在校生と教員が企画・運営する「高校生オンラインゼミ」 高校生に響く「ここにしかない学び」の体験/武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部

 日本初の「起業家精神を学ぶ学部」として2021年4月に新設された武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(EMC)。起業家精神を持つことの意味を伝えるとともに学部の雰囲気に触れてもらう場として参加型セッション「武蔵野EMC高校生オンラインゼミ」を1期生募集中の2020年5月から継続的に実施し、ロイヤルティの形成につなげている。EMCの募集コミュニケーションの基本的な考え方や「高校生オンラインゼミ」の効果について学部長で、企業内大学「Zアカデミア」学長等も務める伊藤羊一氏に伺った。

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長 伊藤羊一

ターゲットを絞り込まず、多様な人材を呼び込む

 EMCでは1学年の定員60名に対し、教員数30名。伊藤氏を筆頭にほとんどが現役実務家で、外資系大手企業を経てほぼ日取締役CFOを務め、現在はエール取締役の篠田真貴子氏や農業テックで地域を盛り上げるGRAほか6つの法人のトップを務める岩佐大輝氏等、名だたる起業家や経営経験者が教壇に立つ。「社会で活躍する教員達がEMCでやろうとしていることや、その姿を伝えれば、必ず学生は集まると考えていた」と伊藤氏は開設準備期を振り返る。

 EMCが募集コミュニケーションにおいて実行したのは「網を広く掛けること」。「YouTube」「TikTok」といった複数のSNSや学部Webサイト、情報誌、新聞広告、出張授業、講演会等あらゆるチャネルを活用して学生や保護者との接点を増やし、必要とされる情報を都度判断して発信。「受験生獲得」ではなくEMCに興味や関心を持つ母集団の形成を目指し、学部の学びや教員の姿を伝えることに重きを置いた。

 ターゲットや媒体を絞り込まなかったのは、「どんな高校生にどんな広報ツールでどう伝えればいいのか、鉱脈がどこにあるのか分からなかったから」と伊藤氏。「SNSネイティブ」「社会課題に敏感」といった一般的な高校生の特徴は把握していたが、実際には色々な高校生がいる。EMCは新しいコンセプトを持つ学部で既存の受験マーケットの枠組みに収まらない可能性を秘めており、ポテンシャルを最大化するにはターゲットを絞り込まないほうがいいと判断したのだろう。実際、入学した学生の高校、地域等の属性や関心領域は多様で、「EMCを最初に知った媒体」の種類も幅広い。

「社会の面白さを伝える場」として「高校生オンラインゼミ」をスタート

 「高校生オンラインゼミ」も数ある接点のひとつで、戦略的に実施したものではなかった。「開設準備中にコロナ禍になり、学ぶ場をなくした高校生に社会の面白さや学ぶことの楽しさを伝えたくて企画したのが始まり」と伊藤氏は説明する。1回目のテーマは「私たちはどう生きるか」。高校生以外も参加でき、「Zoom」で双方向のやりとりができるほか、「YouTube」でも中継。アーカイブも残すスタイルにした。1年目は21名の教員が登壇し、12月までに13回実施。教員による講演や対談のほか高校生との少人数対話会も行って好評で、のべ612名が参加した。また、1期生の入試の受験生には「高校生オンラインゼミ」参加者が多く、特に受験生の主体性が評価される総合型選抜では45%が参加者だった。

 EMCが目指すのは“起業家精神を持つ人材”即ち“自ら行動し、社会に価値を提供できる人材”の育成であり、そうした人材になるために重要な主体性を持つ高校生が「高校生オンラインゼミ」を評価していることに着目。「高校生オンラインゼミ」が募集コミュニケーションにおいても大きな意味を持つことを認識し、2年目はそうした高校生に響く場とすることを意識して企画し、6回実施。1期生が教員とプロジェクトチームを組んで運営を担当し、登壇して受験生の疑問に答えたり、各種SNSによる情報発信も担った。その姿を見てEMCに関心を持った2期生もいるという。


写真 オンラインゼミの様子


心理的安全性の高い場を作る

 「『高校生オンラインゼミ』等で見られる今の高校生と“昭和世代”との大きな違いは、先入観のない“フラットな感覚”。様々な社会課題についても『大事だよね』と自然体で受け止めている」と伊藤氏。例えばEMCの教員についても保護者層の中には肩書きや名前で関心を持つ人もいるが、高校生は反応しない。一方で、教員の名が知られているのは成果を出しているからであり、その「成果」にフォーカスして発信すれば高校生も身を乗り出すという。

 また、フラットな感覚を持つが故に保護者世代に根強い「有名大学に入り、大企業に入るのが正解」という価値観との間での葛藤が見られることも今の高校生の特徴という。他方、EMCでは開設準備期から一貫して「自分の人生は自分で創る」というメッセージを打ち出してきた。「高校生オンラインゼミ」ではそのメッセージを実践する教員や在校生が高校生と対話する。フラットな感覚を持つ高校生にとって心理的安全性が高く、『ちょっと話を聞いてみよう』と思える場であることが、参加者の高いロイヤルティにつながっているのだろう。

 最後に募集広報の「鍵」を問うと、「学びの内容を磨くことに尽きる。満足度の高い大学生活を送る在校生の姿がキラーコンテンツ」と伊藤氏。小手先の手法にとらわれないEMCのコミュニケーションのあり方から学ぶべきことは多い。


(文/泉 彩子)


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