入試は社会へのメッセージ[3]イノベーション人材をどう選抜・育成するのか/事例report 慶應義塾大学 SFC AO入試

慶應義塾大学キャンパス


総合政策学部 学部長 加茂氏、環境情報学部 一ノ瀬氏

30周年を迎えたSFC

 慶應義塾大学に湘南藤沢キャンパス(SFC)が生まれたのは1990年。それまでの学問の伝統によらず、地球規模の課題を発見し解決できるイノベーター育成教育を掲げて総合政策学部と環境情報学部が開設されると同時に、開始されたのがAO入試である。教育のコンセプトに共鳴し、高い学習動機を持つ学生を選抜するため、従来の学力選抜とは別軸の入試として開発され、日本におけるAO入試の先駆けとして大きな注目を集めた。今、SFCのAO入試はどうなっているのか。総合政策学部長の加茂具樹氏、環境情報学部長の一ノ瀬友博氏に伺った。

「出る杭をどんどん伸ばす」フルフラットなカリキュラム

 まず、「AO入試はSFCへの入学意欲の高い学生をピンポイントで選抜するために実施しています」と加茂氏は言う。起点にあるSFCの教育とは、図に示すように、自分のテーマや目的に適した形で、履修内容を完全に自由にカスタマイズできるカリキュラムが最大の特徴である。多様性ある学生一人ひとりの個性を尊重し、多くの学生が教員や仲間と共に研究や活動を行うことで、自分のありたい姿を実現する。学年に応じて基礎から専門へという流れすら、そこにはない。フラットに配置された科目群を自分の軸に合わせて履修しながら、活動の中軸となる研究会に向かう。研究会は「研究を教員と学生が共に行う」が原則のSFCにおけるコアであり、教員と学生が共に切磋琢磨しながら多様な課題に取り組む場だ。能力次第では1年次から研究会の履修が認められる。両学部の授業や研究会は自由に行き来することができ、全体を俯瞰すると、多くの学生は2つ程度の研究会を掛け持ちしながら、自分の研究テーマを据えて学んでいる。その組み合せにオリジナリティーが表れ、他人がやっていないことをやるのがSFCの文化だ。入学時期は4月と9月の2回、同時に卒業時期も3月と9月の2回ある。セメスター制によって、学内での旺盛な知的活動に加え、留学、フィールドワーク、インターンシップ等の学外活動を組み合わせ、自由で柔軟な学びと多様な進路の設計が可能である。一ノ瀬氏はこれを、「出る杭をどんどん伸ばす教育」と称する。


図 自分の学び方は自分で決めるカリキュラム


SFCカリキュラムをフル活用するための目的意識を問うAO入試

 こうした教育を展開するに当たって入学者に求めるのは、大きく分けると「地頭の良さ」と「目的意識」の2つであると言えそうだ。主に一般選抜は前者を、AO入試は後者を見極めるゲートウェイの役割を果たしている。一般選抜で問う「地頭の良さ」と言っても、いわゆる暗記問題や情報処理速度を問うような問題ではなく、思考力を問う長文読解や、論理的構成力を問う小論文等が中心だ。お題を素早く処理するだけではなく、「何が問われているのか」を自らの頭で考え、「自分はどう思うのか」を、根拠を含め論理的に自らの言葉でアウトプットできるか。その知的体力があるからこそ、今現在は自分の探究すべきテーマが定まっていなくても、知を探索し問いを設定し、成果を出すことができると見込む。

 一方で、既に自分なりの問いや目的意識が明確であれば、そのためにSFCで何をしたいのか、この環境をどう使おうとしているのかが分かる。まさにそこを書類と対話で掘り下げるのがAO入試だ。現在表1に示すように年に3回実施しており、一次選考は志望理由・入学後の学習計画・自己アピールを示した文章・自由記述を中心とした書類選考(表2)、二次選考は1人30分の面接である。2021年度の夏秋AO入試結果は、総合政策学部で1332名志願→120名合格、環境情報学部で1216名志願→124名合格と、いずれも合格倍率は10倍前後の高い水準となった。二次選考では一次選考で提出した書類をもとに、学生一人ひとりの持つ問いや問題意識を複数の教員が対話で掘り下げる。個別性の高い内容に対する評価のポイントが気になるところだが、各問いに対する対話なので、1つのパレットで測るわけではないが、意外なほど評価はばらつかないという。「我々は専門知識の正誤で点数を付けるのではなく、モノの考え方を問うているわけです。専門性が変わっても、そうした観点は普遍性があります」と一ノ瀬氏は言う。高校卒業段階の知識レベルではなく、問題意識のありようや探究したいテーマがSFCの研究テーマとして適切か、前例を踏まえて持論を形成できているのか、といった評価に加え、この課題に対してはこういう観点が必要ではないか、問いを深めるにはこの研究会が良いのではないか、といった掘り下げ・投げかけも行われるため、受験生にとっては教育準備の機能も有していると言えそうだ。合否判定も教員側の相当な議論を持って決するのだという。


表1 SFCのAO入試制度概観、表2 主な出願書類


自らの問いを軸に積極的に横断するメンタリティを問われる教員

 2021年度より一般選抜の定員を各学部275名から225名に減らし、AO入試の定員を各学部100名から各150名に増やした。手間がかかるAO入試での定員増は当然運営負荷が高い。教育の独自性を担保し、より発展させる人材を獲得するための入口戦略は、教職員の多大な尽力に支えられている。「試験までの準備や当日の面接評価、合否における議論以外にも、特に入試問題の振り返りで喧々諤々の議論が起こります。例えば小論文で何を問えば来てほしい受験生に来てもらえるのか、今年の入試問題はSFCが欲しい人材を選抜するのに適切だったのか、改善の余地はないか、というように、常に欲しい人材を獲得できる入試になっているかどうかを全教員挙げてディスカッションしています」と一ノ瀬氏は言う。このプロセスが教員のFDを兼ねるほど重要だという。それだけ、入学時点のセレクションが教育の質に影響する実感値があるということだろう。

 こうした動きの背景には、教員側に、独自性の高い価値ある教育を展開しているという自負とともに、SFCスピリットが共通認識として通底していることが大きそうだ。SFCでは教員採用の際に、「異分野の研究者とコミュニケーションし、新しい価値を創出することができるか」が問われるという。「そうしたマインドがないとこのキャンパスではサバイブできない」と一ノ瀬氏は笑う。「教員も受験生と同じく、自分の問いを持って横断融合しながら研究することを求められており、試されているのがSFCなのです」と加茂氏も言う。そこにジョインする最適なメンバーを募るのが入試制度。SFCにとって入試とは、企業における採用に近い意味合いなのである。

大学生活のスタートダッシュと多様性を担保する仕掛け

 AO入試通過者に見られる特徴はあるのだろうか。加茂氏は、「AO入学生のパフォーマンスは概ね入学後も高く、多様性も幅広い傾向がある」と話す。学年のなかでももともと目的意識を持つが故に、スタートダッシュが速く、早い段階で研究会の扉を叩く等、行動力や牽引力に優れており、周囲への影響力も大きい。そのため、自由度の高いSFCの教育にはフィットしやすく、新たな挑戦を次々に生み出すブースターのような役割を果たすのだ。とはいえAO入試だけでなく、様々な入試通過者が集うからこそ、互いにない視点を持ち寄り、研究を発展させることができる。スタートダッシュが速い人も、大器晩成型の人も、等しく成長できることが大事であり、個人によってスピードやタイミングが違うことを許容するキャンパス作りが肝要だという。近年SFCでは入学時期を4月と9月で選択でき、3月に高校を卒業してから半年ギャップイヤーを経て9月に入学することもできる。また、AO入試は英語でも日本語でも受けることができ、まさに受け方も時期も多種多様、優秀な学生がいつでも来られるように門戸を開放している。

多様性を尊重し常に分野横断・連携を志向するキャンパス

 最後に、イノベーター育成拠点としてのSFCは、いかに社会のニーズを教育研究に反映しているのかを聞いた。加茂氏は、何か仕組みや場があるというより、現状維持を良しとせず、常に改善・改革を志向する教員の存在と、教員同士の会話量を挙げた。「異分野間の知見を借り合い、新たな価値を生み出そうとする気質がある人しかいないので、常に分野横断で刺激し合っています。だから、キャンパス構成員の多様性と風通しの良さがイノベーションの源泉と言えると思います」。一様性の中でイノベーションは生まれづらい。多様な人材や考え方をいかに混ぜるかが創造性のキーである。「SFCのコアである研究会は、オーセンティックな大学の研究室とは違い、専門性に囲い込まれることがない。学生も教員もそれぞれが横断的につながり、互いに自分にない視点を補い合い、不確実な社会の中で新しい価値を生むのに必要なメンタリティを育んでいます。教授が一番偉いのではない。学生ならではの視点から生み出されるものも多くあります。そうした意味で我々はフラットです」と加茂氏は続ける。「単独の教員や教育の所属ではなく、チームで学生を教えるのが教員間のコンセンサスであり、自分のゼミ生が他のゼミで知見を得たり、共同研究したりすることを推奨する気質がある。それが常に社会に開けている環境を作っていると思います」と一ノ瀬氏も言う。社会との接続を改めて考えるまでもなく、研究会を中核とした教育により自然と社会実装や社会課題抽出が行われ、解決に向けた創造的な方策を多様性の横断により創出するのである。

 多様性を尊重し、個が自由自在に動いて新しい化学反応を起こすことを推奨するのがSFC。AO入試で問われるポテンシャルとは、SFCで何をしたいと本気で考えているかという目的意識にほかならない。


(文/鹿島 梓)


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