デジタル社会の教育像を構築する 「教育データ利活用ロードマップ」/デジタル庁

POINT
  • 2021年12月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の教育分野におけるロードマップとして「教育データ利活用ロードマップ」が公表
  • 学習者主体の教育への転換を短期・中期・長期で実現する方策を示す
  • 短期的には紙のデータ化、中期的にはデータの標準化、長期的にはデータ利活用のもと新たな教育価値が創出されている状態を目指す
  • 「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」のために、教育分野のプラットフォームのあり方等も検討されている


 デジタル関連の政策の動きが目覚ましい。日本は新型コロナウイルス対応においてデジタル化の遅れが顕在化し、官民とも同時並行的に一気に推進の方向へと舵を切っている。主要な動きを表1に示した。

 2021年9月に日本社会のデジタル化の司令塔としてデジタル庁が発足し、2021年12月にはデジタル社会の実現に向けた重点計画が閣議決定された。重点計画では、デジタル社会の目指すビジョンについて、「デジタル活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」、そして、「誰⼀⼈取り残されない、⼈に優しいデジタル化の実現」を掲げた。2022年1月にはデジタル庁・総務省・文科省・経産省の連名で教育データ利活用ロードマップが公表されている。前述した目的を教育について「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」というミッションに言い換え、それを達成するための道筋として示されたものだ。その内容について、デジタル庁参事官補佐(当時。以下同じ)の横田 洋和氏と、文科省で教育DX担当の弟子丸 知樹氏にお話を伺った。



表1 デジタル関連の主な政策整理



デジタル社会における教育のあり方を再考するスキーム

 まず、教育データ利活用ロードマップ(以下、ロードマップ)の位置づけを改めて押さえておきたい。これは2021年末の重点計画に示された「医療・教育・防災・子ども等の準公共分野のデジタル化」の領域の、教育分野において、デジタル社会を見据えた教育のあり方を考え、前述した学習者主体の教育への転換を図るため、環境整備の論点と時間軸を整理したものだ。現在、初等中等教育分野はGIGAスクール構想により1人1台端末の整備が概ね完了したデジタイゼーションの段階だが、デジタル庁が公表した教育関係者へのアンケート結果によると、ネットワーク環境の問題、教員の端末が古い・更新されていない、教職員の校務がデジタル化できていないといった課題も明らかになってきた。施策により生じた課題を解消しつつ、次に目指すべきはデジタライゼーション、即ち「教育分野において、データ利活用による新たな価値を創出すること」である。アナログの代替ではないデジタルならではの教育のあり方を模索し、現状の延長線上ではないDXへ進むためのロードマップなのだ。

 また、弟子丸氏は合わせて、2021年1月中央教育審議会がとりまとめた「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」の存在を上げる。答申では「個に応じた指導の充実」「主体的・対話的で深い学びの実現」「学校内外の連携・分担による学校マネジメントの実現」といった内容が示されたが、「GIGAによるツール整備が進んだ今だからこそ、答申で示された内容を具体化することができます。ロードマップは、答申をデジタルにより実現する道筋とも言えるのです」と弟子丸氏は言う。

学習者主体の教育構築に向けて必要なステップを段階的に描く

 ロードマップではこうした目的に照らし、短期・中期・長期でなすべき内容と優先順位を規定している(表2)。短期で見ると、まず子どもが日常的にデジタル機器を使うには学校の先生や大人がデジタルに慣れていく必要があり、かつ、デジタルの力を使って定型業務を自動化していくことで、先生が本来の業務に集中できるようになり、デジタル化の恩恵を感じやすくなる。その後の推進力も見据え、まずは「利用者がデジタルに価値を感じる」ことを優先した設計が必要だ。「トーク&チョーク前提でツールがデジタルになっても効果は十分期待できない。デジタルだからこその価値をどう創るのかのベストミックスを見出していけるようにしたい」と横田氏は言う。

 中期のキーワードは「標準化」だ。前提として、紙媒体での管理では効率的なデータの流通・蓄積はできないため、情報のデジタル化は喫緊の課題である。しかし、データのフォーマットも記録の仕方も揃っていない現状のままでは、デジタルならではの「データ連携」は不可能だ。紙しかない情報をデジタル化し、デジタルだがフォーマットが揃っていない情報は揃える。そうした動きを優先的に行い、いざデータ連携したいときに使えるように用意する動きなのである。「記録が法令上義務づけられている項目以外に、どんな目的に照らしてどんなデータをとるのかは現場が決めることであり、データ利活用は当然個人情報保護のルールに則って行われます」と横田氏は言う。

 そして長期で見ると、「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」というミッションのもと、デジタルを手段として学習者主体の教育への転換が図られ、教職員が子ども達と向き合える環境が整備されている状態を目指す。政府が学習履歴を含めた個人の教育データを一元的に管理することは全く考えておらず、学習者を主語にしたあらゆる個別最適化の可能性を開くためのロードマップなのである。



表2 ロードマップ:短期・中期・長期で目指す姿



 また、ミッションを達成するためにデータを扱う観点で、3つの軸がある。①範囲 ②品質 ③組み合わせ という3点だ。以下3点を検討のスコープとして、時間軸と合わせて検討を進めていくという。

  • 範囲:教育効果として測るべき多様な側面(認知能力からいわゆる非認知能力とされているものへの拡大等)や、学校外の学びといった、アナログでは十分に測定できなかった活動も評価が可能となる
  • 品質:標準化を通じて組織横断的に共有・連携できるデータや、時系列で活用できるデータの利活用が可能となる
  • 組み合わせ:目的に応じて、行政データと学習データや、学校内外の学びといった様々なリソースの組み合わせが一層可能となる

教育データの利活用環境を「プラットフォーム」として整備

 多様な子ども一人ひとりの個性や状況に最適な学びを可能にしていくために、教育データの効果的な利活用を促進するべく、学習者・保護者・教員・学外を適切につなぐためのプラットフォームと、そこで基盤となるデータを整備する必要がある。例えば、散在する学びの教育データを統合・分析して個別最適化された指導案を作成する、学習状況を踏まえて家庭学習支援を行う、学習状況の客観的な分析からきめ細かな指導を実現するといったことだ。これらを実現するプラットフォームのあり方についてもロードマップには示されている。その全てが、「個別最適な学びと協働的な学びの実現」のためのパーツ整備の設計図だ。データの相互流通性を確保し、国際標準に合わせて整備することで、将来的には海外の教育機関との学習状況の共有による単位互換等も見据えることができそうだ。

 また、児童生徒がオンライン上で学習・アセスメントができるCBTプラットフォームとして、文部科学省が開発するMEXCBT(メクビット)の整備も進む。多様な学習リソースを連携し組み合わせて利用できる窓口である学習eポータルと学習やアセスメントに活用できるツールであるMEXCBTを活用することで、解答結果等を分析し指導に役立てることができる。学習eポータルは、機能として、国際標準規格を各ツールに適用してツール間の相互互換性を確保する「協調領域」と、各社が創意工夫のもと独自に機能を実装する「競争領域」に分け、整備を進めている。1つのツールに絞り込むことを推奨しているわけではなく、多様であることを前提に連携を推進し、一体的に進めていく計画だ。また、国が学校に実施する調査等も、クラウドを活用したアンケートシステムを試行的に導入した。フォームを利用したアンケート設計でデータを活用し、リアルタイムでの回答状況の可視化や分析が可能になる。「まずは簡易に実証検証していくところから始めたい」と弟子丸氏は言う。

デジタルを利活用した生涯学習の推進

 最後に、マイクロクレデンシャルやその電子証明であるデジタルバッジの推進、学習活動の記録であるeポートフォリオ等、「生涯にわたる学びの環境整備」について、今見えていることはあるのかを伺った。

 概念としては、生涯にわたる学びの履歴・証明がなされることで、生涯にわたる学習の推進、ライフステージに応じた機会の提供、海外との教育互換性、グローバルな人材流動性にもつながる可能性がある。日本の現在のリカレント・リスキリングの状況からするとそこまでの道は決して簡単ではなさそうだが、既にいくつかの大学では成績証明書のデジタル化を始めており、欧州の国家資格フレームワークのような展開をも見据えた長期レンジの検討課題である。「学習者の意思の下で、初等中等教育で学んだことを高等教育に引き継いで、学習履歴が大学でも活用できるような未来を見据えたい」「このあたりが進むと教育のスキームが大きく変容します。日本の大学や社会人の学びにおいて使っていけるのか、社会のあり方や雇用との関連も含めて考えていきたい。初等中等教育のみならず、生涯にわたる学びの環境整備をデジタルを活用してどう行っていくのかはこれからです」。新たな価値創出に向けて、横田氏の言葉は力強い。




カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/5/17)