DXによる新たな価値創出[2]AIMDの基礎/挑創カレッジコンピュテーショナル・データサイエンスプログラム(CDS)/東北大学

東北大学キャンパス


理事・副学長 青木氏、データ駆動科学・AI・教育研究センター長 早川氏、副理事(AI人材担当)中尾氏

東北大学Vision2030に基づく大学改革

 東北大学(以下、東北大)がMDASHの申請に至った背景にあるのは、2018年に大野英男総長が公表した東北大学Vision2030(以下、Vision2030)である。次代の学生を育てその挑戦を支えるべく、全体で4つのビジョン、19の重点戦略、66の主要施策を描く壮大な計画だ。その重点戦略の1に掲げる「教育」では、「グローバルリーダー教育」「AI・数理・データリテラシー教育」「アントレプレナーシップ教育」が三本柱と定められている。こうした次代のスキルセットを育成するために教育を柔軟に見直し、AI・DS 領域では翌2019年にデータ駆動科学・AI・教育研究センターが発足し、早川美徳教授がセンター長に着任した。

 さらに、2020年に大学全体のDX戦略を策定した。「コネクテッドユニバーシティ戦略」と称し、教育・研究・社会共創・大学経営の全方位でDX を加速的に推進する内容である(図1)。そこで新たに設置された全学DXの責任者CDOに着任したのが青木孝文理事・副学長だ。また、AI人材担当副理事を設置し、中尾光之教授が着任した。


図1 東北大学DX戦略:コネクテッドユニバーシティ戦略


 こうした中長期的な大学変革の一つに位置付けられているのが、AIMD(Ai,Math & Data science)教育の展開であり、それこそがMDASHで採択された内容でもある。

 なお、DX戦略に基づき、東北大が得意とする材料科学分野を中心に、社会価値共創の場としてのキャンパス整備も進んでいる。ポストコロナ産業ニーズを先取るため、60ペタバイト級の高速解析サーバや解析ソフトウエアの開発によるデータ解析を産業応用し、高付加価値創出を担う産官学連携型の研究開発拠点を「サイエンスパーク」として整備する計画である。こうした社会連携は、東北大の建学の理念である「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」には欠かせない観点だ。青木氏はこう話す。「研究大学だからこそのアプローチ、科学技術をさらにアドバンスさせるためのプラットフォームを大学が作り、社会のパートナーと協働を深めることで新たな価値を創出していく。大学はそうした流れのプロバイダーになり得るのです」。研究大学におけるAIMD教育とは、まさにこうした場を作って動かせる人材の育成にほかならない。では、その採択内容を見ていこう。

東北大学Vision2030に基づく大学改革

 最大の特徴は、プログラムを二階層にしたことだ。図2にあるように、新入生全員(約2500名)への導入である入門レベル「AIMDの基礎」と、その先に行きたい意欲的な学生への教育として「挑創カレッジ コンピュテーショナル・データサイエンス(CDS)プログラム」を整備した。まず「AIMDの基礎」は、全学教育に当たるAIMD関連科目群より、「情報基礎A」または「情報基礎B」を単位取得すること。挑創カレッジとは、Vision2030 のVISION1「教育」に基づき、学生の挑戦心に応え創造力を伸ばす教育を展開することにより、大変革時代の社会を世界的視野で力強く先導するリーダーを育成すべく、現代的リベラルアーツの素養を修得する学びの場として2019 年度から開設されたもので、CDS以外にもグローバルリーダー育成プログラム(TGL)、企業家リーダー育成プログラム(TEL)といった教育プログラムが整備されている。


図2 採択内容の概観


 二段階にしている理由を、早川氏は「ベースラインと応用に進みたい学生とでは授業に求めるニーズが異なるため」と説明する。また、応用基礎レベルではなくリテラシーレベルで二段階にした理由については、「高校で数学をやっているかどうかで、ベーシックな統計学でも入りやすい人とそうでない人がいる。初学者向けと素地がある人の違いは、高校までの学習履歴の差として表れやすい」という。CDSはモデルカリキュラムの「オプション」に相当するより高度な内容だが、そこまでを全学部の学生に提供できるようにした。なお、現状CDS履修者は文系・医学系を含めた全学部の学生が受講しており、大学院生や他大学の履修者もいる多様な状況だという。まさに自らの意欲に応じて選択した学生が集う場となっているのだ。

 この教育展開の実働を担うのがデータ駆動科学・AI教育研究センターである。AIMD教育担当機関として専任スタッフ12名体制で活動しており、学内からは各分野の研究者からのフィードバックを受けながら教育をチューニングしているほか、当該分野の各界の専門家で構成するAIMDアドバイザリーボードを設置し、展開する事業に外部の目を入れている。こうした体制のもと、リテラシーのみならず、エキスパートの専門家・リーダー育成も含め、レベルに応じた学修プログラムを体系的に構築しつつあるという。

研究大学のDNAたる社会実装・外部連携

 続いて、eラーニング教材「AIMD for Future」をAIベンチャー企業と共同開発した点に注目したい。文科省からはこの点を「特色ある取り組み」と高く評価された。モデルカリキュラムの導入・基礎・心得を分かりやすく説明する内容で、AIMDの基礎科目「情報基礎A」「情報基礎B」で2020年度から使用されている。2021年度からはプログラミングが不要なAI分析ツールを用いた実習機能も提供されている。「学術的な内容から入るのではなく、世界トップ企業の時価総額の比較からDS領域のポテンシャルを知る等、初学者でもとっつきやすいアプローチになっている」と早川氏は内容を評価する。大学のアカデミックな観点とは異なる実社会寄りの視点という点でも、外部の目は貴重なのだ。

 先に挙げたAIMDアドバイザリー委員会の存在といい、こうした共同開発といい、東北大は学外の力を借りることをどのように位置づけているのだろうか。この問いに、青木氏は「学内で全てを賄うにはマンパワーの問題が大きいというのが現実的にはある」と前置きしたうえで、「MDASHだけでなく、今後のAIMD事業のスケーラビリティを考えて外部連携を進めておくことには意味がある」と話す。そもそも研究大学として、研究の社会実装を見据えた動きは自然な流れとも言える。AIMD は学ぶ内容が社会実装前提のため社会連携は合理的だが、それ以外にも授業や教材を他大学に提供したり、社会人リカレントに活用したりすることも志向しており、こうした動きも包括できる体制を考えれば連携は道理なのである。多様な連携の座組の中でキュレーターとして機能するのが東北大というわけだ。既に東北創成国立大学アライアンスでの数理・DS・AI教育に関する連携開始、MOOCコース「社会の中のAI~人工知能の技術と人間社会の未来展望~」を2020年より公開し、民間企業を含む4700名以上の受講実績がある等、スケールアップの動きは進んでいる。

 特徴ある科目の開発も進む。例えば、「数理・AI・データ科学─データ生成・活用の現場に立会う─」科目は、データが生成・観測・計算され、実社会の課題が解かれていく研究の最前線を取材・体験するもの。「AIをめぐる人間と社会の過去・現在・未来」科目は、AIの歴史や仕組みのみならず、AIがどのようにヒトの知性や意識や社会のありように影響を及ぼすかについて考察するもので、企業実務家も講師として参画する。

 なお、リテラシーのみならず、エキスパート教育に関しても動いている。2017年より始まったデータ科学国際共同大学院だ。東北大大学院6研究科による学際的共同プロジェクトで、情報科学研究科をハブにして異分野横断を束ねて海外機関とも連携し、AIMD領域におけるグローバルかつ学際的な研究リーダーの育成を目指す。毎年20 名ほどが在籍し、各専門性におけるAI・DSによる価値創出を設計し、企業から提供される数テラバイトのビッグデータの処理に取り組み、協働しながら具体的なソリューションを創出するものだ。博士課程では海外研究機関に半年以上滞在しての共同研究を必須とし、共著論文を作成する等、専門家としてふさわしい実績を積めるよう設計されている。レベルごとの階段を上手に作りながら、学外連携も含め、研究大学らしい付加価値を付けているのが東北大の独自性と言えよう。

価値創出のために積極的に横断・越境する研究者を育成する

 東北大のAIMD教育は、リテラシーから応用、国際共同やリカレントまで、大変幅広い。こうした状況について、「専門性の壁をどう乗り越えて多様性に対応するのか。価値創出のために積極的に横断・越境するメンタリティが研究者には必要です」と中尾氏は言う。研究に軸足を置くからこそ、その領域で社会実装を前提にしたグローバルリーダーを育成することも、社会人のリスキリングに取り組むことも、それを学部教育にブレイクダウンすることもできる。そして、やって初めて明らかになることもたくさんある。「だからこそ、最初から形を決めてやろうとせず、前例に囚われず、プロトタイプで走りながら常にアジャイルにチューニングしていくことが必要です。本学が目指すグローバルリーダー教育とは、そういうものです」。中尾氏の言葉は力強い。


(文/鹿島 梓)


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