地域連携で発展する大学[4]COC+R VUCA時代の成長戦略を支える実践的教育プログラム/PENTAS YAMANASHI

山梨の地方創生を担う人材を育成するプログラム高校生から社会人まで垣根を超えた学びを実現

PENTAS YAMANASHI 教育プログラム長 山梨県立大学国際政策学部 教授 杉山 歩 氏

 2020年の秋、COC+R(大学による地方創生人材教育プログラム構築事業)に4つの事業が採択された。そのひとつ、山梨県立大学が事業責任大学として進める「VUCA時代の成長戦略を支える実践的教育プログラム」が大きな活動へと成長している。事業は通称「PENTAS YAMANASHI(以下PENTAS)」と呼ばれ、地方創生人材の教育プログラムを展開。山梨県立大学、山梨大学、山梨英和大学の参画3大学に加え、山梨の事業協働機関が協力し、地方創生人材育成のためのカリキュラムを実施する(図1)。

 PENTAS初年度となる2021年度前期は19講座から始まり、延べ332人が受講。最新の2022年度前期は47講座に増やし、応募人数は5月末時点で延べ538人にのぼる。学生だけでなく、社会人も受講できるのがPENTASの大きな特徴だ。さらに2022年度からは高校生も受講が可能な制度も整え、前期では37人の高校生が大学の学びに参加している。

 PENTASを率いるのは、PENTASの教育プログラム長であり山梨県立大学国際政策学部教授の杉山 歩氏。「PENTASは、これまでの山梨のCOC、COC+※の経験と反省から生まれたもの」と語る。

 COC+では地方創生を目指し、山梨大学が幹事校となりオール山梨として取り組んだ。杉山氏も当時山梨大学の特任准教授としてCOC+に携わっていたこともあり、COC+Rでは山梨県立大学の教授となった杉山氏が推進し、山梨県立大学が幹事校として申請することになった。実はその数カ月前の2020年3月に、全国初の大学等連携推進法人として山梨大学と山梨県立大学による「大学アライアンスやまなし」が発足していたことも追い風になった。文部科学省のCOC+Rの推進体制について質問が出たが、「山梨大学の副学長が『大学アライアンスやまなしの取り組みを通じて、山梨大学が全面的に協力して実施していくので十分な体制となっている』と言ってくださった。それで審査員の方々も納得されたようです」(杉山氏)。


図1 PENTAS YAMANASHI 参加大学/事業協働機関


県の成長戦略からニーズを分析

 PENTASは5つの柱となるプログラムから成り立っている。さらに横軸として学部等開講科目、VUCA科目、技能科目、実践科目があり、各科目で決められた単位を取得すると修了証が授与される。各プログラムには観光、地域づくり、ビジネス構想力、多文化共生といった山梨県の課題に対応するジャンルが揃う(図2)。

 「これまでの教育は大学のシーズベースでしたが、COC+Rは地域のニーズベースにしていかなければならない。では地域が求めている教育とは何か、と考えたときに拠り所となったのが山梨県総合計画の報告書でした。2019年に策定されたこの報告書には『攻めの山梨成長戦略』という今後の山梨が目指す方向性と戦略が書かれていました。この成長戦略に資する人材こそ、大学が地域のために輩出するべきニーズのある人材。ここから4つのプログラムを構成しました」(杉山氏)。

 ここで杉山氏はプログラムを4つ作りながらも、「COC+Rの最終年度にはプログラムを1つ増やして5つにする」という計画を立てている。どんどん変化する地域のニーズに柔軟に対応できるようにするための工夫であるが、実際には最終年まで待たず、PENTAS2年目となる2022年4月に5つめのプログラム「次代を担うアントレプレナー養成プログラム」が発足し、前倒しで全プログラムが稼働した。

 このように5プログラムから構成されるPENTASカリキュラムは、山梨県立大学の教養科目に位置づけ、大学アライアンスやまなしによる連携開設科目として山梨大学にも展開されている。


図2 PENTAS YAMANASHI プログラム紹介
引用元 【外部リンク】https://www.pentas.yamanashi.jp/projects-8


「VUCA科目」は全プログラム共通科目

 忘れてはならないのが、全プログラムの共通科目として「VUCA科目」が横軸で貫かれている点だ。もともと「VUCA時代の成長戦略を支える実践的教育プログラム」と掲げられている通り、VUCAと呼ばれる先の見えない時代を生きるための、新しい価値観や視点を醸成する講座が並ぶ。「VUCA時代のキャリアレジリエンス」「グローバルマインドとスキル」「地域しごと概論」等だ。この科目を共通とした背景にはCOC+での反省があると杉山氏。

 「例えばCOC+で観光のプログラムを履修したら、学生にとってその経験は『自分はスペシャルな講座を受講した』というガクチカ(『学生時代に力を入れたこと』の略語)になる。そのガクチカは、結局のところ業界のヒエラルキーの上の企業への応募の武器となっていました。これはCOC+の目指すところではありません。ですからCOC+Rでは有名企業にアプライするための武器ではなく、先行き不透明なこれからの時代を生き抜くための武器であることをちゃんと学生に感じてもらうことが大切だと考え、VUCA科目を作りました。有名企業を目指すだけじゃない生き方があること、東京での就職を考えるより山梨で働くことがかっこいいかもしれない、といった気づきを得てもらいたいと思います」。

 VUCA時代へのマインドセットを伝え、新しい価値観を育てることが、地域で活躍する新しい人材を育てる。知識やスキルの学びと並行して、多様な生き方の可能性を伝えることを重視したPENTASの挑戦だ。

社会人も受け入れるPENTAS

 PENTASでは社会人も受講できると述べたが、そもそもCOC+Rは学生が対象なのでは、と疑問に思われる人もいるかもしれない。杉山氏は学生のためにも社会人の教育が必要だと語る。

 「COC+の時にもやる気のある学生が地域社会に触れる機会がありましたが、県外に出ていってしまう。それは地域の企業の魅力を伝えられる社会人が少ないことも一因。そのため社会人に対するVUCAの時代を生きるための教育の必要性を感じていました」。

 結果的に社会人が同じ授業に参加していることは、一般の学生達にとっての良い刺激となっていると杉山氏は言う。

高校生は大学の単位取得が可能に

 PENTASでは2022年度から多くの科目を高校生も受講可能になった。高校生の費用は社会人の半額とし、山梨県立大学に進学した場合、PENTASの修了カリキュラムを単位として認める仕組みだ。つまり高校時代に大学の単位を取得できるということになる。2022年度PENTASでは、高校生への説明会を開講直前の3月に初めて行ったにも拘わらず、37人もの応募があった。

 「PENTASで社会人を受け入れるという点を拡大解釈して高大接続に活用できないかと考えたのが始まり。そこから高校生が有料で履修でき、入学後に取得単位として認めるところまで、事務局が制度化に尽力しました。こういった高大接続は申請時には意図していなかったことですが、COC+Rの一番の成果かもしれません。意欲の高い高校生がPENTASに参加することで、それが本学への入学試験において加点となるような総合型選抜も検討する必要性を感じています」(杉山氏)。

 土日だけで構成される授業を取り入れたことや、クオーター制により8コマ1単位のカリキュラムを増やしたこと等、社会人のために作られたプログラム構成は高校生の参加のしやすさにもつながっているという。高校生にはビジネス構想力やアントレプレナー系のプログラムが人気だという。

実務家教員と学内教員がペアで授業を作る

 PENTASの各プログラムの作り方に目を向けると、そこにも独特の体制がある。

 「実践知と教育を組み合わせた『実践知教育』という言葉を作りPENTAS の教育のコンセプトに掲げました。これはつまり現場で生きる知恵を教えるということ。そのためにはやはり実務家教員が必要になります。しかしそこでもCOCのころから試行錯誤を重ねてきた反省がありました」。

 社会現場の第一線で活躍する人材を教員として起用するも、授業はその人の自慢話で終わってしまった、という経験を持つ大学もあるかもしれない。

 「そこでPENTASでは実践知を体系的に教えていくために、実務家と教員がペアで教育体制を作っています。実務家教員のカリキュラムは必ず学内の教員が連名で1人入り、授業をサポートすることにしました」。

 「COC+Rにより実務家の方に向けたFD教材をオンデマンドで作ったことに加え、教員と一緒にやっていくことで効果的な体制が築けたのではないかと考えています」(杉山氏)。

地域の要人を特任教授として巻き込む

 大学の地域連携の難しさの一つに、地域の組織との連携がある。連携をしても問題意識が共有されていなければ、実質化に結びつかない。役職交代で取り組みが途切れてしまったり、引き継ぎがされていなかったために立ち消えになるといったことも起こりがちである。または地域連携コーディネートのプロを外の地域から雇い入れたものの、地元の協力が得られなかった、といった話も聞く。

 PENTASではその点でもユニークな形を作っている。

 先の5つのプログラムそれぞれにプログラム責任者とプログラムコーディネーターを置いている。プログラム責任者は学内の教員が務めるが、プログラムコーディネーターには事業協働機関のトップ等を務める地域のキーパーソンを大学の特任教授として任命しているのだ。PENTASの事業協働機関には山梨県、公益財団法人山梨総合研究所、公益財団法人やまなし産業支援機構、公益社団法人やまなし観光推進機構、その他企業などが並ぶ。

 「地域と大学がみんなで一緒にやろうよ、というときに、様々な機関のステークホルダーの方々を特任という形で学内に引き入れています。現在PENTASの特任は教授、准教授など合わせて10人と、他のCOC+Rと比べても多い。大学の内側に加わってもらうことで、教育の当事者になってもらえますし、さらに機関の長は県庁OBの方が多く、各方面に人脈があるので、実務家教員のコーディネート役として地域と大学のハブの役割を担っていただける。オープンプラットフォームのような場にして特任教授に協力いただくことで、クロスアポイントメントとはまた違った連携ができています」(杉山氏)。

リニア中央新幹線の開通を見据える

 地方創生人材の育成を目指し、様々な方法で取り組みを進めるPENTAS。その先には、山梨の大イベントともいうべき、リニア中央新幹線の開通をしっかりと見据えている。2027年には開通が見込まれており、「開通後を見据えた人材育成」の必要性を杉山氏も説いている。

 「これまで、地方に新幹線が開通すると、大都市に人が吸い込まれるストロー現象が起きています。リニア開通後にそのようなことにならないために、山梨から県外に攻めていく人材と、人を山梨に呼び込める人材の育成がPENTASの目標でもあります。例えば地場産業を県外に売っていける人材、そして県外から人を呼び込めるマーケティングを仕掛けられる人材。リニア開通後に山梨を支える中核人材をどのように育てるか。山梨の新しい価値を作り、高めていける中核人材の育成をPENTASで実現していきたいと考えています」。

 今年は更なる挑戦も視野に入れ、地域創生人材育成の先進県として山梨の地位は確固としたものになりそうだ。



  • COC:文部科学省「地(知)の拠点整備事業」
    COC+:文部科学省「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」


(文/木原昌子)


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