DXによる新たな価値創出[3]MDASHリテラシープラス採択プログラム 「地域課題解決型AI教育プログラム(リテラシー)」/久留米工業大学

久留米工業大学キャンパス


久留米工業大学 
小田氏、河野氏

高い研究力で築く新たな大学ブランディング

 久留米工業大学は自動車工学を有する短大を母体とし、産業界のニーズを踏まえたエンジニアリングを大学の中核に置く大学だ。2015年には自動運転やAI等の先進モビリティ技術を研究する“インテリジェント・モビリティ研究所”を発足。さらに交通機械工学科に先端交通機械コース(現在は航空宇宙システム工学コース・モビリティデザイン工学コース)を新設し、教育体制も整えた。これらの取り組みが高く評価され、2018年の文科省私立大学研究ブランディング事業に採択。「この採択が、大学のイメージを見直すきっかけになりました」と、情報ネットワーク工学科教授で学長補佐の河野 央氏は話す。「本学は地元地域に受け入れられているのか、そもそも地域の方々にどう思われたいのかを起点として、地域と一緒に学生を育て、地域に高い研究技術を実装させていく大学の方向性が明確になっていきました」。そうしたなかでのMDASHリテラシープラス採択。その先導役となったのが、AI応用研究所副所長の小田 まり子氏である。

 小田氏は全学のAI教育支援を担当し、MDASH採択プログラムの軸足である「地域課題をAIで解決する」を考案した人でもある。研究所に持ち込まれる多様な課題にヒントを得た発想だという。「主に技術的な相談を受けますが、明確に『この技術でこれをやりたい』と決まっている場合は少なく、目的からするとAIが解決方法として適切でもないものも多い。何か共同研究を始めるよりも、会話・壁打ちしながらブラッシュアップしていく工程が必要なことが多いのです。こうした一連のプロセスに教育を絡めることができれば、学生は技術力の向上と実装の経験ができ、地域の方々と協働しながら取り組むことでコミュニケーション力等の社会人基礎力も鍛えられる。一挙両得の機会と捉えました」。

 また、課題解決の現場で活躍する技術者のあり方を学生が考える機会としても貴重だという。「現場で重要なのは、技術を理解したうえで、『その技術を使ってどうやって目的を達成するのか』を描き、マネジメントできる人です。そうしたプロジェクトマネジメント人材が地域に圧倒的に足りていないのです」。持ち込まれる様々な課題の多くがマネジメント人材の不足に起因しており、それが真の地域ニーズだからこそ、久留米工大は数理・DS・AI領域のマネジメント人材育成をうたい、その方法論として教育を設計するのである。入試広報委員長でもある河野氏は、「大学ブランディングの観点からもAIを軸にした教育改革を進めていきたい」と話す。

AIを用いた地域の課題解決を学生が担う

 では、MDASH 採択プログラムの具体を見ていこう。プログラムの最終目標は「AIで地域課題解決ができる人材育成」であり、そのために、①AI関係コア科目の設計(図1)、②地域課題解決を行う産学連携プロジェクト型学習やインターンシップで実践力を鍛えるという2点を整備した。


図1 地域課題解決型AI教育プログラムのコア科目


 ポイントは2つある。まず、工学部にとってのリテラシーレベルを決めたことだ。「エンジニアリング領域の大学であるからには、座学のみならず、手を動かして課題解決する経験を多く積ませたい。そのためには、リテラシーレベルであってもプログラミングが必須と考えました」(小田氏)。文科省のモデルカリキュラムはどちらかというと「文系の学生でも必要なリテラシースキル」が前提になっているが、それでは工学部にマッチしない教育プログラムができてしまう。そのため、「結果的にリテラシーレベルのオプション内容を多く含む教育プログラムでリテラシー申請をしました」と小田氏は言う。

 次に、4年間の体系化されたカリキュラムを組んだことである(図2)。1年次のリテラシー科目と2年次の応用基礎科目を全学必修にし、基礎を固めたうえでAI実装経験を豊富に積む設計となった。4年の卒業研究までにAI関連のスキル修得と地域連携、インターンシップが1つに編み込まれていく仕組みで、専門教育にAIをつなげ、将来を見据えたスキルセットとしてAI科目と卒研が位置づけられている。地域・社会連携はその手段でもあるのだ。

 なお、2年次から始まるAI活用演習の地域課題解決PBL(選抜クラス)は、学生の希望と1年生の成績などを踏まえて参加者が選抜される。2021年度は地域から寄せられたテーマから6つを選び、 31名の学生が(地域をフィールドにした)PBLに挑戦した。2022年度は希望者が倍以上殺到しており、どのように差配するか頭を悩ませているところだという。さらに、2022年度からは、「モノづくり実践プロジェクト」においても地域課題解決型教育を実践し、デジタル・AI・専門分野(ものづくり)の掛け合わせによる高度専門人材の育成を目指す。「在学中に全員が何かしらの地域課題解決に係ることが理想です」と小田氏は言う。

 必修にしているなか、内容についていけない学生が出てくる可能性をどう考えたのか。「工学部の学生としての実践力を身につけることを目指していたので、レベルを落とすことは考えていなかった」と小田氏は振り返る。その代わり、TA・SAの配置、学生対応用にLINE AIチャットボットをSA学生が開発する等、学修支援を手厚くした。先輩が作ったツールだと知れば後輩学生は自分の未来の姿を想像して学習意欲も高まる。AI自体も使われることによってどんどん賢くなるというわけだ。リソースの限られている小規模校でありながら多様な展開ができるのは、こうしたワンソースマルチユースの工夫が随所に見られることと無関係ではないだろう。


図2 AI教育のカリキュラム概観


学生の活躍フィールドをグローバルにも広げる

 久留米工大の育成人材像は「地域課題解決力を持ったグローバルなAIエンジニア」である。「AI教育では、遠隔会議システム等のデジタルツールをよく使いますが、それであれば地域に限らず、海外もフィールドにできるはず。学生の活躍するフィールドを広げ、様々な経験を積むことでブレイクスルーできるのではないか」と小田氏は言う。そうした想いで2021年から始まったのが、海外協定校へのバーチャル留学だ。従前は海外協定校に出向いての語学留学だったが、コロナ禍でバーチャル化したことを契機に、一般のバーチャル留学とは別に「AIエンジニアコース」を開設した。AIを用いた地域課題解決を題材にプレゼン・ディスカッションする内容にしたことでバーチャル留学の参加者も増え、「もっと専門的な英語力を高めたい」といった声につながった。これまでの留学では関与しなかった先方のAI専門家も「AIエンジニアコース」のバーチャル留学に協力してくださるようになったことも収穫であり、現在、AI教育と連携した英語教育をプランニングしているところだという。

 「本学は工学部なので、英会話に積極的な学生は決して多くない。それでも、学生に伝えたいことがあれば、苦手な英語も勉強したいと思える。だから我々は『AI』『地域課題解決』というテーマをまず設定し、場を広げることで、彼らの意欲を喚起したい。英語を身につけて、どこでも活躍できる人材になってほしいのです」と小田氏は意気込む。そうした経験が、グローバルで活躍するのに不可欠な「コミュニケーション力」「違いを尊重する力」、あるいは自分の経験を異なるフィールドに応用するための「抽象化・構造化する力」のトレーニングにつながっていくのではないか。ひいては前述した「マネジメント人材」へのスキルセットと合致していくのではないかと大学は期待している。

リアルとメタバースの融合による新たな教育の創造へ

 最後に今後の方向性について伺った。まず、既に展開している応用基礎レベルの教育プログラムについてはMDASHに申請中である。また、それとは別に、文科省「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXを牽引する高度専門人材育成事業」にも2022年3月採択された。これは、数理・DS・AIと地域産業との組み合わせによる教育を専門教育にさらに発展させ、“3次元仮想空間”(メタバース・ラボ)と“現実空間”を組み合わせた先駆的な教育手法で、新たな「地域課題解決型教育」を創っていく試みだという。「先ほどのグローバルと同じで、離れた場所にいる者同士がメタバースでPBLに取り組むことも考えられる。メタバースは、障害のある方や女性の活躍の場を広げる可能性もある」と河野氏は期待を寄せる。オンライン会議システムでは難しかったセレンディピティ(多様な価値観を持つ人との偶然の出会い)の確保にもつながり、エンジニアリングの環境としても飛躍的に変化する可能性がある。

 リアルとメタバースの融合による新たな教育の創造。次代に向けたチャレンジが、既に始まっている。


(文/鹿島 梓)


【印刷用記事】
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