中部圏のイノベーション活性化拠点となる学部設置/名古屋市立大学 データサイエンス学部

名古屋市立大学キャンパス


名古屋市立大学(以下、名市大)は、2023年にデータサイエンス学部を設置する。その設置趣旨と背景にある課題意識等について、学部長就任予定の三澤哲也教授にお話を伺った。


POINT
  • 2022年現在、医学部、薬学部、経済学部、人文社会学部、芸術工学部、看護学部、総合生命理学部の7学部14学科を擁する総合大学
  • 創造性豊かなトップレベルの研究の実践、地域社会の明るい未来を育む研究拠点機能、次世代をリードできるバランス感覚に優れた人材の育成等、地域社会と地域の人材育成への貢献を掲げる
  • 2023年滝子キャンパスにデータサイエンス学部を設置予定

社会情勢に加え、名古屋市の将来計画も見据えた新学部

名古屋市立大学データサイエンス学部長就任予定 三澤教授

 名市大の新学部の増設は2018年設置の総合生命理学部以来5年ぶり、データサイエンス学部は8番目の学部となる。設置に関する議論は2018年頃始まった。

 背景にあるのは国や地域の動きである。2019年経産省の調査報告では、2030年にIT人材が最大79万人不足するとの予測が示された。同年内閣が発表したAI戦略2019では、数理・DS・AIにおいて、大学・高専の卒業者50万人全員がリテラシーレベルに到達する必要性が示された。時期を同じくして、中部経済連合会(中経連)が2018年に「中部圏のイノベーション活性化に向けて」を公表。中部圏ではAI・DS分野の研究集積が弱く、今後Society5.0時代に必要となるイノベーションをどのように創出していくか、課題提起がなされた。こうした動きを受け名市大でまず始まったのは、初年次教育のリテラシー教育の議論だったという。しかし、「学内のリソースが分散している状況で会話するよりも、本学や地域の将来を見据えた動きを牽引するコア組織が必要だという観点から、初年次教育ではなく拠点組織となる学部をという議論になってきたのが2020年頃でした」と三澤教授は当時を振り返る。この年度よりDS担当の学長補佐に三澤教授が就任し、主体を得たことで議論は加速する。

 また、「設置団体である名古屋市の後押しもありました」と三澤教授は言う。名古屋市は「名古屋市総合計画2023」で、圏域の強みである自動車産業等のさらなる発展を目指すため、「Society5.0、IoT、AI、ロボット等の進化を支える人材育成とそれら技術を用いたイノベーションの必要性」を示している。こうした地域の将来を支える人材育成の期待が公立大学に向かうのは当然の流れと言えよう。名市大の第三期中期計画「教育実施体制」の中には、「既存の枠組みを越えた学際的・組織横断的な教育・研究を推進するため、教育実施体制の見直しを行うとともに、社会的ニーズを十分に見極め、名古屋市の設立する大学としての役割を検討したうえで、各学部・研究科の学生収容定員と教員配置を含めた運営体制の適正化を図る」との文言がある。

 なお、こうした地域ニーズの把握・調整については名古屋市とも連携しながら進めているという。「大学病院の拡充等、年々連携の必要性は増しています。特にDSは専門性をどういう分野で生かすのか、横断連携が前提になる学問なので、こうした基盤を生かした教育設計をしていきたい」と三澤教授は述べる。

データサイエンティストのスキルセットとキャリア観醸成を段階的に展開するカリキュラム

 では、具体的な教育内容を見ていこう。図1に概念図を示した。

 名市大では、一般社団法人データサイエンティスト協会(DS協会)が定義する「データサイエンティストに求められるスキルセット」に準拠したカリキュラムコンセプトを掲げる。即ち、以下の3点である。

  • ビジネス力:課題背景を理解した上で、ビジネス課題を整理し、解決する力
  • データサイエンス力:情報処理、人工知能、統計学等の情報科学系の知恵を理解し、使う力
  • データエンジニアリング力:データサイエンスを意味ある形に使えるようにし、実装・運用できるようにする力

 「本学では、この3つを基礎から発展まで段階的に学ぶカリキュラム構成にしています。座学ではなく、学外連携を前提とした課題解決型学習(以下、PBL)で実践力を鍛えつつ、内閣府の示すDS人材レベルで言うところの、1・2年次ではリテラシーレベル、3年次以降は応用基礎レベルを想定した教育を展開します」(三澤教授)。


図1 カリキュラム概念図
図1 カリキュラム概念図


 カリキュラム上特徴的なのが、将来像に即して組まれた以下3つの履修モデルである。

  • IT系:情報技術者、製造業やサービス業で、データ分析に基づき調査や企画を将来行いたい人
  • ビジネス系:コンサルファームや企業での営業企画、公共政策等で活躍する人材を目指す人
  • 医療系:医療機関でのデータ管理や分析、医療行政、ヘルスケア産業や製薬会社での調査・企画を目指す人

 なお学部パンフレットには、「履修モデルは、コースや学科とは異なり必ずモデル通りに履修をしなければいけないものではなく、モデルを渡って履修することも可能です。あくまでも、将来目指す進路に対して履修を推奨する科目群を示したものです」とある。この3分野にしたのは、地域ニーズに応えたIT分野や様々な分野の基盤となる能力の修得を目指したビジネス分野に加え、医学・薬学・看護学部に大学病院を擁し大学として強い医療分野を掛け合わせることで、独自性の高い人材育成ができると期待したからだ。こうした履修は3年次の専門教育からを想定しているが、初年次から「DSを使って何をしたいのか、どういう活躍をしたいのか」という分野志向を問う形で教育指導していきたいという。「本学部だけではなく、全学としてキャリア志向の醸成は課題の1つであり、同時並行で進む全学初年次教育改革ともリンクする内容です。本学部では、DSの活用例に触れる機会をなるべく多く設定し、学生が『自分がどうなりたいのか』を自問自答する機会を提供したい」と三澤教授は話す。特に、情報リテラシーや学力が高い一方で、リアルな体験・経験が不足しがちな現在の学生像に合わせた支援を模索しているところだという。PBLで名古屋市や地域の経済団体と連携することも、DS力修得のみならず、自らの将来を自ら考えるための一助になるとみる。

 また、地域からは企業内人材のDS力育成も期待されている。DS力を持つ学生の育成・輩出のみならず、地域貢献のためには、大学の教育研究スキームを利用した地域リカレントの促進が欠かせない。

好奇心をベースにした目的意識で課題解決の主体となれる人材を育成・輩出する

 こうした教育に対し、求める人材像(図2)で第一に掲げるのは「好奇心」である。「データがある、分析ツールがある、分析した結果がこう、その先が大事」と三澤教授は言う。「何故そのデータを知りたいのか、どういう課題を解決したいのか、それは何故なのか、誰の役に立つのか、どうやって。こうした、手段を目的化しない思考には目的意識が重要であり、物事に対する好奇心が必須です」。こうした要素を入試でどうやって判定するのかを問うと、「一般選抜を含め、調査書で、例えば探究活動においてテーマに即して自分なりに積極的に取り組んだプロセスを見ていきたい」と意気込む。

 学力的な素養については、数理分野と英語力の基礎力がアドミッション・ポリシーに明記されている。まず数理分野については、「ゴリゴリの理系というより、理的素養があるかを見たい」と三澤教授は補足する。「理系に重点を置いた配点になるのは、本学部の基盤学問である統計学・数学・情報工学にアレルギーがあると困るから。また、理数的学力レベルはそこまでハイパーでなくても、ある程度の問題量は解けてほしい。入試もそうした構成になっています」。一方英語力については、「統計を始め、情報系の専門書やデータ類は英語が多いので、そうしたものに触れてもたじろがない水準の英語力は欲しいところです」と言う。こうした内容を含め、現状の高校からの反響は概ね好評だという。


図2 アドミッション・ポリシー
図2 アドミッション・ポリシー


 「2年後、情報Ⅰを学んでくる現高1に対してきちんと支持を得るにはどうするかも考えていかなければなりません」と三澤教授は先を見据える。「DS力は英語力のように、次代の人材には必須のスキルセットになる。だからこそ、業界より職種で捉え、データを使った調査・企画担当、政策立案・提言等、多様な人材を輩出したい。学部設置時の調査では本学部の定員80名に対して、企業からは6.6倍もの採用ニーズがありました。こうした期待を背景に、学生募集も頑張っていきたい」(三澤教授)。

 筆者個人的には、教育、特にPBLにおける企業連携について、産業集積地である名古屋ならではの価値を期待したい。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/9/26)