DXによる新たな価値創出[2]KIT数理データサイエンス教育プログラム/金沢工業大学

金沢工業大学キャンパス


金沢工業大学 大学事務局長 谷氏、共創教育推進室課長 西川氏

教育付加価値日本一の大学を目指すロードマップに追加されたDX

 まず、金沢工業大学(KIT)がデータサイエンス(DS)教育でMDASHプログラム認定を目指したのは何故なのか。大学事務局長の谷 正史氏は、「本学は従前より、社会の要請に応じた情報化を行ってきました」と言う。古くはWindows3.1の時代から入学時PC購入を必須にし、一般的なオフィスツールのみならず、C言語等を必修にしていた時期もあったという。その理由は、「ICTを道具として使えることは社会での必須能力になるから」だという。そして、遅からず「読み書き算盤」に情報技術が位置づけられる今般、次世代のスキルセットとして全学でAI・DS教育に取り組む必要があると考えた。「社会で活躍できる、自ら考え行動する技術者を育成することにこそ本学の軸足がある。だから、社会基盤としての情報技術が変革されるならば、率先して取り組む必要があるのです」と谷氏は言う。同時に、こうした付加価値を最大化することこそが他大との差別化になるという生存戦略でもある。「KITで学んだことが役立ったという学生をたくさん輩出したい。常に見据えるのは顧客(学生)満足度の最大化です」。

 2020年年初には学長から「学生一人ひとりの学びに応じた教育への転換」と「時間と場所の制約を超えた学びの場の創出」をEd Tech( Education Technology )を活用し、強く推進する旨が学内で共有された。教育付加価値日本一を標榜し、これまでeシラバスやAI活用で学生の主体的学修と自己成長を支援してきたKITだからこその内容と言えよう(参考:小誌209号掲載)。あくまで学生を主語にして、DXが提供する新たな価値を見出し、達成する目標を一段高めることに意味がある。DXはそれ自体が目的なのではなく、教育付加価値を高めるための手段なのだ。

自ら考え行動する技術者の育成を目指して

 こうした動きの背景には張り巡らした「社会へのアンテナ」がある。特に大きいのは「KIT人材開発セミナー」の存在だ。これは学生の就職支援として25年間実施しているセミナーで、東京・大阪・名古屋・金沢・富山で毎年約1500社の企業と直接対面できる場である。ここに集う企業から社会の現状を汲み取り、ニーズを捉えているという。「最近よく聞くのは、専門エキスパートも大事だが、組織として事業をしていく以上、自分の専門をベースに他分野とも柔軟に共創し合える分野横断型のコミュニケーション能力やコラボレーション能力、そして変化の激しい時代に主体的に学び続け、他者と協働できる高い能力を持つ技術者が多く必要だという話です。本学は主専攻の専門以外にも学ぶ機会を増やし、学生自らと教職員がその成果を可視化するなど、学生の成長機会を整備することに拘っています」と谷氏は言う。KITの特色の1つであるプロジェクトデザイン(PD)教育は、「与えられたテーマに挑む」「知識の必要性を知る」「何が解決すべき課題かを明確にする」「学科混成チームで協働する」と段階を追って学修できるように設計されており、自らの専門性を立てながらも他分野に興味が波及しやすいようにデザインされている。こうした実際の課題解決において今やICTが必須であることも学んでいくという。

次世代エンジニアに必要な素養を必修化し、その後の選択肢まで描く

 では、今回の採択プログラムを見ていこう。図1に示す通り、基本設計はモデルカリキュラムの「導入」「基礎」「心得」に該当する5科目9単位の全学必修化だ。


図1 KIT数理データサイエンス教育全体計画(2021年度版)


 まず「導入」の「修学基礎A」では、大学教育を理解するとともに、社会における専門分野のつながりやAIやDSの活用例を学ぶ。「AI基礎」は「AIとは何か」を学ぶ科目で、数値計算プラットフォームMATLAB を展開するMathWorks社と共同で開発した教材を使う。「架空のデータで教材を作っても学生は面白くない。やはり実際の課題のダイナミズムに触れてこそ、解決力のリアリティが高まる」と谷氏は言う。「基礎」は2つのPD科目と「AI基礎」の3科目。「心得」は「AI基礎」と、コンピュータの使い方やセキュリティ等について学ぶ「ICT 基礎」の2 科目が該当する。こうした科目群を必修とすることで、次世代エンジニアに必要な基礎素養を漏れなく培い、その後の専門学修につなげるという流れだ。1クラスは30~80名で編成され、TAやSAを配置してサポートを行う。PBL学習を通して実データを使ったDS等を学習するほか、応用的な学びについては選択科目を充実させている。これとは別に、夏と冬には3つの集中講座コースが用意されており(図2)、テーマに沿って学びを深めることも可能だ。これは履修証明プログラムとしてリカレント教育も兼ねており、定員は学生と社会人で分けて設定され、同じクラスで受講する。クラスの多様性は思考の幅を拡げるメリットが大きく、リカレントは今後も強化していく方針だ。


図2テーマに沿って学ぶ3つの履修コース


アカデミアと社会をつなげ、リアリティを循環させる

 MDASH リテラシー「プラス」として認定を受ける条件の1つに、「リテラシーレベルをクリアしたうえで特色ある取り組みになっているか」という点がある。KITは「AI基礎」で数理解析に特化した企業と共同で教材開発を行った点が評価された。教材開発を連携で行った背景には何があるのか。谷氏はKITの建学の精神にその根源があるという。

 KITの建学の精神は「高邁な人間形成」「深遠な技術革新」「雄大な産学協同」の3つ。このうち3つ目が、「産業界が求めるテーマを積極的に追究し、地域社会に貢献する」という趣旨の言葉である。「本学にとって産業界との連携協働は開学以来当たり前の文化です」と谷氏は言う。先に挙げた人材開発セミナーやPD 科目もそのスタンスの表れだ。また、専門教員の半数は実務出身者になるように調整され、大掛かりに構えなくても、産業界側の人脈等リソースが活用されやすい基盤が整っているという。アカデミアと社会は常につながっているのだ。

迅速な展開と実績から臨機応変にチューニングする体制

 こうしたDS教育の実績については、2020年度受講生のうち必修5科目の修了者は90.3%、未修了者は9.7%(1科目でも不合格だと未修了)となっている。満足度は「満足」「まあ満足」を合計すると概ね90%を超え好評だ。「まあ満足」をどう「満足」に引き上げるのかが次の課題であるが、踏まえるべき観点が2つある。1つは、PD科目における特性だ。「PD科目はランダムに形成したチームで取り組む科目なので、どうしても学習意欲や相性等に不満がたまりやすい」と谷氏は言う。もう1つが、学生の属性が多様な点である。「本学は高校までの学習歴が多様な学生が多いのが実情です。工業高校出身者と普通高校出身者ではベースが異なるため、授業への満足度も当然変化する。こうした個別の事情に合わせたカリキュラムの設計が次の課題です」。現状の28クラス以上に細かいメッシュで分けることも検討しているという。

学外連携の強化で競争優位性を確保

 リカレント教育強化、学習の個別化対応のほかに、今後の方策はどんなものがあるのか。

 まず、2022年度に創設されるMDASH応用基礎レベル申請に向けた準備である。既に実施しているリテラシーレベルの選択科目のほか、新たに2022年度からDS系3科目を必修に置く。応用基礎レベルで求められるのは「文理を問わず、自らの専門分野へ数理・DS・AIの知識を応用・活用できること」であり、人材育成スキームとしては一歩応用に進むことになる。

 そして、さらなる連携、特に他大連携を強化したいと意気込む。小誌231号でご紹介した「金沢市近郊 私立大学等の特色化推進プラットフォーム」の動きがその先陣だ。幹事校であるKITで事務局を務める西川紀子氏は、「各大学の強みを持ち寄り、得手不得手を補完し合って全体が発展できるようにしたい」と話す。「KITはDS教育を提供する代わりに、文系大学が得意な英語教育を提供いただくような、シェアの関係になると良いと思います」。また、「こうした教育価値を向上させる連携は、高校生が大学を選ぶ際の新たな基準になるのではないか」と谷氏も言う。

 社会ニーズを企業とのディスカッションから丁寧に見出し、スピーディーかつフラットに教育のチューニングに当たる。KITの姿勢から学ぶべきものは多い。


(文/鹿島 梓)


【印刷用記事】
DXによる新たな価値創出[2]KIT数理データサイエンス教育プログラム/金沢工業大学