大学を強くする「大学経営改革」[97]大学のガバナンス改革の目的と方法を問い直す──学校法人制度改革を巡る議論を踏まえて 吉武博通

吉武 博通氏

繰り返されるガバナンス改革に関する議論

 文部科学省の大学設置・学校法人審議会の下に置かれた学校法人制度改革特別委員会は、2022年3月に「学校法人制度改革の具体的方策について」を取りまとめた。

 それに基づいて、文科省は「私立学校法改正法案骨子案」に対する意見募集を行い、提出意見を踏まえた修正を経て、5月に「私立学校法改正法案骨子」をまとめている。

 本稿執筆時点では法案提出に至っていないが、秋以降、速やかに法案提出できるように法制化作業を進める意向と報じられている。

 私立学校法については、役員の職務及び責任の明確化、情報公開の充実、中期的な計画の作成、破綻処理手続の円滑化を柱とする改正法が、2020年4月に施行されたばかりである。

 この改正を定着させていくことに注力すべきときに、新たな改革案の検討が進められたことに対する私学関係者の戸惑いは想像に難くない。「改革」の名の下に次々に政策が示され、それに翻弄され続けている近年の大学を象徴する出来事ともいえる。そこで、改めて今回の改革の経緯を振り返ってみたい。

 2020年4月施行の改正法の法案審議において、「学校法人における自律的なガバナンスの改善に資する仕組みを構築するため、理事長の解嘱に関する規定の追加を検討する等、社会の変化を踏まえた学校法人制度の在り方について不断の見直しに努めること。また、学校法人の不祥事が繰り返されることのないよう、より実効性のある措置について速やかに検討すること」という附帯決議が衆議院文部科学委員会でなされている。参議院文教科学委員会でもほぼ同じ内容の附帯決議が行われている。

 もう一つは「経済財政運営と改革の基本方針2019」(骨太方針2019) である。その中で「公益法人としての学校法人制度についても、社会福祉法人制度改革や公益社団法人・財団法人制度の改革を十分踏まえ、同等のガバナンス機能が発揮できる制度改正のため、速やかに検討を行う」との方針が明記されている。

 附帯決議と骨太方針という2つを受ける形で、文科省は2020年1月から「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」を開催。同会議は2021年3月に「学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取組の基本的な方向性について」をまとめた。

 その後、同年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2021」の中で、「手厚い税制優遇を受ける公益法人としての学校法人に相応しいガバナンスの抜本改革につき、年内に結論を得、法制化を行う」との方針が示された。それを受けて、文科省は7月に「学校法人ガバナンス改革会議」を設置。同会議は12月に「学校法人ガバナンスの抜本的改革と強化の具体策」をまとめた。

 これに対して、即座に日本私立大学団体連合会と日本私立短期大学協会が連名で、学校法人のガバナンスの基本構造を変更するという極めて重要な議論が拙速かつ教育現場関係者の声を反映させることなく進められたことに対する遺憾の意を表明。広く報じられたことは周知の通りである。

 このように複雑な経過を辿って私立大学のガバナンス改革が論じられている背景に何があるのか、現状において真に解決されるべき本質的問題は何か、現在示されている骨子案を前提にした場合、如何にすれば改革の実効性を高めることができるか、といった論点について、順に考えてみたい。

成長戦略と行財政改革の2つの文脈

 文部科学大臣の諮問を受けた審議会で議論が交わされ、答申を経て政策が実行に移されるという従来のプロセスに、経済財政諮問会議をはじめ内閣府や官邸に置かれた会議で示された方針・提言が強い影響を及ぼすようになった近年、ある時は成長戦略、ある時は行財政改革等、時々の文脈の中で大学、そしてそのガバナンスが論じられるようになってきた。

 ちなみに、骨太方針2017では、第2章「成長と分配の好循環の拡大と中長期の発展に向けた重点課題」の中の「人材投資・教育」において、骨太方針2018でも、第2章「力強い経済成長の実現に向けた重点的な取組」の中の「人材への投資」において、大学のガバナンスについての言及がなされている。

 一方、骨太方針2019では、第3章「経済再生と財政健全化の好循環」の中の「次世代型行政サービスを通じた効率と質の高い行財政改革」の中に既述の文章が盛り込まれている。

 成長のためには人への投資とイノベーションがとりわけ重要であり、その両方に深く関わる大学に期待が高まるのは当然の成り行きである。その一方で、いわゆる10兆円ファンドを巡る議論を聞く限り、経済成長やイノベーションと大学を短絡的に結びつけていることに疑問を感じざるを得ない。

 また、ガバナンスを強化することが、教育の質の向上や研究力の強化に如何なる道筋で繋がるのかについても、十分に示されているとはいえない。

 もう一つの行財政改革の文脈における大学のガバナンスの問題であるが、国公立大学についてはいうまでもなく、私立大学においても国から補助金が投入され、税制上優遇措置がとられている以上、それにふさわしい公正で透明性の高いガバナンスが求められるのは当然である。

 そのために、私学法の改正を重ね、ガバナンスに関わる制度を整備・充実させてきたはずだが、これまでの取り組みをどう評価するのか、仮に問題があるとすれば、それは制度によるものなのか、運用によるものなのか等、あるべき姿と実態を比較しながら、丁寧に検証する必要がある。

 国は、近年EBPM(Evidence Based Policy Making)を重視し、大学も様々な場面でエビデンスを求められるようになってきた。法改正に基づき実施された制度改革が如何なる効果をもたらしたか、一定の時間をかけ、客観的な検証を行ったうえで、次の政策に活かすのは国の責務である。

根強い不信、不祥事の発生、企業統治の動き

 国公私立を問わず大学のガバナンス改革が頻繁に俎上にあがるのは、政治・行政の関係者や企業経営者の中に、法人経営や大学運営に対する根強い不信感があるからだと思われる。

 さらに、学校法人のガバナンス不全を広く社会に印象づけるのが不祥事の発生である。元理事及び前理事長が逮捕・起訴された日本大学では、第三者委員会が226ページに及ぶ調査報告書を公表している。その中では、理事長の意向が役員選任に反映しやすい制度・慣行、理事会に外部人材が極めて少ないこと等、評議員会や理事会の監督機能の不全が、理事長の専制的な体制を許す原因となったとの認識が示されている。

 企業統治を巡る動きも大学にガバナンス改革を促す要因となった面もある。2015年にコーポレート・ガバナンスコードと日本版スチュワードシップ・コードを両輪とするガバナンスの仕組みが整ってからほどなく、大学にもガバナンスコードの制定が求められるようになったのは象徴的な出来事である。

 ガバナンスに関して、企業に学ぶ点は少なくないが、組織の目的や性格が異なるうえに、コーポレート・ガバナンス改革も、1990年代後半以降、市場や投資家から催促されながら、近年になってようやく形が整ってきたとの見方もできることは踏まえておくべきであろう。企業と大学のガバナンスを比較して、単純に優劣をつけること等できない。

問われる理事長・理事の見識、姿勢、言動

 ガバナンスの本質は「規律づけ」であるとの認識に基づいて、本連載でも大学のガバナンスについて論じてきた。学校法人であれば、「学生・生徒、卒業生、保護者、教職員、地域・社会等多様なステークホルダーの立場から法人経営を規律づけること」がガバナンスの目的となる。

 近年、ガバナンスには、「攻めのガバナンス」と「守りのガバナンス」があり、その両方を機能させることが重要と説明されることがある。「守り」が不公正な業務執行の防止を意味するのに対して、「攻め」は組織を持続・発展させるための戦略的経営を意味し、ガバナンスにはそれを促す役割があるという考え方である。

 2022年5月に文部科学省が示した「私立学校法改正法案骨子」では、目的を「学校法人における円滑な業務の執行、幅広い関係者の意見の反映、逸脱した業務執行の防止・是正を図るため、理事、監事、評議員及び会計監査人の選任及び解任の手続、理事会及び評議員会の権限及び運営等の学校法人の管理運営に関する規定を整備するとともに、特別背任罪について定める」としている。

 攻めと守りに明確に色分けできるほど経営は単純ではないが、逸脱した業務執行の防止・是正を徹底しつつ、多様なステークホルダーの意見を聴き、円滑に業務を執行することで、社会に支持される大学として発展させることが、法人経営を担う者の責務であり、これに対する規律づけがガバナンスである。

 理事長を中心とするトップマネジメントが、このことを絶えず意識して業務執行に当たるとともに、日々の言動を通して、その考えを組織内に浸透させることが何よりも大切である。その積み重ねによって健全な組織風土が醸成されていく。

 加えて、規律づけのメカニズムを構築し、法人の内外に明快に示すとともに、それが適切に機能するように絶えず点検・改善を図っていく必要がある。ガバナンスが機能するかどうかは、理事長を中心とするトップマネジメントの見識、姿勢、言動にかかっているといって過言ではない。

 視点を変えると、この点を、理事長や理事の選任に関わる者、業務執行を監視・監督する者が見極められるかどうか、そして不適切または不十分だと認めた場合、それを指摘し、是正を促すとともに、状況次第で理事長や理事を交代させることができるかが、ガバナンスにとって決定的に重要といえる。

評議員会を実質的に機能させられるかが成否の鍵

 私立学校法改正法案骨子では、基本的な考え方として、「執行と監視・監督の役割の明確化・分離」と「建設的な協働と相互けん制」を明記している。

 評議員会を最高監督・議決機関とすることを提案した学校法人ガバナンス改革会議の結論からは後退したとの見方もあるが、主に執行は理事会、監督は評議員会として、上下関係ではなく、建設的な協働と相互けん制を図るという考え方は、現状に比べて大きな変化であり、具体的な制度設計と運用次第で実効性も十分確保できると思われる。

 また、理事長の選定・解職を理事会が行うこと、理事の選任を行う機関として評議員会その他の機関を寄附行為で定め、評議員会以外の機関が選任を行う場合も評議員会の意見を聴くこと、外部理事の数を引き上げること、監事の選解任は評議員会の決議によって行うこと等が示されている。既に寄附行為をもって同様の方法を採っている法人もあるだろうが、「執行と監視・監督の役割の明確化・分離」を法的に担保するという点で妥当な措置といえる。

 学校法人が最も苦慮すると考えられるのは評議員会の構成と運営である。理事と評議員の兼職が禁止されるため、評議員の確保を危惧する声もあるが、「理事の定数の二倍の数を超える数」とされている現行の下限定数が、理事の定数を超える数まで引き下げられるため、数の確保が今以上に難しくなるとは考えにくい。より重要な課題は、新たな評議員会の位置づけと役割にふさわしい人材をどう選任するかである。

 また、理事長や理事が構成員でない評議員会が実際にどう運営されるのか、戸惑いもあると思われるが、理事長や理事が説明者として出席し、方針を述べ、成果を報告する場を、緊張感があり、同時に率直に話し合える場として実質的に機能させられるかが、本改革の成否の鍵といって過言ではない。

 この点において、評議員会の議事運営を主導する議長とそれを支援する事務局の役割は重要である。議長と事務局には、新たな制度における評議員会の位置づけや役割に関する十分な理解と、これまでにも増した主体的な判断や行動が求められる。

決め手となるのは「ガバナンスの見える化」

 ガバナンスを機能させるために、組織や制度を変えることは必要だが、新たな組織を動かし、制度を活かすための運用についても同時に考えておく必要がある。組織・制度をハード、運用をソフトとすると、ハードとソフトが揃って初めてガバナンスが機能することになる。

 このソフトに大きな影響を与えるのは、理事長をはじめとするトップマネジメントの考えと姿勢である。事務局機能を担うスタッフの意識や能力も運用の巧拙を左右する。改革の意味を十分に理解しないまま、手続きに則り、形式を整えるだけでは、ガバナンスは機能しない。

 もう一つ強調したいのはガバナンスとマネジメントの関係についてである。具体的には、ガバナンスが強化されれば、戦略的経営、適正で効率的な運営等マネジメントの質が高まるという、一方向の関係ではないということである。

 ガバナンスを機能させるために不可欠なトップマネジメントの考えや姿勢、スタッフの意識や能力、組織風土等は、日々の業務遂行、職場内の関係、人事施策等を通して形成されていくものである。マネジメントの質が、ガバナンスの質を決める部分も大きいことを理解しておく必要がある。

 ただ、これではガバナンスとマネジメントの間に双方向の行き来があるだけで、どちらの質も高まらない可能性がある。その解決の決め手は「ガバナンスの見える化」である。

 機関別認証評価において内部質保証が重視されているのと同様に、ガバナンスに関するトップの考え方と具体的なメカニズムを、理解しやすい形で可視化し、公開するのである。

 自らを晒すことで経営に緊張感が生まれ、評議員や監事のみならずステークホルダーの監視の目も生きてくる。

 繰り返される改革に戸惑う前に、社会に信頼され、支持されるために何が必要かを、それぞれの学校法人が自ら考え、ガバナンスとマネジメントの両方の質を高め、その姿を広く示していく必要がある。


実効性の高い真のガバナンスの確立に向けて(概念図)



(吉武博通 情報・システム研究機構監事 東京家政学院理事長)



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