学ぶと働くをつなぐ[37]ICEルーブリックを通じた学生との学修目標の共有/東日本国際大学

東日本国際大学


学生との学修目標の共有化に課題感

東日本国際大学 いわき短期大学 学長 中山氏

 東日本国際大学は福島県いわき市にあり、経済経営学部と健康福祉学部の2学部。学生が約800人、専任教員40数人の小規模大学である。2016年度採択のAP事業テーマV「卒業時の質保証」開始にあたり、「学生との学修目標の共有方法が課題」との意識は2学部に共通していたという。健康福祉学部の学部長を兼任する中山哲志学長は、社会福祉士等の養成課程を持つ学部特性を踏まえこう説明する。「国家資格試験で問われる専門性の高い知識はもちろん大切ですが、就職後の現場ではそれをもう少し幅広い視点から様々な状況と結びつけて活用する能力が必要となる。しかし、その必要性は膨大な知識の修得に追われる学生には見えにくくなってしまう」。

 経済経営学部についても同様に「スポーツ系の学生や震災後出身国が大きく変化した留学生等、学生の背景が多様であることもあり、授業目標の共有が難しいという問題意識がありました」と話すのは、2014年度から全学の教学改革に関わり、AP事業実施の設計等も務めた関沢和泉教授(高等教育研究開発センター 副センター長)だ。

「つかむ、つなぐ、つかう」を身につけるICEモデルとは

 東日本国際大学のAP事業の最大の特徴である「ICE(アイス)モデル」は、この「学生と学修の目標を共有しやすいこと」を1つの理由として採用された。

 ICEモデルに基づく「ICEルーブリック」は、Ideas、Connections、Extensionsという3要素に学修目標を整理する「質的ルーブリック」だ。カナダのクイーンズ大学でスー・ヤング博士らが発展させてきたもので、日本でも初等・中等教育を中心に活用例がある。東日本国際大学では、「Ideas、Connections、Extensions」を「つかむ、つなぐ、つかう」と訳す等ヤング博士のアドバイスを受けてカスタマイズし、導入を進めていった。

 一般的な量的ルーブリックは、「ほぼできている」とはどの程度か等、段階の表現設定に難しさがある。評価を明確にしようと観点が細分化され、「評価の観点×評価段階」のマトリックスが大きく複雑になることもありがちだ。「ある概念を『定義する(ことができる)』、複数の概念を『比較する』といった『動詞』の分類表を利用して質的に段階を設定するICEルーブリックを使うとこの問題が回避でき、学修目標も『Iの知識をCで組み合わせ、Eで活用する』と学生に共有しやすくなると、導入しました」(関沢教授)。

抽象的なDPをICEモデルで構造化

 この簡素で学生にも教員にも分かりやすい枠組みは教員の授業設計にも活用される。「批判的思考力、課題発見力等ディプロマ・ポリシー(DP)にしばしば使われる表現は、理念的・抽象的で必ずしも分かりやすくはない。そこでこれをICEモデルに埋め込むために『~できる』という『Can-Doステートメント』に分解したうえで、コンピテンシーの表現バンクを作りました。それを各授業に組み込んでいくイメージです」(関沢教授)。

 例えば「コミュニケーション力」という抽象的なDPは、「ある表現を相手の反応に応じて別の表現で言い換えることができる」といった具体的なCan-Doに分解される。各教員は表現バンクを参照しつつICEルーブリックに授業目標を整理し、授業の各回においてさらに具体化する。各授業の現場での改善が教育プログラムレベルでの改善と結びつき、初年次科目から卒業年次科目に向かって「つかむ」から「つかう」へと質的に発展していく構造化ができる。ICEモデルを使ってこのような可視化の仕組みを作り、教育プログラムとして卒業時の質保証をしていくのがAP事業の全体像となる。

 事業の推進は、関沢教授をはじめ10名前後の教職員で構成されたAP推進室が中核となり教務委員会と連携して進めていった。ICEモデルを全学の全授業に定着させる過程は、「4年かけてゆっくり進めた」と言う。初年度に建学の精神科目で試行をし、他の授業への展開を進めたのは2年目から。「副学長のアイデアで、授業の到達目標をまず『~できる』の形に書き換え1サイクル授業を実施したのちに、次の段階でICEの形で整理し直す、2段階のステップを踏みました」(関沢教授)という慎重さも功を奏し、大きなトラブルなく最終年度の2019年度に実装は完了した。

分かりやすいICEモデルと通じて学生とのやりとりも活発に

 A評価を得た東日本国際大学のAP事業について、関沢教授は主な成果を4つ挙げる。「ICEモデルを使った内部質保証体制が確立できたことが第一。第二に、外部評価委員会と深く議論し、地域の多様なステークホルダーとの連携が強まったこと。第三に、学生とのやりとりが活性化したこと。4つ目は、他のAP採択大学との連携です」。中山学長は、AP事業終了後もその成果の継続と深化を感じると言う。「その思いをさらに強くしたのが、新型コロナ対応時の経験です。新たにオンライン授業のシラバスを作り上げるにあたり、ICEモデルを中心にした質保証のプログラムは多くの教員の拠り所になったように思います」。

 続けて中山学長は、教員の「応答力」を高めることが課題と指摘する。点数化しにくい能力を質的に高めるには、日常的なゼミや授業の中での質的な応答のあり方が強く関係するという考えからだ。「FD・SDのさらなる充実を図ることが大事だと思います」。

 最後に今後の改革の方向性について、主に「学ぶと働くをつなぐ」観点から中山学長に語ってもらった。「本学の学生たちは大学で学んでいることを、この地域に役立ちたい、ということに繋げて捉えていると思っています。例えば健康福祉学部で就職活動中の3年生だと、小学生で東日本大震災に遭い、その後の中学高校時代を通じ、我々以上にこの地で震災を感じている。将来の自分の生き方として、福祉を学んで地域貢献をしたいという意識を持ち、地域の再生・復興を図っている社会人の方々との関係の中で、どういう役割が自分にあるのかをつかんでいっていると思います。ですから大学として、地域の方々のご意見を大事にしながら、学生等の地域貢献の思いに応えていくことが大切だと考えています」。


図 学修成果物の機械学習を利用した横断的分析による概念把握アセスメントの高度化




(文/松村直樹 リアセックキャリア総合研究所)


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