学ぶと働くをつなぐ[36]「学生IR」で 学生の主体的な学びと教育改善活動を推進/横浜国立大学

横浜国立大学キャンパス


 横浜国立大学では2008年度前後から教育改革に着手。いわゆる3ポリシーにFDの推進を加えた「YNUイニシアティブ」の策定、「YNU学生ポートフォリオ」システム導入等を経て、2014年度に大学教育再生加速プログラム(AP事業)テーマI「I 学修成果の可視化」に採択された。

 事業は4つのフェーズからなり、フェーズ1は「授業設計方法と成績評価の改善」による教育課程の体系化。フェーズ2は学士力、フェーズ3が就業力の可視化。フェーズ4は、学生が自分の学びを振り返るポートフォリオの仕組みを構築し、主体的に学修行動改善PDCAサイクルを回すことを目指す。AP事業の実施責任者の谷地弘安理事(教育・情報担当)・副学長と実施主担当の市村光之大学院教育強化推進センター教授にお話を伺った。

学士力と就業力、2つの視点での可視化

 谷地氏は、「学士力と就業力と、2つの視点での可視化」が独自性の1つと言う。学士力の可視化は、ディプロマ・ポリシーで定義した4つの実践的「知」に沿って、就業力の可視化は、経済産業省の社会人基礎力をベースに、オリジナルの自己チェックシートをそれぞれ作成した。

 また「学生の主体的な学びがフェーズ4の目標であり、教学改革全体の目標」と説明する。そのためにこのフェーズでは、学士力・就業力の可視化ツールを含む学生プロファイル機能を独自開発し、既存の「YNU学生ポートフォリオ」を改修して組み込んだ。

 学生が履修登録を学生ポートフォリオシステムで行う際、まず「学生プロファイル」が表示され、学士力または就業力の自己チェックシートを入力しないと、履修登録の画面に進まない。「全数調査ができていることは大きな強み。また、GPA等ここで収集した以外のデータと紐付けた分析もできます。これらのデータを活用して、AP事業の一環として『学生IR』を推進しました」(市村氏)。

 横浜国立大学では、より学生にフォーカスしたIRというコンセプトで、「学生IR」と呼んでおり、谷地氏は「データを収集・分析して教育改善に結びつけ、学生が主体的に学ぶようになることで、高大接続、学部教育、大学院教育、社会からの要請、それぞれでの質保証の課題を克服できないか。学生IRはそういった考えに基づいています」と語る。

 学修成果の可視化に関して、「あくまで学生が主体的な学びを構想するための基礎データ」という強い姿勢もこの事業の特徴で、学生の個人データを教員が閲覧することはできない。「本学のポートフォリオの本来の目標は、主体的な学びの醸成であり、教員が見るとなると、ツールの意味が変わってしまう。導入時に意見を聞いたところ、『教員に見てもらった方が書くのにも励みになる』という学生もいましたが、『教員に見せる前提だったら本音は書かない』という学生も多かったのです」(市村氏)。


学生IR:高大接続から学部教育、大学院教育、卒業後まで、学生にフォーカスし一貫して見通すIRシステムの構築


攻めのFD活動で学内への浸透を目指す

 事業を推進していくにあたっての懸念は、学内でAP事業が「他人事」と捉えられがちなことだった。そこで、事業全体の実施体制として、副学長(教育担当)を議長とし各学部の教務担当委員長が参画する「大学教育再生加速プログラム会議兼YNU教学マネジメントチーム」、通称「APチーム」を設置。各学部とAPチームとがつながることで、取り組みをプロジェクトメンバーに閉じずに、学内に広げていく体制を作った。

 また、年に2回、各学部の教授会の中で短時間のFDセミナーを開いた。「セミナーを企画して待っていても、来てくださる教員は少ない。皆さん多忙ですから。そこで、多くの教員が集まる教授会に出向く『攻めのFD活動』をしました」(市村氏)。

教育改善のPDCAが自然に回るように

 横浜国立大学はAP事業テーマIIの採択8校中唯一のS評価を得た。その成果を市村教授は「全学生が、学士力・就業力という複眼で自身の学修成果を確認できるようになった。教員は、全数調査のデータを基にして議論し、FDに活用できるようになった」と総括し、「高大接続から卒業後までの学生IR体制の確立も、1つのモデルとして有益と思っています」とも言う。学生IRによる具体的な分析結果や得られた知見も、取り組み成果といえるだろう。一方で、その分析結果をいかに教員に活用してもらい、どう教育改善に結びつけていくかが、次の課題だ。

 もう1つの課題は、最大の目的である「学生の主体的な学びのデザイン」をいっそう推し進めるための施策だ。補助期間終了後の事業継続そのものともいえる。「例えば学生ポートフォリオの中に、学業や学業以外で頑張ったこと等を学期ごとに自由記述する『振り返りシート』があります。就職活動でもよく聞かれる項目を1年次から記録し、考えてもらう意図です。仕組みの構築はできましたので、今年度からポートフォリオの利用実態の把握と活用促進に着手したところです」(市村氏)。

 補助期間終了後の展開としては、大学院教育の改善がある。2021年度に大学院にも学生プロファイルを導入し、学部生と共通の就業力可視化を行っている。加えて、「ものの考えかた、価値観、信念など学生本人が自覚しにくい意識面の傾向を測定する心理アセスメントのBEVIを試行導入し、学修成果の可視化を補完している」という。

 谷地氏はAP事業を振り返って次のようにまとめた。「APで取り組んだ内容は、特別なイベントではなく、当たり前のこととして学内に浸透しています。しかしそれが単なるルーチンになってしまわないのは、市村先生らのチームが、弛まず改革を進めていく意思を持って色々な仕掛けをしているからです。組織の整備も進めていますが、現場での先生方のこうした働きが合わさってこそ、教育改善のPDCAが回っていくと思います」。



(文/リアセックキャリア総合研究所 松村直樹)


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