【寄稿】「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について(審議まとめ)」で何が変わるのか/文部科学省高等教育局企画官(併)高等教育企画課高等教育政策室長 柿澤雄二
質保証システムの改善や充実についての審議は、平成30年11月に中央教育審議会によって取りまとめられた「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(以下「グランドデザイン答申」という)において、大学設置基準等の質保証システムの見直しが提言されたことを受けて始まった。
質保証システム部会では、国際通用性を確保しつつ、時代の変化に対応した質保証システムへと充実させるべく、令和2年7月から17回(同部会の下に設置された作業チームでの審議(3回)を含む)の審議を重ね、「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について(審議まとめ)」(以下「審議まとめ」という)を取りまとめた。今回は、その内容を解説するとともに、今後のスケジュール、今般の審議まとめを踏まえて大学に留意頂きたいことについても取り上げる。
<審議まとめの内容>
日本の質保証システムは、主に大学設置基準、設置認可制度、認証評価制度、情報公表で構成されており、大学として最低限の水準を満たしていることを保証する事前規制の長所と、大学の多様性に配慮し、恒常的に大学の質を保証する事後チェックの長所を組み合わせた設計になっている。
質保証システムの見直しについて検討するにあたっては、質保証システムで保証すべき「質」とは何か、また、その前提としての「大学の在り方」を考える必要がある。
「グランドデザイン答申」以来、学修者が「何を学び、何を身につけることができるのか」を明確にし、学修の成果を学修者が実感できる教育が求められてきた。これに加え、今般の新型コロナウイルス感染拡大を契機として、遠隔教育が急速に進展するとともに、困難な状況下でも大学の活動を継続するという「大学のレジリエンス」も意識されることとなった。
このような時代の変化の中にあっても、質保証システムで保証すべき「質」とは、大学の目的から考えると「教育研究の質」であり、これは、社会の発展のためにその成果を提供できているかということである。「教育の質」は「学生の学びの質と水準」であり、学生が学びたいことを学べる条件や環境が大学に整っているかという点から確認できる。「研究の質保証」はこれまであまり論じられてこなかったが、持続的に優れた研究成果を出せるような研究環境の整備や充実等が行われていることを確認することが考えられる。
これらを質保証システムで確認・担保することに加え、3つのポリシー(注)と内部質保証の取組を踏まえて大学自ら強みや特色を分析して打ち出していくことが、日本の大学等における教育研究の質の保証・向上につながる。大学における国際通用性のある「教育研究の質」を保証するため、最低限の水準を厳格に担保しながら、大学教育の多様性・先導性を向上させる方向で、質保証システムの改善・充実を図っていくことが求められている。
このような問題意識の下、部会においては、「学修者本位の大学教育の実現」と「社会に開かれた質保証の実現」を検討方針とし、「客観性の確保」「透明性の向上」「先導性・先進性の確保(柔軟性の向上)」「厳格性の担保」という4つの視座を設定して具体的な検討を進めた。
各質保証システムの改善・充実方策については以下の通りである。
(1)大学設置基準・設置認可審査
大学設置基準は、大学としての必要最低限の量的・質的構成要素を具備しているかを確認するための基準として定められている。また、設置認可審査は、大学や学部の新設等について、大学設置基準に適合しているか等について審査し、文部科学大臣が認可をする仕組みである。審議まとめでは、近年、大学を取り巻く環境が急速に変化するとともに、新型コロナウイルス感染症の拡大により、キャンパスを中心とする大学の日常が大きく変化する中で、大学設置基準については、①時代の変化に対応しつつ将来を見据えた大学設置基準全体の見直しを行うとともに、②共通となる最低基準性を担保しつつ大学教育の多様性・先導性を向上させていくような見直しが求められることが示された。
そのため、具体的な見直しの内容として、
- 分散して規定されている教員や事務職員、各種組織に関する規定を一体的に再整理する
- 「 一の大学に限り」という「専任教員」の概念を「基幹教員」(仮称)と改め、設置基準上最低限必要な教員の数の算定にあたり一定以上の授業科目を担当する常勤以外の教員について一定の範囲まで算入を認める
- 「図書」「雑誌」等を電子化やIT化を踏まえた規定に再整理する
- 大学設置基準上、教育を補助する者について明示的に規定する
- 実務家教員の定義の明確化や大学名称の考え方を周知する
- 「講義・演習・実習・実験」の時間区分の大括り化や単位当たり時間は標準時間であることの明確化など単位制度運用を柔軟化する
- 機関として内部質保証等の体制が機能していることを前提とした教育課程等に係る特例制度を新設する
(例:遠隔授業による修得単位上限(60単位)、単位互換上限(60単位)等) - 校舎等施設は、多面的な使用等も想定し、機能に着目した一般的な規定として見直す
- スポーツ施設等を各大学の必要性に応じて整備できるよう見直す
(2)認証評価制度
認証評価制度は、国際通用性のある質保証の枠組みとして、質保証システムの事後チェックの中核的な役割を担っている。一方で、
- 認証評価について、内部質保証が真に有効に機能しているか否か
- 認証評価機関によって評価結果や評価水準の違いが存在するのではないか
- 評価結果について、ホームページにおける公表が必ずしも社会が利用しやすい形になっていないのではないか
- 評価に伴う大学の負担が増加しているのではないか
そのため、審議まとめでは
- 学修成果の把握や評価に関することや研究成果を継続的に生み出すための環境整備や支援の状況に関することについても大学評価基準に追加する
- 特に優れた内部質保証の体制・取組と認定された大学や適切な情報公表を行っている大学に対して、次回の評価で評価項目や評価手法を簡素化するなどの措置を可能とする
- 不適合の大学について受審期間を短縮化する
- 大学の受審負担を軽減する仕組みや分野別評価の合理化の在り方について引き続き検討する
(3)情報公表
情報公表は学生等、直接の関係者に加え、社会に対して説明責任を果たしていくうえで重要である。また、情報公表による多様なステークホルダーとの深い関わりを通じて、各大学の教育研究活動の質を維持・向上させ、社会からの信頼と支援を得て、さらに質の向上につながることが期待される。
そのため、
- 「 教学マネジメント指針」において、学修成果・教育成果に関する情報の例等のうち「大学の教育活動に伴う基本的な情報であって全ての大学において収集可能と考えられるもの」と整理されたものについては、認証評価の実施上も当該指針を踏まえて確認を行うこととする
- 各大学が情報公表を行うべき項目として「大学入学者選抜に関すること」等を追加する
(4)その他の重要な論点
(既存制度の周知や大学現場での効果的な運用)
審議にあたっては、大学設置基準をはじめとした質保証システムの弾力化を求める関係団体等からの要請、意見も参考としたが、なかには、現行の制度下においても現行制度の運用により対応可能なものも含まれていた。
例えば、現行制度において遠隔授業は、卒業に必要な124単位のうち60単位が上限とされているが、近年の通知等により面接授業で実施することが必要な64単位分についても、授業時数の半分未満であれば遠隔授業で実施可能であることを示しているなど、大学の運用で相当程度まで遠隔授業の活用が可能となっているが、こうした現行制度下での柔軟な取り扱いについて、大学関係者に必ずしも十分に浸透していないことが明らかになった。
そこで、部会においては、国において、現行制度の解釈や運用等についても改めて整理を行い、適切に周知等を図ることで、制度のより効果的な活用を促すことが必要である旨が提言されている。併せて、国において、遠隔教育の質保証、面接授業と遠隔授業を効果的に組み合せたハイブリッド型教育の確立に向けたガイドラインの策定等を行うことも提言されている。
(定員管理)
定員管理の在り方は、教育環境の確保等の観点から大学の質保証を行ううえで重要な論点である。一定数の学生に対して、必要となる専門性を備えた一定数の教員や施設設備等の教育環境が備えられていることを確認する必要があるという定員管理の考え方に基づき、必要な教育環境の確保のため、引き続き学部学科を単位とした定員管理が必要という結論に至った。
一方、基盤的経費の配分や設置認可審査の際の基準には、現在、厳格な入学定員管理が適用されているが、例えば、ある一つの学部で入学する学生の数を読み誤り、過大に合格者を出した結果、平均入学定員超過率が基準を超過してしまう等により大学全体で組織改編が行えなくなる、毎年度大幅に基盤的経費が増減し、安定した大学経営や教育研究が困難になる、などの課題が指摘されている。
これらの課題に対応するため、定員管理の政策上の運用については一定程度弾力化し、現行で入学定員に基づく単年度の算定としているものは、収容定員に基づく複数年度の算定へと改めることが提言されている。
(質保証を担う教職員の資質能力の向上)
大学が各質保証システムの特性を理解しつつ教育研究の質向上に取り組むうえで、事務職員の資質・能力の向上やハイブリッド型教育を含む授業改善が重要である。各大学での創意工夫のみならず、大学団体や大学間で共同実施されているSD(スタッフ・ディベロップメント)・FD(ファカルティ・ディベロップメント)の取組等を把握・周知することで改善・充実を促進することも提言されている。
<今後のスケジュール>
文部科学省においては、審議まとめを受けて、大学設置基準等の本年度中の改正に向けた作業を進めている。本年度から実施可能なものは早期に実施しつつ、それ以外のものについては準備を進め、順次、制度の運用を開始する予定である。
<「審議まとめ」を踏まえ大学に留意頂きたいこと>
「審議まとめ」を受け、今後、大学の先導性・先進性の向上に向けて大学の裁量をより高めていく見直しが行われることとなり、高等教育の質保証に対する各大学の責任ある取組が一層求められる。
各大学におかれては、質保証システムの見直しのための制度改正を注視いただき、学内における体制整備等、適切な運用をお願いしたいと思う。
また、教育研究活動の充実に当たって、各大学の学修者本位の観点からの創意工夫ある取組に期待している。現行の制度においても、各大学の判断や運用等で対応可能な取組は多くあり、加えて今後新設が予定されている教育課程等に係る特例制度をご活用頂くことで、さらに多様な取組に挑戦頂けるはずだ。
ぜひ現行の制度、特例制度ともに積極的にご活用頂き、大学が社会からの理解と支持を得て、質を保証し高めながら、さらに教育研究等を充実させていけるよう、文部科学省としても様々な施策の充実に取り組んでいきたい。
(注)3つのポリシー:「卒業認定・学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)」「教育課程編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー)」「入学者受け入れの方針(アドミッション・ポリシー)」。学校教育法施行規則に基づき、その策定・公表が各大学に義務づけられている。
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