「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について」の目指す方向性/中央教育審議会大学分科会質保証システム部会長 吉岡知哉

今年3月、文部科学省の中央教育審議会大学分科会質保証システム部会における
「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について」の審議まとめが公表された。
その審議における要点とそれに対する大学のあるべき姿について、
質保証システム部会長を務めた独立行政法人日本学生支援機構理事長の吉岡知哉氏に、
同部会委員で本誌編集長の小林浩が聞いた。


中央教育審議会大学分科会質保証システム部会長 吉岡知哉氏


デジタル化、グローバル化、人口減少現代の課題を踏まえた議論が展開

――大学の質保証に関する今回の審議まとめはどういった課題認識のもとで始まったのでしょうか。

 教育の質保証の重要性は2018年のグランドデザイン答申以前から言われていたことですが、「質保証とは何か」ということに関しては、実はこれまで明確な合意はありませんでした。科学技術が進歩し学問全体も進化する中、学ぶことの重要性を多くの人が自覚し、就職や生涯のキャリア形成のために大学に行くべきだと考えている。ではその学問の質をどう担保していくのか。また、それをどういう形でシステムに落とし込むか。以前からあったそうした問題があらためて焦点化されたことがきっかけの一つであると思います。

 また、新型コロナウイルスの感染拡大を機に教育の場にオンライン授業を中心とした新しい技術が導入された背景もあります。すべてオンラインにしてもいいじゃないかという議論がある一方、やはりキャンパスという機能は重要だとする議論もある。学生の反応も、「オンラインになって良かった」という意見もあれば「友達ができず精神的に参ってしまった」という意見もあります。身体に障害がある人や地方にいる人でも授業に出られるというメリットもあるでしょう。オンライン授業一つを取ってもこれだけの影響があるうえに、グローバル化、また経営の問題としては18歳人口が減少する中で学生をどう確保するかという問題もあります。そうした状況の中で教育の質をどのように担保すればよいのかという視点で行われたのが今回の議論であり、質保証をシステムとしてどう機能させていくのかというのが、質保証システム部会の任務だったわけです。

――大学の質を担保するものとしては、まず1956年に大学設置基準が定められていますよね。

 はい。その後、1991年の大学設置基準の大綱化によって規制が緩和されました。しかし、緩和することで大学教育のレベルが下がっては困るということで、事前に非常に厳しいチェックが入ることになった。するとそれに対する反対意見が上がり、市場原理に任せるという考え方から、大学をどう運営していくのかを各大学がそれぞれに公表し、それを第三者機関である認証評価団体がチェックする流れに変わりました。その時に非常に重要視されたのが「内部質保証」です。“大学が自らの責任によって質を保証する”という点に、より焦点が当たるようになったともいえるでしょう。

 そのうえで今回、議論で強調されたのが「学位プログラム」です。学位プログラムという教育の一つの枠組みがきちんと作られ機能しているかを各大学が責任を持って保証する。そのためのシステムが質保証システムだと私は理解しています。

学位プログラムに大学自体が責任を持つことが内部質保証の本質

――学位プログラムというものが浸透し始めたのは比較的最近のことだと思いますが、それはなぜなのでしょうか。

 一般に多くの大学では学生や教員は各学部または学科に所属しています。それが従来の大学の教育単位だったわけですが、学問自体の進歩や社会的なニーズの変化の中、2つまたはそれ以上の学部にまたがった新しい学問領域が生まれ、新しい領域を学びたいと考える学生も増えたことから、その分野を扱うプログラムが必要になってきました。

 そうした中、2001年に九州大学が「21世紀プログラム」という学部に縛られない新しいプログラムを作りました。学位プログラムに対して入学試験をし、授業を組み、卒業証書もその学位プログラムに基づいて出すというシステムが動き始めた。イコールの関係だった学位プログラムと学部・学科の関係が分かれ、学位プログラムに大学自体が責任を持つ時代になってきているということです。

――今回の審議まとめの「大学設置基準・設置認可審査」の項目の最初には、「学修者本位の大学教育の実現」として「学位プログラムの3つのポリシーに基づく編成、学位プログラムを基礎とした内部質保証の取り組み、内部質保証による教育研究活動の不断の見直しが求められることを明確化」と書かれています。

 そうですね。大学や学部を設置する際の大学設置・学校法人審議会(以下、設置審)では、単に大学の教員数や面積といった基準だけではなく、なぜその大学や学部を設けるのか、そこでどういう人材を育てるのか、という理念と目的、そのためのいわゆる3つのポリシー、つまり、どのような知識や技能を身につければ学位が与えられるのか、それに合わせて卒業までにどういったカリキュラムが組まれていて、そのカリキュラムを担うための教員がきちんと配置されているか、入学試験等の学生選抜の仕組みができているか、等が整合的に説明されているかどうかを審査しています。今回の質保証システムの審議プロセスは、その点をかなり明確にしたものであるといえます。

画像 吉岡知哉氏

大学が認証評価を受けることの価値を国も評価団体もより打ち出すべき

――認証評価に関しては今回の審議において何か変更点はあるでしょうか。

 まだ制度化されていないので具体的には分かりませんが、一つ大きいのは、不適合の場合の受審期間の短縮、つまり現状7年に一度のところを例えば3年に一度にする等して、より適切にチェックをしていくような変更が考えられます。

 もう一つは受審時の手間の削減です。認証評価を受ける際、大学は膨大な量の書類を作らなければなりません。その部分をもう少し楽にできないか。例えば、認証評価で「可」が続いているものについて、基礎資料が大学のウェブサイト上で公開されているならば、その大学は書類作成が免除されるといったことです。

 認証評価は大学にとっては負担感が大きく、適合を受けることがメリットになるという意識があまりありません。しかし本来、認証が通っていることの価値を国や認証評価団体はもっと打ち出していくべきだと思います。とりわけ国際性の確保という点においては非常に重要で、世界にアピールする際の具体的な価値にもなりますし、留学生の確保においても重要です。理系や経営学のような世界水準で動いている分野に関しては特にそうでしょう。

専任教員から「基幹教員」へ概念が変更「特例」により先進的な取り組みを推進

――専任教員についても今回かなり議論が出ていたところだと思います。今後は専任教員の概念が「基幹教員」に改められることになりました。現在は一つの学問を教えるために専任教員が「パーヘッドで何人必要」と、いわゆる頭数で捉えられているわけですが、今後は他の大学の先生の兼務やクロスアポイントメント等によって頭数ではなくエフォート管理のようなことが可能になるということでしょうか。

 学位プログラムを機能させることについて責任を持つ人たちの集団を明確化して、学生の教育をしっかりすることができるのであれば、教員の所属が兼務であっても「基幹教員」ということになります。責任を持てる立場の教員が増え、企業に勤める方が大学の「基幹教員」となり教育に責任を持つということもあり得るようになります。言い換えると、一定範囲内であれば、他大学・他学部との兼務であっても、「基幹教員」の必要最低数が満たされているのであれば、新たな学部・学科の設置にも挑戦できるので、運用面での弾力化のメリットが出てくると思います。

 その時の議論で出てきたのは、常勤ではないけれども実質的に深く関与している先生を基幹教員に組み込む場合、労働条件は良くならないのに責任だけは負わされるということが起こり得るのではないかということです。留意事項として「教育研究の質の低下を招かないよう、学内及び学外での兼務の際の取り扱いやその際の条件については制度化に当たり留意する必要がある」と入れたのはそのためです。

――今回、内部質保証等の体制が十分機能している大学には、教育課程等に係る「特例」を認めるとありますが、この「特例」とはどのようなものだと考えればよいのでしょうか。

 例えば技術の発達によって、オンライン授業を全面的に解禁すべきという要望も出てきているなかで、さらに日進月歩で技術はどんどん発達していくわけです。その一方で、オンラインの授業の質保証はまだ確立できていない。こうしたことは並行して別途議論していくべきではないかという議論があり、全面解禁ということではなく、内部質保証が機能している大学であれば「特例」という形で、要件を緩和して教育課程の先導性・先進性を認めて、大学が様々なチャレンジができるようにしていこうという考え方です。

――大学にとっては定員管理も気になるところだと思いますが、これはどのように変わるのでしょうか

 オンラインになったら定員等必要ないのではないかという極端な論理もありますが、そうはいかないでしょう。なぜなら、日本の大学はこれまで、入学の動機づけから授業、体育会等の課外活動、留学のシステム、そして就職指導まで、学生に対して様々なものを提供してきたわけです。それを考えれば、大学が教育の対象として持つことができる学生の数はそれほど多くはないと思います。大学教育というものは大学が面倒を見ることができる学生の数において機能するわけですし、定員を外してしまえという議論は日本の大学には馴染まないと思います。

 一方、今非常に問題となっているのは、例えばA大学で新しい学部を作ろうとした際に、既存の学部が入学者を少し採り過ぎてしまっているため新学部設置が認められず、断念するといったケースです。それでは足かせが過ぎるので、年度ごとの入学定員で規制するのではなく4年間の収容定員で見るよう変更される予定です。

 また、既存のA・B・C・D学部が定員を満たしていないのに、新たにE学部を多くの定員数で作ろうとする大学も見られます。しかしそれは大学側、経営側がきちんと教学全体を管理できていないということです。そういうことを防ぐためにも、入学定員ではなく収容定員にし、かつ複数年度での平均で定員数を見ていくことが考えられています。

画像 吉岡知哉氏

社会のニーズに応えるためにも経営陣が広い視野を持つことが重要

――今回の審議まとめでは多様性、柔軟性、流動性ということが強調されつつ個々の大学の強みの強化という言葉も盛り込まれています。大きな大学と中小の大学、また一般課程と通信課程など、それぞれ体制や文化が異なる中、今回の審議まとめ等によって大学の個性がうまく生き、高等教育における多様性がうまく広がるといいですね。

 今回の審議まとめにおいて非常に重要なメッセージとなるのは、それぞれの大学が自学の中に個性や多様性を持つことをきちんと自覚し、そのためのカリキュラムを編成すべきということです。よく「大学は社会のニーズに応えるべきだ」と言われますが、そのためには、大学が自らの中の多様性を、経営陣が現在考えているよりさらに広い視野で自覚的かつ柔軟に広げていかなければならない。実は現状の設置基準でもかなりできることがあります。今回、さらに制度を変えることにより、その柔軟度は確実に増すでしょう。新しいことに踏み出す場合には責任も伴いますが、時代のニーズに応えるべく柔軟に新しいことに取り組んでほしいと思います。


画像 吉岡知哉氏と本誌編集長の小林浩



(文/髙橋晃浩 撮影/平山 諭)


【印刷用記事】
「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について」の目指す方向性/中央教育審議会大学分科会質保証システム部会長 吉岡知哉