次代の大学創りを進める大学の入試設計/筑波大学
筑波大学(以下、筑波)は2020年10月に指定国立大学法人の指定を受けた。また、2022年4月には中長期計画Vision2030を公表した。こうした大学改革を背景に、必要とされる人材像の変化や多様性の確保等、入試制度が担う役割は増大しているのではないか。2021年度に導入した一般選抜「総合選抜」(https://souken.shingakunet.com/higher/2020/07/7-a027.html)のその後も含め、筑波の入試の今についてお話を伺った。
- 1872年設置の師範学校をその起源とし、1973年東京教育大学の移転を契機に開学した国立総合大学。2023年開学50周年を迎える
- 学際性と国際性をDNAとし、1年次から専門教育を受ける独自の学類・専門学群制を敷く。専門に根差した知的好奇心を喚起し、早く専門を身につけてアウトプットさせるのが教育の基軸
- 社会変化に対応した次代の大学経営改革を矢継ぎ早に打ち出す一方、入試でも2021年度一般選抜で「総合選抜」を導入した
大学教育に必要な人材を多面的なポリシーで提示する
まず、筑波の入試全体のコンセプトについて押さえておきたい。募集要項には「筑波大学は、自立して世界的に活躍できる人材を育成するため、本学の教育を受けるのに必要な基礎学力を有し、探究心旺盛で積極性・主体性に富む人材を受け入れます」と、その指針が示されている。また入試全体は、一般選抜・学校推薦型選抜・総合型選抜・グローバル選抜の4種類で構成され、それぞれ定員比率は一般70%、推薦26%、アドミッションセンター入試を中心とする総合型およびグローバル選抜は合計して4%程度である。この比率は開学以来あまり変わっていない。
※参考:令和5年度募集要項 【外部リンク】r5-sembatsuyoukou.pdf (tsukuba.ac.jp)
募集要項には「各学群・学類のアドミッション・ポリシー」として、「求める人材」「入学までに学んでおいてほしいこと」が整理され(図表に例示)、加えて入試方式ごとに求める学生や狙いについて明快に示されている。これらを見て気づくのは、高校までで学んでおいてほしいことが明記されていることで、大学の教育への準備ができるということ。即ち、高大の境界線をしっかり引くことが逆に接続になっているであろうという気づきである。高校側にとって、大学教育への準備としての要件を明確に示されることは安心材料になろう。
図表 学群・学類ごとの「求める人材」「入学までに学んでおいてほしいこと」の例
自分に合う入試を選びやすい多様な入試方式
「本学の入試は、自分に合った入試を選びやすいように設計されています」とアドミッションセンター長の大谷 奨教授は言う。受験生に自分に合った入試を選んでもらうため、各入試のコンセプトや評価手法がはっきりしており、その一方で各学群・学類で求める人材像も整理されている。この入試方式×各学群・学類で求める人材像の掛け算で、人材ポートフォリオがマネジメントされているとも言えるだろう。
具体的には、一般選抜なら基礎学力、思考力・判断力・表現力を見る入試であるため、学力を共通テストで、思考力等を記述式・論述式を中心とする個別入試で判定する。推薦なら「高校でしっかり勉強してきた人」を評価したいので、評定平均等の出願要件を設けたうえで、調査書や面接が評価方法となる。総合型はこうした評価に当てはまらないが何か尖った個性を持つ学生を評価するもの、グローバル選抜は海外で教育を受けてきた学生が対象である。各方式で重点を置く評価対象は異なる。「お互いのいいところを認め合いながら併存させたいというのが多様な入試を実施する意図」と大谷教授は説明する。多様な人材がそれぞれに受けやすい入試を整備し、全体としての多様性を確保する。優れた資質を一つの基準で絞り込むのではなく、多様な才が刺激し合い、横断し合って価値を創出することこそが、筑波の学際DNAとも言えるのだ。多様な人材にとって受験機会が増えることにつながる総合型やグローバル選抜について、大谷教授は「総合型選抜やグローバル選抜は、本学が求めている人材像自体の母集団が決して多くないであろう入試です。稀有な人材を前提にしているので配分される定員が少ないのは妥当と言えます」と補足する。大学として必要な人数を確保するという意味合い以外に、入試ごとに想定されるマーケットサイズに合わせた定員配分であるとも言える。
指定国立大学法人構想とVision2030、入試制度の関係性
筑波では同時並行的に様々な大学改革が進んでいる。指定国立大学法人構想では「地球規模課題を解決する真の総合大学」を目指し、研究成果の高度化と社会実装、国や組織の壁を超える人材育成、学問分野の壁を超える研究力強化等をうたう。こうした取り組みを推進するに当たっての課題として「若手研究者比率」「新分野の重点的強化」「優秀な留学生の確保」等を挙げると同時に、創基以来の学際性や国際性を生かした大学経営を目指す。2022年に公表したVision2030では、既存の延長線上では捉えられない将来社会に必要な「信頼」を国際的に構築していく基盤となる大学創りを標榜している。いずれも次代を牽引する人材育成・基盤としての大学組織の在り方を模索・表明する内容で、学際的で開かれた大学というDNAを持つ筑波が今後をどう見据えているのかを窺い知ることができる。
こうした大学全体の方向性は、そうした内容を実行推進できる人材の選抜を入試制度に期待するものでもあろうが、「現状はそこまで精緻に具体化してはいませんが、入試制度全体のコンセプトは従前より『受験生が自分に合った入試を選べるようにする』ことです。大学全体の今後に関する構想との関連は、今後長期的な視点で議論していきたい」と大谷教授は言う。筑波では多様な観点で評価されるように多様な評価方法を配置し、各入試方式の目的と各教育組織が求める人材像を分かりやすく募集要項に整理している。こうした入試のコンセプトが多様な人材を揃え、イノベーティブで学際的な教育研究の素地となっていることは疑う余地がないだろう。
レイトスペシャライゼーションの仕組み・「総合選抜」のその後
本サイトでは2021年度入試で筑波が導入した「総合選抜」について取材をしている(リンク)。2年が経過した当該施策についても伺った。「総合選抜」は一般選抜の定員の約25%が配当された入試で、入学後1年次は総合学域群に所属して広く学び、2年次から学類・専門学群に所属するものだ。複雑化する社会情勢を背景に、文理横断的に学問を統合して取り組むべく、入学時点で専門を定めず、入試段階でも学力だけではない広い視野で選抜する方式が必要という議論から導き出された方策である。
総合学域群長の山中 弘特命教授は「総合選抜」合格者について、「将来を見据えて広い視野で自分の専門を決めていきたいという、総合選抜の理念に共鳴した思考の受験者が多く、全体として一定程度の質を確保している」と評する。一般前期日程を受験する際に個別選抜か「総合選抜」かを選択するため、積極的に「総合選抜」を選択する理由を持つ受験生がフィルタリングされている結果だろう。その一方、「高校はオーソドックスでメジャーな受験に対応する体制をとることが多いため、それに当てはまらない総合選抜の意図を正確に理解してもらうことは今も課題です」と述べる。
今年で導入2年目となり、初年次合格者が2年次に上がるタイミングで自らの専門を定め、学類・専門学群に移行していった。「送り出しが無事済んでほっとしている」と山中特命教授は笑みをこぼす。「1年次は模索の期間であり、そこで成績が良かった学生から希望の専門を選べる仕組みなので、1年次の授業態度は大変評価が高いものでした。こうした視点の異なる優秀な学生が2年次から入っていくことは、各学類・専門学群にとっても大いに刺激になるのでは」と期待を寄せる。専門を選ぶに当たってはアカデミックアドバイザーや専門スタッフ、学修をサポートするラーニングサポーターやクラス担任制度等、多様な制度がバックアップする。こうした体制のもと、一人ひとりが自分の問いに合う専門を選び取り、巣立っていくのだ。
次の課題は大学改革と入試改革の同期
挑戦を続ける筑波だが、今後の課題について伺うと、大谷教授は「卒業後の活躍も見据えた成果検証」を挙げる。「入試の成果検証は、短期で見れば初年次の成績、中期で見れば研究室配属や4年後の進路選択がマイルストーンになるでしょうが、それだけが成果とも言えない。例えば本学のアドミッションセンター入試(総合型選抜)入学者には、卒業後研究者として本学に戻ってきた例もあります。時間軸を短期・中期・長期に切った制度評価が必要だと感じています」(大谷教授)。一方で改革はスピード勝負でもあり、精緻な検証を待たずに動く必要もある。こうした折り合いをどうつけていくのかが今後も課題だという。
山中特命教授は、「入学した学生をどう大学教育にフィットさせていくのか、より丁寧な学びの仕組みを作っていく必要がある」とチュートリアルの重要性を指摘する。「特に総合選抜は、メニューが既に決まっている学群の学びとは異なり、自分の問題意識に見合う対象を拾って展開できるような学びの仕組み作りに真摯に向き合うことが大切。指定国立大学法人構想との関連を考えても、こうした取り組みが新たな研究の道を開く可能性もある」(山中特命教授)。大学全体のビジョンと入試・教育改革が同期されてくるのが楽しみである。
カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/9/9)