教育の“よそ者”が挑む次代技術者の育成/神山まるごと高専(仮称)
2023年4月、徳島県神山町に新たな高専の開校が計画されている。高専の新設は約20年ぶりだ。「高専教育のバージョンアップ」とも言えるその構想内容について、学校長就任予定であるZOZOの元CTO大蔵峰樹氏にお話を伺った。
「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育成
高専とは、15歳から5年間のカリキュラムで優れた技術者を育成する、日本独自の高等教育機関である。全国に57校(うち51校は国立)存在し、特に国立高専はモデルコアカリキュラム(MCC)によって、分野共通能力・分野別専門能力・分野横断能力を培う教育システムだ。神山まるごと高専(仮称、以下神山高専)のコンセプトは「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」である。高専の教育スキームを使い育成する新たな人材像は「モノをつくる力で、コトを起こす人」。これまでの高専が「モノをつくる優れた力を徹底的に培う」スキームだったとすれば、それを用いて事業創造や起業等、社会に具体的な価値創出をしていける次世代人材を育む。大蔵氏は自身も高専出身であり、大学院在学中に起業、その後日本最大級のECサイトZOZOの立ち上げやCTO(最高技術責任者)を経験してきた。まさにこのコンセプトの体現者と言えよう。
社会への価値創出を前提とした新たな高専モデルを創る
学校の詳細を見ていこう。育成人材像を育てるための要素は、①ソフトウエアに関するテクノロジー教育、② UI・UXやアートに関するデザイン教育、③社会に価値を実装するアントレプレナーシップ教育の3点だ。これを科目群に落とすための概念としてまとめたのが神山サークル(図)である。モノをつくる力として①②を、社会と関わる力として③を定義し、さらに具体的な機能に分割し、それぞれを彩る形で科目を配置した。
一般的な高専では初年次の基礎(一般科目)から段階を追って専門性を磨き、最終的にはスペシャリストとして学科ごとに深く学びを進める。神山高専では初年次から一般科目以外の科目も配置し、価値創出を前提にした専門性の育成をマインドセット等と合わせて複合的に行っていく建てつけだ。これについて大蔵氏は、「高専は高い技術力を培うことができる場ですが、実際に社会で通用する技術者になるためには、学科の専門性だけでは追いつかないことも多い。特にデジタルによってものづくりのハードルが下がっている今、協働して社会に価値を生み出すマインドセットがなければ、時代に合った高専教育にならない。高い技術力が単なる自己満足にならないためにも、全体を見通してチームを動かし、社会にアジャストして行動できる技術者が必要です。一番にこだわったのはそこでした」と話す。社会実装を考えれば、技術をフィットさせるためのデザインを専門性たるテクノロジーと融合させる必要がある。その両方の知識を兼ね備えた人材を育てたい。
神山高専の発起人であるSansan社長の寺田親弘氏、後述するNPO法人グリーンバレー理事長の大南信也氏、元電通で株式会社2100CEOの国見昭仁氏らが描いたこうしたビジョナリーな内容を、文科省の認可申請のスキームに落とし込む際に苦労した点を問うと、「高専新設が20年ぶりということもあり、高度成長期の時代に合わせた設置基準は現代とは齟齬が多いという点でしょうか」と大蔵氏は言う。一般的に高専は科を細かく分けて設置する前提で教員数等の体制を定めているが、神山高専が目指すのは横断・融合視点を持つ技術者の育成であり、学科は1つ。この辺りの前提条件の違いが、求められる教員数や体制等のギャップに直結しているようだ。一方で、目指す教育内容は高専機構にも助言を仰いで作り上げたという。社会変化を踏まえた人材育成のため、新しい教育作りの先行モデルとして期待が高まっている。
学校の独立性を堅持することで地域社会にも貢献する
学校が開校する神山町についても言及しておきたい。
神山町は「奇跡の田舎」と称され、人口5000名程度の山間部ながら地方創生のロールモデルとして有名だ。NPO法人グリーンバレーがその中心で、今では多くの地域が展開する「アーティスト・イン・レジデンス」、道路の一定区間をボランティアが清掃する「アドプト・プログラム」、地域に必要な人材を地域が逆指名する移住スタイルの「ワーク・イン・レジデンス」、強力な通信網を背景に企業の働き方改革に資する物件を提供する「サテライトオフィス」等、町に関する多様な活動を展開している。理事長の大南氏は「創造的過疎」を提唱する。過疎地における人口減少は不可避の現象として受け入れたうえで、持続可能な地域を作るために人口構成を積極的に変化させていく概念だ。創造的な人材が集まりやすい場を作ることで、多様な人材が地域を活性化させていく。
こうした場の象徴のような学校だが、神山高専は「地方創生」を前面には押し出していない。町として「第2期神山町創生戦略(2021-2025)」を掲げ、将来世代を呼び込む必要性をうたうなかで誕生予定の学校ではあるが、大蔵氏は「学校としての独立性を担保する必要性」を強調する。「地域連携ありきで動くと、教育の形が全てそちらに寄ってしまいかねない。あくまで人材育成のあり方をど真ん中に据えたい。むしろ、周囲を大いに巻き込む主体として学校を創りたいのです」。神山高専の入学定員は40名、教職員と全校生が揃えば250名。人口5000名の町で若者中心の集団が250名増えるインパクトは大きい。関係人口や人流の増加、全寮制の学校で必要になる食糧流通等、存在するだけで地域経済に大きな影響を与えるのは必至だ。これまでの日常とは異なる新しい動きが町民に最初にもたらすのは違和感かもしれない。「町にとって大きな変化になるわけですから、まずは町のあり方に馴染むことと、学校として完結できることを優先したい」と大蔵氏は言う。
過疎地域から未来の牽引人財を多く輩出する
最後に、学校にかける思いを聞いた。「全寮制で育む高専だからこそ、徹底的にプロフェッショナルを育てることができるのは大きな価値。本校ではそれに加えて、社会変化を推進する力を身につけ、社会への価値創出にこだわった教育を行っていきます。教育経験がないよそ者だからこそ描けるビジョンがあり、15歳という若い世代を対象にする高専だからこそできることがある。課題が多い過疎地域だからこそ、価値設計が生きる。日本を牽引する人財を、この地から多く生み出していきたいです」。大蔵氏の言葉は力強い。
- 神山まるごと高専は2023年4月開学に向けて認可申請中のため、内容は変更の可能性があります。
(文/鹿島 梓)
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