リカレント教育と日本の大学[15]/リカレント教育とは何か?リスキリング、生涯学習との違いは?


 「リカレント教育と日本の大学」というタイトルにもかかわらず、これまでこの連載ではほとんど「リカレント教育」という言葉を使用してこなかった。それは、「リカレント教育」という言葉が、使用される局面や話者によって異なる意味合いをもって使われており、文脈により誤解が生じることを危惧したためである。しかし、仕事に関する社会人の学びを意味する言葉として2021年半ば頃から新しく「リスキリング」が登場し、社会人向けプログラムの設計やステークホルダーとの対話において、各用語の意味の違いを踏まえておくメリットが大きくなってきた。「リカレント教育」とは何か。2010年代半ばより文部科学省等におけるリカレント教育促進に関する議論に参画してきた筆者自身の経験も踏まえ、あらためて交通整理を試みたい。


文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員(社会人領域)


国の政策におけるリカレント教育の定義

 前提としておかねばならないのは、「リカレント教育」はその登場以来、実態を記述するための用語ではなく、政策としてありたい姿を示すための用語であるということだ。この点は「生涯教育」「生涯学習」といった言葉と同様であり、先進企業での取り組みを紹介するための用語として登場した「リスキリング」とは異なっている。

 では政策での定義を見ていこう。まずは『2040年に向けた高等教育グランドデザイン』。その「用語解説」では以下のように定義されている。

職業人を中心とした社会人に対して、学校教育の修了後、一旦社会に出てから行われる教育であり、職場から離れて行われるフルタイムの再教育のみならず、職業に就きながら行われるパートタイムの教育も含む。

 この文章は、1992年の第一期生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」における記述とほぼ全く同じだ(読点の有無が一カ所のみ異なる)。

 厚生労働省ホームページの定義では「フルタイム/パートタイム」の記述はなく、よりシンプルである。

学校教育からいったん離れたあとも、それぞれのタイミングで学び直し、仕事で求められる能力を磨き続けていくこと

 一方、政府広報オンラインでは次のように詳しい文言が付加され解説されている。

「リカレント(recurrent)」とは、「繰り返す」「循環する」という意味で、リカレント教育とは、学校教育からいったん離れて社会に出た後も、それぞれの人の必要なタイミングで再び教育を受け、仕事と教育を繰り返すことです。日本では、仕事を休まず学び直すスタイルもリカレント教育に含まれ、社会人になってから自分の仕事に関する専門的な知識やスキルを学ぶため、「社会人の学び直し」とも呼ばれます。

 「仕事を休まず学び直すスタイル」が含まれることについて、あえて「日本では」と強調されている。では、海外ではどうなのか。その登場以来の経緯を見ていこう。

「リカレント教育」の登場

 政策としての「リカレント教育」が最初に提唱されたのはスウェーデンである。1968年、のちに首相となる教育大臣オロフ・パルメの「学歴の低い成人に教育機会を」というスローガンのもと、25歳以上で5年(のち4年)以上勤務した者に対し高校を卒業していなくても大学入学を許可するという施策を実施し、これを「オーテルコマンデ・ウートビルドニング」と呼んだ。同国の経済学者レーンが発案した用語を政策スタッフのトルステン・フセーンが概念化し、のちリカレント・エデュケーションと英訳したという(澤野2019、出相2021)。翌1969年、パルメはヨーロッパ教育相会議においてこれを生涯教育を実現する戦略として提唱、1970年代になりOECDによって広められた。それは「たとえば16年の教育を6歳から22歳まででなく、30歳または40歳までに拡大すべきだという考え方」(新井1983)であり、OECDによって「教育、つまり意図的で組織的な人間形成作用を、生涯学習プロセスの中に一回ではなく、何回でも繰り返せるようにしようとする概念」として定義された(OECD1974)。

 しかしスウェーデンにおいても、この時代にリカレント教育は普及しきれず、オイルショック後の緊縮財政において後退を余儀なくされた。のち前述のフセーンはその原因を、男性フルタイム就労者を対象に想定しておりマイノリティへの配慮を欠いたこと、職場を離れずに仕事と学習を組み合わせる人の増加に対応できなかったことの二点が原因だと振り返っている(澤野2019)。

 その後1990年代に入り、知識基盤社会への対応や積極的労働政策への転換が図られた際、主に使用されたのは「フォートビルドニング(生涯教育)」「ヴィーダレビルドニング(継続教育)」といった言葉である。学習への参加率が年間7割以上に達している現在のスウェーデンでは「オーテルコマンデ・ウートビルドニング」という言葉はあまり使用されていないのである(澤野2019)。ヨーロッパ諸国のほか、アメリカにおいても使用されているのは「ライフロングエデュケーション(生涯教育)」もしくは単に「アダルトエデュケーション(成人教育)」という言葉だ。

 ではなぜ、現在の日本において、政策用語として「リカレント教育」という言葉があえて使用されているのだろうか。

なぜ「リカレント教育」か~生涯学習との違い

 そこで対照すべきなのは同じく政策用語である「生涯教育」「生涯学習」という言葉である。成人教育・成人学習について世界的に多く使われているこれらの言葉が登場したのは1960年代。1965年パリで開催されたユネスコ「成人教育推進国際委員会」において、ユネスコの成人教育課長だったポール・ラングランが提出したワーキングペーパーがきっかけとされる。これは同会議にも出席していた波多野完治により翻訳され、ただちに日本にも紹介された。「lifelong learning」にはもともと職業に関する教育も包含されているのだが、日本においては地方公共団体による講座提供が中心の社会教育行政と接続されたこともあり、職業教育とは切り離されて扱われることが多くなった。1990年に制定された生涯教育振興法においても、職業教育は「別に講じられる施策」とされた(のち職業能力開発促進法として法制化)。一般社会において「生涯学習」が公民館やカルチャーセンター、通信講座で実施される趣味のための学びと理解されるようになった背景には、こうした経緯があるものと思われる。

 「リカレント教育」という用語は「生涯教育」「生涯学習」と同じくヨーロッパでの提唱後すぐに日本で紹介され、政策用語として使用された。しかし上述のように、この時期に具体的な施策として展開されたのは「生涯教育」や「職業能力開発」であり、「リカレント教育」が定着することはなかった。いわば「不発に終わっていた政策」(佐々木2020)だったのだ。

 2000年代中盤以降、国の政策において社会人の仕事のための学び、特に高等教育機関が実施するものについては、生涯学習とは区別し、「社会人の学び直し」と呼ばれるようになった。以前に事例として取り上げた「日本女子大学リカレント教育課程」が採択された事業の名称は「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」(2007)であり、これには現在ならリカレント教育と呼ばれるだろう社会人向けプログラムが多数採択されている。現在の「職業実践力育成プログラム」の検討には筆者自身も参加したが、その源流の一つであった事業の名称も「高度人材養成のための社会人学び直し大学院プログラム」(2014年~18年)である。

 この「社会人の学び直し」が、2018年の人生100年時代構想会議をきっかけに「リカレント教育」と呼ばれるようになり、毎年の「骨太の方針」で重点施策の一つとなっていったことは記憶に新しい。

 このような経緯で、「新たな能力を身につけ、自己のキャリアアップにつなげる」(令和二年補正予算「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業」事業趣旨)ための教育機会が「リカレント教育」と呼ばれるようになったのである。

職業訓練・職業能力開発との違い

 仕事に関する学習を示す政策用語としては、前述の「職業能力開発」「職業訓練」がある。所管官庁が異なるなどの事情からか、直接「リカレント教育」がこれらと対比される機会は少ないが、同じく、社会人による、仕事に活かすことを目的とした学習である。なぜ、あえて「リカレント教育」が使用されているのだろうか。筆者が考える3つの理由を概説しておきたい。

 まずは、リカレント教育の実施主体として、大学・大学院といった高等教育機関が想定されていたことがある。ただし、「骨太の方針」など現在の経済政策の場では、実施主体は必ずしも高等教育機関に限定されてはいない。

 2点目は、低成長という課題の解決手段として、知識基盤社会におけるイノベーションや創造性の開発が重視されているということ。職業能力開発や職業訓練は、実績があり成果が保証された講座を公的な機関が責任をもって用意し、そこで学び手を訓練することによって、今ある職種への転換や現在の技能体系のもとでの熟達を成功させるという性質を持つことと対照される。

 最後に、「リカレント」であること、つまり「繰り返し」の性質を強調するため。職業訓練には終わりがあり、その後は就業に専念することが前提となっている(そのため、教育訓練給付制度は一度利用すると続けて使用することができない)。仕事の場と学習の場との往還を繰り返すリカレント教育とは対照的である。

企業戦略に基づく学習=リスキリングとの違い

 社会人の学習を示すものとして、2021年から急激に使用されることが増えたのが「リスキリング」という言葉だ。

 アメリカおよびヨーロッパの企業において、特にデジタルトランスフォーメーション(DX)に対応するための人材戦略として実践されている施策である。

 日本にリスキリングを普及させるため活動する一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアティブ代表理事の後藤宗明は、「攻めのリスキリング」「守りのリスキリング」と二つに分けて解説している(後藤2021)。「攻めのリスキリング」は、自社の事業構造変革に向け、DX推進により新たなデジタル分野における事業を構築しようとする際、それに合わせて、従業員のデジタル・リテラシー向上および将来必要となる新たなスキル習得を図るもの。「守りのリスキリング」は、技術的失業対策、余剰人員の再戦力化を目的として、主にベテラン中高年社員の雇用を守るための施策である。共通しているのは、実施責任が企業(国によっては行政主導)にあること。特に、企業が自らの将来の戦略に合致したことを社員に学ばせることであり、学習する内容を個人が主体的に選択するリカレント教育とはその点が大きく異なる。

 基本的には、「リスキリングは企業が主体」と理解しておくのがよいだろう。もし社会人マーケットへの進出においてリスキリングのニーズに対応することを考えるのなら、対象とする企業はどのような戦略を持った企業なのかを定め、それにどう合致させるのかについてリサーチが必要だということを留意したい。

働きながら学ぶか、職場から離れて学ぶか

 リスキリングが紹介される際、リカレント教育との対比において語られることも多い。そこでは、違いを強調する意味で、リカレント教育について「本来の意味」として、「一時的に仕事を離れ、大学や教育機関に入り直すこと」とされることがある。

 確かに1973年のOECDのパンフレットでは、教育は「他の活動からある程度の引退と距離を必要とする」とされ、離職を前提としていた。しかしOECDはその後、1987年の報告書以降、経済環境・教育環境の変化に対応して考え方を変更し、働きながらの学習をも念頭においた形でリカレント教育の定義を変容させてきている(出相2021)。

 日本において1992年生涯学習審議会でリカレント教育が定義された際、「職業に就きながら行われるパートタイムの教育を含む」とされたのには、こうした動向を反映してのことであった(同)。

 「リカレント教育は本来の意味では離職を伴う」という解説は正確ではない。特に「働きながら学ぶことを含めるのは日本独自の形」という表現は「本来」を「日本以外の一般」と置くものであり、それは世界での経緯や実態とは異なっている。

「誰に」「何を」の設定のために明確にしておきたい「リカレント教育」の意味

 リカレント教育、リスキリング、職業訓練、生涯学習。社会人の学習、およびそのための教育を示すこれらの言葉は、それぞれの場面で、何かほかの言葉との「違い」を強調するために使用されている。その「違い」をもとに整理してみよう。


画像 リカレント定義チャート


 縦軸としたのは、学習者が自発的に学習実施を決定しているか、所属企業をはじめとした他者からの指示によって決定しているかの軸。横軸としたのは、仕事上の能力向上や視野の拡大をはじめ自らのキャリア課題の解決を目指す学びか、日々の生活を豊かに送ることを目的とする学びかという軸である。

 左上の象限に置かれるのが「リカレント教育」。キャリア課題の解決をめざした自発的な学びである。そのため、人事施策における「キャリア自律」の促進というテーマと親和性が高い。近年の定義の広がりから、ほかの象限に少しずつ張り出してプロットした。

 左下の象限に置かれたのが「リスキリング」。企業が自らの戦略にもとづき社員に行わせる学びであるが、自らが事業主としての感覚を持ち自らを学ばせるという場合があるため上の象限に張り出させた。デジタル化をはじめとする先端分野に学習内容が限定されることが多いため横幅を狭めてある。

 右上の象限には生涯学習を置いた。本来は学習目的を問わないため左上の象限までカバーしている一方で、自発的な学びであることを強調している。

 右下の象限で想定しているのは、地域活動に企業主体で参加する際の学び(お祭りに参加する際の練習など)や福利厚生としての学びなど。

 例えば産業界との連携のために企業経営者との対話を行ったり、社会人を対象とした教育サービスを担ってきた教員との協議を行ったりする際、相手がどのような文脈でこれらの言葉を使用しているのか確認しないままだと、リカレント教育という言葉で生涯学習との違いを強調したいのかそれとも生涯学習の一環であることを示しているのか誤解したままになってしまうリスクがあるだろう。リスキリングにおいても同様である。

 それでは、社会人向けプログラムの企画を行う際、最も大切なターゲット設定=「誰に」や提供価値の策定=「何を」がぶれてしまうことになりかねない(実際、たとえばリカレント教育関連事業への企画提案書を拝見していても、ターゲットとして「受講者・企業」を混在させたまま教育内容や教育方法を記述しているものに出会うことは決して少なくはない)。

 「リカレント教育」に対する社会からの関心は、少しずつではあるものの年々高まり続けている。しかしそれは、「リカレント教育」という言葉を自分とは異なる意味合いで使用している相手が増えてきているということでもある。ヒアリングの相手は「リスキリング」と同様に企業の指示による学習を想定しているかもしれないし、「生涯学習」と同様に分野にかかわらずすべての自発的な学びを想定しているかもしれない。根幹であるプログラムの「誰に」「何を」、すなわちターゲットと提供価値の明確さを失わぬため、本稿の交通整理を活用いただければ幸いである。


【参考文献】
新井郁男1983「学習社会と生涯教育」『教育学大全集8学習社会論』(第一法規)
石原直子2021「リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―」経済産業省「デジタル時代の人材政策に関する検討会第二回」発表資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf
岩崎 久美子2020「「学び直し」に至る施策の変遷」(日本労働研究雑誌No.721)
OECD1974『リカレント教育 : 生涯学習のための戦略』(文部省大臣官房 原著1973)
OECD編著2010『世界の生涯学習』(明石書店 原著2005)
厚生労働省ホームページ2022年6月15日アクセス「リカレント教育」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18817.html
後藤宗明2021「デジタル時代の「企業と個人の共倒れ」を防ぐ「リスキリング」とは?」(SELECK)
https://seleck.cc/1502
坂本清恵2020「大学から見たリカレント教育と実務家教員」『実務家教員への招待』(社会情報大学院大学出版会)
佐々木英和2020「政策としての「リカレント教育」の意義(日本労働研究雑誌)
佐藤 厚2020「日本ではなぜリカレント教育が普及しないのか?―日本とスウェーデンの比較から―」(法政大学キャリアデザイン学部紀要第18号)
澤野由紀子2019「スウェーデン発のリカレント教育と生涯学習」『みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」教育戦略』(ミツイパブリッシング)
田中萬年2005「働く人の「学習」とは何か」『働く人の「学習」論―生涯職業能力開発論第2版』(学文社)
田中萬年2013『職業教育はなぜ根づかないのか―憲法・教育法のなかの職業・労働疎外―』(明石書店)
出相泰裕2021「OECDのリカレント教育の理念と今日の日本におけるリカレント教育の意味」(UEJジャーナル第36号 2021年6月30日号)
https://www.uejp.jp/pdf/journal/36/361.pdf
内閣官房 2018 人生100年時代構想会議「人づくり革命基本構想」
https://www.kantei.go.jp/jp/content/000023186.pdf
内閣府大臣官房政府広報室2021 政府広報オンライン「「学び」に遅すぎはない!社会人の学び直し「リカレント教育」」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202108/1.html
パーソルテクノロジースタッフ2021「人生100年時代に求められる社会人の「学び直し」 リカレント教育注目の背景とメリット」
https://persol-tech-s.co.jp/hatalabo/officework/575.html
久井英輔 2015 「行政セクターによる社会教育」『社会教育の基礎―転形期の社会教育を考える』(学文社)
文部科学省 1981 中央教育審議会答申「生涯学習について」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/810601.htm
文部科学省 1992 第一期生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」
https://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/syakaifukushi/447.pdf
文部科学省 2018 「2040年に向けた高等教育グランドデザイン 用語解説」
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/12/17/1411360_6_1.pdf
ラングラン,ポール 1971 『生涯教育入門 第二部』(波多野完治訳 全日本社会教育連合会 原著1968)



(2022/07/08)