか、学生に意識づけをしてほしい」。

 また、社会人のリカレント、リスキリングにも高等教育機関が果たす役割は大きいとしたうえで、徳岡氏が強調するのが“キャンパス”としての価値だ。「大学・大学院は会社でも自宅でもない、第3の場。会社では、序列や制約により発揮しきれなかった良さを、心理的安全を感じられる大学・大学院で社会人がアウトプットし合うことで、知の融合が起きてきます。インプットは一人でできますが、社会の目線で議論する場があってこそ、ミドル・シニアが日本社会でリーダーシップを発揮しなければならないという役割を認識し、自分のためだけでなく、多くの人の幸せのために何をすべきか、という理念が描ける。多様な人が議論し、知識創造し合う“場”の価値を高めるためにも、大学・大学院はもっと開かれたキャンパスになってほしいと思います」。


(文/武田尚子)


【印刷用記事】
人材育成のトレンド π型人材が示すキャリアの方向性/徳岡晃一郎