新たなチャレンジの連続で若者の心をつかむ/近畿大学 世耕石弘

2022年度まで志願者数9年連続トップを誇り、毎年8000人以上の新入生を迎える近畿大学。
まさにZ世代ど真ん中の若者の心をつかんでいるといえるだろう。広報が注目されがちだが、
入学前、入学後を通じて様々なチャレンジを行っていることは注目に値する。
この世代とのコミュニケーションにおいて、何に目を向け、どのように戦略を考えているのか。
世耕石弘経営戦略本部長に、その考え方を伺った。


近畿大学 世耕石弘氏


大学も鉄道業界もブランド価値感は似ている

――世耕さんは近畿日本鉄道(以下、近鉄)の広報という一般企業での仕事をご経験ののち、近畿大学に転職されています。まず最初に、一般企業と比べたときに大学のコミュニケーション戦略はどのように見えましたか?

 最初に感じたのは、大学も鉄道業界もブランド価値観が似ているということです。近鉄は日本の私鉄では路線の長さでも事業規模でも、最も大きな鉄道会社ですが、庶民的なイメージです。一方、阪急電鉄は近鉄よりも規模は小さいけれど、宝塚歌劇団の創設や、小説・映画のモチーフになる等、ブランドづくりやコミュニケーション戦略に力を入れ、別格視されています。つまり規模の大きさがすべてではなく、ブランドというものを決してばかにしてはいけない。このことを思い知らされてきました。

 これは大学に来た時にも「似ているな」と感じました。今、大学は少子化という流れの中で戦っています。伝統や教育体制や研究ももちろん大事ですが、それだけでは勝てない。人に伝わる大学のイメージを作っていくことも大切です。近畿大学が勝ちぬくために、コミュニケーション戦略で勝たせていこう、それが私にできることだと思って取り組んできました。

――大学の学生募集におけるコミュニケーション戦略のターゲットはどのように考えていますか?

 大学の場合、ターゲットとしては受験生、高校の先生、生徒、保護者、おじいさん、おばあさんも入ってきます。しかし、入学する大学はやはり最後は受験生が自分で決めています。彼らが気に入らなければ進学の選択肢にも入れないんですよ。ですから、ターゲットは高校3年生の18歳に絞りこんで考えていますね。絞り込むことで、尖った戦略もとることができます。

――18歳の若者にターゲットを絞り込むと、コミュニケーション戦略が彼らに刺さらなかったときのリスクが高くなるイメージもあります。特に近畿大学は毎年8000人というボリュームで新入生を受け入れていて、戦略が失敗すると痛手を負う可能性も考えられます。戦略を立てるときに注意していることはありますか?

 本来であれば、戦略を立てる際に18歳の高校3年生に話を聞いたり、アンケートをとることができればベスト。ですが、それは難しい。そこで近畿大学では、毎年全新入生にアンケートやヒアリングを行っています。高校生に感覚が一番近い彼らの意識をつかみ、その結果を見ながらディスカッションして、より精度の高い戦略につなげるようにしています。

画像 近大マグロを使った広告

 アンケートは入学後すぐに行っています。近畿大学のポスターの印象は?大学案内は見ましたか?大学のホームページはどうでしたか?等、コミュニケーション戦略に対する感想を聞く。さらに、学生を絞り込んで大学案内を見てもらい、どのページや企画がよかったかのヒアリングを行ったり、どのような大学案内があったらいいかとことん議論してもらうといったことも行っています。

――近畿大学といえば近大マグロを打ち出した広告など、様々な面でかなり振り切った戦略を実施しているように見えますが、エビデンスやデータをもとに議論して試行錯誤して進めているのですね。毎年のアンケートから最近の18歳の傾向として、意外だったこと、新しく気づいたことはありましたか?

 世の中のコミュニケーションツールは紙からSNS等に移行していますが、実は彼らはまだまだ紙の印刷冊子をよく見ています。一般的には「今の若者は紙なんか見てないよ、スマホしか見ないんだ」と言われていますが、意外と紙媒体も見ているんです。

 オープンキャンパスの案内もHPやLINE、ツイッターでも大々的に告知しましたが、アンケートをとると、ここでもDMが見られていました。

 「若者はスマホしか見ない」という世の中の思い込みの情報だけを信じていると、間違える可能性があるということですね。

大学の売りを見つけ、成功したら続けていく

――もうひとつ、彼らに大学の何を打ち出していくかということも大切です。従来の偏差値で語られるようなグルーピングの価値観を変えていくために、その大学ならではの付加価値を打ち出す必要があります。近畿大学ではどのように「強み」を作っていったのでしょうか?

 近畿大学の最大の特徴は「大阪にある」ということです。それも町工場が多く下町風情のある東大阪。京都や神戸にあるような「おしゃれなイメージ」の大学や、国立大学のような「偏差値の高い」大学とは違う軸を考えたとき、それが「コミュニケーション能力が高い」「チャレンジ精神がある」ということでした。これは東大阪という町の雰囲気からも生まれているものです。さらに初代総長世耕弘一は、設立当初から「総合大学」と「大衆大学」をつくる、という目標を掲げており、大阪の「オモロイ」を入れていくことで強みとなるのではないかと考えました。

 そういったところから生まれたのが近大マグロをモチーフにしたコミュニケーション戦略です。成果が出るまで32年もかかりながら、他の魚を売ったお金で資金を補填することで研究が続けられた近大マグロ。チャレンジ精神や近畿大学の教育理念である実学教育を体現した研究です。さらに、マグロは美しく、デザイン性もある。そして見る人によってはおいしそうと思えます(笑)。ここまで色んなことを妄想させるものはありません。近大マグロを打ち出した広報は話題になり、学内では、広報の「奇跡の宝物」と言っています。

 実はマグロの研究については過去の大学案内にも載っていたのですが、私が大学に来たときには「うちの大学はマグロだけじゃない」と言われて外されていました。しかし、これほどおもしろく、わかりやすい研究成果はない。過去にもずっと大学案内に載せてきたからもういいのではという話もありましたが、募集広告のターゲットは18 歳ですから、毎年総替わりします。次の世代の高校生は知らないかもしれない。1つの世代をターゲットにするなら同じことをやり続けることも戦略としてあるわけです。他のビジネスではありえないことかもしれませんね(笑)。

重要となる入学後のモチベーション維持

――大学は入学がゴールではありません。今日では、途中退学者へのフォローも大きな課題となっています。Z世代の入学してからのモチベーション維持について、何か方策をとっていますか?

 入学後の学生たちのモチベーションを維持させるのはとても難しい問題です。大学のポータルサイトに情報を発信したり、学内冊子を作り、コミュニケーションを図るといった手法が一般的ですが、こういうものを作ってもなかなか学生には響かない。それは教職員に対しても同じで、学内でいくら情報を出してもその効果は限定的です。

 実は彼らが一番信用しているのは学内ではなく、外からの情報だと考えています。例えば大学の活動が新聞に載ると、ネット記事になり、ツイッターに流れて学生たちの目にも入ってくる。学内の情報よりも、こうやって外から手元に入ってくる情報に耳を傾けるということです。さらに新聞に載ると、両親や親族、友人からも「近畿大学って色んなことをやってるね。知名度が上がってるね」と話題にされます。こうした話題を常態化することで、「この大学に来て良かったな」と思えるし、大学に対するモチベーションにもつながっていく。

 もちろん教育や研究の内容でモチベーションを維持していくことが一番大切です。しかしコミュニケーション戦略として考えるのであればこういった方法も重要ですね。

――近畿大学は盛大な入学式でも知られています。様々なイベントを通してZ世代の心をつかんでいるように思います。その意図はどういったところにあるのでしょうか。

 入学式には力を入れています。若手のスタッフたちが部署横断で集まり、半年かけて作り上げています。目指すのは「え、大学ってここまでやるの?」と思われるレベル。毎年、新入生たちは「近大の入学式、ライブ会場みたい!」とツイッターに写真とともにアップして話題にしてくれます。

 ここまで力を入れるのは、新入生たち、特に一部の不本意入学で入ってきた学生たちの気持ちをポジティブに切り替えさせるためです。一種のショック療法ですね。

 会場に入ったときにワクワクするような演出、学長の話、そして全員で肩を組んで校歌を歌う。入学したばかりの学生に、知らない人と肩を組んで校歌を歌わせるのはかなり無理があるのですが(笑)、新入生全員が歌うとそれはもう壮観です。その体験は一生忘れられないものになります(2022年は大阪締めに)。場が盛り上がったところで、近畿大学の成り立ちや思いを伝える映像が入る。この映 像のクオリティーにはものすごく力を入れています。これから卒業までの4年間で建学の精神を真正面から伝えられるのはたぶん入学式の1回だけ。もちろん建学の精神を学ぶ授業も用意されていますが、心に刺さるのは入学式で見る映像に勝るものはありません。学生に創設者の思いを伝える最大のチャンスだと考えて力を入れています。

 入学式は普通にやっていたら寝てしまう学生は少なくありません。ただでさえ引っ越しや、なれないスーツで疲れているわけですからね。近畿大学の入学式は寝ているヒマはありません。「近大はここまでやるのか!」と驚くレベルのものを作る。後で新入生に話を聞くと、「入学式で気持ちが変わった」と言ってくれる人も多くいます。ほかの様々な努力の結果もあると思いますが、入学式を変えてから、退学率も下がってきています。


画像 2022年度入学式での大阪締め


――入学式のほか、様々な取り組みもあります。デジタル化にもいち早く力を入れていると聞きます。それも学生たちのモチベーションにつながっていますか?

 学内コミュニケーションにおけるSlackの導入、Amazonでの教科書購入システムのほか、完全インターネット出願等はどこよりも早く取り組んできました。伝統校ではデジタル化に対応が遅れているところも多かったので、近畿大学が勝てる分野であれば先取りして勝っていこうというマーケティング的な目論見もありました。先進的なことをやっている大学だと高校生が知ってくれるだろう、と。取り組みを知って先進的なことに興味を持つ学生が集まってくるようになり、そういう学生の濃度が高まることにもつながりました。

 こういった流れがあったので、オンライン授業への切り替えも一気に進み、すでに共通教養科目の半数以上をオンデマンド授業として開講し、学生は対面かオンデマンドを選ぶことができています。アカデミックシアターの図書スペースには漫画も配架し、漫画から興味を持ってもらい、深く知りたくなったら専門書で学ぶといった様に、Z世代の好奇心を刺激するような設計となっています。

 さらに、2025年までに大学発ベンチャー企業100社の創設をめざすプログラム「KINCUBA」をスタートし、学生の起業へのチャレンジを支援しています。


画像 アカデミックシアターと起業家育成支援KINCUBAのイベント


――Z世代に対応するためとはいえ、広告も入学式もデジタル化も、新しいことを最初に始めるのには勇気がいることだと思いますが。

 勇気はいります(笑)。完全インターネット出願を始めたときも、周りの人にデジタル格差等を指摘されて反対を受けました。ですが、調べてみると海外の大学はほぼネット出願が主流になっていました。勇気はいりますが、批判されたときの理論武装もきっちりできるようになってきました。

 近畿大学の初代総長も「決して正しいことに勇気がくじけてはいけない」と言葉を残しています。これが近畿大学のDNA。学生にもチャレンジをしなさい、と教えているのですから、それを大学が実践しなくてどうする!ということです。近畿大学が大学のイメージランキングで「チャレンジ精神がある」で上位になることが一番うれしいですね。


(インタビュー/小林 浩 文/木原昌子)


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